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異世界で復讐者が現代兵器を使うとこうなる   作者: 往復ミサイル
第十一章 殺しの遺伝子、滅びの遺伝子
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シュタージ


「ふざけんじゃねえ! 納得できるか!!」


 激昂しながら叫んだ三原は、執務室の中で春季攻勢の打ち合わせをしていた勇者とローラント中将を睨みつけた。


「美海を見殺しにするってことかよ………っ!」


「落ち着いてください、ミハラ」


 彼に声をかけてから、ローラント中将は唇を噛み締める。


 三原の気持ちに共感したからではない。彼に”恋人の美海がテンプル騎士団の捕虜となった”ということを伝えるべきではなかったと後悔し、唇を噛み締めたのであった。正直に言うと、彼の恋人の美海は転生者としての能力はそれほど高くはなく、春季攻勢に投入する戦力とするには経験不足であったため、クレイデリアの統治の補助を任せつつ経験を積ませることになっていた。そう、元々春季攻勢に投入する戦力ではなかったため、仮にここで見殺しにしてしまっても春季攻勢の実施に悪影響はないと言っていい。


 しかも、彼女が捕虜になったのはよりにもよってテンプル騎士団である。他の列強国であれば国際条約をしっかりと順守し、交渉さえすれば捕虜の交換や返還も行ってくれるだろう。だが、殆どの国際条約に批准していないテンプル騎士団に拘束された捕虜の末路は、人体実験に利用されて殺されるか、拷問で情報を全て搾り取られてから殺されるかである。彼らの強制収容所に送られた捕虜の生存率は0%だ。


 それに対し、美海の救出作戦すら立案する気配がないローラント中将の所へと怒鳴り込んできた三原は、何度か命令違反をするという問題点はあるものの、転生者としての戦闘力は優秀であるため、春季攻勢で大暴れしてもらう予定の切り札のうちの1人である。


 美海の救出作戦を立案すれば、間違いなくこの男は志願する。参加する兵士たちの中から除外しても、間違いなく命令を無視して参加する事だろう。


 昔のテンプル騎士団であれば、捕虜の救出はそれなりに容易であった。錬度が高くて厄介なのはベテランの兵士が多い一部の遠征軍のみであり、強制収容所の警備をしている兵士は入団したばかりの新兵で、装備も統一されていなかったからである。だが、現在のテンプル騎士団は最早列強国の精鋭部隊がそのまま大規模になったような存在と言ってもいいほど強大な存在と化しており、救出作戦を強行すれば成功する確証がない上に、投入した戦力の5分の4は確実に喪失する可能性が極めて高かった。


 春季攻勢の前にそれほどの戦力を失えば、春季攻勢を延期せざるを得なくなる。


 だが、春季攻勢を延期すれば列強国に体勢を立て直す時間を与えるだけでなく、参戦する準備を終えたアナリア合衆国が西部戦線に大規模な部隊を派遣する事になるだろう。春季攻勢の目的はそうなる前に東部戦線での戦いを終結させることにあるため、延期してしまえば攻勢を行う意味がなくなってしまうのだ。


 国家の命運を左右する春季攻勢と、救出の可能性が低い1人の捕虜のどちらを選ぶべきかは、陸軍の参謀となったローラント中将からすれば決まっているようなものであった。


「俺を行かせろ! テンプル騎士団の野蛮人共を一掃して美海を助け出す!」


「いけません。君は春季攻勢に参加する貴重な転生者です。失う事になれば、攻勢の成功率は下がります」


「だから問題ないって言ってるだろ! 俺があいつらを皆殺しにして美海を助け出せば………!」


「―――――――いい加減にしろ、三原」


 執務室の机の向こうで腕を組んでいた勇者が、激昂する三原を睨みつけながら言った。


「気持ちは分かるが、春季攻勢にはこのヴァルツ帝国の命運がかかっている。ヴリシア・フランセン帝国が降伏し、アスマン帝国の離反も決定的となってしまった以上、我々は単独で連合国軍と戦わなければならん。春季攻勢は、孤立した我が帝国を救う作戦なのだ。分かってくれ」


「………」


「………………ミハラ、救出作戦は考えておきます。なので落ち着いてください」


「………早めに立案してくれ」


 そう言ってから、三原は踵を返して勇者の執務室を後にした。


 閉まっていく扉を見つめていた勇者は、先ほど若い兵士が持って来てくれたコーヒーを口へと運び、天井にぶら下がっている照明を見上げながら溜息をつく。


「………ローラント中将、君にしては嘘が下手だな」


「お気付きでしたか」


 救出作戦を立案する事は、絶対にない。


 連合国軍に美海が拘束されたのであれば、春季攻勢の準備をしながら交渉を行っていただろう。だが、そう言った交渉を一切拒否する上に、救出作戦を強行すれば確実に大損害を出すほど強力な存在であるテンプル騎士団と戦う事は、現時点では是が非でも回避する必要があった。


 ただでさえ、転生者の数が少ないのだ。


 速河力也(ウェーダンの悪魔)率いるスペツナズが転生者を何人も暗殺したせいで、春季攻勢に参加予定だった転生者は半分まで減少してしまっている。しかも、現時点で参加が決まっている転生者の質も、転生者の人数を確保する事を優先して基準を緩和した事により、転生者たちの質は低下しているとしか言いようがない。


「………彼には申し訳ありませんが、ミナミを救出する価値があるとは思えません」


「見殺しにするのが正解だろうな………三原は許さんだろうが」


 美海はそれほど強力な転生者ではないため、仮にここで見殺しにしても春季攻勢に影響はない。1人の兵士の恋人を救出することと引き換えに大損害を被るよりは、その1人を見殺しにして春季攻勢のための兵力を温存した方が合理的である。


 軍隊である以上は、合理的な作戦を立案しなければならない。


「中将、手の空いている兵士に三原の監視を命じてくれ。独断で救出に行くようなら報告するように」


「かしこまりました、勇者様」


 ローラント中将は敬礼すると、机の上に置かれているファイルを手に取って踵を返し、執務室を後にした。


(やってくれるな………)


 バタン、と閉じた扉を睨みつけながら、勇者は歯を食いしばる。


 三原は優秀な転生者の1人だが、命令違反をすることもある荒々しい部下である。ローラント中将のように、合理性を重視して仲間を見殺しにするという決断は、彼にはできない事だろう。


 よりにもよって三原の彼女を生け捕りにしたテンプル騎士団を恨みながら、勇者はカップの中に残っているコーヒーを飲み干すのだった。












「本当に我が軍の諜報部隊シュタージは優秀ね」


 ぴたりと回転が止まったレコードを見下ろしながら、サクヤさんはニヤリと笑った。


 先ほどまでそこの蓄音機の上でくるくると回転しながら勇者と帝国軍の将校の声を発していたレコードは、辛うじて帝国軍の総司令部内に潜入することに成功したエージェントが、盗聴器を設置して録音することに成功した音声である。


 シュタージの連中は、俺たちがクレイデリアに侵攻している内にエージェントをヴァルツ本国へと潜入させていたらしい。確かにヴァルツの連中からすれば、春季攻勢の準備とクレイデリア防衛に集中せざるを得なくなるため、エージェントたちは容易く潜入する事ができたに違いない。


 ちなみに、それはシュタージ側の独断であったという。


「それにしても可哀そうなものです」


「ええ、仲間に見捨てられるなんて。我が軍では考えられない事だわ」


 ああ。だが合理的でもある。


 蓄音機からレコードを取り外していると、サクヤさんの隣で扇子を広げていたセシリアが手をぴたりと止めた。


「そう言えば、シュタージの指揮官が力也に会いたがってたぞ」


「え、なぜ?」


 シュタージの指揮官には確かに会ったことはない。何度か調べてみたが、男性なのか女性なのかすら分からなかった。エージェントの潜伏先などは極秘情報なのでしっかりと秘匿されているのが当たり前だが、本拠地の指令室に居座って指揮を執り、場合によっては他の部隊や部署の団員と接触することもある最高司令官の情報まで秘匿されているのはどういう事なのか。


 ちょっとばかり好奇心があったので、向こうから会いたがっているというのは喜ばしい事だった。ちょっとだけな。


 だが、どういうわけかセシリアは目を細めながら頭を掻いた。


「それがな………できればお前をシュタージの実働部隊にスカウトしたいと言っているのだ」


「実働部隊? シュタージは情報収集が専門じゃなかったのか?」


「うむ、シュタージに戦闘力はない。情報収集や潜入捜査に特化した、れっきとした諜報部隊だ。それに実働部隊ならば他の部隊やスペツナズに出撃を要請すればいいのだが………あいつらからすれば、面倒な手続きが不要で、場合によっては独断で動かせる”駒”が欲しいのだろう」


 駒か………。


 忠誠を誓うに相応しい上司ならば、全力で尽くそうとは思う。今の所、そうする価値がある上官はセシリアやサクヤさんくらいだ。


 多分、セシリアは俺がそっちに行くのではないかと心配しているんだろう。現時点では俺はスペツナズ”第零部隊”の隊長であり、セシリア直属の暗殺者アサシンでもある。もし俺がそっちに行けば、セシリア直属の”駒”がいなくなってしまう。


「………とりあえず、案内しよう。ついてこい」


 扇子をしまい、椅子から立ち上がって歩き始めるセシリア。俺とサクヤさんも椅子から立ち上がり、団長の執務室を後にする。


 執務室の外にある廊下では、相変わらずドワーフの工兵たちが設備の復旧作業を続けていた。流れ弾が命中して大穴が開いた配管を溶接で塞ぎ、手榴弾の爆発で千切れたケーブルを新しいケーブルに交換している。足元に置かれている工具箱を踏みつけないように注意しながら、金属音が響き渡る廊下を通過する。


 タンプル搭はなんとか本拠地として使える程度には復旧されており、キャメロット艦内の設備もこっちに移されている。あの艦に残っているのは、捕虜の拷問を行う収容区画だけだろう。今は最低限の警備兵しかいないし、拷問もしていないが。


 エレベーターに乗り、ボタンを押す。鉄格子を彷彿とさせる扉が閉まっていき、エレベーターが動き出す。


 すぐ下にある区画でエレベーターから降り、隔壁の近くを警備している警備兵の所で魔力認証を済ませてから、戦術区画へと足を踏み入れる。戦術区画と居住区は最優先で復旧が行われた区画なので、先ほど通過してきた廊下のようにドワーフたちが復旧を行っている様子はない。壁面から突き出ているケーブルや配管はしっかりと交換されている。


 中央指令室の前を通過したセシリアは、その奥にある部屋の前で立ち止まった。


 タンプル搭奪還の際、ヴァルツの連中が”第二指令室”として使っていた部屋の前だった。プレートには様々な言語で『諜報指令室』と書かれており、本来はシュタージの指令室だったことが分かる。


「ここか」


「ああ………い、言っておくが、ここの指揮官は変わり者だから油断するなよ」


 え、どういう事ですか。


 質問するよりも先に、セシリアは扉を開けた。


 中央指令室と比べると、シュタージの指令室は随分と狭い。数人分のオペレーターの座席が用意されていて、ホムンクルスのオペレーターが目の前の魔法陣に表示されているグラフや映像を見ながら、手元にある小型の魔法陣の表面を何度もタッチしている。


「あら、お客さん?」


 淡々と魔法陣を操作するオペレーターたちを見つめていると、入り口の近くにある座席に座って書類を見ていた金髪の少女が声をかけてきた。


 年齢は俺たちと同い年か年上くらいだろうか。セシリアやサクヤさんと同じく大人びているが、俺の上司であるハヤカワ姉妹が凛とした雰囲気を放っているのに対し、シュタージの指揮官の席に座っている彼女は飄々とした雰囲気を放っている。多分、彼女とかなり長い間一緒に仕事をしたとしても、この少女の本音を見透かすことはできないのではないだろうか。


 真っ黒な略帽の下にあるのは美しい金髪だ。その中からは狼のような形状の耳が伸びているが、頭髪の色と同じく耳も金色だからなのか、狼と言うよりは狐のように見えてしまう。


 彼女は獣人なのだろうか。


「手が空いたから連れてきてやったぞ、”クラリッサ”」


「あらあら、ということはこの悪魔みたいな怖い子が例の転生者君?」


 悪魔……………。


 もう見透かしているとはな。


 彼女は座席から立ち上がると、手袋を取りながらこっちへとやってきた。真っ白な手があらわになるが、よく見ると手のひらには肉球らしきピンク色の物体がある。


「初めまして。私は『クラリッサ・ルーデンシュタイン』。獣人に見えると思うけど、私もキメラの仲間だから間違わないでね」


「え、キメラ?」


「そう。大昔に絶滅した”マーナガルム”っていう狼の魔物と人間のキメラよ。私のご先祖様もキメラだったの」


 獣人かと思ったが、彼女もキメラだったのか。


 確かに普通の獣人には手のひらに肉球はないので、肉球で見分けるべきなのかもしれない。


 そう思いながら、ちらりと彼女の肩にある階級章をチェックする。諜報部隊を指揮する指揮官なのだから間違いなく階級は俺よりも上だろう。


 案の定、彼女は上官だった。


「よろしくお願いします、ルーデンシュタイン大佐。自分は――――――」


「あ、自己紹介は結構よ。あなたの個人情報は全部把握してるから」


「………えっ?」


「名前は速河力也。身長180cm、体重86kg。血液型はA型で誕生日は5月14日。出身地は異世界のニホンのヤマガタ県。あと童貞」


 コラ。


 頭を掻きながらちらりと隣を見てみると、サクヤさんは顔を赤くしながらこっちを見ていた。その隣にいるセシリアは「む? どうてい………?」と呟きながら首を傾げている。


「クラリッサ、”どうてい”とは何だ?」


「ふっふっふっ、教えてあげるわ。童貞というのは女の子とセ――――――――」


「やめなさぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁいっ!!」


 顔を真っ赤にしたサクヤさんの一喝で、不純極まりないクラリッサの説明が強制終了される。


 さすがサクヤさん。


「はっ、は、破廉恥よ! わ、私の妹に何を教えようとしてるの!?」


「副団長、妹さんにはちゃんとこういう知識も教えないとダメじゃないの。彼氏ができた時に苦労するわよ? きっと」


 そう言いながら、クラリッサはどういうわけか俺の方を凝視してニヤリと笑う。


 ああ、ヤバいわこの人。本当に個人情報全部把握してるかもしれない。


「そういうことは戦後にちゃんと教えるからいいのっ!」


 教えるんかい。


「………ところで、速河大尉」


 ニコニコしながら、クラリッサは俺の義手を握ってきた。もしこれが普通の手だったらプニプニした肉球が当たって気持ちいいのかもしれないけど、義手に触れた物の感覚はもう感じる事ができない。本当に残念である。


「私直属の兵士になってみない? 楽しいわよ、シュタージ(ここ)は。色んな国の弱みを知れるし。偉そうにラジオで演説している首相のスキャンダルとか、国家の崩壊につながりかねない機密情報がどんどん耳に入ってくるわよ」


 確かにそれは楽しそうだ。その情報を公にするだけで相手を好きなだけ失脚させられるのだから、最高の気分を味わう事ができるだろう。それがこっちに牙を剥いたらとんでもないことになるが。


 悪くないかもしれない、と思っていると、クラリッサは義手を握ったまま俺の身体に寄り掛かってきた。真っ黒な制服に覆われた大きな胸が義手に当たるが、これは機械の腕なので本当に何も感じない。マジで残念である。


 彼女は準用戦艦といったところか。


「それに………………私の部下になってくれたら、毎日”可愛がって”あげてもいいのよ………?」


「い、いや………俺は………………」


「こ、こら、クラリッサ!」


 断ろうとしていると、今度はセシリアが反対の義手を掴んで引っ張り始めた。


「ダメだぞ、力也は私のだ! というかお前もとっとと首を横に振らんか!」


「す、すまん、ボス」


「あらあら、残念ねぇ♪」


 楽しそうに笑いながら手を離したクラリッサは、肩をすくめながら後ろに下がった。


「でも気に入ったわ。何か欲しい情報があったら、いつでもここを訪ねなさいな。その時はサービスしてあげる♪」


「か、考えておきます」


「考えるな馬鹿者!」


 す、すみません………。


「まったく………お前は私のものなのだぞ、バカ………………」


 多分、シュタージに転属する事はないだろうと確信しながら、俺たちは諜報司令部を後にした。


 やっぱり、ボス(セシリア)の所が一番だ。



 


 


※クラリッサのファミリーネームで気付いた人もいると思いますが、彼女はクランとケーターの子孫です。


なんかこういうシーン久々に書きました(笑)

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