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異世界で復讐者が現代兵器を使うとこうなる   作者: 往復ミサイル
第十章 第二次ブラスベルグ攻勢
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蒼き国旗


 アルカディウス市内は火の海と化していた。


 かつて、世界中で苦しめられていた奴隷たちのために作られた楽園の首都が、煉獄の業火で真っ赤に染まっている。墜落した空中戦艦や飛行機がアパートに突っ込んで炎上し、蜂の巣にされた敵兵の死体たちが塹壕の中を埋め尽くす。車道に放置されていた車が戦車に踏み潰されて大破し、倒壊した建物が車上にレンガの破片をばら撒く。


 総司令部の周囲を守っていた守備隊はもう総崩れになっていた。大半の兵士は弱音を吐きながら銃を投げ捨てて国会議事堂の中へと逃げ込もうとしている。上官らしき兵士やまだ士気を維持している兵士が彼らを咎めながら抵抗を続けるが、屋上にいるスペツナズの狙撃によって眉間を撃ち抜かれ、次々に戦死していった。


 国会議事堂の内部に突入すればまた銃撃戦は始まるだろうが、総司令部の外での銃撃戦はもう終わったと言ってもよかった。抵抗してくる敵兵は殆どいない。


 けれども、断末魔は聞こえてくる。妻や恋人の名前を叫んだり、殺さないでくれと絶叫するヴァルツ兵たちの断末魔。


 彼らの命を容赦なく奪っているのは、9年前にここから追い出され、全てを失ったテンプル騎士団の兵士たちだった。海上を彷徨っている間に入団した兵士たちは淡々と敵を制圧し、弾薬や回復アイテムの補充を行って室内戦や追撃戦の準備をしていたが、9年前に全てを失った兵士たちは逃げ遅れた敵兵や負傷兵たちを庭へと引きずり出し、無慈悲に処刑していた。


 千切れた脚に包帯を巻いた負傷兵が、ヴァルツ語で「頼む、殺さないでくれ」と叫ぶ。だが、彼の目の前にやってきた傷だらけのハーフエルフの兵士はがっちりした腕を自分の腰へと伸ばすと、返り血で真っ赤になったマチェットを引き抜き、その負傷兵の首を斬り落としてしまった。


 その傍らでは、オークの兵士が泣きながら敵兵を棍棒で殴り続けている。頭蓋骨が割れたのか、その殴られているヴァルツ兵の顔はやけにひしゃげていた。


 庭の向こうからは銃声が聞こえてくる。銃撃戦の時のように荒々しい轟音が荒れ狂っているわけではなく、散発的で少しばかりは静かな銃声。


 きっと敵兵を銃殺刑にしているのだろう。一般的な先進国の軍隊では有り得ない事だという。オルトバルカやフェルデーニャでは、降伏した敵兵は捕虜として受け入れて収容所へと放り込み、戦争が終わってからしっかりと開放することになっている。だが、テンプル騎士団はそのような条約に批准したことはないので、相手が白旗を振っていようと蜂の巣にしても構わないのである。


 噴水の向こうでは、ホムンクルス兵たちが白旗を振っている敵兵を容赦なくモシンナガンで射殺しているところだった。負傷兵たちが横になっている医務室代わりの塹壕に火炎瓶を放り込んでいる兵士もいる。


 咎めようとする者は、1人もいない。


「同志団長、我が軍が優勢です。スペツナズも敵の指揮官と転生者の排除に成功したそうです」


「よくやったと伝えてくれ。それと、マイクを」


「はい、こちらに」


 受け取ったマイクのスイッチを入れ、ちらりと傍らにいる工兵の方を見る。工兵たちはマイクから伸びているケーブルがスピーカーに繋がっていることを確認すると、こっちに向かって親指を立てた。


 頷きつつ、勉強したヴァルツ語を思い出しながら、私はマイクを使ってヴァルツ軍に向かって呼びかける。


『――――――Au regl galam valtβ bardar.(交戦中のヴァルツ軍に告ぐ)』


 発音はこれで合っている筈だ。


 端末が他の言語を自動的に翻訳してくれる第一世代型転生者は本当に羨ましいものだ。私やサクヤ姉さんのように端末を持たず、端末の機能を自分自身の能力として身に着けて生まれてくる第二世代型転生者は、その翻訳機能がオミットされているからなのか、自分の母語以外の言語はしっかりと勉強する必要がある。


 私たちの祖先の1人であるタクヤ・ハヤカワは、先進国の言語どころかアナリア大陸の先住民の言語までマスターしていたため、会議に行く際は通訳は不要であり、逆に彼が通訳を担当することもあったという。


 どうすればそんなにたくさんの言語をマスターできるのだろうか。


『Йёй agul ba Ωagorunu zchiher. Gan au isn valdhchr vergen, Σbkaug bamn kvhcher zenz.(司令部の周囲は我々が制圧した。諸君らは完全に包囲されており、脱出は不可能である)』


 唐突に、私の頭が大きく揺れた。眉間から真っ赤な血飛沫が噴き上がり、脳味噌の一部らしき物体が荒れ地みたいな塹壕の中へと落ちていく。


 体内にある敵兵から吸収した魂を使って傷口を再生させながら、国会議事堂の3階を睨みつけた。3階にある窓からスコープ付きのヴァルツ製のボルトアクションライフルを装備した狙撃手が、スコープを光らせながらこちらに狙いを定めている。


 周囲にいたライフルマンたちがモシンナガンを向けて発砲し始めると、その狙撃兵は慌てて窓の奥へと引っ込んだ。


 隣にいる姉さんが「撃ち方やめ!」と叫ぶ。兵士たちはライフルでの射撃をぴたりと止め、ライフルや機関銃を国会議事堂へと向けた。

 

 先ほどの狙撃手はいい腕だな、と思いつつ、ヴァルツ語で呼びかけ続ける。


『Ёant vrn au guafachy dam gerf, au guafachy gyam βct ichel falm au guzer. Θ agy, Γμρω Σbkaug bamn. Zeshkenζ gu ol silvs ёan bew valtβ bardar. algan.(このまま戦闘を続けて皆殺しにされるか、命乞いをして無様に死ぬか好きな方を選べ。なお、降伏は一切受け付けない。ヴァルツ帝国の名に恥じぬ死に方をせよ。以上だ)』


 テンプル騎士団に、降伏勧告はない。


 創設時はやったことがあるらしいが、現代のテンプル騎士団は敵に降伏勧告をする事など絶対にない。敵を根絶やしにするまで攻撃を続け、大地を敵兵のみっともない死体で埋め尽くすまで、我らは戦い続けるのだ。


 きっと降伏勧告だと思っていた敵の将兵は絶望している事だろう。


 降伏勧告ではなく、死刑宣告だったのだから。


 マイクのスイッチを切って隣にいるホムンクルスの工兵に渡すと、サクヤ姉さんがカンプピストルに信号弾を装填した。カチン、と装填を終えた姉さんはリボルバーの銃身を太くしたような形状のカンプピストルを国会議事堂の上へと向け、蒼い信号弾を放つ。


 うっすらと煙を発しながら飛んでいった信号弾は、国会議事堂の頭上で炸裂し、まるで蒼い太陽のように幻想的な光を放ち始める。炎上するクレイデリアの首都を国会議事堂上空から睥睨した蒼い閃光は、更に強烈な光を放ちながら宙を舞い、空を飛び回る戦闘機や爆撃機たちに空爆が必要である事を告げる。


 プロペラの音が大きくなったかと思いきや、唐突に3階の壁が穴だらけになった。逆ガル翼に搭載された機銃から猛烈なマズルフラッシュを放ちつつ急降下してきた2機のF4Uコルセアたちが国会議事堂を穴だらけにし、胴体にぶら下げた爆弾や主翼の下に搭載したロケット弾で壁面を吹き飛ばす。


 窓の陰に隠れていたヴァルツ兵たちが叫び声をあげながら、瓦礫と一緒に外へと落ちていった。


「同志諸君、最後まで気を抜くな」


 刀を引き抜いて仲間たちを見渡しながら告げる。もう既に我々の勝利は確定していた。ヴァルツ軍はクレイデリアの総司令部を失い、虎の子の転生者もスペツナズによる奇襲で無力化されてしまっている。既にアルカディウス守備隊どころか、『ユートピウス』や『ユーフォリウス』に駐留している他のヴァルツ軍とも連携がとれなくなっている事だろう。


 ここを制圧し、部隊の再編成を終えた暁には、まだクレイデリアに残っているヴァルツの連中を各個撃破していくつもりだ。クレイデリアに留まりたいというのなら、奴らの願いを叶えてやろう。死体をクレイデリアの大地に埋めてやれば、死後だろうと永住権が手に入る。


 まあ、貴様らに人権はないがな。


 SMGサブマシンガンや銃剣付きのショットガンを装備した突撃歩兵たちの後方に、M2火炎放射器とガスマスクを装着した兵士たちがいる。室内戦に投入するために編成された”掃討焼却兵”と呼ばれる兵士たちだ。火炎放射器や火炎瓶を装備しており、敵兵を”燃やす”ことに特化した恐ろしい部隊である。


 スペツナズにもそういう奴が1人入隊した事を思い出しながら、突撃の合図を出すために法螺貝を口元へと運ぶ。


『――――――ブオォォォォォォォォォォッ!!』


『『『『『Ураааааааа!!』』』』』


 法螺貝の音が響くと同時に、兵士たちが一斉に国会議事堂の中へと突撃を始めた。私も左手を突き出して愛用の三八式歩兵銃を装備から解除し、代わりに力也が生産するように勧めてくれた銃をタッチして装備する。


 消滅したメニュー画面の代わりに姿を現したのは、三八式歩兵銃の銃身を一気に切り詰めてバレルジャケットで覆い、左側面にマガジンを装着したような形状をしている『一〇〇式機関短銃』というSMGサブマシンガンであった。これも三八式歩兵銃や南部大型自動拳銃と同じく、力也が生まれた異世界の”ニホン”という国が製造したものだという。


 近距離では刀と拳銃を使うからこのような銃は私には不要だと言ったのだが、弾丸を連射できる銃は確かに近距離戦闘では便利な銃だと言えるだろう。


 一〇〇式機関短銃に銃剣を装着し、私も他の兵士たちと共に国会議事堂の内部へと突入した。


 敵兵が用意していたバリケードを飛び越え、通路の向こうから機関銃で応戦してくる負傷兵を一〇〇式機関短銃のフルオート射撃で撃ち殺す。射手が殺されたことで射撃できなくなった重機関銃の脇を通過して、姉さんや仲間たちと共に階段を駆け上がった。


 私たちを食い止めるために応戦してくるのは、やはり負傷兵ばかりだった。エリクサーが行き渡らなかったせいで血まみれの包帯を巻いている負傷兵だけでなく、片腕がない負傷兵まで襲い掛かってくる。残っている方の腕で拳銃を掴んで連射してくるが、全く当たらない。


 必死に反撃してくる負傷兵たちは、全員絶望していた。


 勝てるわけがない戦いなのだから。


 武器を手にして戦闘に参加すれば、絶対に生きて帰れない。祖国にいる家族や恋人に会う事ができなくなる。


 怯えながら拳銃を連射してくる負傷兵に銃剣を突き立て、そのままトリガーを引く。3発ほど弾丸が銃口から飛び出して、すぐ目の前にいる哀れな負傷兵の胸板を3回も穿った。銃剣と弾丸を叩き込まれたその負傷兵は、小さな声で恋人らしき女性の名前を呟いてから血を吐き出し、後ろへと崩れ落ちていく。


 ――――――本当に馬鹿げている。


 報復されるのが嫌ならば、なぜ我らから全てを奪ったのか。


 普通の人ならば、今のような死に方をした兵士を見てしまったら精神を病んでしまうかもしれない。自分が彼を殺し、家族や恋人と再会させる機会を奪ってしまった罪悪感に苦しみ続けることになるかもしれない。


 けれども、私はそういう死に方を見る度に怒りを感じる。


 これが我らの味わった苦しみなのだ。貴様らが我らに与えた絶望なのだ。


 動かなくなった負傷兵を踏みつけてからジャンプし、床に伏せた状態でライフルを連射している片足のない負傷兵に弾丸を撃ち込む。背中を弾丸でグチャグチャにされた負傷兵が血を吐きながら動かなくなった。


 マガジンを交換しつつ階段を駆け上がり、隣を走りながらM1ガーランドにクリップを装填する姉さんと共に手榴弾を投擲する。破壊された机や壁面の一部を積み上げて作ったバリケードを飛び越えた2つの手榴弾は、その奥で応戦する準備をしていた敵兵たちを木っ端微塵にしてしまう。


 血まみれのバリケードを突破すると、その向こうはちょっとした地獄と化していた。


 身体中に包帯を巻いた兵士たちがグチャグチャになっている。内臓や肋骨もろとも脇腹を爆発で抉り取られた死体や、手足どころか首から上まで吹き飛ばされた死体が転がっていて、床を血や内臓の一部が覆っている。


 眼球に破片が刺さった負傷兵が、呻き声を発しながら近くに転がっている木片を振り回す。目が見えなくなってしまった彼に止めを刺すと、後続の兵士たちがバリケードを乗り越えてきた。


 兵士たちの中には、テンプル騎士団の兵士たちだけではなく、テンプル騎士団が後ろ盾となって設立された”クレイデリア国防軍”の制服に身を包んだ兵士もいた。9年前にクレイデリアが占領された時の生き残りなのだろう。


 ステンガンを装備した国防軍の兵士のうちの1人が、背負っていた旗を手に取って私に差し出した。


 真っ白な翼と揺り籠が描かれた、クレイデリアの国旗だ。


「同志団長、これを」


「同志、あなたが立ててください。この国会議事堂に」


「………ああ」


 もう、外から銃声は聞こえない。銃声の代わりに、一斉に武装蜂起したレジスタンスや外にいるテンプル騎士団兵たちがクレイデリアの国歌を歌う歌声が聞こえてくる。


 少なくとも、アルカディウスでの戦闘は終わりつつあるようだった。


 3階にいる負傷兵たちを皆殺しにしてから、屋上へと続く扉を蹴破った。いたるところが赤く燃えている首都の廃墟を見渡しながら一〇〇式機関短銃を背負い、国防軍の兵士の生き残りから受け取ったクレイデリアの国旗を広げる。


 国会議事堂の屋上で揺れていたヴァルツの国旗は、もう既に国防軍の兵士たちやサクヤ姉さんが下ろしていた。兵士のうちの1人がヴァルツの国旗にライターで火をつけ、燃え上がる国旗を地上へと向けて放り投げてしまう。


 クソ野郎共の国旗の代わりに、私はクレイデリアの蒼い国旗を屋上へと掲げた。


 蒼い国旗が揚がった瞬間、国会議事堂の周囲に集結していたレジスタンスたちやテンプル騎士団の兵士たちが、軍帽を夜空へと放り投げながら歓声をあげた。一緒に屋上へと上がった兵士が懐から写真を取り出し、歓声をあげるレジスタンスたちや旗を掲げた私たちを撮影し始める。


 廃墟を見渡しながら、私たちは実感していた。


 やっとここへ戻ってきたのだ、と。












 クレイデリアを奪還されたことで、ヴァルツ帝国とヴリシア・フランセン帝国の補給ルートは寸断されることとなった。


 首都とタンプル搭を失ったヴァルツ軍は、ユートピウスやユーフォリウスなどの大都市に立て籠もって抵抗を続けたものの、総司令部や指揮官を失った事によって他の守備隊との連携がとれなくなった彼らは、レジスタンスや国防軍の生き残りと合流して圧倒的兵力と化したテンプル騎士団に包囲され、各個撃破されていった。


 この戦いで、捕虜となった1人の転生者を除き、他のヴァルツ兵たちは皆殺しにされてしまったのである。


 帝国軍側はこの戦いを『兵士を皆殺しにする蛮族たち』と新聞で報道したが、アナリア合衆国はこう報道した。


 『9年間も絶望と共に海原を彷徨っていた怪物たちが、やっと祖国を取り戻した』、と。


 クレイデリアの奪還は、テンプル騎士団にとって二度目の全盛期を迎える前兆となったのである。





 第十章『第二次ブラスベルグ攻勢』 完


 第十一章『殺しの遺伝子、滅びの遺伝子』へ続く


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