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異世界で復讐者が現代兵器を使うとこうなる   作者: 往復ミサイル
第十章 第二次ブラスベルグ攻勢
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司令部潜入


 総攻撃開始まで、あと30分。


 テンプル騎士団のエンブレムが描かれた黒い懐中時計を内ポケットの中へと戻し、かつてはホテルだった廃墟の割れた窓から大通りの奥に鎮座する国会議事堂を睨みつける。クレイデリア連邦の法律について話し合う場所だった国会議事堂は現在ではヴァルツ帝国軍のクレイデリア国内での総司令部と化しており、周囲には有刺鉄線や土嚢袋がどっさりと用意されている。


 タンプル搭陥落後に大慌てで防衛戦の準備をしたらしく、国会議事堂の周囲を埋め尽くしていた石畳は取り外されて地面が掘り返されており、塹壕が掘られていた。あのような塹壕は普通なら平原とか草原に用意されることが多いので、近代的な大都市―――――今では廃墟である―――――のど真ん中に物騒な塹壕があるのはミスマッチである。


 塹壕の中には対空用の重機関銃も用意されていた。ヴァルツ軍で正式採用されている水冷式の重機関銃を、射手の座る座席の左右に2基ずつ束ねた4連装対空機関銃だ。4つの重機関銃から8mm弾が放たれれば射線上は無数の弾丸でとんでもないことになるだろうが、使っている弾薬はあくまでもヴァルツ製ライフル用の8mm弾。機関銃を4連装にして弾幕を濃密にしても、破壊力と射程距離は高が知れている。


 第一次世界大戦の頃の複葉機には脅威だが、第二次世界大戦の頃の戦闘機には火力不足だ。第二次世界大戦の戦闘機の武装は、12.7mm機銃とか20mm機関砲が当たり前だったのだから。


 対空機銃の射手たちが、夜空を舞うテンプル騎士団の航空機へと向けて必死に曳光弾を放つ。けれども、その緋色の弾丸たちは夜空を舞うYak-9TやF4Uコルセアには全く命中していない。むしろ、空を舞う戦闘機たちが逆に地上へと機銃掃射をぶちかまし、対空機銃もろとも射手たちをズタズタにしてしまう。


 機銃掃射を叩き込まれて穴だらけになった対空機銃を見てから、大きな無線機を背負っているエステルを呼んだ。彼女が背負っている無線機を借り、部隊に指示を出しているキャメロットと通信する。


「キャメロット指令室、応答せよ。こちらアクーラ1」


『こちらキャメロット指令室』


赤き雷雨クラースヌイ・グローザ、位置についた。これより国会議事堂内部への潜入を試みる」


『了解した。幸運を祈る。――――――キャメロット指令室より全航空隊へ。空爆の際は地上からの魔力反応を確認せよ』


 オペレーターが航空隊にそう伝えてくれたのを聞いてから、無線機をエステルに返して双眼鏡を取り出した。国会議事堂の周囲は航空隊の空爆や機銃掃射の標的となっており、暗闇の向こうで機銃掃射で放たれた弾丸が対空機銃に命中して生み出す火花や、落下した爆弾が生み出す爆炎が何度も見える。


 もしオペレーターがこれから味方が敵の司令部に潜入を開始する事を伝えなければ、俺たちもあの攻撃に巻き込まれたり、敵だと勘違いされて爆弾や機銃掃射をプレゼントしてもらえることになる。


 味方の攻撃で殺されてたまるか。プレゼントを貰うのは誕生日とクリスマスだけでいい。


「潜入は第一分隊のメンバーで行う。エレナ、地図を」


「どうぞ」


 埃まみれのテーブルの上にアルカディウスの地図を広げ、ランタンで照らしながら鉛筆で地図に印をつけていく。現在位置と国会議事堂の入り口に印を書いてから、別の場所にも印を書いて仲間たちに説明を始めた。


「今回の潜入は増員前の戦法で行く。第一分隊が潜入し、第二分隊は他のポイントに移動して敵の動きの観察と情報収集を。場合によっては陽動を要請することもあるかもしれん」


 増員が実施される前のスペツナズは、4人で1個分隊であり、4個分隊で1つの部隊が編成されていた。敵の拠点への潜入では最も錬度の高い兵士のみで編成された第一分隊が潜入を行い、他の分隊は狙撃や敵兵の位置の連絡などを行って、潜入する第一分隊を支援することになっていたのだ。


 今回は、その”前のやり方”でやってみようと思う。


 端末を取り出してルガーP08アーティラリーにサプレッサーを装着し、ホルスターから引き抜いてストックを装着する。


「エレナとエステルは引き続き別行動。狙撃ポイントを確保して支援を頼む」


 エレナにモシンナガン用のサプレッサーを渡しながら指示を出し、地図の埃を払い落として彼女に返す。サプレッサーと地図を受け取ったのを確認してから「何か質問はあるか」と仲間たちに問いかけると、第二分隊の隊長であるヴラジーミル少尉が手を挙げた。


「どうした」


「同志、転生者と遭遇したらどうするつもりだ?」


「ぶち殺す」


 その転生者が敵ならば、男だろうと女だろうとぶち殺す。老人だろうと子供だろうとぶち殺す。健康だろうと瀕死だろうとぶち殺す。もちろん、敵ならば赤子でもぶち殺す。


 やることはそれだけだ。それが俺の存在意義だ。


 あっさりと答えると、バラクラバ帽を取っていたヴラジーミルは「そうじゃなくてな」と言いながら苦笑いする。


「単独でやるつもりか」


「ヤバくなったら支援を頼むさ」


 でっかいスネイルマガジンを装着し、トグルを引っ張りながら答えた。


 











 現代の戦闘でもピストルカービンが使われることはあるかもしれないが、最もピストルカービンが大活躍したのは第一次世界大戦だと言っても過言ではないだろう。


 ボルトアクションライフルは銃身が長い上に連射速度が遅かったし、セミオートマチック式のライフルは信頼性が低かったからよく故障した。塹壕戦の最適解であるショットガンとかSMGサブマシンガン以外の銃では、ハンドガンを改造したピストルカービンが最適解だったのだ。


 歩兵が持つライフルと比べると小ぢんまりとしたサプレッサー付きのルガーP08アーティラリーを右手に持ちながら、空爆の衝撃波のせいで所々が剥離している石畳の上を匍匐前進していく。サーチライトがズタズタにされた車道を照らしていく度に全員で匍匐前進をぴたりと止め、灯りが消え失せてから再び前進していった。


 金属が焼ける臭いや、放置されている自動車から溢れ出たオイルの臭いが混ざり合っている。ここがテンプル騎士団と国防軍に守られていた頃は、近くにあるパン屋から漏れ出るバターの香りや喫茶店で販売されているコーヒーの香りで満たされていたに違いない。この世界の車は魔力で走るから、前世の世界の車みたいに排気ガスは出さない。少しばかりは環境に優しい世界だったらしい。


 匍匐前進している内に、有刺鉄線が設置されている場所まで接近した。後方にいるコレットに合図を送るよりも先に、彼女は背中に背負っていた工具の中からボルトカッターを取り出して、匍匐前進しながら俺の隣までやってくる。


 サーチライトを使っている敵兵の位置や、まだ上空に向かって弾丸をぶちかまし続けている対空機銃の位置を確認している内に、ガチン、と目の前に居座っていた有刺鉄線がボルトカッターで切断されていく。


 作業が終わったのを確認してから、俺が一番最初に匍匐前進で有刺鉄線の下を潜り抜け、ヴァルツの間抜け共が大慌てで掘った塹壕の中へと忍び込んだ。


 塹壕の中はかなり暗かった。荒れ地を思わせる地面には機関銃から排出されたと思われる薬莢が転がっている場所もあったので、うっかり踏みつければ金属音で敵兵に怪しまれてしまう恐れがある。侵入者を警戒するためのトラップとしてわざとそうしたのだろうか。それとも、ただ単に薬莢を放置しているだけなのだろうか。


 光源が殆どないせいで、どこに薬莢が転がっているのか非常に分かりにくい。


 クソッタレ、本当に暗視スコープとか暗視ゴーグルが欲しくなる。それらがあれば夜間での戦闘の難易度は一気に下がり、索敵は一気に容易になる筈だ。


 生産できるようになったら真っ先に生産しようと思いつつ、仲間たちに合図を送ってゆっくりと進む。


 木箱に腰を下ろして休んでいた兵士が、唐突に頭を微かに揺らしたかと思うと、そのまま崩れ落ちて動かなくなってしまった。居眠りだろうかと思って近付いたが、鼻腔へと入り込んできた血の匂いに気付くと同時に、彼に何が起きたのかを理解する。


 ヘルメットには風穴が開いていて、弾丸に穿たれた頭の肉の断面や頭蓋骨の一部があらわになっていた。


 そう、頭を遠距離から狙撃されたのだ。


 サプレッサー付きのモシンナガンを装備したエレナが、遠距離から狙撃して始末してくれたのである。もちろん、俺は彼女にこの敵兵を狙えと指示を出した覚えはない。


 なのに、エレナは俺が排除するべきだと考えていた敵兵を、まるでその思考をテレパシーで知ったかのように撃ち抜いてくれた。


 ぎょっとしている内に、姿勢を低くしていたマリウスがその死体を掴んで引っ張り、塹壕の隅に隠してしまう。その間にこの兵士が倒れた音で近くにいた敵兵が気付いていないか素早くチェックし、死体を隠し終えたマリウスと共に前進する。


 やけに近くで、強烈なマズルフラッシュと銃声が産声を上げた。どうやら近くに対空用の機関銃が設置されているらしく、マズルフラッシュの閃光をそのまま纏ったかのような曳光弾たちが立て続けに天空へと放たれているのが見える。


 F4UコルセアやYak-9Tにはそれほど脅威ではないが、念のため排除しておくとしよう。弾幕が薄くなれば、航空隊も空爆や機銃掃射がやり易くなるはずだ。


 屋根の上に狙撃ポイントを確保したエレナたちには死角らしく、先ほどのようにサプレッサーで轟音の大半を掻き消された状態の弾丸が飛んでくる気配はない。姿勢を低くしながらルガーP08アーティラリーを構えて接近した俺は、この分隊の優秀な狙撃手が射手を狙撃できない理由を理解した。


 面倒なことに、機関銃の周囲を土嚢袋で囲んでいるのだ。真横や多少斜め上からの狙撃ですら死角になるほどの高さである。それでは接近してくる敵兵に弾幕をお見舞いする事ができなくなるのではないかと思ってしまうけど、そもそも対空用の兵器として使うのであればそれはあまり考慮しなくてもいいと判断したのだろう。万が一の地対地攻撃よりも、敵の狙撃兵に射手を狙撃されて損害を被ることを恐れたというわけか。


 くそったれ、正しい判断だ。


 弾幕を張ることに夢中になっている射手の頭に、ルガーP08アーティラリーの9mm弾をお見舞いする。トグルが上へと上がると同時に小さな薬莢が飛び出し、荒れ地のような地面へと落下していった。


 唐突に射手が死亡した事に驚いた装填手がこっちを振り向くが、こっちは夜間での隠密行動を想定したフード付きの黒い制服とバラクラバ帽をかぶっているし、目の部分は防塵ゴーグルでちゃんと保護しているから、全身が真っ黒に染まっている状態だ。よく見れば暗闇の中に敵兵がいることが分かるだろうが、この格好で暗闇の中にいれば、咄嗟に見た程度では気付かないに違いない。


 仲間が戦死した事に気付いた装填手が叫ぶよりも先に、暗闇そのものが牙を剥く。


 暗闇の中から放たれた1本の黒い投げナイフが、正確に敵兵の顔面に突き刺さる。装填手は呻き声すら上げずに崩れ落ち、動かなくなってしまった。


 今の投げナイフを投擲したのはジェイコブだ。テンプル騎士団ではサプレッサーを装備していない場合に少しばかり遠くにいる敵兵を確実に仕留めるため、兵士たちに投げナイフの訓練も行わせているのだ。


 崩れ落ちた敵兵の顔面から投げナイフを引っこ抜いて回収し、血を拭い去ってからホルダーの中に戻すジェイコブ。その間にコレットが沈黙した対空機銃に忍び寄り、射手が座っていた座席の辺りに爆薬を設置する。


 今起爆するつもりなのかと思ったが、コレットは起爆スイッチすら準備せず、そのまま機銃から離れていった。


 陽動が必要な時に起爆するつもりなのだろう。そうすれば敵がこちらを警戒するし、空軍からすれば敵の弾幕が薄くなる。一石二鳥だな。


 総攻撃開始まであと15分。攻撃開始前に攪乱を開始するのが望ましい。対空機銃を潰すのも悪くないが、出来るならば総司令部内に潜入して内側から思い切り攪乱したいところだ。


 対空機銃を離れ、塹壕を姿勢を低くしながら進んでいく。支給された寝袋の中で寝息を立てている敵兵の喉元に義手の指から展開したナイフを突き立てて永眠させ、司令部へと近付いていく。


 敵兵はまだ俺たちに気付いていないが――――――さすがに司令部の入り口の周囲は警備が厳重だった。トラックや装甲車が何両も停車しているし、テンプル騎士団を迎え撃つためなのか、弾薬の入った木箱や重機関銃を運搬している兵士が何人もいる。


 ここで攻撃をかけてもいいが、そうしたら攪乱が中途半端になってしまうし、司令官や転生者にも逃げられてしまう恐れがある。


 溜息をついてから、コレットの方を見てウインクする。


「コレット」


「はい」


「爆破」


「了解」


 返事が返ってきた直後、ドン、とさっき彼女が爆薬を仕掛けていた対空機銃が吹き飛んだ。冷却用の水が入っていたタンクが裂け、漏れ出た水が火柱の中であっという間に蒸発していく。


 案の定、その爆音が轟くと同時に警備兵や作業中だった工兵たちが一斉にそっちの方を振り向いた。


「な、何だ!?」


「対空機銃が吹き飛んだぞ!」


「くそ、空爆か!?」


「いや、敵の破壊工作の恐れがある! 作業を中止して確認するんだ!」


 積み上げている途中だった土嚢袋や、運搬中だった弾薬入りの木箱を近くに放り投げた工兵たちが大慌てで機銃の方へと走っていく。塹壕の中に隠れながら敵兵が通り過ぎていくのを待った俺たちは、入り口の前に殆ど敵兵が残っていないことを確認すると、確認に行った連中が戻ってくる前に入口の方へとダッシュし、司令部の中へと突入した。




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