第二世代型転生者
三八式歩兵銃から放たれた6.5mm弾に頭を撃ち抜かれた転生者が、がくん、と頭を後ろへと大きく揺らしながら崩れ落ちていく。ボルトハンドルを捻ってから後方へと引きつつ、フランギウス軍の塹壕の中へと引っ込んだ私は、腰のポーチに入っている6.5mm弾のクリップを引っ張り出し、5発の弾丸を三八式歩兵銃のマガジンへと装填する。
ボルトハンドルを元の位置に戻してから射撃を再開しようとすると、近くで重機関銃の再装填を終えたオークの兵士も射撃を再開した。立て続けに銃声が響き渡り、銃口から躍り出たマズルフラッシュが荒れ狂う。
銃剣付きの三八式歩兵銃を構え、転生者を狙い撃つ。大剣を構えた転生者が雄叫びを上げながら突っ込んでくるが、剣で銃に勝てるわけがない。
そいつの胸板へと向けて6.5mm弾を放つ。他のボルトアクションライフルよりも口径の小さな弾丸が、圧倒的なスピードで敵の胸板へと牙を剥こうとする。だが、そのライフル弾が猛威を振るおうとするよりも先に転生者が大剣を振り回し、6.5mm弾を弾き飛ばしてしまう。
ガギン、と金属音が響き渡り、刀身から一瞬だけ火花が散った。
ライフル弾を弾かれたのを目の当たりにしながら、目を細める。
何年も修行を続けた剣士が、剣戟よりも遥かに速い弾丸を弾いたというのならば納得できるだろう。だが、転生者はステータスや能力によって簡単に自分自身を強化する事ができる。何十年も修行してやっと習得できるような技術を、数日で手に入れる事ができるのである。
そう、転生者は理不尽な存在だ。
その理不尽な連中が、世界中で人々を虐げている。
ちらりと隣にいるオークの兵士に目配せする。彼は重機関銃を構えたまま頷くと、その大剣を持った転生者へと弾幕を張り始めた。
重機関銃に狙われていることに気付いた転生者が、大剣を立て続けに薙ぎ払って弾丸の群れを弾き始める。まるで片手で軽いナイフでも振るっているのではないかと思えるほどの速度で、次々に重機関銃の弾丸を弾いていく転生者。その隙に狙いを定めた私は、呼吸を整えてからトリガーを引いた。
6.5mm弾が、薙ぎ払われた大剣の隣を掠めた。弾丸を弾く事ができるというのであれば、塹壕の中にいるライフルマンや機関銃は脅威ではないだろう。だが、振るっている得物が1本だけである以上、隙を狙った射撃を防ぐことはできない。
重機関銃の弾幕を弾くために大剣が振るわれた直後に、大剣の脇をすり抜けた一発の弾丸が転生者の眉間を直撃する。6.5mm弾が転生者の眉間をあっさりと食い破り、風穴から鮮血を噴出させる。細い腕が振るっていた大剣がぴたりと止まったかと思うと、オークの兵士が放っていた機関銃の銃弾が彼の胸板を容赦なくズタズタにした。
ボルトハンドルを引きながら、ちらりと他の転生者たちの方を見る。テンプル騎士団が乱入したばかりの頃は、早くも塹壕を放棄したフランギウス軍に止めを刺すために積極的に攻撃していたが、段々と敵軍の攻撃が消極的になっているような気がする。要塞のすぐ近くにある塹壕に突っ込んでくる転生者の数が減っているし、敵の砲兵隊が支援砲撃をする気配もない。
「あの暗殺者が敵の指揮官の暗殺に成功したのでしょうか」
「うむ………」
塹壕の中で、スプリングフィールドM1903を持ったダークエルフの兵士が尋ねてくる。
確かに、あいつが敵の指揮官の暗殺に成功したのであれば、前線で戦っている部隊に命令は届かなくなる。指揮官からの命令が届かなくなれば、実際に敵と戦っている兵士たちは判断ができなくなり、攻撃が消極的になっていく。
何度も実戦を経験したベテランの兵士がいれば、自分の経験を参考にして他の兵士たちを指揮する事ができるだろう。だが、喜ばしい事に、敵にはそのようなベテランの兵士はいないようだった。転生者は強力な存在だが、強力な力を手にするまでの期間が短い。つまり、”短時間で強くなれるにも関わらず、経験は浅い”という事を意味する。
一対一の戦闘ではそれほど問題にならない欠点だが、こういう大規模な部隊同士の戦闘では大きな欠点と化す。経験が浅すぎるせいで、あっさりと瓦解してしまうのだ。
決着をつけるならば今だろう。
塹壕の中にいる同志たちを見渡しながら、私は叫んだ。
「同志諸君、敵は瓦解しつつある! これよりテンプル騎士団は、敵軍への突撃を敢行する!」
我々が突撃を開始すれば、敵は攻撃を中止して逃げ始める筈だ。
腰に下げている迷彩模様の法螺貝を拾い上げつつ、他の兵士たちにも指示を出す。
「歩兵部隊は突撃準備! 機関銃と迫撃砲は、突撃する部隊の支援を頼む!」
「「「了解!」」」
テンプル騎士団では、突撃する際の合図に法螺貝を使っている。テンプル騎士団が創設されたばかりの伝統らしいが、なぜ他の国の軍隊のようにホイッスルを採用しなかったのだろうか。
この迷彩模様の法螺貝を手にする度にこの疑問が産声をあげる。少しだけ首を傾げてから苦笑いした私は、兵士たちが銃剣を装着して突撃の準備を終えたことを確認してから、法螺貝を吹いた。
『ブオォォォォォォォォォォォォォッ!!』
『『『『『Ураааааааа!!』』』』』
塹壕の中にいる兵士たちが、銃剣の付いたライフルを抱えながら塹壕から次々に躍り出る。機関銃の射手たちが弾幕を張って転生者たちを牽制している隙に、塹壕の中で砲弾を準備していた迫撃砲の砲手たちが、敵部隊へと向けて砲撃を開始した。
法螺貝を腰のホルダーに下げてから三十八式歩兵銃を背中に背負い、腰の鞘から刀を抜く。他の兵士たちと共に塹壕から飛び出し、瓦解しつつある転生者部隊へと突撃していく。
中には魔術や弓矢で反撃してくる転生者も見受けられたが、突っ込んでいくテンプル騎士団の兵士たちを食い止めることはできなかった。慌てて魔術を連発する転生者の少年に数人の兵士が突撃し、彼が魔術を放つ前に銃剣で串刺しにしてしまう。
魔術を纏わせた矢を放とうとしていた少女の胸板に、ドワーフの兵士たちが一斉に銃弾を放つ。真っ白な制服に身を包んだ転生者の少女が鮮血を吐き出しながら崩れ落ち、突撃していく兵士たちに踏みつけられていく。
「く、くそ、撤退だ!」
やはり総崩れになったか。
姿勢を低くしながら全力疾走し、一緒に突撃している兵士たちを次々に追い抜いていく。
当たり前だが、身体能力は種族によって違う。ハイエルフは魔術や鍛冶を得意とする種族だが、逆に身体能力は人類の中で一番低い。そのため、前線で敵兵と戦う任務には向いていない。逆に、頑丈な肉体を持つハーフエルフやオークは敵の銃弾に被弾した程度では突撃を止めないほど頑丈なので、このような戦場で戦う事に向いているのである。
おそらく、この兵士たちの中で最も戦う事に適した種族は私の種族だろう。
人間と魔物の遺伝子を併せ持つ、個体数の少ない種族。
他の兵士たちを追い抜いて肉薄してきたことに気付いた転生者が、慌てて装飾の付いた剣を構える。しかし、その剣を私へと向けて振り下ろすよりも先に、左から右へと瞬発力を総動員して振り払った漆黒の刀身が、彼の腕を両断していた。
「がっ………!?」
振り払った刀を構え、左手を柄へと伸ばす。
「――――――天誅」
両手で刀の柄を持ったまま、切っ先を転生者の喉へと叩き込んだ。黒い刀の刀身が無慈悲に転生者の喉を串刺しにし、脊髄を掠めて後ろから突き出る。敵兵を貫いた刀を引き抜くと同時に、真っ白な制服が喉から溢れた血で真っ赤になりつつある敵兵を蹴り飛ばしてから、次の転生者に飛び掛かる。
魔術を使おうとしていた転生者の腕を切り落とし、足払いを脹脛の下に叩き込んで転倒させる。やはり転生者たちは戦闘訓練すら受けていないらしく、足払いで転倒させられた転生者は受け身をとる事ができていなかった。
こういう奴らが、弱い人々を虐げているのである。
だから、私は転生者たちの未熟な部分があらわになる度に怒りを感じる。
未熟な分際で、人々を虐げて私腹を肥やしていたのかという怒り。
「ま、待ってくれ! こうふ―――――――」
刀を逆手持ちにし、容赦なく転生者の眉間に刀を突き立てた。返り血の付いた刀身が皮膚と頭蓋骨をあっさりと貫き、脳味噌を串刺しにしてしまう。命乞いをしていた少年がぴたりと止まり、眉間から溢れ出た血が地面へと流れ落ちていった。
――――――私の一族を皆殺しにしたのも、こういう連中だった。
母と姉とまだ2歳だった弟を奪った怨敵。
その怨敵が、ヴァルツ帝国軍の上層部にいるのだ。
刀を転生者の頭から引き抜き、前方を見渡す。白い制服に身を包んだ転生者たちは、既に敵の司令部のある方向へと逃走を開始していた。逃げ遅れた転生者はテンプル騎士団の兵士たちによって串刺しにされるか、塹壕から立て続けに放たれる迫撃砲の餌食となり、黒焦げのミンチと化している。
このまま突撃して皆殺しにしてやりたいところだが、深追いすればこちらが損害を被ることになるかもしれない。
三十八式歩兵銃を天空へと向けて放ち、同志たちに追撃の中止を告げる。その銃声を聞いた兵士たちは追撃を中止し、呼吸を整え始める。
「同志諸君、我々の大勝利だ!」
同志たちにそう告げた直後、兵士たちが歓声を上げた。
ウェーダンの戦いは、フランギウス軍の圧勝という事になった。転生者を投入してウェーダンの強行突破を敢行しようとしたヴァルツ帝国軍は、緒戦で虎の子の転生者部隊を壊滅させられた挙句、転生者が強力な存在であるという事の証明に大失敗する羽目になったのである。
テンプル騎士団が加勢したおかげでフランギウスが勝利したというのに、フランギウスの手柄になっちまったのは気に食わないが、今回の戦闘はフランギウス側からの要請で参加したわけではないのだから仕方がない。
テンプル騎士団は、フランギウスの連中に「帝国軍が転生者部隊を投入しようとしている」という情報を何度も伝達して警告していたという。しかし、フランギウスの連中は少数の転生者でウェーダンを突破できるわけがないと高を括り、15分足らずで自慢の塹壕を放棄するという醜態を晒す羽目になったのである。
座席に座りながら溜息をつき、ついさっきホムンクルスの兵士が持って来てくれたライ麦パンを齧る。
ヴァルツ軍は緒戦で虎の子の転生者部隊を壊滅させられたため、再編成が済むまでは通常の兵士たちを投入してウェーダン守備隊を突破しなければならない。ウェーダンの連中も緒戦で陥落寸前まで追い詰められたのだから、今後は高を括らずに戦ってくれることだろう。
というわけで、テンプル騎士団はウェーダンを離れることになった。あのままウェーダンに残ったとしても、フランギウス側の方がヴァルツ軍よりも兵力が多い。しかも敵は普通の兵士になるのだから、テンプル騎士団が留まって加勢しなくても勝利することは可能だろう。
客車の中には、ウェーダンの戦いに参加したテンプル騎士団第6軍の兵士たちが乗っている。この列車も、セシリアが運転手と交渉して貸し切りにしてもらったものだ。
喜ばしい事に、ウェーダンの戦いに参加した兵士たちに戦死者は出なかったらしい。負傷した兵士は何人かいるらしいが、全員軽傷で済んだという。
これで第6軍の兵士たちの錬度も上がっただろうと思っていると、ライ麦パンを持ったセシリアが隣にやってきて腰を下ろした。
「お疲れ様、力也」
「おう、ボス」
「ふふふっ、初陣で敵の大将の首を討ち取るとはな。うむ、お前を拾ったのは正解だった」
ライ麦パンを口へと運んでから、左手を伸ばして俺の頭を撫で始めるセシリア。言っておくが、身長と座高はセシリアよりも俺の方が高い。だから座ったまま頭を撫でるためには、思い切り手を伸ばさなければならない。
17歳の男子の頭を撫でるセシリアを苦笑いしながら見ていると、近くの席に座っていたハーフエルフの兵士がこっちを見てニヤニヤしながら言った。
「お、団長に頭を撫でてもらえるとはな。光栄に思えよ、新入り」
「えっ、嘘!? 団長になでなでしてもらってるの!?」
「マジかよ、先越された!」
「誰かカメラ持ってない!?」
「ほら、カメラ!」
「頼むぞ同志! 貴重な団長の笑顔を写真に収めてくれ!!」
まるで修学旅行に行く高校生のようにはしゃぎ始める兵士たち。彼らを見渡しながら、俺は肩をすくめた。
テンプル騎士団って軍隊だよな?
「ところで、兵士たちの装備の件で話があるんだが」
「なんだ?」
ぴたりと撫でるのを止め、首を傾げるセシリア。後ろでカメラを持っていた兵士が残念そうな顔をしながらこっちを見ているのを見て苦笑いしてから、彼女に問いかける。
「ライフルと弾薬は統一するべきだと思う」
「…………ああ、分かっている」
そう、兵士たちの銃がバラバラだった件だ。
同じ弾薬を使う銃であれば問題はない――――――マガジンの規格が違うという問題はある――――――が、テンプル騎士団第6軍の装備は弾薬と銃がバラバラだった。弾薬がバラバラになると仲間と弾薬を分け合う事ができないし、歩兵が装備する銃の性能のばらつきが大きくなってしまう。
だから歩兵の装備は統一することが鉄則なのだ。
すると、セシリアは座席に座ったまま左手を前に突き出した。すると、彼女の目の前の空間に、まるで端末のメニュー画面を彷彿とさせる画面が投影される。
ぎょっとしながら、その画面をまじまじと見つめた。メニュー画面のデザインは端末のメニュー画面とそっくりだが、メニューの数が増えている。これも転生者の能力なのだろうか。
「…………祖先から、私はこの能力を受け継いだ」
「転生者の能力は遺伝するのか」
首を縦に振り、自分のステータス画面をタッチするセシリア。彼女の年齢、レベル、ステータスなどが表示された画面が姿を現す。下の方にどういうわけか彼女のスリーサイズと思われる数値も表示されていたが、それを見ている場合ではない。
今のセシリアのレベルは45らしい。攻撃力は3600で、防御力は2000になっている。スピードのステータスは3700だ。攻撃とスピードに特化したタイプの転生者という事なのだろうか。
ポイントの残量は、たったの20ポイントしか残っていない。
「…………」
おそらく、他の兵士たちに銃を支給するためにポイントを使い果たしてしまったのだろう。
「第6軍の兵士たちには、殺した敵兵からドロップした銃を支給している」
「ドロップ?」
「ああ。私のように端末を持たない転生者は、”第二世代型転生者”と呼ばれる。第二世代型転生者の場合は、敵を倒すと武器がドロップすることがあるのだ」
つまり、そのドロップして手に入れた銃を手当たり次第に兵士たちに支給したという事か。どの武器がドロップするか分からない以上、銃を統一するのは確かに難しい。
では、なぜ旧式の銃ばかりなのだろうか。最新型のアサルトライフルやマークスマンライフルを支給すれば、第一次世界大戦の頃と同等の技術で作られた装備を持っている敵軍を圧倒できる筈なのに。
「セシリア、アサルトライフルは支給していないのか?」
問いかけると、彼女は首を横に振った。
「…………私の能力では、新型の兵器は生産できん」
「なぜだ?」
「――――――この第二世代型転生者の能力は、”転生者の血が薄くなる度に劣化する”のだ」
転生者の血が薄くなれば、第二世代型転生者の能力は劣化する。
つまり、転生者と結婚し、転生者の遺伝子を受け継ぐ子供を作らなければ、段々と転生者の能力が弱体化していくという事なのだろう。ぎょっとしていると、隣にいるセシリアが自嘲しながらメニュー画面を開いた。
確かに、彼女の武器の生産のメニューに表示されている項目の中には、”アサルトライフル”や”マークスマンライフル”は存在しない。セミオートマチック式ライフルやボルトアクションライフルなどの、第二次世界大戦まで主役だった装備ばかりである。
「今まで、ハヤカワ家に嫁いできた転生者は1人もいない。初代当主と二代目当主以外は、全員この世界の人間だった」
「…………」
彼女が受け継いだ転生者の血は、かなり薄くなっている。
テンプル騎士団は、旧式の装備で帝国軍と戦わなければならない。
しかも、この第6軍に所属している”ちゃんとした人間”はそれほど多くはない。第6軍の兵士の6割は、母親から生まれた人間ではなく、オリジナルの細胞をベースにして機械から生まれてきたホムンクルスの兵士ばかりである。
装備は旧式である上に足りていない。
そして、その装備を身に着ける兵士も足りていない。
テンプル騎士団が被った損害が凄まじく大きいという事を痛感しながら、俺は窓の向こうを見つめるのだった。




