首都突入
「第7前哨基地、通信が途絶しました」
「第5防衛ライン、崩壊寸前。守備隊が撤退を開始します」
「第8塹壕、応答なし。敵部隊に突破された模様」
「第2防衛航空隊、全滅」
指令室の正面に投影されている魔法陣は真っ赤に染まっていた。赤くなっている区画は、テンプル騎士団による攻勢で陥落した区画を意味している。首都アルカディウスへの攻撃開始からまだ30分も経過していないにもかかわらず、首都の周囲に展開していた守備隊の損耗率は20%を突破しており、敵軍はじりじりと首都へ接近しつつあった。
テンプル騎士団を蛮族だと思い込み、見下していた事を後悔しながら、指揮官は守備隊に撤退命令を出す。
「残存部隊は防壁まで後退。そこで新しい防衛ラインを迅速に構築せよ。ここを突破されたら市内で敵部隊を待ち伏せする」
ヴァルツ帝国の将校の大半は、テンプル騎士団を全く脅威だとは思っていない。
確かに運用している兵器の性能は帝国軍どころか列強国の兵器よりも強力だ。しかし、それを使って戦うのは当たり前のように奴隷として売られているハーフエルフやオークなどの種族が大半であるため、高性能な兵器を使いこなすことはできないだろうと決めつけられていたのだ。
しかも、テンプル騎士団は9年前のタンプル搭陥落で多くのベテランの兵士を失ってしまっており、現在では人員の7割はホムンクルス兵で構成されているという。
だが、テンプル騎士団の兵士たちは決して蛮族などではなかった。むしろ、古代文明の高度な技術を解析して使いこなしてしまうほどの高い技術力を持った、恐るべき武装集団である。歩兵がすぐに用意できるホムンクルス兵で構成されているのも大きな強みだと言えるだろう。もし仮にライフルで撃たれて兵士が戦死しても、”また造り直せる”のだから。
タンプル搭が奪還されたという事を聞いてその事を痛感していた指揮官は、拳を握り締めながら増援の派遣を断ったことを後悔した。
タンプル搭がテンプル騎士団の猛攻で陥落する前に、本国から極秘で増援部隊を派遣するという知らせがあったのである。だが、タンプル搭が”蛮族”共に奪還されるわけがないと高を括っていた事と、その申し出をしたのが若手の将校であるローラント中将であったため、断ってしまったのだ。
もしあそこで申し出を受け入れ、増援部隊と共に防衛ラインを構築していれば、タンプル搭攻略で疲弊したテンプル騎士団を容易く打ち破る事ができていた事だろう。
現時点ではもう既に増援部隊が本国を出撃しているが、本国とクレイデリアの中間にあるアスマン帝国の通過の許可が下りていないらしく、未だにアスマン帝国の国境で待機させられているという。
(おのれ、ムスタファ・ケマルめ………やはり我が帝国を裏切るつもりか………!)
アスマン帝国が帝国軍を離反する可能性が高いという事を予測していた将校は少なくなかった。今のところは帝国の同盟国ではあるものの、元々はクレイデリアから独立したテンプル騎士団の”身内”のような国家であるため、テンプル騎士団が再び軍拡を行って戦力を再構築し始めれば、ヴリシア・フランセン帝国とヴァルツ帝国を裏切るだろうと考えられていたのである。
タンプル搭を失ったばかりの頃のテンプル騎士団は、全く脅威ではなかった。
錬度が高い兵士はごく一部のみであり、それ以外の兵士たちは訓練不足なのか錬度が非常に低く、装備している歩兵用のライフルですらバラバラであった。
しかし――――――ウェーダンの戦いから、テンプル騎士団は反撃を開始した。虎の子の転生者部隊を打ち破り、帝国軍に大損害を与えたのである。
いや、あの男が現れてからだ。
兵士たちが”ウェーダンの悪魔”と呼んで恐れている一人の男が、テンプル騎士団の一員になってから、あの武装勢力は再び大きな脅威となった。
(何者なのだ………?)
テンプル騎士団にとっては、ウェーダンの悪魔は英雄に違いない。
だが――――――帝国軍からすれば、彼は文字通り『悪魔』でしかないのだ。
今まで、色んな戦場で戦ってきた。
ウラル教官と一緒に塹壕の中で顔についた泥を拭い去りながら戦ったこともあるし、シベリスブルク山脈の麓で雪まみれになりながら戦ったこともある。
泥や雪で覆われた戦場でも、臭いは同じだ。
装甲が焼ける臭いや火薬の臭いで、大地が埋め尽くされる。炎上する装甲車の中で人間の肉が焼け、かなり前に実施された突撃の際に戦死した兵士の死体が腐臭を発する。
この戦場でも、その時と全く変わらない臭いがする。
今しがた銃剣で串刺しにした敵兵から銃剣を引っこ抜きながら、私はそう思った。きっと、これが”戦場の匂い”なのだろう。金属、火薬、血、腐臭が支配する地獄。指揮官の命令で突撃する兵士たちが、敵兵をライフルで撃ち、銃剣で串刺しにし、棍棒で撲殺していく禍々しい戦場。
でも、銃を手放すわけにはいかなかった。
私たちから全てを奪った連中に復讐を果たすまでは。
だから、戦場を恐ろしいと思ったことはあまりない。
本来感じるべき恐怖を、復讐心が食い尽くしてしまうから。
血まみれの銃剣を敵兵に構え、塹壕の中にいる敵兵の喉にそれを突き立てる。呻き声を発しながら崩れ落ちていく敵兵から銃剣を引き抜きつつ、ホルスターの中から南部大型自動拳銃を取り出し、塹壕へと突入した私に気付いたヴァルツ兵の眉間に弾丸を叩き込む。
一緒に塹壕へと突入した他の兵士たちも容赦はなかった。応戦してくる敵兵だけでなく、銃を捨てて命乞いをする敵兵や、塹壕の中で横になっていた負傷兵にまで攻撃し、彼らを次々に惨殺していく。
命乞いをしていた負傷兵を大きな棍棒で叩き潰すオークの兵士を見つめながら、ボルトハンドルを引いて弾丸を装填した。
この戦いは、我々の報復だ。
奴らに復讐を誓ったのは私たちだけではない。私たちと共に戦っている兵士たちも、9年前に失った家族や恋人の墓の前で復讐を誓い、私たちと共に銃を手に取ることを決めた兵士たちだ。それゆえに、彼らは容赦がない。
いや、容赦など不要だ。
奴らは兵士だけでなく、非戦闘員もお構いなしに虐殺した。そのクソ野郎共に容赦してやる必要などない。
塹壕の向こうへと逃げていく敵兵の背中に、立て続けに風穴が開いた。銃剣付きのM1ガーランドを構えていたサクヤ姉さんが、後方の防衛ラインへと後退していく敵兵の背中を無慈悲に狙撃したのである。
弾切れになったらしく、姉さんが持つセミオートマチック式のライフルが金属音を奏でる。8発の弾丸が束ねられたクリップを装填した姉さんは、塹壕の中にもう敵が残っていないことを確認すると、私の近くへと駆け寄ってきた。
「これからは市街戦になるわよ」
「ああ」
撤退していった敵は、アルカディウスを囲んでいる防壁に次の防衛ラインを構築する事だろう。
アルカディウスは、侵攻してくる敵を迎え撃つための防壁に周囲を囲まれた城郭都市だ。防壁は周囲の空間から内部の空間を切り離すことで天候を自由に操るための結界の制御装置としても機能する。その気になれば結界を展開し、あらゆる攻撃を防ぐことが可能だが、ヴァルツ人共はそれの使い方を理解できなかったのか、それとも9年前にあそこを放棄したクレイデリア国防軍が発生装置を破壊したことによって使用不能になったのか、結界が作動する様子はなかった。
結界が使用不可能とはいっても、あの防壁はより巨大な戦車砲の直撃にも耐えられるほどの防御力があるし、内部に入るための門は戦艦の装甲を流用して造られているため、爆薬をこれでもかというほど設置して爆破しなければ破壊するのは難しい。
既に塹壕を突破したシャール2CやT-34が一斉に防壁の門を砲撃し始めているが、発射された徹甲弾は全て装甲に弾き飛ばされていた。戦艦の装甲を流用しているのだから、戦車砲で貫通できるわけがない。
戦車の装甲を貫通する事ができる徹甲弾たちが甲高い音を奏でながら、ひしゃげた状態で跳弾していく音を聞きながら、私は唇を噛み締めた。
爆薬を持った工兵たちが接近しようとするが、防壁の上に設置された重機関銃が弾幕を張るせいで、歩兵たちはなかなか近づけない。
航空隊に空爆でも要請するべきだろうかと思った次の瞬間だった。
「セシリア、門が!」
「!!」
先ほどから立て続けに放たれる徹甲弾を弾き続けていた防壁の門が――――――何の前触れもなく、軋む音を響かせながら開き始めたのである。まるで棺の中で目を覚まして起き上がったばかりのゾンビのようにふらつきながら開いていく門を見下ろすヴァルツ軍の守備隊が慌てふためくのを見た私は、ニヤリと笑いながらライフルを背負った。
やるではないか、力也。
あの門の制御装置があるのは市役所だ。かつて、アルカディウス陥落前は市役所が防壁の開閉を管理していたという。閉じていた門が開いたという事は、地下から潜入したスペツナズが司令部の制圧に成功したか、ヴァルツ兵がうっかり開けてしまった事を意味する。
「やるじゃない、あの子」
そう言いながら、姉さんもニヤリと笑った。
姉さんは以前から力也の事を気に入っていないというか、何かを警戒しているようだったが、最近は彼のことを認めてくれたらしく、力也に優しくしてくれているようだ。うむ、仲間同士で仲良くするのはいいものだな。
刀を引き抜き、兵士たちの前で振り上げながら私は叫んだ。
「同志諸君、これよりアルカディウスへ突入する! 全軍突撃!」
『『『『『Ураааааааа!!』』』』』
開いてしまった門へと突撃していく兵士や戦車たちを、防壁の上の重機関銃が食い止めようとする。だが、歩兵部隊と共に前進している狙撃兵に射手を狙撃されたり、制空権を確保したことで好きなだけ対地攻撃できるようになった航空隊に機銃掃射され、重機関銃の射手たちは次々に戦死していった。
塹壕を突破したT-34の車体に姉さんと一緒に飛び乗った私は、ちらりと空を見上げた。
夕日がじりじりと沈んでいくせいで、空は赤黒く染まっていた。
大口径の弾丸は本当に素晴らしいと思う。
7.62mm弾に胸板を立て続けに射抜かれた敵兵が後ろへ崩れ落ちていくのを見ながら、弾切れになったシモノフM1936のマガジンを交換する。再装填を終えてから遮蔽物の陰から身を乗り出し、ボルトハンドルを引いている最中だったヴァルツ兵の眉間に7.62mm弾を叩き込んだ。
通路の隅では、肩を撃たれたレジスタンスの兵士にジェイコブが液体型のエリクサーを注射器で注射しているところだった。回復用のエリクサーにも種類があるらしく、液体型はあのように注射器で体内に投与した方が効果が上がるらしい。
次の瞬間、市役所の部屋の中から引っ張り出してきた机を盾代わりにしていたレジスタンスの兵士が、唐突に胸板を押さえながら崩れ落ちた。どうやら敵兵に撃たれたらしく、灰色の上着には穴が開いていて、少しずつ真っ赤に染まりつつある。
「スモーク!」
スモークグレネードを廊下へと放り投げ、射撃を中断してから俺は被弾した兵士の所へと向かった。
「い、痛てぇ………痛てぇよぉ………ッ!」
「しっかりしろ、大丈夫だ」
義手で彼の腕を掴み、スモークグレネードから生まれた白煙が廊下を満たしている間に彼を引きずっていく。負傷兵の治療していたジェイコブの傍らで手を離し、「こいつも頼む」と言ってから、負傷した兵士からステンガン用のマガジンを拝借し、先ほど彼が落としてしまったステンMk.Ⅱを拾い上げる。
室内戦ではやっぱりSMGの方が効率がいい。
SMGの弾薬はハンドガン用の弾薬だ。だから、ライフル弾を使用する銃と比べると破壊力は低いと言わざるを得ない。けれども、銃身が短いから室内でも非常に使いやすいし、室内戦では必然的に近距離での銃撃戦になるため、射程距離の短さや命中精度の悪さは表面化しないのだ。
更に、ボルトアクションライフルと違って連射する事ができるので、貫通力が不要である場合はこっちの方が遥かに効率的である。
「マリウス、弾幕!」
「了解!」
薄れ始めた白煙へと向かって、バイポッドを展開したマドセン機関銃を持っているマリウスが弾丸を放ち始めた。彼が使っているマドセン機関銃は、俺が持っているシモノフM1936や他の仲間が使っているモシンナガンM1891/30と同じく7.62mm弾を使用するように改造されている。
機関銃とはいっても、重機関銃や、最新型の機関銃のように何発も撃てるわけではない。第一次世界大戦や第二次世界大戦で使われていた機関銃の中には弾数が50発未満のものも多かったのだ。ベルトを使って大量の弾丸を連射できるLMGが登場するのは、冷戦が始まってからである。
ちなみに、彼が持っているマドセン機関銃の上部に装着されているでっかいマガジンの中には、30発の7.62mm弾が装填されている。破壊力は圧倒的だが、弾幕を展開できる時間はそれほど多くない。
シモノフM1936を背中に背負い、ステンガンを抱えながら姿勢を低くして走る。既にスモークは薄れていて、スモークの向こうにいる敵兵の姿がそれなりに見える程度になっていた。
案の定、俺が接近してくる事に気付いた敵兵がこっちにライフルを放ってくる。義手で敵が放った8mm弾を弾き飛ばしながら肉薄し、右腕と尻尾で持ったステンガンの銃口を敵兵へと向ける。
両腕が機械になっているのは本当に便利だ。普通の兵士ならば負傷してしまうが、腕が痛覚のない機械ならばこうやって盾にできる。いっそのことフィオナ博士に頼んで肉体を全部機械にしてもらおうか。
そんな事を考えながら、ステンガンのトリガーを引いた。本体の左側に装着されているすらりとしたマガジンの中の9mm弾が次々に放たれ、ボルトハンドルをひこうとしていた敵兵の肉体をズタズタにしてしまう。
もう1人の敵兵にも銃口を向けようとしたが――――――ステンガンが火を噴くよりも先に窓ガラスが割れたかと思うと、氷にも似たガラスの破片の真っ只中を通過してきた一発の弾丸が敵兵のこめかみを射抜いた。
エレナか。
ちらりと窓の外を見ると、建物の上でスコープが光っているのが見えた。彼女に向かって親指を立ててから、後方にいる仲間たちに合図をして廊下の奥へと進む。
先ほど門の開閉を行う制御室は制圧し、防壁の門は解放した。そろそろテンプル騎士団の地上部隊と海兵隊が市内へと突入し、ここへと進軍してくる筈である。彼らを迎撃するために守備隊は待ち伏せをするだろうが――――――ここを制圧してしまえば、待ち伏せをしている他の部隊との連携がとれなくなる。
次の瞬間、曲がり角からいきなり大柄なヴァルツ兵が飛び出してきやがった。咄嗟にステンガンの銃口を向けようとするが、それよりも先にライフルのストックで頭をぶん殴られてしまう。がくん、と頭が大きく揺れ、自分が何をしているのか一瞬だけ分からなくなってしまう。
ステンガンを落としてしまった事を悟った俺は、体勢を立て直しながら壁面に取り付けられている何かの配管へと手を伸ばした。フィオナ機関の出力を上げてその灰色の配管を圧力計やバルブもろとも引き千切り、単なる鉄パイプと化したそれで襲い掛かってきた敵兵の頭を思い切りぶん殴る。
ゴチン、と、本来なら圧力の調整に使われる筈だったバルブが、敵兵の顔面にめり込んだ。衝撃で圧力計に亀裂が入り、中に収まっている針がぶるぶると痙攣する。
そのまま敵兵を突き飛ばし、もう一度鉄パイプを頭に叩きつけた。ポキン、と頭蓋骨が割れる音が聞こえたかと思うと、襲い掛かってきたヴァルツ兵は耳と鼻から血を流し、痙攣してから動かなくなってしまう。
「…………素晴らしいな、これ」
鉄パイプって結構殺傷力高いんだな………。
血まみれになった鉄パイプを持ったまま反対の手でステンガンを拾い上げた俺は、追いついた仲間たちと共に指令室へと向かった。




