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異世界で復讐者が現代兵器を使うとこうなる   作者: 往復ミサイル
第十章 第二次ブラスベルグ攻勢
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緋色の空で


 コクピットに貼ってある父の写真をちらりと見てから、キャノピーの周囲を見渡す。雲の向こうに鎮座する巨大な夕日が、蒼かった大空をすっかりと橙色に染め上げていた。


 黒と灰色の迷彩模様で塗装された自分の機体をちらりと見る。キャノピーのすぐ右側に見える自分のYak-9Tの胴体には、真っ白なペンキで描いた2つの撃墜マークがある。あと3機撃墜すれば、僕も父のようにエースパイロットを名乗ることが許されるのだ。


『アーサー1より各航空隊へ。まもなく予測会敵空域へ突入する』


 先頭を飛ぶ5機のBf109の編隊を率いる真っ赤な機体のパイロットが、無線機で全ての航空隊に告げた。”レッドバロン”の乗る真っ赤なBf109は、橙色に染まった大空の中を飛んでいる状態でもはっきりと分かるほど赤い。


 アーサー隊はタンプル搭上空での戦闘で戦死者を出すことはなかったようだけど―――――僕の所属するハルバード隊では、6名のうち2名が戦死してしまっていて、編隊を構成するのはたった4人のパイロットになってしまった。


 ハルバード3とハルバード5は、ヴァルツ軍が味方もろとも焼き尽くしたタンプル砲の衝撃波で機体を破壊され、戦死してしまったのだ。


 他の航空隊も、よく見ると仲間が戦死してしまった事によって歪な編隊を組みながら飛んでいた。


 アルカディウスの戦いでは、もっと仲間が減るかもしれない。一緒にこの赤い空を飛んでいる他の仲間たちが減っていって、歪な編隊が増えていくかもしれない。


 もしかしたら、僕も戦死するかもしれない。


 いつの間にか、操縦桿を握っている手がぶるぶると震えていた。


『ハルバード2よりハルバード6』


「は、はい、先輩」


 隣を飛んでいるハルバード2が、コクピットの中で手を振っている。コクピットのすぐ近くに白いペンキで描かれているのは、敵機を4機撃墜した事を意味する撃墜マークだ。先輩は、あと1機撃墜すればエースパイロットの仲間入りをすることになる。


『大丈夫だ、落とされる前に落とせ。お前ならやれる』


「りょ、了解………………頑張ります」


 タンプル搭上空で敵機を撃墜した時の事を思い出していると、無線機から低い男性の声が聞こえてきた。


 僕を励ましてくれた先輩のように優しい声ではなく、いつも通りの仕事をこれから始めるかのような、淡々とした声だった。


『アーサー1より各機、12時方向に敵航空隊及び空中艦隊を確認』


 空中艦隊………!


 航空機だけが相手だと思っていた僕は、キャノピーの正面に広がる真っ赤な空を見つめながら凍り付いた。


 まだ何も見えないのに、なぜアーサー1は敵機を発見できたのかという驚きを、空中艦隊も発見したという彼の報告が粉砕する。航空機であれば、背後を取って機関砲や機銃を叩き込んだり、仲間たちと編隊を組んで蜂の巣にしてやればいい。でも、帝国軍が建造している空中戦艦は戦闘機よりもはるかに頑丈だし、無数の重機関銃を搭載しているから弾幕も分厚い。エンジンを破壊すればあっさり撃墜できるけれど、その弱点を狙おうとしている戦闘機を狙いやすい場所に機銃の砲台を搭載しているから、エンジンを狙って撃墜するのは困難だと言われている。


『空中戦艦はアーサー隊が引き受ける。各航空隊は敵航空隊を殲滅し、アルカディウスの制空権を確保せよ』


 淡々と仲間たちにそう命令したかと思うと、先頭を飛んでいる5機のBf109たちは胴体にぶら下げている増槽を切り離さずに、そのまま高度を上げ始めるのだった。












 緋色の空へと舞い上がるのを機体が拒み始めたのを感じ取ってから、操縦桿をゆっくりと倒していく。まるで大地を離れていくのを恐れるかのように速度を落とし始めていた真っ赤なBf109の機首が徐々に大地を向き始めたのを確認した彼は、緋色の空を雲と共に飛んでいる巨大な鋼鉄の塊を睨みつけた。


 彼と共に飛ぶ4機のBf109も、まるでアーサー1が他の機体も同時に操縦しているのではないかと思ってしまうほど、全く編隊を乱さずに赤いBf109の周囲を飛んでいる。


 急降下を始めたBf109を、甲高い音が包み込んだ。


 決して宙を舞う筈のなかった鋼鉄の鳥(戦闘機)が、まるで猛禽の絶叫にも似た甲高い音を響かせながら、アルカディウスの制空権を奪おうとするテンプル騎士団空軍を迎え撃つために展開した”エレフィヌス級空中戦艦”へと機首を向ける。


 エレフィヌス級空中戦艦は、傍から見れば無数の100mm単装砲を胴体の下部にぶら下げた鋼鉄の飛行船にも見える。高出力のフィオナ機関を搭載した事により、従来の飛行船よりも分厚い装甲と強力な武装を搭載する事を許された大空の怪物だ。


 ”戦艦”とは言っても、主砲のサイズは駆逐艦程度である。だが、制空権を確保した状態でこの空中戦艦を投入すれば、敵の地上部隊が無数の100mm砲の艦砲射撃で蹂躙されることになるのは言うまでもないだろう。簡単に言えば、アメリカ軍が運用しているAC-130のような存在である。


 まるで急降下爆撃機のパイロットになったかのように、アーサー1は単横陣の真ん中を飛翔するエレフィヌス級に狙いを定めた。中央の艦を撃沈すれば、単横陣の左右を飛ぶ他の空中戦艦と連携をとる事ができなくなる。


 確かに、航空機のパイロットからすれば敵艦がばら撒く弾幕は非常に恐ろしい。だが、その弾幕を張る敵艦が連携できていないのならば、弾幕の恐ろしさは随分と減ることになるのだ。


 アーサー1と共に飛ぶパイロットたちも、隊長が何を狙っているのかを理解していた。


 それゆえに、わざわざ無線で指示を出す必要はない。


 次の瞬間、エレフィヌス級空中戦艦へと急降下していた5機のBf109が、一斉に胴体にぶら下げていた増槽を切り離した。まだ燃料が残っている増槽はそのまま緋色の空を飛ぶ中央のエレフィヌス級空中戦艦へと飛翔したかと思いきや、人間の肉体を抉るライフル弾のようにエレフィヌス級の鋼鉄の外殻にめり込んだ。


 ボゴン、と、金属の塊が装甲を抉る金属音が響き渡る。


 金属製の弾丸や砲弾が装甲を穿つ音は、全く勇ましい音ではない。木の棒でフライパンを思い切り殴打したかのような変な音だ。


 飛行船にも似た船体にぶら下がっている艦橋の窓の中で、見張り員たちが慌てふためくのが見える。唐突に緋色の空から急降下してきた5機のBf109を発見した見張り員たちが彼らを指差しながら艦橋へと報告するが、その情報が砲塔へと伝達され、砲手たちが機関砲を旋回させ始めた頃には、5つの増槽を叩き込んだアーサー隊のBf109たちはプロペラの音を響かせながら高度を上げ、再びエレフィヌス級の頭上へと飛翔していた。


 キャノピーの上方に居座っていたエレフィヌス級たちが、Bf109が宙返りを終えるにつれて正面へとやってくる。もちろん、次に叩き込むのは燃料入りの増槽ではなく機関砲だ。仲間とともに宙返りを終えたアーサー1は、指を機関砲の発射スイッチに近づけていく。


 攻撃目標は、単横陣中央のエレフィヌス級空中戦艦。先ほど5つの増槽が直撃したが、巨大な飛行船を彷彿とさせる空中戦艦はびくともしない。確かに増槽は装甲へとめり込んでいるが、それが爆発しない限りは致命傷を与えることはできない。


 だから、これから”爆発させに”行くのだ。


 増槽に詰まっているのは燃料。急降下する戦闘機から投下されたそれが装甲に直撃すれば、亀裂から燃料が漏れている事だろう。


 そこに機関砲を叩き込めばどうなるかは、言うまでもない。


 上部に搭載された砲塔が旋回し、高圧魔力を炸薬代わりにして放たれた砲弾がアーサー隊の周囲を掠める。だが、そのマズルフラッシュはすぐに消え去ることになった。


 Bf109のモーターカノンから放たれた30mm弾が、先ほど装甲を直撃した増槽を直撃したのだ。


 増槽の中に残っていた燃料が業火と化し、単横陣の中央を飛行していたエレフィヌス級を火達磨にする。通過しながら機関砲の砲弾を叩き込んだアーサー隊はすぐに離脱し、緋色の空へと舞い上がる。


 船体を煉獄の炎で包まれたエレフィヌス級空中戦艦が、装甲の破片や爆発で破壊された砲塔の残骸を大地へとばら撒きながら鳴動する。艦内へと容赦なく燃え移った炎が慌てふためく乗組員たちを飲み込み、巨体を飛行させるためのエンジンを次々に焼き尽くしていった。


 やがて、火達磨になったエレフィヌス級が航行不能になったらしく、地上へと向けて無数の脱出用ポッドが射出され始めた。航空機が搭載する爆弾にも似た形状のポッドは空中戦艦からの脱出用の装備だが、それに乗ることが許されるのは将校や貴族出身の将兵だけだ。平民出身の兵士たちは無事に着地できることを祈りながらパラシュートで飛び降りることになる。


 もちろん、パラシュートを確保できなかった哀れな兵士は、艦と運命を共にしなければならない。


 ポッドをカタパルトから吐き出しながら高度を落としていく空中戦艦を一瞥してから、アーサー1は周囲を見渡した。今しがた撃墜されたのが空中艦隊の旗艦だったらしく、他の艦やエレフィヌス級を護衛する戦闘機たちが慌てふためいている。


 今すぐに弾幕を張り、アーサー隊を戦闘機たちで包囲すれば撃滅することはできるかもしれない。アーサー隊のパイロットたちは様々な航空隊から選抜されてきた優秀なエースパイロットたちだが、いたるところから弾幕が飛来する空域で、無数の複葉機を相手にするのは流石に困難であると言わざるを得ない。


 だが、それが現実となることは確実に有り得ない。


 飛来した無数のロケット弾が、慌てふためく航空隊の戦闘機を何機か粉砕する。直撃した哀れな複葉機が残骸をばら撒きながら真っ二つになり、爆風に呑み込まれた機体が火達磨になりながらきりもみ回転して墜落していく。


 そう、真正面からテンプル騎士団の航空隊が接近しているのだ。


 空軍の残存兵力だけではない。機動艦隊から出撃した艦載機部隊も戦闘機たちと共に編隊を組み、制空権を確保するために空母から出撃してきているのである。


 アーサー隊の撃墜のために全兵力を投入する事は、彼らにこれ以上ないほど大きな隙を晒すことを意味していた。だからと言って航空隊を迎え撃とうとすれば、既に陣形内部へと浸透した5機のBf109に好きなだけ空中戦艦への攻撃を許すことになる。


 どちらかを選ぶことは許されない。どちらの選択肢を選ぶべきか、迷うことも許されない。


 あまりにも理不尽な選択肢。


 案の定、敵はかなり戸惑っていた。アーサー隊を追いかけようとする複葉機も見受けられるが、中にはアーサー隊を放置し、テンプル騎士団の航空隊を殲滅することを選んだ複葉機もいる。


 連携がとれていない。


「―――――――ブレイク」


 無線機に向かってそう言うと、彼と共に高度を上げていた黒と紅で塗装されたBf109たちが編隊飛行をやめた。まるで打ち上げられたロケットから切り離されていくブースターのように、上昇を止めて高度を落とし、追いかけてくる複葉機や他の空中戦艦へと30mm機関砲を叩き込んでいく。


 アーサー隊は基本的に編隊を組んで戦う。仲間と共に最大速度で敵へと肉薄し、機銃をこれでもかというほど叩き込んでから敵の真っ只中を通過して攪乱しつつ、旋回してもう一度敵の航空隊へ突入するのだ。


 だから、このように仲間たちと編隊飛行をするのをやめ、好き勝手に戦うのは久しぶりだった。


 赤黒くなりつつある空を見上げたアーサー1は、ニヤリと笑いながら機体を失速させた。


 がくん、と機首が真下を向く。大地から離れていく事を恐れていた機体が、地上へと戻ることを望んでいるかのように灰色の大地へと機首を向ける。


 再び機体を加速させつつ、機銃の発射スイッチを押した。追いかけてくる複葉機の主翼が欠け、数発の弾丸がプロペラやコクピットを撃ち抜く。パイロットを射殺された複葉機の脇を通過しつつ、弾幕を張るエレフィヌス級へと機首を向け、猛禽の絶叫を思わせる甲高い音を発しながら、30mm機関砲をこれでもかというほど叩き込んだ。


 次々にエレフィヌス級の灰色の装甲に大穴が穿たれ、穴から黒煙と炎が溢れ出る。だが、いくら大口径の機関砲でも空中戦艦を撃沈することは難しい。


 砲塔から放たれる機銃の弾丸を回避しながら空中戦艦の下部へと急降下する。搭載された100mm単装砲がゆっくりと旋回を始めるが、戦闘機をそのような鈍重な兵器で狙えるわけがない。


 すぐに高度を上げたアーサー1は、機首をエレフィヌス級の艦橋へと向けた。艦橋の見張り台にいる見張り員がアーサー1の位置を艦橋にいる指揮官へと報告し、その情報を聞いた砲手たちが機関砲をアーサー1へと向ける。


 魔力で放たれた砲弾たちが、魔力の残滓を撒き散らしながらBf109の周囲で次々に炸裂する。キャノピーの向こうが紅蓮の爆炎と黒煙で断片的に埋め尽くされるが、アーサー1を撃墜するどころか、接近を阻止することすらできない。


 このまま真っ直ぐ飛べば空中戦艦へ肉薄できるし、このまま機関砲を放てば当たるのだから。


 真っ赤に塗られたBf109の機関砲と機銃が、立て続けに火を噴いた。緋色の光を突き破った砲弾や弾丸たちが次々に艦橋を直撃し、必死に報告していた見張り員や艦橋の艦長たちを木っ端微塵にしていく。艦橋を覆っていた窓ガラスが瞬く間に真っ赤に染まり、砲弾に穿たれた艦橋の大穴から炎が漏れ出た。


 炎に包まれた艦橋の脇を通過しつつ、エンジンのうちの1つをモーターカノンで撃ち抜く。そのまま上昇していく彼の頭上を、紺色に塗装された3機のF4Uコルセアたちが通過していく。


 空母カノン・セラス・レ・ドルレアンから出撃した艦載機たちだった。彼らはアーサー1がズタズタにしたエレフィヌス級に容赦なく爆弾を投下すると、まだ対空射撃を継続する射手たちを機銃掃射でミンチにし、大爆発しながら墜落していくエレフィヌス級から離脱する。


 とどめを刺してくれた彼らに向かって親指を立てたアーサー1は、操縦桿を倒し、次の空中戦艦へと襲い掛かっていった。




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