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異世界で復讐者が現代兵器を使うとこうなる   作者: 往復ミサイル
第十章 第二次ブラスベルグ攻勢
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アルカディウス奪還作戦


 砲塔にテンプル騎士団のエンブレムが描かれた戦車たちが、次々に倒壊したゲートを通過して、黒焦げになったタンプル搭へと入っていく。岩山の中心部に屹立していた巨大な要塞砲の砲身はへし折れており、かつて砲身へと冷却液を伝達していたと思われるケーブルたちは、砲身が爆発した際の熱で融解してしまったらしく、奇妙な形状になった状態で黒焦げになった地面の上に転がっている。


 T-34たちが地下にある格納庫へと降りていくのを眺めてから、俺は踵を返して地下の区画へと繋がる階段を降り始めた。弱々しい照明しかない地下通路の奥からは、時折銃声の残響が聞こえてきて、まだ生き残っている敵兵がテンプル騎士団の兵士に撃ち殺された事を告げる。


 既にタンプル搭の区画の大半は制圧されているが、一部の区画では立て籠もった敵の負傷兵たちがまだ抵抗を続けているという。だが、そいつらの殲滅ももうすぐ終わる事だろう。


 既に軍港にはテンプル騎士団海軍の艦艇が停泊して補給を受けているし、海兵隊も上陸して陸軍と合流している。後は部隊の再編と補給を済ませ、クレイデリア連邦首都『アルカディウス』へと進軍することになるだろう。


「同志少尉」


 薄暗い階段を降りていると、地下から上がってきたホムンクルスの兵士に呼び止められた。制服の肩には、海兵隊のエンブレムがある。


「同志団長と同志副団長がお呼びです。大至急中央指令室まで」


「分かった」


 多分、アルカディウス侵攻作戦についての話だろうなと思いつつ、彼女に敬礼をしてから通路の奥へと走り出した。


 まだタンプル搭は奪還したばかりだから、あらゆる設備がボロボロのままだ。壁には突入した陸軍の兵士とヴァルツの守備隊が銃撃戦を繰り広げた際に刻まれた弾痕が未だに残っているし、手榴弾の爆風で吹っ飛ばされた配管の断面があらわになっている。少なくとも死体は片付けてあるみたいだけど、壁面や床には血痕らしきものがあるし、肉片や吹っ飛んだ指の一部も残っているのが分かる。


 9年ぶりに本拠地を奪還したおかげで兵士たちの士気は一気に上がっているのは嬉しい事だが、奪還したばかりであるため、まだダメージは残っている。要塞砲の大半もこちらの空爆で破壊されているため、本拠地としてしっかりと機能するのはもっと先の話だろう。


 アルカディウス奪還が済んだら、工兵隊は大忙しに違いない。手が空いていたら手伝ってやるとしよう。


 通路の奥には、地下へ降りるためのエレベーターがある。地下にある”動力区画”と呼ばれる区画の大型フィオナ機関で生成された魔力で動くエレベーターらしいが、その動力区画も破壊されているらしく、エレベーターの扉には様々な言語で『使用不能』と書かれた紙が貼られている。


 溜息をつきながら、すぐ隣にある階段を駆け下りる。下の区画に降りてから魔力認証装置に魔力を放射して隔壁を開け、戦術区画へと足を踏み入れた。


 戦術区画の中は、まだ火薬と血の臭いがする。壁面にも血痕が残っているし、通路の床には血まみれのヴァルツ軍の軍服で覆われた敵兵の腕や脚が転がっていた。通路の奥や敵兵が立て籠もっていた部屋の中では、ガスマスクを装着した兵士たちが敵兵の死体や肉片を拾い上げて木箱の中へと放り込み、淡々と上の区画へと運んでいる。


 床に落ちていた敵兵の眼球を拾い上げているホムンクルス兵をちらりと見てから、俺は戦術区画の中心部にある中央指令室の扉を開けた。


「お、来たか。早いではないか」


「ボスのご命令だからな」


 ボロボロになった中央指令室の中で待っていたセシリアにそう言いながら、部屋の中を見渡した。この中に転がっていた敵兵の死体や、ここを奪還しようとしているヴァルツ兵から身を守るために用意したバリケードはとっくに片付けられているらしく、他の区画や通路と比べれば、中央指令室の中は随分と綺麗になっていた。テーブルや座席が無ければバスケットボールでもやれそうなほどの広さがある中央指令室の正面には巨大な魔法陣が浮かんでおり、その中心部にはテンプル騎士団のエンブレムが表示されている。


 魔術師たちが、術式を書き換えたらしい。


 座席や床に付着していた血痕もちゃんと掃除されたらしく、弾痕が残っていることを除けば床や壁面は綺麗になっていた。


 中央指令室の奥に鎮座しているのは、大量の伝声管が傍らに取り付けられた座席だった。他のオペレーターたちが使う座席とは少しばかり離れた位置に設置されており、びっしりと設置されている伝声管には、どの区画に繋がっているのかが書かれているプレートがぶら下げられている。


 まるで、短く切り取られたパイプオルガンのようだ。


 あれが団長用の座席なのだろう。セシリアの祖先たちは、あの座席に座って遠征軍の指揮を執っていたに違いない。


 だが、無線機がある筈なのになぜ伝声管を使っていたのだろうか。無線機が破壊されて通信不能になった場合の事を考慮して伝声管を採用したのだろうか。


「力也、悪いがスペツナズには3時間後には作戦行動を開始してもらう」


「早いな」


「ああ。疲れているとは思うが――――――すぐに攻撃を行う必要がある」


 そう言いながらセシリアがサクヤさんの方を見ると、彼女は頷いてから手に持っていた資料と白黒写真をテーブルの上に置いた。


「タンプル搭陥落を知ったヴァルツ軍が本気になったみたいよ。ヴァルツ本国に潜伏中のエージェントによると、増援部隊の出撃準備を始めているらしいわ」


 本当にこの組織の諜報部隊シュタージは優秀だな………。色んな所に当たり前のように潜伏し、敵の情報をたっぷりとこちらへと送ってくれるのだから。


 彼らの活躍のおかげで、こちらは好きなだけ敵軍の裏を突く事ができるというわけだ。テンプル騎士団が9年間も弱体化した状態で抵抗を続けられたのは、彼らが常に情報を送ってくれていたからに違いない。


「…………こいつらが首都の守備隊と合流すれば、戦闘は確実に泥沼化するな」


「その通りだ。消耗戦は是が非でも避ける必要がある」


「了解だ、ボス。その前に終わらせよう」


 クレイデリアに駐留しているヴァルツ軍の規模は、兵力が春季攻勢の準備のために引き抜かれているおかげでそれほど多くない。しかもタンプル搭陥落で戦力の半数以上を失っているヴァルツ軍の残存兵力は、今のテンプル騎士団の戦力を少しばかり上回る程度だ。


 更に、アルカディウス市内にはシュタージのエージェントたちが密輸した武器で武装したレジスタンスたちも潜伏しており、こちらが攻勢を開始すると同時に武装蜂起して、アルカディウス守備隊を攪乱することになっている。


 スペツナズの任務は、彼らの援護と破壊工作だ。


 レジスタンスに武器が支給されているとはいっても、元々彼らの本職は銃を撃つことではなく、街の製鉄所での仕事や、平穏な農場で家畜の世話をする事だ。錬度はそれほど高くないため、武装蜂起したとしてもすぐに包囲されて鎮圧されてしまう可能性が高い。


 そこで、スペツナズが攻勢開始前にアルカディウス市内へと潜入し、武装蜂起するレジスタンスの支援を行うのだ。そうすればレジスタンスの生存率は上がるし、敵を攪乱し易くなる。


「我々は5時間以内に部隊の再編と補給を済ませ、全兵力を投入してアルカディウスへと向かう。………………頼むぞ、力也」


了解ダー


 俺はこの世界の人間ではない。


 でも、大切なものを失う痛みはよく知っている。


 腕や脚を引き千切られるよりも、遥かに深くて強烈な痛みだ。


 俺もその痛みを知っている。


 だから、彼女たちに手を貸す。


 セシリア・ハヤカワは、俺の復讐心を肯定してくれた命の恩人なのだから。












「―――――――だから言ったのです。守備隊だけでは不十分だと」


 タンプル搭が陥落し、駐留していた守備隊が全滅したという報告書を見つめたまま凍り付いている陸軍の将校に、ローラント中将は容赦なく言った。


 クレイデリアを失えば、ヴァルツ帝国と崩壊寸前のヴリシア・フランセン帝国の補給ルートが両断されることを意味する。しかも、同盟国であるアスマン帝国はこのテンプル騎士団の攻勢に手を貸した可能性が高いと言われており、いつ連合国側に寝返ってもおかしくはない状況であった。


 アスマン帝国が連合国に寝返れば、帝国軍を後衛するのはヴァルツ帝国と崩壊寸前のヴリシア・フランセン帝国の2ヵ国のみとなる。もしそうなれば、二つの帝国は連合国に各個撃破されることになるだろう。


「…………ば、バカな………ばっ、蛮族共が、なぜあの要塞を………!」


「彼らを野蛮な連中だと見下している以上、我らは惨敗を続けるでしょう」


 そう言いながら、ローラント中将は司令部の窓の外に整列する兵士たちを見下ろした。ヴァルツ製の最新型ボルトアクションライフルを抱えた兵士や、重機関銃を肩に担いだ兵士たちが、オリーブグリーンに塗装された装甲車やトラックの荷台へと次々に乗り込んでいく。上空では迷彩模様に塗装された複葉機たちが編隊を組んで飛行しており、数隻の空中戦艦と共にクレイデリア方面へと向かって飛行を開始していた。


 アルカディウス陥落を防ぐために派遣された、増援部隊だ。


 タンプル搭が陥落したことで、クレイデリアに駐留するヴァルツ帝国軍は6割の戦力を失っている。まだアルカディウスにはテンプル騎士団の戦力を上回るほどの守備隊が残っているものの、装備の性能の差を考慮すれば、戦力は劣っていると言えるだろう。


 しかも、アルカディウス市内にはレジスタンスも潜伏しているため、テンプル騎士団が侵攻を開始すれば武装蜂起し、守備隊に攻撃を開始する事は想像に難くない。更に、アルカディウスにはテンプル騎士団のスパイが何人も潜伏している可能性があるため、アルカディウス防衛の難易度はタンプル搭防衛よりも高くなるに違いない。


 今は、テンプル騎士団が圧倒的に有利なのだ。


 今しがた派遣した増援部隊が到着すれば、守備隊と共にテンプル騎士団を撃退することはできるだろう。タンプル搭は失ってしまったが、報告では拠点として機能しなくなるほど破壊されてしまっているため、改めて大部隊を派遣して攻撃すれば奪還する事は難しくない。


 だが、この増援部隊が到着する前にアルカディウスが陥落すれば――――――各個撃破されてしまう事になる。


 陸軍の将校たちがテンプル騎士団を侮っていなければ、こんなことにはならなかった。


 お前たち(老害共)のせいでこうなったのだ、と思いながら、ローラント中将は凍り付いている将校を見下ろした。


「最早、テンプル騎士団は本拠地と祖国を失って海原を彷徨っていた敗残兵の集団などではありません。立派な我らが帝国の脅威の1つです。本腰を入れて潰さねば――――――」


 淡々と言いながら、ゆっくりとコーヒーの入ったカップへと手を伸ばす。それを口へと運ぶ前に目を細めたローラント中将は、冷や汗をかきながら顔を上げた陸軍の将校に冷たい声で告げた。


「―――――――次に滅ぼされるのは、我らです」













 機関車に搭載されたでっかいライトが、真っ暗なトンネルの中を照らし出していた。亀裂が生じたコンクリートの壁の近くで休んでいた鼠たちが、ガタン、と金属音を奏でながら進んでいく列車に驚いて、大慌てで逃げていく。


 黴の臭いがするトンネルの中を見つめていた俺は、窓を閉めてから椅子に腰を下ろし、車両に乗っている兵士たちを見渡した。合格率がたった6%と言われているスペツナズの厳しい入隊試験を合格し、それ以上の厳しい訓練を当たり前のように受けている隊員たちは弱音を吐いたり、居眠りをする事はない。


 しかし、タンプル搭奪還からまだ5時間も経過していない。休む時間はあったものの、装備の点検や補給を行い、死体の片付けの手伝いもする必要があったから、全くと言っていいほど休むことはできなかった。


 兵士たちが疲れ果てていることを考慮して、アルカディウスまでの移動に地下鉄を用意してくれたのだろう。


 総大将が兵士たちの事も考えてくれるのは本当にありがたい事だ。最前線の事をよく知っている指揮官ならば無茶な命令を出すことはないし、兵士たちを大切にしてくれるならばその指揮官の事を慕ってどこまでもついて行こうと思う事ができる。彼女みたいな総大将はまさに理想的な指揮官と言っていいだろう。


『ポイントF通過。アルカディウスまであと45分』


 機関車を運転している運転手が、淡々と報告した。


 もちろん、このままアルカディウスの地下まで行くわけではない。存在が秘匿されているトンネルを通り、今では使われていない地下鉄の駅まで行くのだ。レジスタンスはその地下鉄の駅を改造してアジトにしているという。


 彼らと合流して作戦を立ててから、本隊が攻勢を開始するまで待つことになる。


 真っ暗なトンネルの中を見つめながら、俺はアイスティー入りの水筒を取り出し、それを口へと運んだ。






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