表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界で復讐者が現代兵器を使うとこうなる   作者: 往復ミサイル
第十章 第二次ブラスベルグ攻勢
130/744

中央指令室


 少しだけ、通路の天井が揺れた。


 天井から露出している配管やケーブルを見上げながら、唇を噛み締める。タンプル搭への空爆や艦砲射撃が始まったのならば、揺れ方はもっと派手だろうし、タンプル搭の中にいるヴァルツ軍の連中も慌てふためいている筈だ。


 なのに、帝国軍のクソ野郎共は落ち着いている。


 それが自分たちに牙を剥く事が無いという事を知っているから、落ち着いていられるのだ。自分に銃口を向けられた状態で飛び出す弾丸や、自分へと切っ先を向けられたナイフは自分に牙を剥くという事がはっきりと分かるから恐ろしいが、それが自分ではなく敵に牙を剥くという事を把握しているのであれば別に恐ろしくはない。


 今の衝撃は――――――タンプル砲の砲撃の衝撃だろう。


 砲弾ではなく超高圧魔力を使って砲撃する兵器とはいえ、砲撃すれば強烈な魔力放射を魔力センサーで感知されるし、魔力で生成された太陽のフレアみたいな火柱が発射されるのだから、その衝撃波は巨大な要塞砲の衝撃波と変わらない。


 そう、帝国軍の連中はまたぶちかましやがった。


 今の砲撃が味方に当たっていませんようにと祈りつつ、通路の奥へと素早く移動する。


 曲がり角に隠れながら素早く通路の向こうを確認し、間抜けな警備兵が一緒に警備しているバカと雑談していることを確認してから、後続の仲間たちに合図を送って彼らの前をこっそりと素通りする。


 今の俺たちの肉体は、氷の粒子を使った疑似的な光学迷彩(ラウラフィールド)に覆われている。なので、この氷の粒子を高熱で全て除去するか、氷の粒子を生成しているラウラ・デバイスのバッテリーが切れない限りは敵に発見されることはないのだ。


 一緒にいる味方まで見えなくなってしまうせいで、仲間がどこにいるのか確認するのが難しいという欠点があるが。


 改良しない限りは1人で潜入する時のための装備だなと思いつつ、こっそりとハッチを開けて隣の区画へと移動する。


 タンプル搭の設備の大半は地下にある。地上に設備を建設してしまうと、地上に配備されている強力な要塞砲で砲撃する際の衝撃波で設備が破損し、使用不能になってしまう恐れがあるためだ。そのため、居住区、格納庫、指令室、飛行場などの設備は全て地下に建設されているのである。


 そのせいで地下の構造はかなり複雑だった。いたるところに案内板を設置しておかなければ、自分の部屋が何番目の居住区にあるのか分からなくなるだろうし、どの区画で作戦会議や訓練を行うのかも分からなくなってしまうに違いない。


 ここに配属されたら絶対に迷子になるだろうな、と思いながら進んでいた俺は、居住区の端にある隔壁の近くに警棒と拳銃を持った2人の警備兵がいることを確認してから立ち止まった。一時的にラウラフィールドを解除し、仲間たちに求まるように合図を送ってからもう一度ラウラフィールドを展開する。


 あの分厚い隔壁の向こうが、中央指令室のある”戦術区画”と呼ばれる区画だ。当たり前だが、非戦闘員の立ち入りは完全に禁止されており、普段はあのように分厚い隔壁で閉鎖されている。ここから向こうに行くには、警備兵に身分証明書を提示してから、彼らの後ろにある装置を使って”魔力認証”を行わなければならない。


 フィオナ博士の説明を思い出しながら、警備兵たちの後ろに博士が描いてくれたイラストと全く同じ装置があることを確認してうんざりする。警備兵たちのすぐ後ろの壁面に、サッカーボールより一回り大きな2つの金属製のリングが浮遊しているのが見える。その中央には小さな蒼い菱形の結晶が浮遊していて、蒼い粒子を回転するリングの外側へと向けて放射している。


 魔力認証は、要するに指紋認証を魔力で行うようなものだ。どうやら魔力は個人によって性質や濃度が異なるらしい。産業革命の時代――――――100年以上前だ―――――――に実用化された古い技術らしいが、信頼性が高いので今でも使われている方式だという。


「ジェイコブ、左を」


 そう言いながら、警備兵の真正面から堂々と歩いて近付いていく。堂々ととは言っても、こっちは姿を消している状態なので全く正々堂々とは言えないが。


 左の義手の手首の部分へと右手を伸ばし、手首から突き出ている手榴弾の安全ピンにも似た小さな金属のリングに指を引っかける。ロックを解除してからそのリングを引っ張ると、微かにリールが回転するような音がして、中から漆黒のワイヤーが姿を現した。


 そのまま警備兵の後ろへとこっそりと回り込む。目の前からテンプル騎士団の兵士が近づいてきて後ろへ回り込んだというのに、哀れな若いヴァルツ兵は微動だにしない。


 お構いなしにワイヤーをヴァルツ兵の首に引っかけ、ワイヤーを引いて首を思い切り締める。唐突にワイヤーで首を絞められた警備兵は口を大きく開けながら首に食い込みつつあるワイヤーへと指を伸ばすが、指でワイヤーを掴んで抵抗するよりも先に、ワイヤーが首の皮と肉を切り裂いた。


 やがて、ブチン、と首の骨がワイヤーに切断される音が聞こえてきた。がくん、と断面から上が揺れたかと思うと、断面から鮮血を噴き出しながら、若いヴァルツ兵の頭が床の上に落下する。


 反対側に立っていたヴァルツ軍の警備兵は、既にジェイコブが仕留めていたらしく、首の骨をへし折られた状態で床の上に崩れ落ちていた。


 ワイヤーを巻き取って収納し、自分の軍服をちらりと見る。


 至近距離で敵兵の首を切断したのだから、光学迷彩で姿を消している俺にも大量に返り血がかかっていた。透明になっている自分の胸板や肩に返り血が付着しているせいで、自分の姿があらわになりつつある。


 だが―――――数秒後に、その返り血がまるで吸収されていくかのように消えていった。


 義手の中に内蔵されているラウラ・デバイスが、返り血が制服に付着した事を察知して血で汚れた氷の粒子を融解させ、新しい氷の粒子を再展開したのである。


「相棒、首を折った方が手っ取り早いだろうが。汚れねえし」


「これを確かめたかっただけさ」


 ラウラフィールドは、氷の粒子を周囲に纏う事で兵士の姿を消している。なので、返り血が付着してしまってもすぐにその上から氷の粒子を纏ってしまえばいい。


 まあ、それとこのワイヤーの切れ味も確かめたかったんだがな。


 人間の肉どころか首の骨まで寸断できるとはな。敵兵を拘束する時は、うっかり切断してしまわないように気を付けたいところだ。


 死体を通路の隅に退けてから、くるくると回転している魔力認証装置の前に立つ。左手の手のひらに装着されているレンズをそっと装置へ近づける。


 左腕に内蔵されているフィオナ機関が魔力を生成し、手のひらに装着されているレンズに描かれている術式で魔力を変換し始める。放出された魔力がリングの内側へと流れ込んでいったかと思いきや、内部で蒼い粒子を放出していた蒼い結晶がそれを吸い上げた。


 甲高い電子音にも似た音が鳴り、隔壁のロックが解除される。


「おお」


「さすがフィオナ博士」


 魔力の変換に使ったこの手のひらのレンズもフィオナ博士の発明品だ。レンズに変換用の術式を描き、これに魔力を放射する事によって、魔力を全く違う性質の魔力に変化させる事ができる。


 このレンズに描かれている術式は、数日前に”行方不明になったヴァルツ兵”の魔力の性質をコピーしたものだ。守備隊の兵士の魔力をコピーすることによって、魔力認証装置をあっさりと騙したのである。


 簡単に言うと、赤の他人の指紋に自由自在に変化させる事ができる装置のようなものだ。


 さすがに非戦闘員が自由に移動できる居住区ではなく、兵士や将校しか立ち入りが許可されていない区画であるため、隔壁の奥には警備兵が何人もいた。ライフルだけではなく、軽機関銃らしきでっかい銃と予備のマガジンを身に着けている兵士も見受けられる。


 仲間と共に素早く戦術区画の通路へと突入しつつ、腰に下げているポーチの中からガスマスクを取り出す。隔壁を通過した兵士たちもガスマスクを装着しつつ、メインアームやサイドアームの準備を始めた。


 腰のベルトにあるホルダーからスモークグレネードを取り出し、安全ピンを外す準備をする。


 中央指令室は通路の奥にある。扉の近くには銃剣付きのライフルを持った警備兵が2人立っており、分厚い金属製の扉は開けっ放しだ。仮に咄嗟にそれを閉めたとしても、爆薬や煉獄の鉄杭(スタウロス)でぶち破るのは容易いだろう。


 隔壁の近くにいた兵士が、先ほど俺とジェイコブが仕留めた警備兵の死体に気付いたらしく、大声で叫びながら背負っている銃を構える。彼の叫び声を聞いた他の兵士たちもぎょっとしながら銃を構えたり、隔壁を閉じるように指示を出す。


 ―――――――遅過ぎるぞ、お前ら。


3(トゥリー)2(ドゥーヴァ)1(アジーン)


 とっくに悪魔たちは入り込んでいる。


 とっくに悪魔たちは狙いを定めている。


 お前たちの――――――心臓部に。


「――――――――惨殺あるのみ」


 コロン、と床に落下したスモークグレネードに警備兵が気付くと同時に、スモークグレネードから血のように紅い煙が噴き出す。


 これは単なるスモークグレネードなどではない。


 フィオナ博士が独自開発した、毒ガス入りのスモークグレネードだ。


 今回の作戦で支給された俺たちの制服は、この毒ガスの防護服としても機能する。あとはガスマスクを装着するだけで、このガスを完全に防御する事ができるのだ。


 他の隊員たちが投擲したスモークグレネードも、続々と真紅の煙を噴出し始める。


 毒ガスを真っ先に浴びる羽目になったのは、隔壁の向こうに倒れている仲間の死体をチェックしようとしていたヴァルツ兵だった。真紅の煙を吸い込んだ途端、口、耳、鼻から鮮血を噴き出し始めたかと思うと、両手で喉を押さえながら血涙を流し、呻き声を発しながら崩れ落ちてしまう。


「ゴホッ、ゴホッ―――――」


「ガァッ………」


「た、たす………け………」


 ガスを吸ってしまい、口や鼻から鮮血を噴き出して倒れていく兵士たちの脇を通過しつつ、ラウラフィールドを解除してメインアームを構える。


 今回の作戦のメインアームに選んだのは――――――アメリカが第一次世界大戦の後に開発した、『トンプソンM1928』というSMGサブマシンガンである。使用する弾薬はコルトM1911と同じく大口径の.45ACP弾であり、高い攻撃力と命中精度を誇る優秀な銃だ。


 最初はライフルを使おうと思っていたんだが、セシリアにタンプル搭内部への突入を命じられた際に、室内でライフルを使うのは難しいと判断したため、急遽メインアームを変更したのである。


 カスタマイズでドラムマガジンと木製のフォアグリップを装備しているため、大量の弾丸を敵兵に叩き込む事ができる上に命中精度も底上げしている。ちょっとばかり重くなってしまったが、問題はないだろう。


 ちなみに、第二次世界大戦ではこれの改良型が大量生産されており、ドイツ軍や旧日本軍と激戦を繰り広げている。


 真紅の煙の中から唐突に姿を現したスペツナズの兵士たちを見た敵兵は目を見開いたが、銃を構えて応戦できる状況ではなかった。既に毒ガスは中央指令室の隔壁のすぐ近くまで達しており、殆どの兵士が毒ガスを吸い込んで鮮血を巻き散らす羽目になっていたからだ。


「隊長!」


 毒ガスから中央指令室を守るためなのか、あの部屋の中にいる指揮官は通路にいる戦友や部下たちを見捨てる事にしたらしい。警報が響き渡ったかと思うと、中央指令室の扉がゆっくりと閉じ始める。


「おい、開けてくれ! 開けてくれよぉ!」


「助けてくれ、まだ死にたくない!! 故郷に婚約者がいるんだ!!」


「ふざけんな、開けろ! 開けろぉ…………ガフッ、ギィッ…………」


 可哀そうに。


 安心しろ、ヴァルツのクソ野郎共。この戦争で負けるのはお前らだし、その次の戦争でもお前らは負ける。


 お前たちの祖国に侵攻した暁には、お前らの家族や婚約者もあの世に送ってやる。


 そうすれば、あの世で一緒になれるからな………。


 トンプソンM1928を肩に担ぎ、血を吐きながら弱々しく扉を叩き続けるヴァルツ兵を蹴飛ばす。哀れなヴァルツ兵は片手で喉を押さえながら血を吐き出すと、内ポケットから一枚の写真を取り出そうとして動かなくなった。


 舌打ちをしながら、扉を義足で思い切り蹴りつける。当たり前だが、初期ステータスのままの俺の蹴りでは扉はびくともしない。


「コレット」


「はい、同志」


 爆薬を手にしたコレットが、ガスマスクを装着したまま素早く扉に爆薬を装着する。彼女は元々テンプル騎士団陸軍の工兵で、破壊工作を得意としていたという。メルンブルッヘでも停泊していた艦艇に爆薬を設置して爆破し、俺やセシリアの離脱を支援してくれた優秀な兵士だ。


 あっという間に設置を終えた彼女は、仲間たちに「下がってください」と言いながら起爆スイッチに指を近づけ、こっちを見つめながら首を縦に振る。


 頷くと、彼女は起爆スイッチを押した。


 設置された爆薬が一瞬だけ緋色の閃光と化したかと思いきや、その閃光が消えると同時に爆音が轟き、周囲を彷徨っていた真紅の毒ガスが一気に消し飛ぶ。扉の破片や近くに倒れていた敵兵の肉片が周囲に飛び散り、まるで通路の中で弾丸が跳弾しているかのような甲高い音を奏でる。


「GO! GO! GO!」


 起爆スイッチを投げ捨てたコレットを追い越し、トンプソンM1928のフォアグリップを握りながら真っ先に中央指令室の中へと突入する。黒煙から躍り出た俺は、オペレーター用の座席で咳き込んでいた数名のオペレーターに向かって.45ACP弾をぶちかましてから、応戦するためにハンドガンを引き抜こうとしていた将校にも弾丸をお見舞いした。


 他の仲間たちも次々に中へと突入し、先ほどの毒ガスから身を守るために中央指令室へと避難していた兵士たちを容赦なく射殺していく。陸軍や海兵隊の兵士ならば雄叫びを上げながら白兵戦を始めそうなんだが、俺たちは白兵戦は行わず、淡々と敵兵にアイアンサイトで照準を合わせ、弾丸で正確に撃ち抜いていく。


「この蛮族共が!」


「!」


 肩を撃たれていた将校が、手榴弾の安全ピンを抜いてこっちに放り投げてきやがった。今しがた射殺された兵士の死体から奪い取った物なのだろうか。


 炸裂する前に距離を詰めてぶち殺してやろうと思ったが――――――肉薄する前に腕に尻尾が巻き付いたかと思いきや、蒼い鱗で覆われたキメラの尻尾に強引に引っ張られ、オペレーターの座席の陰に引きずり込まれてしまう。


 ドン、と手榴弾が炸裂し、緋色の爆炎と破片が周囲に転がっていたヴァルツ兵の死体を引き千切った。


 レベルが上がっている転生者であれば手榴弾の爆発に巻き込まれても軽傷で済むが、今の俺はレベルが上がらないため、ステータスは初期ステータスのままだ。手榴弾の爆発どころか、ナイフや銃弾ですら脅威となる。


「バカ、無茶すんな」


「悪い」


 助けてくれたジェイコブに謝ってから、そっと顔を出す。


 先ほどの将校は生き残った他の兵士たちと共に別の出口から逃げてしまったらしく、もうオペレーターの席の向こうにはいない。


「くそ、逃げられたか」


「追撃するかニャ?」


「いや、ここの確保が最優先だ。………マリウス、その辺のオペレーターの座席とか瓦礫を使ってバリケードを造れ。エレナとコレットはタンプル砲のオーバーライドを実施しろ。他の兵士は防衛戦の準備だ。急がないとヴァルツ兵共がここを奪還するために押し寄せてくるぞ」


『『『『『了解!』』』』』


 とりあえず、中央指令室は確保した。


 あとはタンプル砲をオーバーライドすれば、敵はもう虎の子の要塞砲を使えなくなる。地上部隊や艦隊が砲撃されることはない。


 チェックメイトが近づいてきたぜ、ヴァルツの皆さん。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ