無残な死と力也の憎悪
戦争が始まる前は、きっとここで家畜の肉を解体したり加工していたのだろう。
かつては肉を解体し、街中の肉屋に出荷していたのだろうと思いながら、手榴弾と銃撃戦のせいで滅茶苦茶になった部屋の中を見渡す。天井にはよく見ると鎖がぶら下がったレールがいくつかあり、先端部にはまるで釣り針をそのままでっかくしたかのような針がある。それをでっかい釣り竿にぶら下げて海へと放り込めば、前世の世界では考えられないほど大きな巨大魚を釣り上げられるのではないだろうか。
当たり前だが、その針は解体された肉をぶら下げておくための針だ。世界大戦が始まってしまったせいで牛や豚がここへと運び込まれなくなったが、そのうちの1つは”肉をぶら下げる”という役目を果たしていた。
装飾の付いた真っ白な制服に覆われた、人間の肉。
たっぷりと脂肪の付いた腹には錆び付いた鎖が巻き付いていて、そのまま天井へと伸びている。転生者の力ならば簡単に引き千切れそうだが、残念なことに彼が使っていた転生者の端末は、俺の足元でルベルM1886のライフル弾に貫かれ、スパークを発して機能を停止している。
転生者が端末を失えば、その転生者が生産した兵器や能力は消滅する。レベルやステータスも消滅し、転生者は単なる常人へと戻ってしまうのである。
だから、あそこでかつてぶら下がっていた肉のようにぶら下げられている来栖は、ただの人間に逆戻りしていた。
先ほどの戦闘で射殺した死体の上に腰を下ろし、セシリアから支給された紅茶を口へと運ぶ。たっぷりとジャムの入った紅茶を飲みながらルベルM1886を肩に担ぐと、近くから鎖が揺れる音が聞こえてきた。
「う………」
鎖に縛られてぶら下げられている来栖が、ゆっくりと目を開ける。自分の両腕が動かないことに気付いたのか、それとも両足が地面に触れていない感触に気付いたのか、彼は目を見開きながら周囲を見渡してから、死体だらけの部屋の中で物騒なアフタヌーンティーを始めた俺を見下ろした。
「おはよう」
「な、何だよこれはっ!」
ぎょっとしながら喚く来栖を見上げてニヤニヤしながら、紅茶の入った水筒をポーチの中へと戻す。立ち上がってからルベルM1886を背中に背負い、壁に設置されている制御用のスイッチへと向かう。
「聞いてるのかよっ! おい、さっき降伏するって言ったじゃないか!」
「…………」
「クソが! 俺の部下を何人も殺しやがって! このサイコパスが!!」
楽しみだ。
あのデブが、罵倒を取り消して必死に命乞いをするのを見たら、きっと大笑いしてしまうだろう。
あの世にいる明日花も喜んでくれるだろうと思いながら、スイッチを入れた。
金属音が部屋の中に響き渡り、天井のレールから伸びている鎖たちがゆっくりと動き始める。来栖の体重が何kgなのかは知らないが、それよりもはるかに重い肉の塊を長時間ぶら下げておくことを想定された鎖たちは、朝飯前だと言わんばかりに来栖の重そうな身体をぶら下げたまま、ゆっくりと精肉機の方へと進み始める。
この世界で使用されている動力機関は、フィオナ機関と呼ばれる装置だという。人間が少量の魔力を流し込むことによって、内蔵されている機械が魔力を数百倍に増幅し、あらゆる機械に伝達するのだ。そのため、動力機関を動かすために燃料を使わなくてもいいのである。
この施設の照明がまだついているという事は、どこかにあるフィオナ機関がまだ稼働中だという事を意味する。来栖が気を失っている最中にこのレールと精肉機が動くかテストしてみたんだが、埃だらけだった機械たちは戦争が始まる前のように動く事ができた。
”肉”が近くにやってきたことを察知したのか、部屋の奥に設置されていた精肉機が動き始める。設置されている圧力計―――――魔力の圧力のようだ―――――の針がゆっくりと右側へ移動していき、かつては家畜の肉をミンチにしていた精肉機が振動を始める。
「お、おい、何する気だよ………!?」
「ゲームをしようか」
「ま、待てっ! このままじゃ、あの機械で………………!」
背負っていたルベルM1886を取り出し、ボルトハンドルを引いてチューブマガジンの中に弾丸を装填していく。来栖が気を失っている間に、後ろからやってきた敵兵たちとちょっとした銃撃戦を繰り広げる羽目になったので、もうチューブマガジンの中に弾丸は残っていなかったのだ。
こいつの弾丸なら、来栖を縛っている鎖を切断できるだろう。
装填を終えてボルトハンドルを元の位置に戻してから、ちらりと壁際に並んでいる負傷兵たちを振り向く。一番最初に放り込んだ手榴弾の爆発によって負傷してしまった兵士たちである。
「お前の身体が精肉機の真上に到達するまであと2分くらいだ。それまでにそこにいる負傷兵たちに助けを求めろ。とはいっても、彼らは重傷だ。だからあの負傷兵たちが返事をしたら助けてやる」
「ま、待て、全部話すからっ! 何でもするから機械を止めてくれ!!」
「何でもするつもりなら、とっとと助けを求めな」
弾丸を装填したライフルを肩に担ぎながら、彼にそう告げる。
”俺たち”は、お前が苦しんでいる姿を見たいのだ。俺や明日花を散々絶望させた連中が、絶望して無様に泣き叫び、無残に死んでいくのを見て大笑いしたい。
やっぱりお前はコメディアンの方が向いてるよ、来栖。
俺に助けを求めても機械を止めるつもりがない事をやっと悟ったらしく、来栖はやっと壁の近くでぐったりとしている負傷兵たちの方を見た。大半の負傷兵は爆風で手足を抉られているが、中には衝撃波や爆炎で手足を引き千切られてしまった兵士も見受けられる。
当たり前だが、止血や手当は一切していない。早く助けを求めないと、お前を助けてくれる仲間が出血で死んでいくぞ?
「あ、アドルフ! 俺を助けろっ!」
「…………」
名前を呼ばれても、負傷兵たちは返事を返さない。
ニヤニヤと笑いながら、ちらりと精肉機の方を見る。おそらく、あと1分30秒ほどで来栖はあの精肉機の真上に運ばれるだろう。あいつが真上に運ばれたら、ライフルで鎖を狙撃して断ち切ってやれば人間のミンチが出来上がる。
「アントン、エルヴィン! 助けてくれっ!」
「…………」
「返事をしてくれよ、おい!」
「人望が無いんだな、あんた」
「黙れぇっ!! おい、ハンス! ヘンゼル!!」
来栖はゆっくりと精肉機の方へ運ばれていく。自分たちの指揮官がもう少しで無残なミンチになってしまうというのに、負傷した部下たちは誰も彼を助けようとしない。激痛のせいで動く事ができないのだろうか。それとも、本当に彼の人望がないのだろうか。
あの負傷兵たちになぜ彼を助けないのかと問いかけてみるのも面白そうだけど、きっと”返事は返してくれない”だろう。
脂汗を流しながら叫んでいた来栖が、ぎょっとしながら精肉機の方を見る。精肉機の駆動する音が段々と大きくなっていることに気付いているのだろう。
彼の余命は、あと1分。
そろそろいいだろうと思いつつ、俺は壁の近くでぐったりしている兵士たちの方へと歩いた。
「ふざけんなよお前ら! おい、早く助けろッ!!」
無様な喚き声を聞きながら、並んでいる負傷兵の肩をルベルM1886の銃床でそっと押す。
すると、ぐったりしていたその負傷兵はあっさりと倒れてしまった。隣に座っている他の負傷兵の左肩に頬をぶつけ、虚ろな目で精肉機へと運ばれていく自分たちの指揮官を見つめている。
同じように、隣にいる負傷兵の肩も押す。その兵士も同じように、全く抵抗せずに右へと倒れていき、家畜の血がこびり付いた生臭い床に自分の頬を叩きつけた。
「え………?」
「――――――気付かなかった?」
お前が助けを求めていた連中が――――――死体だったことに。
「待てよ………ずっ、ずるいだろ!! 死体なんかじゃ助かるわけないじゃないかっ!! 話が違うぞ!!」
「気付かなかったあんたが悪い」
お前はここで殺すつもりだ。大切な妹を犯した男が、無様に喚くのを見るだけで満足すると思ったか?
満足するわけがない。前菜だけじゃ物足りないのだ。憎たらしい怨敵の無残な死というメインディッシュを口にしない限り、この復讐心が消えることはない。
ルベルM1886を構え、照準器を覗き込む。あと30秒足らずで来栖は精肉機の真上に到達するだろう。鎖までの距離も近いから、外すことは有り得ない。
最終的に、この一発の弾丸が怨敵を殺すことになる。けれども彼は十分に絶望と屈辱を味わったに違いない。死んだ筈の男の前で無様に喚いた挙句、既に死んだ仲間をまだ生きていると勘違いして助けを求め続けたのだから。
ピープサイトを覗き込んでいると、来栖が脂汗を流しながらこっちを見た。騙された事への怒りよりも、このままでは精肉機の中へと放り込まれ、豚肉や牛肉のようにミンチにされてしまうという恐怖が上回ったのだろう。
やはり、原形を留めないような殺され方が一番恐ろしいのだろうか。
「たっ、頼む………お願いですっ! きっ、き、機械を止めてくださいっ!!」
「…………」
「何でも話すっ! 明日花にも謝るからっ!!」
「…………」
彼女はもう死んでいるのだから、謝る事などできないだろう。
「う、撃たないでっ………! お願いします、何でも―――――」
「――――――――いいから死ねよ」
鎖で縛られた来栖が精肉機の真上に到着すると同時に、ルベルM1886のトリガーを引いた。ズドン、と銃声が産声をあげると同時に、長い銃身の先端部にある銃口から、マズルフラッシュと一発のライフル弾が躍り出る。
ライフリングによって強制的に回転させられた弾丸は、すぐ目の前にあった錆び付いた鎖を、パキン、と無慈悲に寸断した。
精肉機の真上まで運ばれた、来栖の錆び付いた命綱。
「あ―――――――」
脂肪で覆われたデブの肉体が――――――精肉機へと落ちていく。
命乞いを無視されたという事を察すると同時に、あいつの断末魔が部屋の中を満たした。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!! 足がぁ! い、痛い痛い痛い痛い痛いィィィィィィッ!! だ、だずげっ――――――あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ゛っ」
本当なら、ああいう機械に肉を放り込む前に、内臓や硬い骨を取り除いておく必要がある。けれどもそんな事をすれば来栖が死んでしまうので、あの精肉機には彼の肉体に巻き付いていた鎖や骨もろともミンチにしてもらう。
お構いなしに骨まで巻き込んでへし折っていく音や、錆び付いた鎖の一部が機械に擦れる金属音も聞こえてくる。精肉機の中から血飛沫が噴き上がり、既に家畜の血で汚れていた床が薄汚いクソ野郎の肉片が混じった血で汚れていく。
側面にある小さなハッチが開き、中から血と挽肉を混ぜ合わせたかのような湿ったミンチが顔を出した。けれども、ハンバーグにできそうな量の肉がそこから零れ出すよりも先に、ゴリッ、と鎖の一部が中の機械に引っかかるような金属音がして、精肉機が止まってしまう。
鎖と一緒に落としたのは失敗だったな。どうやら故障してしまったようだ。
顔をしかめながら、俺は精肉機の中を覗き込んだ。
途中で機械が故障してしまった事により、辛うじて来栖の胸から上は残っていた。目を見開いた状態で口や鼻から血を流し、断末魔を発していた状態のまま絶命している来栖。尋常ではないほどの絶望と苦痛を味わって死んでいったに違いない。
「ふふふっ………ふふふふふふふふふふふふっ」
彼の残骸を見つめながら、俺は嗤った。
「ひひひひっ――――――――ひゃははははははははははははははははははははははははははははっ!!」
死んだ。
妹を犯した忌々しい男が、ミンチにされて死んだ!
「ミンチにされた気分はどうだ、来栖ゥゥゥゥゥゥ! ぎゃははははははははははっ! お前、やっぱりコメディアンに向いてるじゃねえか! 最高に笑えるぞこれぇぇぇぇぇぇぇっ!! ひゃはははははははははははははははははははははははははははっ!!」
ミンチの中から顔を出している来栖を見下ろして嗤った俺は、精肉機から降りてから踵を返した。
これで、明日花を犯して苦痛を与えた男への復讐は果たした。だが、まだ復讐しなければならないクソ野郎が5人も残っている。前世の世界で明日花を虐めた挙句、こちらの世界でも強制収容所の中で彼女を暴行していた”霧島奈緒”と”霧島美緒”の姉妹と、強制収容所で彼女を虐めていた上に、来栖と一緒に何度か犯した”三原拓海”も殺さなければならない。
そして、俺たちを強制収容所にぶち込んだ忌々しい勇者にも報復する必要がある。
頭を撃ち抜かれた兵士たちの死体を踏みつけながら、地下室を後にする。錆び付いた扉の向こうにはグチャグチャになった兵士たちの死体が転がっていて、階段の手すりは爆発によってかなりひしゃげていた。階段の表面や周囲の壁には、手榴弾の爆発によって焦げてしまっている。
階段の上に転がっている腸の一部を躊躇いなく踏みつけ、階段を上がっていく。上の方からは兵士たちの怒号や足音が聞こえてくる。脱出する前に、彼らと一戦交える必要がありそうだ。
いや、”一戦交える”だけではダメだろう。
ここにいる奴らも皆殺しにしなければ。
そうした方が、あの世にいる明日花は喜んでくれる筈だ。
いっぱい死体を用意すれば、明日花が喜ぶ。
いっぱい殺そう。
クソ野郎を、何百人も。
明日花のために、いっぱい殺そう………………。
「い、いたぞ! 侵入者――――――ひぃっ!?」
階段の上でライフルを構えた兵士が、ゆっくりと階段を上がっていく俺を見下ろしながら目を見開く。
どうして彼は怯えているのだろう? 自分たちの仲間を何人も惨殺した挙句、指揮官である来栖をミンチにした忌々しい敵を見つけたのだから、指揮官の仇を討つために奮い立つ筈なのに。
ゆっくりと彼の後ろにある窓ガラスを見た瞬間、どうして敵兵が怯えているのかを理解する。
俺が身に纏うテンプル騎士団の制服は、返り血や敵兵の肉片を浴び続けたせいで真っ赤になっていた。真顔に戻したつもりなのに、どういうわけなのか無意識のうちにニヤリと笑っていて、目つきは虚ろになってしまっている。しかも、俺の顔にも返り血がたっぷりと付着しているせいで、まるで虐殺を楽しむ怪物のようにも見えてしまう。
俺は怪物なのか。
銃剣の付いた銃を彼へと向けると、駆けつけた警備兵は怯えながら言った。
悪魔だ、と。




