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異世界で復讐者が現代兵器を使うとこうなる   作者: 往復ミサイル
第十章 第二次ブラスベルグ攻勢
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煉獄の豪雨


「敵艦隊、河へ突入!」


「おのれ………第三主力艦隊の残存艦艇は何をやっている!?」


「敵水雷戦隊の魚雷攻撃で大半が航行不能とのことです」


 タンプル搭の中央指令室でオペレーターたちの報告を聞いた指揮官は、歯を食いしばりながら正面の魔法陣に映っている地図を睨みつけた。河の中には沿岸砲が大量に配備されているものの、配備されている沿岸砲は戦艦の30cm連装砲や巡洋艦の20cm単装砲を流用したものばかりであり、突入してくるテンプル騎士団艦隊を食い止めるのには火力不足であった。


 駆逐艦や重巡洋艦(軽戦艦)を食い止めるのが精一杯だが、主力打撃艦隊の切り札である虎の子のジャック・ド・モレー級やソビエツキー・ソユーズ級を食い止められなければ意味はない。突入してくる敵艦隊の中で最も脅威となるのは、44cm砲や40cm砲を搭載している敵戦艦であり、魚雷を使い果たした水雷戦隊を撃沈しても特に意味はないのだから。


「敵艦隊の最後尾に輸送艦隊を確認!」


「歩兵を上陸させるつもりか………!」


 ぎょっとしながら、指揮官はテンプル騎士団艦隊の目的を悟った。


 制海権を確保して河へと突入した後、タンプル搭へと肉薄してから輸送艦からボートを出撃させ、輸送艦に乗っている海兵隊を上陸させるつもりなのだ。


 もしタンプル搭の周辺で海兵隊を上陸させられれば、アスマン帝国側から侵攻を開始したテンプル騎士団の地上部隊や空軍と挟撃されることになる。しかも、第一防衛ラインや第二防衛ラインの制空権は敵に奪われている上に、制海権と軍港の出口を敵艦隊に塞がれているせいで、本国に救援を要請することもできない。クレイデリア連邦首都アルカディウスに駐留している部隊を呼び出すこともできるだろうが、もしアルカディウス守備隊が手薄になっている間に他のテンプル騎士団の部隊や、帝国軍を裏切る恐れのあるアスマン帝国が侵攻を開始すればチェックメイトである。


 アスマン帝国とヴァルツ帝国は同盟関係だが、ヴァルツ帝国はアスマン帝国を信用しているわけではない。


 帝国軍の一員とはいえ、元々はクレイデリアから独立した弟のような国家である。ヴァルツ帝国と同盟を結んだ理由は、九分九厘オルトバルカを撃退するためだけであり、オルトバルカ連合王国が侵攻を諦めるか、テンプル騎士団が完全復活した暁には帝国軍から離脱するのは想像に難くなかった。


 実際に、テンプル騎士団はアスマン帝国側から地上部隊と空軍を出撃させている。アスマン帝国がテンプル騎士団の通過を黙認し、クレイデリアへの侵攻を許したとしか言いようがない。


 ヴァルツ帝国は、アスマン帝国の離反とクレイデリアの奪還を許すわけにはいかなかった。


 この2つの国は、ヴリシア・フランセン帝国の旧フランセン領とヴァルツ帝国の中間部に位置する。もしテンプル騎士団がクレイデリアを奪還してアスマン帝国が鞍替えすることになれば、崩壊寸前のヴリシア・フランセン帝国のヴリシア大陸への補給ルートが遮断されることになってしまう。もし同盟国への補給ができなくなれば、連合国軍に各個撃破されるのが関の山であった。


 それゆえに、指揮官はもしアスマン帝国が寝返った場合は、同盟を解除してアスマン帝国を占領するように命じられていたのである。


「ガルゴニス砲、発射用意!」


 そう命じると、数名のオペレーターがぎょっとしながら後ろを振り向いた。


 中央指令室にはかなりの数の座席があるが、9年前の戦闘でいくつかの座席の術式がロックされているせいで使用不可能にされている事と、オペレーターの人員不足のせいで、座席に腰を下ろしているオペレーターの人数は10人程度である。


「少将、観測データが受信できない状態での砲撃では………!」


「一番最初に敵艦隊が捕捉された座標と、敵艦隊の速度を計算すれば敵艦隊の居場所は推測できる筈だ。後はそこに”拡散モード”に切り替えたガルゴニス砲を撃ち込み続けろ!」


「はっ!」


「敵艦隊予測座標………現在、ポイントK!」


「ガルゴニス砲、拡散モードへ術式を変更。コアを薬室へ接続」


「了解、コアを薬室へ接続。魔力の加圧を開始」


「冷却液、注入準備」


 地図が表示されている魔法陣の隣に、ガルゴニス砲の巨大な砲身が映し出された魔法陣が姿を現す。砲口の前には既に5つの巨大な紅い魔法陣が出現しており、周囲に火の粉と陽炎を撒き散らしながら、まるでスクリューのようにぐるぐると回転を始めている。


 帝国軍がタンプル砲を模倣して作り上げたこのガルゴニス砲は、砲弾ではなく超高圧の魔力で形成した炎の激流で砲撃する決戦兵器である。砲弾による物理的な攻撃ではないため、術式を変更するだけで攻撃方法を簡単に変える事ができるという利点があった。


 以前に戦艦ネイリンゲンへの超遠距離攻撃を行った時は、観測データを受信する事ができていたため、その座標へと魔力を集中させた状態で精密射撃を行う必要があったからである。


「まもなく、魔力加圧限界」


「拡散モードでの砲撃準備、完了しました」


「攻撃目標、ポイントK。砲撃後、座標を修正して即座に第二射を発射せよ。その間に観測機を出撃させ、観測データを送信させろ」


「了解!」


「秒読み開始します。10(ゼイ)(アウ)(マウ)(ゼーバン)(レクス)(フィーボル)(スォー)(ヴリー)(ルー)(ラン)(ゼナス)


「――――――”ガルゴニス砲(ガルゴニス・カノーネ)”、発射(ツォイシャー)!」


 ガルゴニス砲を発射するように命じた直後、砲口から炎の奔流が躍り出た。


 砲口の目の前でぐるぐると回転していた魔法陣に直撃した炎の奔流は、その魔法陣へと激突してあっさりと飲み込むと、2枚目の魔法陣も同じように消滅させ、3枚目の魔法陣へと牙を剥く。


 3枚目の魔法陣が消失した瞬間、炎の激流が唐突に拡散した。


 拡散した状態で4枚目の魔法陣と5枚目の魔法陣を呑み込んだ炎の激流たちは、真紅の光と無数の火の粉で青空を埋め尽くしながら、ウィルバー海峡方面へと飛び去って行った。












「タンプル搭より超高圧の魔力放射を観測!」


 CICで魔法陣をチェックしていた乗組員が叫んだ瞬間、ヴィンスキー提督とハサン艦長が凍り付いた。


 タンプル搭からの魔力放射が観測されたという事は、タンプル砲が発射されたという事を意味する。だが、タンプル砲を敵に命中させるためには観測データが必要不可欠である。観測データなしでの砲撃は、照準器を覗き込まずに遠距離の敵兵を狙撃する事に等しいと言えるだろう。


 ヴィンスキー提督とハサン艦長が凍り付いたのは、テンプル騎士団艦隊ではなく地上部隊を撃滅するためにタンプル砲を放ったのではないかと考えたからであった。もし地上部隊がタンプル砲で壊滅すれば、テンプル騎士団艦隊は河の中で孤立することになる。


 しかし、グラフを見ていたオペレーターの報告が、その2人の不安を否定すると同時に、別の不安を生み出すことになった。


「照準は地上部隊ではありません! 魔力の塊はこちらへと向かって飛翔中!」


「なに?」


「観測データなしでの砲撃だと?」


「て、提督! 魔力放射の反応、タンプル搭上空で拡散しました!」


「拡散………!?」


 テンプル騎士団が採用していたタンプル砲は、巨大な砲弾を発射する超大型の要塞砲であった。拡散する砲弾を発射することも可能であったが、あくまでもそれは接近してくる航空隊を撃滅するための地対空キャニスター弾であり、対艦攻撃や対地攻撃に使用するための砲弾ではない。


 それに対し、ヴァルツ帝国軍が模倣したタンプル砲は、砲弾による物理的な攻撃ではなく、魔力による攻撃を行うタイプの兵器であった。帝国軍がこちらを採用した理由は、巨大な砲弾を製造する技術がなかったことと、魔力を使った科学力の方が発達していたためだろう。


 魔力による攻撃は、大昔から術式を変更するだけで変化させる事ができるという利点があった。魔術師たちが使う魔術も、術式を変更するだけで攻撃を拡散させたり、弾速を速くする事ができたのである。


 ヴァルツ軍が模倣したタンプル砲も、それと原理が同じという事だ。


「取り舵一杯!」


「待て、艦長」


 回避を命じようとしたハサン艦長を、ヴィンスキー提督が止めた。


「観測データなしで攻撃を拡散させたという事は、敵は我が艦隊が捕捉された座標とこちらの速度を計算し、位置を予測して砲撃しているという事だ。観測データで照準を合わせているわけではない」


「では、回避は無駄ですな」


「そういうことだ。………全艦、最大戦速。一気に河を登り、タンプル搭へ肉薄する。見張り員は着弾した位置を確認してCICへ報告せよ!」


「最大戦速! 警報を鳴らせ!」


 観測データを送信する艦隊が壊滅してしまった以上、タンプル搭へ観測データを送信することはできなくなっている。観測機を出撃させることも可能だが、もし観測機を発見すれば即座に後続の空母から戦闘機が出撃し、観測機を撃墜する事ができる。


 だからこそ、ヴィンスキーはすぐに見抜いたのだ。


 この砲撃が、テンプル騎士団艦隊の位置を予測して発射された不正確なものだということを。


『こちら艦橋、1時方向、11時方向、10時方向に高圧魔力反応! 砲撃、来ます!』


 CICの正面に浮かぶ魔法陣に、艦橋に搭載された装置からの映像が映し出される。


 クレイデリアの上に広がる空が、真っ赤に染まっていた。青かった空に浮かんでいた雲に大穴が開き、その穴の中から複数の赤い炎の塊が落下してくる。


 傍から見れば、まるで巨大な隕石が大気圏を突破し、炎を纏いながら地上へと落下してきているかのようであった。


 もし観測データを元に照準を合わせていたのならば、その隕石を思わせる炎の激流たちはもっと正確に艦艇の頭上へと向かっていた事だろう。だが、炎の激流たちは河の隅や沿岸部を直撃し、火柱や水蒸気爆発を起こしている。


『12時方向に2発着弾。3時方向、4時方向、9時方向に1発ずつ着弾を確認』


『友軍に損害なし。繰り返す、友軍に損害なし』


「たっ、タンプル搭より魔力放射を確認! 第二射来ます!」


「全艦、最大戦速を維持。このまま突っ込め!」


 魔法陣の中に映っている青空が、また赤く染まり始める。


 巨大な雲に風穴を開けた炎の激流たちは、無数の火の粉を撒き散らしながら艦隊の周囲の水面を直撃し、巨大な水柱と水蒸気爆発を生み出した。













『キャメロットより”アクーラ1”、艦隊がタンプル砲による砲撃を受けている模様』


 キャメロットにいるオペレーターが報告した瞬間、トンネルの中を移動していたエレナ以外のスペツナズの隊員たちが目を見開いた。


 バカな………。観測データを送信できる艦艇は、先ほどの海戦で全て沈んでいる筈だ。観測機を出撃させたのか? それとも、沿岸部にデータを送信するための設備が用意された観測所でもあるのか?


 とにかく、急いでタンプル搭の中央指令室を制圧しなければ。俺たちの役目は仮説を立てることではない。


 タンプル砲の制御を行っているのも中央指令室だ。そこを制圧すればタンプル搭守備隊への命令は届かなくなるし、タンプル砲も実質的に使用不能になる。切り札を封じる事ができる上に、命令系統をズタズタにできるのだ。


 オペレーターに「了解、制圧を急ぐ」と返事をしてから、錆だらけのハンドルを回してハッチを開け、第一分隊と第二分隊の仲間と共に錆び付いたタラップを駆け上がった。


「エレナ、次は?」


「300m先のハッチを開け、タラップを50m登ればタンプル搭の真下です」


「300m進んで50m上がるか………分かった。各員、”ラウラ・デバイス”起動準備」


 仲間たちに指示しながら、スペツナズの兵士たちが装着しているバッジのようなものをちらりと見た。


 フィオナ博士が開発してくれた”ラウラ・デバイス”と呼ばれる装置だ。簡単に言うと、無数の氷の粒子を放出し、装備している兵士の姿を疑似的な光学迷彩で短時間だけ消してくれる装置である。氷の粒子の生成だけでなく、装備している兵士の姿が敵兵に見えないように氷の粒子の座標や濃度の調整も行ってくれる高性能なデバイスだ。


 しかも、使用する魔力は少量なのでセンサーに探知される恐れはない。欠点は稼働時間が短い事だろうか。とはいっても、まだ試作型なので博士が改良してくれるとは思うが。


 ちなみに、俺の左腕の中にも同じデバイスが内蔵されている。こちらは義手に内蔵している小型フィオナ機関から魔力を伝達されるため、仲間たちのデバイスと比べるとちょっとだけ稼働時間は長い。


 もちろん、名前の由来はこの疑似的な光学迷彩を編み出したラウラ・ハヤカワである。


 エレナの指示通りに別のハッチを開け、トンネルの上へと繋がっているタラップの上に立つ。


 確かに、タラップの50mほど上には”ちゃんと塗装された”マンホールらしきものがあるのが分かる。ちゃんと塗装されているという事は、整備兵がメンテナンスのためにここへと降りてきているという事なのだろう。


 ライフルを背中に背負い、腰の後ろから生えている機械の尻尾――――――先端部には義手の指と同じデザインの指が3本ある――――――でサプレッサー付きのコルトM1911を持ちながら、タラップをゆっくりと上がり、上にあるマンホールの蓋をちょっとだけ持ち上げる。


 先ほどまで何度も通過したメンテナンス用の通路よりも広い通路には、敵兵はいないようだった。舌にいる仲間たちに敵兵がいないことを伝えてから、蓋をそっと開けて通路へと這い上がり、尻尾からハンドガンを受け取って周囲を警戒する。


 訓練通りに素早くタラップを駆け上がった兵士たちが、続々と通路の上へ這い上がってくる。合計で12名の兵士たちが上がってきたのを確認してから、俺は仲間たちに命じた。


「各員、ラウラフィールド展開。――――――――これより目標を制圧する」








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