鉄と血の地獄
今日、僕は”王”を見た。
真っ赤な戦闘機に乗った、最強の王。
機銃と機関砲で複葉機の群れを次々に撃墜した赤いBf109の編隊を見上げながら、戦場から去っていく彼らに手を振る。僕は彼らよりも下を飛んでいるから、手を振っているのは彼らには見えないかもしれないけれど、僕は片手で操縦桿を握ったまま、最強のパイロットたちを称賛する。
きっと彼らは、基地に戻ったら淡々と撃墜マークを増やすのだろう。いや、もう撃墜した数に興味はなくなっているかもしれない。あれ以上撃墜マークを描いたら、撃墜マークが機体を覆って変な模様になってしまう。
『ハルバード1より各機へ。敵航空隊の殲滅を確認した。これより燃料補給のために帰還する』
『ハルバード2、了解』
『ハルバード3、了解』
『ハルバード4、了解』
『ハルバード5、了解』
「ハルバード6、了解」
無線機に向かって返事をしながら、コクピットに貼ってある父の写真をちらりと見る。
この戦いで、僕は何とか敵を2機撃ち落とす事ができた。撃墜したとは言っても、隊長に機銃で主翼を撃ち抜かれた敵機を撃墜しただけだけど。
いつかは、僕も立派なパイロットになってみんなを守りたい。
父や――――――あのパイロットたちのような、一流のパイロットに。
「同志団長、空軍より報告です。制空権の確保に成功した模様」
「よし………!」
よくやった、同志たち。
制空権を確保したという報告を聞いて歓声を上げる陸軍の兵士たちを見つめながら、拳を握り締める。
海軍は敵艦隊に勝利し、空軍も敵の航空隊に勝利した。陸軍だけ敵に返り討ちに遭うわけにはいかないな。
「友軍の航空隊が接近中。到着まであと5分」
「砲兵隊、砲撃準備完了。”いつでもご命令を”とのことです」
「よろしい。これより我々も攻勢を開始する!」
出撃準備を終えている兵士たちに向かって命じてから、既にエンジンをかけているT-34の砲塔の上に飛び乗った。砲塔の上には既にモシンナガンM1891/30を装備した数名のホムンクルス兵が乗っていて、灰色の砂漠の向こうを睨みつけている。
他の戦車たちも次々にエンジンをかけた。灰色の砂漠にエンジンの轟音や、指揮官たちの怒声が響き渡る。ライフルや機関銃を抱えた様々な種族の兵士たちがヘルメットをかぶりながら戦車の上に乗ったり、戦車の後方に並んで進撃命令を待っていた。
この戦いに投入されるT-34の数は300両。以前まで採用していたルノーFT-17も投入するし、虎の子のシャール2Cも5両ほど投入する。
テンプル騎士団が真価を発揮するのは、防衛戦ではなく攻勢だ。創設された頃からテンプル騎士団の兵士たちは攻勢を得意としており、今までに実施された攻勢で敗北したことは一度もないという。もちろん、タンプル搭が陥落して私が団長になった後も、実施した全ての攻勢は成功しているのだ。
ヴァルツ軍では、『テンプル騎士団兵が1人でも塹壕に突入して来たら終わりだと思え』と指揮官が部下たちに言っているという。特に彼らに恐れられているのは、身体能力の高いホムンクルス兵や、頑丈な肉体を持つオークとハーフエルフの兵士だ。
オークとハーフエルフの兵士は、非常に筋力が発達している上に、弾丸が被弾しても突撃を継続できるほど肉体が頑丈なのだ。実際にテンプル騎士団が創設されたばかりの頃に勃発した吸血鬼との全面戦争では、吸血鬼たちが必死にアサルトライフルや機関銃で弾幕を張っているにもかかわらず、数発被弾したオークとハーフエルフの兵士が平然と塹壕へ突入してきたという証言や、何度も弾丸を撃ち込んだのに突進を止められなかったという証言がある。
腰に下げている法螺貝―――――黒と灰色の迷彩模様だ――――――を取り出し、口へと運びながら前方を睨みつける。
タンプル搭の東西南北には4つの要塞が建造されており、その周囲にも駐屯地や拠点が存在する。もしどこかの拠点が敵の攻撃を受けたとしても、即座に別の拠点から増援部隊を送り込んで敵を殲滅できるのだ。
だが、その堅牢な防衛ラインがしっかりと機能していた理由は、当時のテンプル騎士団に所属する兵士の人数が、全ての拠点に兵士たちを配属させても歩兵が余ってしまうほど多かったからである。だが、以前からクレイデリアに潜入していたシュタージのエージェントの情報では、クレイデリアに駐留しているヴァルツ軍の兵士だけでは全ての拠点に守備隊を配置する事はできないため、必要最低限の拠点にしか守備隊が配備されておらず、防衛ラインは穴だらけになっているという。
そこで、我々はいくつかの防衛ラインを強行突破してから、東西南北の要塞を素通りしてタンプル搭へそのまま侵攻する事にした。
もちろん、下手をすれば素通りした要塞の守備隊が後方へと展開して我々を挟撃しようとするだろう。もしそうなったならば、そのままタンプル搭の守備隊を殲滅して要塞砲を奪い、虎の子のタンプル砲で逆に後方から攻め込んできた連中を撃滅してしまえばよい。
戦車部隊と歩兵たちに突撃を命じる準備をしながら、ちらりと姉さんの方を振り向いて頷いた。
「――――――砲兵隊、砲撃開始」
『了解、砲撃開始します』
まず最初に、航空隊が到着するまでに砲兵隊がこれでもかというほど敵の防衛ラインへと砲撃を行う事になっている。既に数名の兵士が先行して敵の防衛ラインの位置や規模を無線で砲兵隊へ報告しているので、砲撃の命中精度は高いだろう。
後方で爆音が轟いた。発射された大口径の榴弾が、出撃準備をしている私たちの頭上を飛び越えて敵陣へ向かっていく。
数秒後、灰色の砂漠の向こうで緋色の光が十重二十重に噴き上がった。火柱が噴き上がった後に爆音が轟き、私たちの周囲を通過していく。後方に展開している砲兵隊の砲兵たちには、数多の戦場で陸軍の兵士たちを支援してきたにベテランの砲兵も多い。きっと、今の砲撃で敵に大きな損害を与えられたに違いない。
後方の砲兵たちは砲弾の装填を終えると、無慈悲に次々に榴弾を放っていく。噴き上がった火柱を新しく噴き上がった火柱が飲み込んでいき、灰色の砂漠の一部が火の海と化していく。
しばらくすると、プロペラの音を大空にばら撒きながら、テンプル騎士団空軍の航空機たちが私たちの頭上を通過していった。主翼の下には爆弾やロケット弾をどっさりとぶら下げており、キャノピーの後方からは機銃の銃身らしきものが突き出ているのが分かる。先ほど制空権を確保するために飛行場から飛び立っていったYak-9TやBf109よりも大型の飛行機だ。
あの航空機たちの目的は、敵の戦闘機を撃墜して制空権を確保することではない。既に制空権が確保された空を我が物顔で堂々と飛び、とっぷりと搭載した爆弾やロケット弾で地上にいる敵を蹂躙することだ。
「同志団長、”シュトゥルモヴィーク”です!」
「来てくれたか………!」
頭上を通過していったのは、テンプル騎士団空軍で採用された『Il-2』という攻撃機たちだった。これもYak-9Tと同じく、異世界に存在した”ソビエト連邦”という国で大昔に採用されていた航空機だという。この機体も力也が採用するように薦めた機体だ。
あいつはソビエト連邦の兵器が好きなのだろうか。
砲兵隊は航空隊の到着を一足先に察知していたらしく、一部の砲手たちは砲撃に使う砲弾を、榴弾ではなく蒼い発煙弾に変更していた。航空隊に攻撃する標的の場所を教えるためだ。
編隊を組んだIl-2の群れが、蒼い発煙弾が着弾した場所に向かって急降下を始める。隊長機を先頭にして次々に急降下を始めた攻撃機の群れは、火の海と化した大地を完全に吹き飛ばそうとしているかのように、ぶら下げていた爆弾を次々に投下した。
Il-2が上昇して離脱した直後、またしても火柱が生まれた。少しだけ遅れて轟音が轟き、敵の重機関銃や榴弾砲の部品らしきものが天空へと舞い上がる。
爆弾を投下し終えたIl-2たちは高度を落としたまま旋回すると、火の海と化した塹壕から逃げようとする敵兵たちに機銃掃射をお見舞いしてから飛び去って行った。中にはIl-2を撃墜するために機関銃やボルトアクションライフルで応戦する兵士も見えるが、全く命中していない。
最後の編隊が爆弾の投下を終えたのを確認してから、私は法螺貝を吹いた。
『ブオォォォォォォォォォォ!!』
『『『『『Ураааааааа!!』』』』』
T-34の履帯がゆっくりと回り始め、灰色の砂漠に短命な履帯の跡を刻んでいく。戦車の陰に隠れながら前進する兵士たちがその履帯の跡を踏みしめて、自分たちの足跡を刻み付けた。
砲塔の陰に隠れながら、愛用している三八式歩兵銃を構える。この銃はモシンナガンM1891/30と比べると口径が小さいが、命中精度が高いので気に入っているのだ。
先頭を進んでいるT-34が主砲を放った。発射された榴弾は塹壕よりも手前に直撃し、灰色の砂塵が混じった火柱を生み出す。砲弾が外れた事を悟った装填手はすぐさま次の榴弾を装填し、砲手が照準を修正してもう一度砲撃する。
進撃する他の車両も砲撃を始めた。
私の乗っているT-34の砲塔のハッチが開き、ホムンクルスの戦車兵が顔を出す。
「砲撃開始します! 耳を塞いでください!」
「了解!」
ライフルに尻尾を巻き付けてから、両腕で耳を塞ぐ。こういう時にキメラの尻尾は本当に便利だ。指はないので手のように”掴む”事はできないが、こうして巻き付けることで武器を持つ事ができるし、場合によっては両腕が塞がっている状態でも銃の再装填ができる。ちょっと不便な3本目の腕と言ってもいいだろう。
私たちが耳を塞いだのを確認してから、ホムンクルスの戦車兵は砲塔の中へと引っ込んだ。
砲塔の中から『撃て!』と命じる声が聞こえた直後、T-34の主砲が火を噴いた。
仰角が高すぎたのか、榴弾はバラバラになった死体や機関銃の残骸で埋め尽くされた塹壕の上を通過して、反対側に着弾してしまう。ガゴン、と装填手が砲弾を装填する音が聞こえたかと思うと、砲塔から突き出た砲身が少しばかり角度を下げ、再び榴弾を放つ。
今度は塹壕の縁を直撃し、野砲に装填するための榴弾を運んでいた若いヴァルツ兵たちが吹っ飛んだ。
黒焦げになった兵士の足らしきものが塹壕の中へと落下する。先ほどの兵士の足だろうか。
先ほど砲弾が着弾した場所の近くでは、血まみれになった若いヴァルツ兵―――――多分18歳か20歳くらいだろう――――――が、千切れた自分の足を見ながら目を見開いて絶叫していた。すぐに無事だった他の仲間が駆け寄って彼を助けようとするが、進撃する戦車に乗る戦車兵たちは無慈悲だった。助け起こそうとする他の兵士もろとも主砲同軸の機銃で蜂の巣にしてしまう。
健在だった敵の野砲が火を噴くが、T-34の正面装甲は軽戦車であるルノーFT-17よりも分厚い。装甲車が平然と銃弾を弾きながら前進するように、T-34の群れたちは平然と野砲から放たれた37mm榴弾を正面装甲で弾き飛ばし、甲高い金属音を響かせる。
他の兵士やサクヤ姉さんに合図してから、私はT-34の砲塔の後ろから飛び降りた。
砲兵隊の砲撃や航空隊の空爆によって、既に防衛ライン中央部は大損害を被っていた。側面には健在な野砲や重機関銃らしきものが見受けられるが、T-34の装甲に次々に弾かれている。さすがにルノーFT-17は37mm砲でも撃破される恐れがあるため、T-34の隊列の内側を走行させ、防御力の高いT-34を盾にしながら側面から攻撃してくる敵の守備隊へと37mm戦車砲で応戦している。
次の瞬間、重機関銃で応戦していた敵兵たちが全員吹き飛んだ。火を噴いていた重機関銃もろとも数名の兵士たちがバラバラになり、黒焦げの肉片が火柱と共に舞い上がる。
後方にいるシャール2Cが榴弾を放ったのだ。
T-34の陰から飛び出し、三八式歩兵銃で敵兵を狙撃する。6.5mm弾が血まみれの敵兵の胸板を直撃し、撃たれた敵兵が後方へと崩れ落ちた。
先頭を走っていた戦車たちは、既に敵兵の死体やまだ生きている敵兵を履帯で踏み潰しながら塹壕を突破しつつある。下半身を履帯で踏み潰されたヴァルツ兵の絶叫や、手足を失ったヴァルツ兵たちの呻き声を聞きながら、三八式歩兵銃を背負って腰の刀を抜き、ホルスターの中から”南部大型自動拳銃”を取り出す。
この拳銃も私のお気に入りだ。力也の話では、この銃は異世界の”ニホン”という国で採用されていた拳銃だという。
力也が生まれた国の銃だ。
私は使いやすい銃だと思うのだが、力也は銃が小さくて握りにくい――――――彼が大きいだけだ――――――らしく、あまりこの銃は好きではないらしい。
私たちよりも一足先に塹壕へと突入した随伴歩兵たちは、もう既にスコップや棍棒で敵兵と白兵戦を繰り広げていた。大型のメイスを持ったオークの兵士がヘルメットもろともヴァルツ兵の頭を叩き潰し、敵兵を素早く投げ飛ばしたホムンクルス兵が、倒れた敵兵の喉にナイフを突き立てて止めを刺す。
中にはスコップや棍棒で応戦する敵兵もいたが、白兵戦はテンプル騎士団陸軍と海兵隊のお家芸だ。肉薄された以上、彼らの敗北は確定と言ってもいいだろう。
ロングソードを手にしたハーフエルフの兵士が振り下ろされたスコップを受け流し、敵兵の顔面に左ストレートを叩き込んで怯ませてから、ロングソードで敵兵の首を斬り落とす。格闘だけでなく剣術の訓練も受けているテンプル騎士団兵に、白兵戦で勝てるわけがない。
キャメロット艦内の廃材を持ってきたのか、錆び付いた鉄パイプで敵兵を殴り殺している変な奴もいる。なぜマチェットや剣ではなく鉄パイプを持ってきたのだろうか。
姉さんと一緒に苦笑いしてから、私たちも塹壕へと突入した。
『Zeh! Kmmpyr ni molkkght arugan!(くそ! 蛮族共が突入してきた!)』
『Πhal un mauf! Üafaz guk au gunzel!!(分かってる! とっとと叩き潰せ!!)』
銃剣の付いた銃を抱えた2人の兵士が、私に向かって弾丸を放ちながら突撃してくる。右手に持った刀でライフルから発射された8mm弾を弾き飛ばしながら、銃剣をこっちに向けながら突進してきた敵兵の眉間を南部大型自動拳銃で撃ち抜いた。
風穴を開けられた兵士ががくん、と頭を揺らしている隙に、後ろにいるもう1人の兵士の腕をライフルもろとも刀で両断する。ライフルや腕の断面があらわになると同時に、返り血が付着した刀を振り払い、敵兵の首を斬り落とした。
一緒に塹壕へと飛び込んだ姉さんも、腰に下げた大太刀――――――力也の刀を借りパクしたらしい――――――を左から右へと振り払い、棍棒を持っている敵兵の胴体を両断しているところだった。サクヤ姉さんは両断した敵兵の断面から噴き出る返り血を浴びながら姿勢を低くし、後続の敵兵が放った弾丸を回避しつつ、左手に持ったコルトM1911で反撃している。
正直に言うと、私は射撃よりも白兵戦の方が得意だ。
南部大型自動拳銃で敵兵を射殺してから、拳銃をホルスターに戻し、腰の左側にもう1本の刀と一緒に下げている脇差を引き抜いて逆手持ちにする。
火の海と化した塹壕の向こうから、血まみれになった敵兵が死に物狂いで突っ込んできた。片方の腕は千切れ飛んでいて、もう片方の手は指が何本か欠けている。顔や肩には小型のナイフにも似た砲弾の破片がいくつも刺さっていて、そのうちの1つが左目を射抜いていた。
『アァァァァァァァァァァァァァッ!!』
雄叫びを上げながら突っ込んできた敵兵の足を右手の刀で切り付け、がくん、と体勢を崩している隙に、左手の小太刀を左側から首へと突き刺す。血まみれになって突っ込んできたヴァルツ兵は、鮮血を口から吐き出しながら『HeLdo………Kelgom………(ヒルダ………すまん………)』と呟くと、そのまま崩れ落ちてしまった。
恋人か妻の名前なのだろう。
小太刀の刀身に付着した鮮血を拭い去りながら、私は周囲を見渡した。
塹壕の中は未だに燃えており、破壊された野砲の残骸やバラバラになった兵士の死体が転がっている。まるで、人々を虐げていた忌々しいヴァルツ人たちが、地獄で罰せられているかのような光景だった。
火の海と化した塹壕を、軽戦車たちを引き連れたシャール2Cたちが突破していく。既にヴァルツ軍の第一防衛ラインは中央を突破されているらしく、側面で応戦していた部隊は後方の防衛ラインへと後退を開始しているようだった。
――――――――私たちの圧勝だ。
傍らで呻き声をあげているヴァルツ兵に止めを刺してから、私も塹壕を乗り越え、戦車たちと共に進撃を続行するのだった。




