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異世界で復讐者が現代兵器を使うとこうなる   作者: 往復ミサイル
第十章 第二次ブラスベルグ攻勢
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伝説の航空隊


 タンプル搭の陥落で最も大きな被害を被ったのは、テンプル騎士団空軍だった。


 当たり前だが、空軍の主役は航空機だ。武装を積んだ戦闘機や爆撃機を優秀なパイロットたちが操縦し、敵の戦闘機の迎撃や敵の拠点への爆撃を敢行するのである。


 航空機を運用するためには、飛行場や燃料が必要だ。


 だが、タンプル搭が陥落した事によって使用可能な飛行場の大半が破壊されるか帝国軍に占拠され、タンプル搭へと攻撃を仕掛けてきた空軍のパイロットたちは無事に着陸できる場所を失った。だからと言っていつまでも飛び続けていれば、燃料を使い果たして大地に舞い降りる(墜落する)羽目になる。


 海軍の空母から出撃するのも難しい。空軍のパイロットたちは飛行場への着陸は当たり前のようにできるが、飛行場の大きな滑走路とは比べ物にならないほど小さくて短い空母の飛行甲板への着陸は、飛行場への着陸よりも難易度が高い。それに、空軍のパイロットたちが乗っている機体は艦載機ではないため、艦載機に乗り換えるためには訓練を行う必要があった。


 そのため、空軍は同盟国の飛行場を借りてそこから出撃したり、訓練を行わなければならなかったのである。しかもタンプル搭を放棄する際に大量の機体を爆破処分してから脱出したため、空軍が運用できる戦闘機や爆撃機もそれほど多くなかった。


 パイロットや整備兵たちには失礼だが、実質的に空軍は機能を停止していたと言ってもいいだろう。


 しかし――――――弱体化していたテンプル騎士団空軍は、”再起動”しようとしている。


 アスマン帝国から借りた飛行場に、エンジンやプロペラの轟音が響き渡っている。黒と灰色の迷彩模様で塗装された戦闘機のパイロットが、滑走路まで誘導してくれた兵士に手を振ってから、巨大な滑走路から戦闘機と共に飛び立っていく。


 現在のテンプル騎士団空軍で採用されている機体は、『Yak-9T』という戦闘機だった。力也が採用するように薦めていた機体で、彼がいた世界の”ソビエト連邦”という国で使用されていた戦闘機だという。


 空軍の航空隊は、まず地上部隊よりも先にタンプル搭へと侵攻し、制空権を確保することになる。制空権を確保していれば敵の戦闘機がこちらの爆撃機を迎撃してくる事はなくなるため、爆撃機たちは好きなだけ爆弾を投下し、クソ野郎共を吹っ飛ばすことが許されるというわけだ。


 より高性能な機体が採用されたことにより、テンプル騎士団空軍の戦力は向上したと言えるが、不安な点が1つだけある。


 それは―――――――新兵が多いという事だ。


 タンプル搭が陥落した際に生き残る事ができたのは、皮肉にも機体を爆破処分して脱出したパイロットたちだった。タンプル搭を攻撃する空中戦艦の迎撃や、仲間たちが逃げる時間を稼ぐために出撃していった優秀なパイロットたちの大半は戦死したか、ヴァルツの連中に拘束され、強制収容所で命を落としてしまっている。


 そのため、今のテンプル騎士団空軍にはベテランのパイロットが少ないのだ。


 訓練をする際にも他国の飛行場を借りなければならないため、新兵たちの錬度を高めるために何度も訓練を行うわけにもいかない。


 それに対し、ヴァルツ側は戦闘機の性能では劣っているが、戦闘機に乗るパイロットは連合国との戦闘で経験を積んだベテランばかりだという。いくらこちらの機体の方が高性能だとしても、ベテランのパイロットには”経験”という強力な武器がある。すぐに作戦を考えて対応してくるに違いない。


「彼らが心配?」


 ベテランのパイロットたちと共に飛び立っていく新兵のYak-9Tを見守っていると、隣にサクヤ姉さんがやってきた。


「ああ………中には数回訓練を受けただけで出撃していく同志もいると聞いている」


 この作戦に参加するパイロットの7割は新兵だという。


 主翼に蒼いラインが描かれた別の機体が飛び立っていく。見送ってくれている整備兵たちへと向かってキャノピーの中で手を振っているのは、小柄な獣人のパイロットだった。私よりも年下なのではないだろうか。


 彼らが無事に戻ってきますようにと祈ったその時だった。


 今度は、別の機体が滑走路へと移動を始めた。Yak-9Tと比べるとすらりとした機体だ。一番最初に滑走路へと移動してきた機体は真っ赤に塗装されていて、機首の先端部、主翼の先端部、垂直尾翼の先端部のみが黒く塗装されている。


 垂直尾翼に描かれている”2つの翼と岩に刺さったエクスカリバー”のエンブレムを見た途端、私はその赤い戦闘機がどの飛行隊所属なのかをすぐに理解した。


「アーサー隊…………」


 彼らもこの作戦に参加するというのか………!


 アーサー隊は、テンプル騎士団空軍最強の航空隊である。各部隊から選抜された最も優秀な5名のパイロットで構成されており、彼らには他の航空隊とは異なる機体が支給される。隊長機は真っ赤に塗装するという伝統があり、隊長は”レッドバロン”という称号も継承することになる。


 アーサー隊が設立されたのは、初代団長タクヤ・ハヤカワの代だと言われている。様々な飛行隊から選抜されたエースパイロットのみで構成されており、強力な敵の航空隊を次々に蹂躙してきた伝説の航空隊だ。


 彼らに支給されている機体は、『メッサーシュミットBf109』という戦闘機である。隊長機は真っ赤に塗装されているが、他の隊員たちの機体は逆に、機首の先端部、主翼の先端部、垂直尾翼の先端部のみが赤く塗装されていて、他の部位は真っ黒に塗装されている。


 やがて、隊長機がプロペラの音を響かせながら滑走路から青空へと舞い上がっていった。黒く塗装された他のBf109のパイロットたちも、誘導してくれた兵士に手を振ってから機体を加速させ、次々に灰色の砂漠の上を覆う青空へと飛び上がっていく。


「…………さあ、私たちも準備をしましょう」


「ああ」


 彼らが制空権を確保したら、私たちも進撃することになる。既に飛行場の郊外では作戦に参加する歩兵部隊や戦車部隊が出撃の準備をしている。私たちも出撃する準備をしなければならない。


 小さくなっていくプロペラの音を聞きながら、くるりと後ろを振り向いた。


 灰色の砂塵がうっすらと舞っているせいだからなのか、空がいつもよりも蒼く見えた。












 戦艦ユーグ・ド・パイヤンの後部甲板で、火の海と化したタンプル搭を眺めていた時の事を思い出しながら、操縦桿をぎゅっと握りしめる。


 僕の父はあの時、僕と幼かった妹と母さんを軍港へと避難させ、僕たちが脱出する時間を稼ぐために戦闘機で出撃していった。無事に離陸できた数少ない仲間たちと共に敵の戦闘機を撃ち落とし、弾幕を張りながら突っ込んでくる空中戦艦に戦いを挑んだという。


 でも、父は帰って来なかった。


 コクピットの中に張られている白黒の写真をちらりと見る。空軍の軍服に身を包んだ父の隣で、まだ6歳だった頃の僕が父の大きな軍帽をかぶり、笑いながらこっちに向かって敬礼している。タンプル搭が陥落し、父が戦死する1年前に父の同僚が撮影してくれた写真だ。


 父も、飛行機のキャノピーからこの灰色の砂漠を見下ろしていたのだろうか。


 テンプル騎士団に入団できる年齢になった後、僕はすぐに空軍に志願した。テンプル騎士団は志願制だから、憲兵が徴兵にやってくる事はない。自分からパイロットになろうとしない限り、空を飛ぶことはできない。


 泣きながら見送ってくれた母と妹の事を思い出しながら溜息をつく。父はエースパイロットの1人だったらしいけど、僕はまだ最低限の訓練を受けた新兵だ。空軍は飛行場を保有していなかったので、航空隊を出撃させる場合は同盟国の飛行場を借りるか、艦載機に乗った事のあるパイロットを空母ナタリア・ブラスベルグから出撃させるしかない。だから、訓練できる時間は非常に少なかった。


 初めて参加した実戦は、フランギウス共和国の国境を偵察する任務だった。同期のパイロットとベテランのパイロットの3人で偵察していたんだけど、敵機と遭遇する事はなかった。


 実質的に、これが僕の初陣だ。


 9年前に奪われた祖国を取り戻すという、間違いなく大規模な戦闘になる作戦が、僕の実質的な初陣。


 大丈夫だ。教本は何度も読んだし、同期との模擬戦でも負けた事はあまりなかったじゃないか。


 訓練を思い出せ。


 白黒写真に写っている父をもう一度見つめていたその時だった。


『ハルバード1より各機へ、まもなく敵部隊との予測会敵空域へ突入する。警戒せよ』


『ハルバード2、了解』


『ハルバード3、了解』


『ハルバード4、了解』


『ハルバード5、了解』


「は、ハルバード6、了解です」


『ヒューゴ、少し落ち着け。敵が現れたら俺についてくればいい』


「は、はい、隊長」


 呼吸を整えながら、キャノピーの向こうを眺める。


 真上には青空があって、真下は灰色の砂に埋め尽くされた大地がある。灰色と蒼しか存在しない、殺風景な世界だ。シンプル過ぎるにも程があるのではないだろうか。


 そう思いながら敵機が来ないか警戒していると、編隊を組みながら飛行している僕たちの真上を、5機の赤い機体が通過していった。僕たちが乗っているYak-9Tと比べると、すらりとした華奢な戦闘機だ。よく見えないけれど、その編隊を構成しているどの機体のキャノピーの近くにも撃墜マークがびっしりと描かれている。


 エースパイロットたちだ。


 彼らは一体敵を何機撃ち落としたのだろうか。


『――――――アーサー1より各機へ』


 アーサー1………!?


 ということは、この航空隊はあのアーサー隊なのか!?


 ぎょっとしながら、他の編隊たちまで追い越して先頭を飛び始めた5機のBf109たちを凝視する。確かに、垂直尾翼や主翼には2つの翼と岩に刺さった剣が描かれているのが分かる。


 伝説の航空隊も一緒に戦ってくれるなんて………!


『1時方向に敵航空隊を捕捉。アーサー隊、我に続け。他の部隊は警戒を続行せよ』


 赤い隊長機を凝視している間に、その機体のコクピットに乗っているパイロットが淡々と告げた。


 1時方向を凝視してみるけれど、敵機らしき機体は何も見えない。どこに敵がいるのかと探している内に、アーサー隊のパイロットたちは次々に増槽ドロップタンクを機体から切り離して、先頭を進む真っ赤な隊長機と一緒に高度を上げ始める。


「は、ハルバード6よりハルバード1、我々も援護した方が………というか、敵が見えないのですが」


『ああ、1時方向の敵はあの人たちだけでも大丈夫だ。…………隊長はあの”レッドバロン”だからな』


 レッドバロン…………。


 アーサー隊の隊長に受け継がれる、最強のパイロットの称号。


 真っ赤なBf109が率いる最強のエースパイロットたちは、青空に浮遊する雲の向こうへと飛んで行った。











 編隊を組みながら飛ぶ複葉機の群れを見渡してから、私は前方を睨みつけた。


 このクレイデリアに配備されている戦闘機は、『Kfr-77』というヴァルツ帝国が開発した最新型複葉機だ。従来の航空機よりも高出力のフィオナ機関を搭載したことで速度と機動力は一気に上がっている上に、機首と胴体の左右に2基ずつ8mm機銃を搭載している。


 機動性は低下してしまうものの、主翼にロケット弾を2発ずつ搭載したり、胴体下部に爆弾を搭載することで対地攻撃に投入することも可能な優秀な機体だ。


 偉大なる皇帝陛下は、その最新型複葉機をこのクレイデリアに500機も配備して下さった。


 貧弱なテンプル騎士団(蛮族共)の空軍は、この最新型戦闘機の群れに蹂躙されることになるだろう。奴らの空軍はタンプル搭が陥落した時に機能を停止してしまっていると聞いている。転生者の能力で優秀な機体は用意できるだろうが、入隊したばかりのパイロットを短期間で育て上げることは不可能な筈である。


 我々の方が有利だ。


 だが、第三主力艦隊は物量で勝っていた上にガルゴニス砲での支援砲撃も要請できたにもかかわらず、テンプル騎士団艦隊との戦闘で全滅しているという。あいつらは死に物狂いでここに攻め込んできたという事なのだろう。


 気を引き締めなければならない。


 物量では我らが勝っている。こちらがテンプル騎士団航空部隊の撃滅のために出撃させた複葉機は合計で30機。仮にここで我々を打ち破ったとしても、470機の新型機がタンプル搭の周囲を防衛している。


 だが、蛮族共はここで撃ち落とす。


 あいつらは降伏した兵士だろうとお構いなしに皆殺しにする野蛮人共だ。タンプル搭の居住区には私の妻や娘たちもいる。蛮族共が我々を突破してタンプル搭へと攻め込めば、非戦闘員がどうなるかは言うまでもないだろう。


 是が非でも家族を守らなければ。


 そう思いながら空を睨みつけた次の瞬間だった。


 先頭を飛んでいた編隊のうちの1機が一瞬だけ緋色に光ったかと思うと、唐突に主翼が一気に引き千切られ、そのままぐるぐると回転しながら墜落していったのである。


 墜落していく機体から剥離した破片を回避しながら、私は無意識のうちに空を見上げた。


「!!」


 我々の真上に―――――――すらりとした戦闘機で構成された編隊がいた。


 太陽が居座っている方向から急降下するせいで、敵の位置や機首の向いている方向がはっきりと分からない。私は周囲を飛ぶ部下たちに回避するように合図を送ったが、唐突に奇襲を受けたせいで他のパイロットたちはかなり混乱しているようだった。中には急旋回で回避しようとして、別の機体と衝突してしまう間抜けも見受けられる。


 おのれ………!


 私の機体のすぐ脇を、赤と黒で塗装された機体が通過していく。


 なんという事だ。テンプル騎士団の新型機か!?


 速度があまりにも速過ぎる。以前に交戦したテンプル騎士団の複葉機よりも、はるかに機動性が高い。何機かの味方がテンプル騎士団の新型機を追いかけて背後を取ろうとするが、速度が違い過ぎるせいで逆に置き去りにされていく。


 機銃を乱射する味方もいるが、当たり前だが命中していない。


 敵機は編隊を組んだまま旋回し、再びこちらへと機首を向けてくる。まるで見えない部品で固定されているかのように、テンプル騎士団の新型機たちの編隊は全くと言っていいほど崩れていない。


 正面から突っ込んでくる敵機を機銃で迎撃しようとしていた複葉機の機首が木っ端微塵になる。バラバラになった味方機の残骸や、パイロットの肉片を回避しながら機銃を放ったが、全く弾丸は命中していなかった。


 脇を通過した敵機を見た私は、目を見開いた。


 ―――――――どの機体にも、びっしりと撃墜マークが書かれているのだ。


 しかも、垂直尾翼に描かれているのは、2つの翼と岩に刺さった剣のエンブレム。


 この航空隊は、まさか―――――――。


 もし”あの部隊”なら、勝ち目はない。不利なのは我々の方ではないか………!


 後方の味方機を大口径の機関砲で粉砕した敵機の編隊が、再び編隊を維持したまま急旋回を始める。旋回を終えた彼らがこちらへと機首を向けて突っ込んでくる度に、我が軍の新型機とパイロットたちが粉々にされていく。


 機体の性能で劣っている上に、我々はパイロットの錬度でも劣っているのだ。


 あの航空隊は――――――――アーサー隊なのだから。


 無数の敵機を平然と撃墜し、テンプル騎士団の制空権を守り続けた伝説の航空隊。無数の撃墜マークと赤い塗装で機体を彩りながら、天空に数多の爆炎を生み出す死神たち。


 勝てるわけがない。


 あんな奴らに。


 あのパイロットたちに…………。


 次の瞬間、私の乗っていた機体の右の主翼が吹き飛んだ。操縦桿を必死に握るが、私の機体はお構いなしにぐるぐると回転しながら高度を下げ、部品を次々に剥離させていく。


 操縦桿から手を離し、機体から飛び降りた。猛烈な風を浴びながらパラシュートを開き、味方の編隊を蹂躙するたった5機の戦闘機たちを睨みつける。


 伝説の航空隊と戦う羽目になってしまうとは………。


 溜息をつきながら、私は味方機を次々に撃墜する死神たちを目に焼き付けるのだった。

 




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