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異世界で復讐者が現代兵器を使うとこうなる   作者: 往復ミサイル
第九章 ユヌバランド沖海戦
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我、海戦ニ勝利セリ


 海面に巨大な魔法陣が展開された直後、その魔法陣の中心から巨大な水柱が噴き出した。


 その座標へとアップロードされていた情報を元に、そこへと1基のフィオナ機関と引き換えに艦艇が転移を行ったのだ。地上や空中で転移を行う場合はただ単に魔法陣とスパークが発生するだけで済むが、海上では巨大な船体が唐突に何もなかった海面に質量投射されるため、艦艇の転移だけはこのように巨大な水柱が発生してしまう。


 一番最初に生まれた水柱の後方にも、十重二十重に水柱が出現した。やがて、水柱の根元から蒼と黒の洋上迷彩で塗装された船体の艦首が姿を現す。


 テンプル騎士団海軍の艦艇に塗装されている、テンプル騎士団仕様の洋上迷彩だ。


「質量投射完了」


「機関部、船体チェック。異常は見受けられず」


「転移用フィオナ機関、回路の焼損を確認。魔力伝達を停止します」


「全艦、転移用フィオナ機関以外は異状なし」


 CICの座席に座りながら小型の魔法陣をタッチしているホムンクルスたちの報告を聞きながら、ヴィンスキー提督とハサン艦長は正面の巨大な魔法陣を凝視した。転移を終えたことによって、やっと機関室にある大型フィオナ機関から正常に魔力が伝達され始めたらしく、光が弱々しくなっていた魔法陣の明るさが元通りになり、再び中央部に艦の外の映像が映し出される。


 映像に映っているのは、転覆したり、真っ二つになって海の中へと沈み始めているヴァルツ帝国の第三主力艦隊の艦艇たちだった。海面には大慌てで海へと飛び込んだヴァルツ海軍の乗組員たちが浮かんでおり、ボートや浮き輪に掴まりながら、沈んでいく自分たちの艦を見つめている。


 沈んでいくヴァルツ艦隊の向こうを我が物顔で航行しているのは、駆逐艦ヴェールヌイ率いる水雷戦隊だった。水雷戦隊が肉薄してくる事に気付いた敵戦艦の副砲による反撃で損傷したのか、何隻かは黒煙を噴き上げたり傾斜している艦が見受けられる。中には損傷して航行不能になったらしく、水雷戦隊を護衛していたスターリングラード級に曳航されている駆逐艦もいた。


「艦長、ヴェールヌイより入電。『我、敵主力艦隊ヲ撃滅セリ』とのことです」


「よくやった」


「こちらの損害は?」


「主力打撃艦隊に損害はありませんが、敵の水雷戦隊と交戦した我が軍の水雷戦隊に被害が出ているようです。駆逐艦9隻が中波、5隻が大破して航行不能とのことです」


「うむ………損傷した駆逐艦は後方へと下がらせろ。大破した艦には戦線からの離脱を命じるんだ。無駄死にだけはさせるな」


「了解です」


 乗組員に命じてから、ヴィンスキー提督は魔法陣に映っている敵艦の乗組員たちを見つめた。


 もう既に、彼らの乗っていた戦艦や巡洋艦は沈んでしまっている。ボートや浮き輪に掴まって浮かんでいる乗組員もいるが、殆どは海面に浮かんでいたり、溺れそうになっている。大昔であればこの海域に生息しているリヴァイアサンがすぐにやってきて、脱出した乗組員たちを蹂躙するのは珍しい事ではなかったが、現在ではリヴァイアサンも絶滅危惧種――――――絶滅したという説もある―――――――となっているため、艦から脱出した乗組員たちが恐れなければならない物が1つ減ったのは、彼らにとっては喜ばしい事だろう。


 すぐ近くには同盟国であるヴリシア・フランセン帝国が保有するヴリシア大陸もあるため、少しばかりボートを漕げば辿り着けるはずだ。


「…………艦長、ボートに食料と水を乗せて流してやれ」


「いつも通りですな」


「ああ、そうだ。艦を失って海を漂っている以上、もう敵ではない」


 この世界の海軍の兵士たちが大昔から守り続けているルールだった。


 乗っていた船を撃沈されて海を漂う事になれば、そのまま溺れるか、巨大な魔物の餌になるのが関の山である。そのため、中には敵艦の乗組員を救助する艦も見受けられたが、殆どの騎士団は敵勢力の救助を禁じていることが多かった。


 そのため、海軍の兵士たちは海を漂っている敵艦の乗組員たちへ食料と水を乗せたボートをこっそりと流し、情けをかけていたのである。


 近くにヴリシア大陸もあるため、ボートを漕ぐ体力があるのならばそこまで辿り着けるはずだ。体力がなかったとしても、ここはヴリシア大陸のユヌバランドの近くに広がる海域なので、ヴリシア・フランセン帝国の艦艇に救助してもらえる可能性もあるだろう。


「――――――よし、キャメロットに『我、海戦ニ勝利セリ』と伝えてくれ」


「了解しました」


 これで、ウィルバー海峡へと突入する事ができるようになった。


 観測データを送信する事ができなくなったため、タンプル搭からの超遠距離砲撃も不可能となった。海峡に突入したとしても、ジャック・ド・モレー級を一撃で融解させるほどの炎の奔流が飛来することはないだろう。


 あとは河を登りながらタンプル搭へと向かって進撃し、敵の拠点へと44cm砲の艦砲射撃をぶちかましつつ、海兵隊を上陸させて陸軍や空軍と挟撃するだけである。


 9年前に残存艦隊を指揮しながらこの海域を離れていった時の事を思い出しながら、ヴィンスキー提督は「これより我が艦隊は、ウィルバー海峡へと突入する」と命じた。













 ジャック・ド・モレー率いる主力打撃艦隊がヴァルツ艦隊を撃破し、ウィルバー海峡へと突入を開始したという報告を聞いた瞬間、キャメロット艦内で出撃準備をしていた陸軍の兵士たちが歓声を上げた。


 抱えていたモシンナガンを振り上げたり、近くにいたホムンクルス兵たちと抱き合っている陸軍の兵士たちを見つめながら、私は艦尾の方で出撃準備をしている”彼ら”の方へと歩いた。


 艦尾にあるボートの近くで装備の点検をしたり、左の頬に大きな紅い十字架が描かれた黒いバラクラバ帽をかぶっている彼らは、海軍が大勝利したというのに全く歓声を上げていない。いつも通りに任務に向かう時のように、淡々とマガジンの数をチェックしたり、ポーチの中にちゃんと回復アイテムがあるかを確認している。


 その静かな兵士たちの左肩にあるのは、血の雨と髑髏が描かれた赤き雷雨クラースヌイ・グローザのエンブレムだ。


 所属する兵士たちは死亡したことになっている、存在しない部隊(ゴースト)


 非常に入隊試験が厳しい特殊部隊スペツナズの中でも錬度の高い兵士のみで編成された、テンプル騎士団の切り札だ。


「順調か?」


「ああ、ボス」


 既にバラクラバ帽と黒いフードをかぶっていた力也が、コルトM1911にサプレッサーを装着しながら答えた。


「…………この戦いは祖国を奪われた者たちの報復だ。出来るなら、9年前のタンプル搭陥落に無関係なお前を危険な目には合わせたくないのだが…………」


「俺はあんたの物だ、ボス」


 コルトM1911にマガジンを装着してスライドを引きながら、力也は顔を上げた。


 あの強制収容所で彼を助けた時から、力也の目つきはずっと虚ろだ。憎たらしい怨敵の話になると、彼の瞳は復讐心に埋め尽くされる。まるで、彼の中身は憤怒と復讐心以外には存在しないのではないかと思ってしまう。


 いや、本当にそうなのかもしれない。


 力也は大切にしていた唯一の家族を目の前で犯された挙句、惨殺されて絶望し、転生者たちに復讐を誓った。彼に牙を剥いた絶望が、きっと力也から他の感情を奪い取ってしまったに違いない。


「あんたの命令なら何でもする」


「…………そうか」


 復讐が終われば、彼も人間らしくなるだろうか。


 もしこの世界が平和になり、彼の復讐劇が終わったらどうしようかと考えながら、私は力也に命じた。


「では、必ず生きて戻れ。味方に1人も戦死者を出させるな。是が非でも任務を成功させ、全員で帰還せよ」


「了解だ、ボス」


 私の命令だぞ、力也。


 必ず生きて戻れ。





 第九章『ユヌバランド沖海戦』 完


 第十章『第二次ブラスベルグ攻勢』へ続く





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