水雷戦隊VS水雷戦隊
「最高だな」
魚雷を叩き込まれて沈んでいく敵艦を潜望鏡で見つめながら、テンプル騎士団海軍に所属する潜水艦『スルクフ』の艦長はニヤリと笑った。
ヴァルツ帝国第三主力艦隊は、魚雷を搭載した駆逐艦たちをテンプル騎士団の主力打撃艦隊に肉薄させ、魚雷攻撃でジャック・ド・モレー級戦艦を一気に撃沈するつもりらしく、ヴァルツ軍の戦艦や巡洋艦と駆逐艦は別行動している状態である。
対潜用の爆雷を搭載しているのは駆逐艦だ。あの単縦陣の中にいる巡洋艦の中にも爆雷を搭載している艦はいるかもしれないが、テンプル騎士団海軍が誇るジャック・ド・モレー級の集中砲火を受けている状態で単縦陣から離脱し、潜水艦たちへと魚雷を投下できる余裕があるとは思えない。
別行動中の水雷戦隊に主力打撃艦隊への攻撃を中止させ、潜水艦の撃滅に投入することもできるだろうが、そうすれば第三主力艦隊を囮にして水雷戦隊の魚雷でジャック・ド・モレー級を撃沈するという作戦が水泡に帰すことになる。
魚雷攻撃で戦艦を撃滅するために、水雷戦隊と別行動をしていた事が仇になっていた。
それゆえに、潜水艦たちはソナーで彼らを探知し、恐ろしい爆雷をこれでもかというほど投下してくる駆逐艦に怯える必要は全くないのだ。堂々と潜望鏡を覗き込みながら、搭載している魚雷を好きなだけ無防備な艦隊へと発射することが許されているのである。
普段は駆逐艦の攻撃を受けないように細心の注意を払っている潜水艦の乗組員たちからすれば、これ以上ないほど理想的な状況であった。
しかも、この海域に集結している潜水艦はスルクフ1隻だけではない。近隣の海域でヴァルツ帝国軍への通商破壊を実施していた潜水艦たちも可能な限りこの作戦に参加するためにヴィンスキー提督によって呼び戻されている。
このユヌバランド沖に集結している潜水艦の数は、合計で22隻だ。
潜望鏡の向こうで、他の潜水艦が放ったと思われる魚雷が潜水艦の右舷を食い破った。水柱が火柱と黒煙に変貌すると同時に、単装砲を搭載した巡洋艦の船体が揺れ、船体を覆っている装甲に亀裂が生まれる。
「魚雷発射管、再装填完了」
「よし、魚雷発射管注水!」
「注水開始!」
「艦長、”ステファン”より入電。『我、魚雷残弾無シ。後退スル』とのことです」
「よし、ステファンが食べ残したやつも我々が貰う」
「魚雷発射管、注水完了!」
「魚雷発射管、1番から4番まで開け」
「魚雷発射管、1番から4番まで開きます」
艦長はニヤリと笑いながら、もう一度潜望鏡を覗き込んだ。
潜望鏡の向こうでは、他の潜水艦からの魚雷攻撃や主力打撃艦隊からの砲撃で、忌々しいヴァルツ帝国の艦艇が次々に撃沈されている。物量で勝っている筈の艦隊が劣勢になり始めれば敵軍の乗組員たちの士気も一気に下がるものだが、ヴァルツ帝国海軍の艦艇は果敢にジャック・ド・モレーへ突撃したり、副砲に蜂の巣にされて火達磨になっているにもかかわらず、必死に砲撃を続けている艦も見受けられる。
敵艦隊の指揮官が乗組員たちを鼓舞し続けているのだろうか。それとも、蛮族と呼んでいるテンプル騎士団に負けるわけにはいかないというヴァルツ人のプライドなのだろうか。
そう思いながら、艦長は目を細めた。
彼らの役目は、必死に抵抗する哀れなヴァルツ人たちに魚雷をプレゼントして海の藻屑にしてやることだ。敵の意地やプライドは考慮する必要はない。
「攻撃目標、最後尾の敵戦艦」
潜望鏡の向こうに見える艦に乗っているのは、9年前にテンプル騎士団から奪い取ったクレイデリアに居座るクソ野郎共なのだから。
「魚雷発射管1番、撃て!」
復唱が聞こえた直後、魚雷発射管から魚雷が解き放たれた。
「艦長、12時方向に敵の水雷戦隊を確認」
見張り員の報告を聞いた駆逐艦ヴェールヌイの艦長は、首に下げていた双眼鏡を覗き込んだ。
第三主力艦隊の戦艦や巡洋艦を囮にし、その隙にテンプル騎士団艦隊へと肉薄して魚雷攻撃を敢行するために戦艦たちと別行動をしているヴァルツ帝国海軍の水雷戦隊なのだろう。中には数隻の巡洋艦らしき艦も見受けられるが、それ以外の艦艇は駆逐艦ばかりであった。
テンプル騎士団海軍の主力打撃艦隊で運用されている駆逐艦は、ヴェールヌイ以外はロシア製駆逐艦のレニングラード級駆逐艦だ。それに対し、ヴァルツ帝国軍の駆逐艦はテンプル騎士団が保有する駆逐艦よりも小型である。
だが、テンプル騎士団側の水雷戦隊とヴァルツ帝国側の水雷戦隊も、主力打撃艦隊と第三主力艦隊と同じく、テンプル騎士団側が艦艇の性能で勝っており、ヴァルツ側が物量で勝っている状態であった。
テンプル騎士団側の駆逐艦の数は合計で57隻。水雷戦隊の傍らには、駆逐艦たちを護衛するために主力打撃艦隊の単縦陣を離れた10隻のスターリングラード級重巡洋艦が5隻ずつの単縦陣を形成して航行している。
それに対し、ヴァルツ側の駆逐艦の数は81隻。中には先ほどのパンジャンドラムや機動艦隊による攻撃で損傷している艦艇もおり、単縦陣の後方を黒煙を噴き出しながら航行しているのが分かる。その駆逐艦たちの単縦陣の先頭を航行するのは、5隻の軽巡洋艦であった。
水雷戦隊の任務は、帝国軍側の水雷戦隊が主力打撃艦隊へと接近するのを阻止することと、この水雷戦隊を突破して逆に帝国軍の第三主力艦隊へ肉薄し、魚雷攻撃を敢行して一気に撃滅することである。
「全艦、砲撃戦用意」
「全艦、砲撃戦用意。目標、12時方向の敵水雷戦隊」
傍らで双眼鏡を覗き込んでいる提督が命じると、他の乗組員たちが即座に復唱を始めた。
水雷戦隊の護衛のために派遣されたスターリングラード級重巡洋艦たちが増速しつつ、水雷戦隊の前方で1つの単横陣を形成していく。
前部甲板に搭載された30cm3連装砲の砲身がゆっくりと上がり始めた。
「魚雷は使うな。これはクソ野郎共を吹っ飛ばすための切り札だからな」
「了解」
倭国支部からテンプル騎士団へと供与された響は、後部甲板の主砲を撤去された代わりに533mm魚雷発射管を増設されている。そのため、主砲の攻撃力は低下してしまっているが、射程距離内まで肉薄する事ができれば敵艦隊に無数の魚雷をぶちまけることが可能であった。
他の駆逐艦たちも、後部甲板の主砲を撤去されている代わりに魚雷発射管が増設されている。
「…………支援艦隊、砲撃始め」
双眼鏡で敵艦隊を睨みつけていた提督が、巡洋艦たちに砲撃を命じた。
艦橋にいる乗組員がその命令を復唱しながら、水雷戦隊を護衛しているスターリングラード級重巡洋艦たちにその命令を伝達する。
次の瞬間、単横陣の中心を航行していたスターリングラード級重巡洋艦の前部甲板に搭載されている2基の30cm3連装砲が火を噴いた。
ヴァルツ側の軽巡洋艦に搭載されている主砲は、15cm単装砲である。前部甲板と後部甲板に1基ずつ搭載されており、艦橋や煙突の後方に魚雷発射管や対空機銃などが搭載されている。それに対し、スターリングラード級重巡洋艦の主砲は戦艦に匹敵する30cm3連装砲だ。射程距離と破壊力で優れているのがどちらなのかは言うまでもないだろう。
砲弾が海面に落下し、水柱を形成する。射程距離に入ってからすぐの砲撃であったため、さすがにまだ砲弾は命中はしない。
砲弾を装填するために砲身が元の角度へと戻っていったかと思いきや、両脇のスターリングラード級たちも前部甲板の主砲で砲撃を始めた。
先頭を航行する軽巡洋艦たちの周囲に水柱が生まれ始めたのを目にした敵艦隊は、唐突に速度を上げ始めた。巡洋艦に護衛された水雷戦隊同士が真正面から戦う事になってしまった以上、最大戦速で主砲の射程距離内まで肉薄し、反撃するべきだと判断したのだろう。
その時、ヴァルツ艦隊の軽巡洋艦のうちの1隻の前部甲板から火柱が噴き上がった。単装砲の砲身が千切れ飛び、ひしゃげた装甲が炎を纏いながら天空へと舞い上がる。
だが、一番最初に被弾したその軽巡洋艦はまだ沈んでいない。前部甲板を主砲もろとも抉り取られて大穴を穿たれ、黒煙を噴き上げる羽目になっているものの、辛うじて航行することは可能らしかった。前部甲板に搭載されている15cm単装砲を失ったことで前方への攻撃はできなくなってしまったが、艦隊から離脱する気配はない。
虎の子の水雷戦隊の盾になるつもりなのだろう。
ヴェールヌイの艦長は、まだ駆逐艦の前を航行するその軽巡洋艦を双眼鏡で覗き込みながら確信した。
(この艦隊の指揮官は、もう我々を見下していない)
ヴァルツ軍どころか、同盟国という事になっているオルトバルカ軍もテンプル騎士団の事を蛮族と呼んで見下している。勝手に自分たちよりも技術力や戦術が劣っていると決めつけているのだ。
だが、前方から接近してくる帝国軍の水雷戦隊は死に物狂いで肉薄してくる。この海戦に敗北すれば自分たちの祖国の栄光に泥を塗ることになるが、あの艦隊の乗組員の中にそんな小さなことを気にしている者はいないだろう。
自分たちが占拠した領地を奪い返そうとするテンプル騎士団を追い返すために、死に物狂いで戦っているのだ。
主砲の射程距離内に入ったのか、軽巡洋艦たちが単装砲で砲撃を始める。単横陣で航行するスターリングラード級の周囲に水柱がいくつか生まれたが、命中した砲弾どころか至近弾すら見受けられない。
すると、別の軽巡洋艦の船体が複数の水柱で取り囲まれた。
――――――挟叉だ。
次の瞬間、砲弾の装填を終えたスターリングラード級が前部甲板の30cm3連装砲を斉射した。戦艦に匹敵する破壊力の主砲が一斉に火を噴き、爆炎が一瞬だけ前部甲板を包み込む。先ほどの砲撃で水柱の群れに囲まれた軽巡洋艦は進路を変更しようとしたが、艦首が左を向き始めるよりも先に、スターリングラード級が放った6発の徹甲弾のうちの3発が、艦橋、煙突、後部甲板を射抜いた。
艦橋がひしゃげ、煙突が木っ端微塵になる。3つの大穴を開けられた船体から火柱が噴き上がり、3発も徹甲弾を叩き込まれた巡洋艦が爆沈した。
「艦長、間もなく敵艦隊が本艦の主砲の射程距離内に入ります」
「よし、こちらも射程距離内に入り次第砲撃を始めろ!」
乗組員に向かって命じた艦長は、拳を握り締めながら敵艦隊を睨みつけた。
是が非でも、あの水雷戦隊を突破して第三主力艦隊の側面へと回り込み、大量に搭載している魚雷をぶちまけなければならない。
航空機の爆弾や戦艦の主砲はこの海戦の後のタンプル搭攻撃や首都アルカディウス奪還にも使用されることだろう地上で戦う陸軍や海兵隊を支援するために、支援砲撃や航空支援を行う必要があるのだから。
だが、魚雷が役に立つのは海の中か海の上だけだ。いくら戦艦を撃沈できるほどの破壊力があると言っても、地上への攻撃の際には無用の長物となる。だからこの海戦でこの魚雷を全てぶちまけた方が、戦艦が艦砲射撃の使うための砲弾を節約することに繋がるのだ。
「敵艦隊、主砲の射程距離内です!」
「撃ち方始めっ!」
副長が伝声管に向かって復唱した直後、ヴェールヌイの前部甲板に搭載されている主砲が火を噴いた。
副砲で左舷をズタズタにされた前弩級戦艦が、砲弾に撃ち抜かれた穴から炎を噴き出しながらジャック・ド・モレーへと突っ込んでくる。だが、再装填を終えた副砲にまたしても左舷を撃ち抜かれた直後、艦内の高圧魔力に引火した敵艦が火達磨になり、そのまま爆沈してしまう。
CICに浮遊する魔法陣の映像を見つめていたヴィンスキー提督は、ちらりと残っている敵艦の数を確認する。
魔法陣に映っている映像は、艦橋にある装置がCICへと伝達してくれているものだ。これのおかげで、CICにいる乗組員や指揮を執る提督たちは、艦橋にいる見張り員からの報告を聞かずに敵艦の映像を確認する事ができるのである。
「敵艦隊はやっとこちらの3分の2まで減ったか」
「ええ。ですが、そろそろ砲撃は切り上げたいところです」
「同感だ」
このまま砲撃戦を続ければ、クレイデリア侵攻作戦の際に地上部隊を支援するための砲弾が足りなくなる。
ジャック・ド・モレー級の特徴は、主砲の装填装置を限界まで改造した事によって非常に連射速度が速い事だろう。合計で16門も搭載されている大口径の主砲を連射すれば、沿岸部の要塞はあっという間に焼け野原になってしまう。
だが、いつまでも砲弾を連射できるわけがない。
連射速度が速いという事は、その分弾切れが速くなるという事を意味する。特に一番艦のジャック・ド・モレーの砲手はベテランの砲手ばかりであり、砲弾の装填にかかる時間が10秒未満で済むことも少なくない。それゆえに他の艦よりも素早く砲撃できるが、その分砲弾の消耗も多くなる。
更に、連射速度が速くなったことによって砲身の寿命も短くなってしまう。
そのため、これ以上の砲撃戦の継続は艦砲射撃に支障が出る恐れがあった。当たり前だが、アナリア支部まで戻って砲身を交換している時間はない。
水雷戦隊が敵の水雷戦隊を撃滅して反対側へと回り込み、魚雷による攻撃で敵艦隊を撃滅してくれることが望ましいが、ヴェールヌイ率いる水雷戦隊が敵艦隊の反対側へと回り込んでくる様子はない。機動艦隊に艦載機による攻撃を要請するべきかとヴィンスキー提督は考えたが、艦載機たちも航空支援に投入することになるため、燃料や弾薬をここで使い果たすことは許されなかった。
潜水艦たちは既に魚雷を使い果たしてしまったため、後方へと後退している。潜水艦たちの中には大型の主砲を搭載したスルクフもいるが、潜水艦は水上艦艇に比べると防御力が非常に低いため、スルクフをこの砲撃戦に参加させるわけにはいかない。
ジャック・ド・モレー級の艦首にある魚雷発射管を使うべきだろうかと提督が考えた次の瞬間だった。
「提督、4時の方向に水雷戦隊です!」
「やっと来たか!」
10隻のスターリングラード級と共に主力打撃艦隊から離脱した水雷戦隊が、第三主力艦隊の反対側に姿を現したのである。何隻かは敵の水雷戦隊との戦闘で損傷したらしく、傾斜したり黒煙を噴き上げている艦も見受けられたが、殆どの艦はそのまま戦闘を継続する事ができるようだった。
駆逐艦たちを守り抜いたスターリングラード級たちが減速していき、代わりにテンプル騎士団で採用されている蒼と黒の洋上迷彩で塗装された駆逐艦が、レニングラード級駆逐艦たちを引き連れて敵艦隊の反対側へと躍り出る。
倭国支部から供与された、響だった。
「よし、全艦転移準備!」
「機関室、フィオナ機関の加圧を開始しろ!」
『了解、加圧開始!』
現在、ジャック・ド・モレー率いる主力打撃艦隊の単縦陣は敵艦隊の左舷に展開している。それに対し、ヴェールヌイ率いる水雷戦隊の単縦陣は敵艦隊の右舷へと展開しており、魚雷を発射するために敵艦隊へと肉薄しつつあった。数隻の艦が右舷の副砲で応戦するが、駆逐艦たちはお構いなしに肉薄し、魚雷発射管を左舷へと旋回させる。
このまま魚雷をぶちまければ、敵艦隊は駆逐艦がどっさりと搭載している魚雷で大打撃を被ることになるだろう。だが、全ての魚雷が敵艦隊を屠るわけではない。命中しなかった魚雷が敵艦隊の反対側を航行している主力打撃艦隊に牙を剥く恐れもある。
そのため、魚雷攻撃の直前に転移を行い、一旦敵艦隊から距離をとるのだ。
ウィルバー海峡の中であれば転移阻害結界のせいで転移することはできないが、幸運なことにこの海域には結界は存在しない。結界が展開されている範囲内でなければ、どこにでも転移できる。
『こちら機関室、まもなく魔力加圧限界』
「転移先の座標へアップロード完了」
「質量投射用意」
転移は、まず最初に転移先の座標へと転移する物体の情報をアップロードしておく必要がある。その後に限界まで加圧した高圧の魔力を使用して転移を行うのだ。
この転移は『質量投射』と呼ばれている。
「全艦、転移準備完了しました」
大慌てで駆逐艦たちへ砲撃を始める敵艦隊を一瞥してから、ヴィンスキー提督は命じた。
「――――――全艦、転移」




