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異世界で復讐者が現代兵器を使うとこうなる   作者: 往復ミサイル
第九章 ユヌバランド沖海戦
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主力打撃艦隊VS第三主力艦隊


 蒼い海原の向こうに、巨大な戦艦に率いられた大艦隊が姿を現した。


 蒼と黒の洋上迷彩で塗装された超弩級戦艦に率いられた戦艦の単縦陣の左右には、駆逐艦や軽戦艦(重巡洋艦)で構成された艦隊の単縦陣が展開している。艦艇の数であればヴァルツ艦隊の方がはるかに上であったが、艦艇の性能では敵艦隊の方が遥かに上である。


 ヴァルツ帝国第三主力艦隊に編入されている戦艦の主砲は30cm連装砲。前部甲板と後部甲板に1基ずつ搭載されているが、本国では前部甲板と後部甲板に2基ずつ搭載した強力な戦艦や、より強力な主砲を搭載した超弩級戦艦が建造され始めているという。


 それに対し、海原の向こうから進撃してくるテンプル騎士団艦隊の戦艦は、より強力な55口径44cm4連装砲を4基も搭載している。射程距離や威力が帝国軍の艦艇の主砲をはるかに上回っているのは言うまでもない。


 提督の隣でジャック・ド・モレー級の巨体を目の当たりにした若い将校たちが息を呑んだ。蛮族と呼んで見下すべき敵ではなく、どの列強国よりも危険な相手だと思うべきだという事を直感したのだろう。


 特に、先頭を航行する重戦艦(超弩級戦艦)は脅威であった。


 テンプル騎士団艦隊総旗艦『ジャック・ド・モレー』。


 100年以上前にテンプル騎士団が創設されたばかりの頃から運用され続けている、世界最強の戦艦だ。総旗艦でありながら常に単縦陣の先頭を航行し、数多の敵艦隊との死闘に勝利し続けたテンプル騎士団海軍の力の象徴である。


 現在ではテンプル騎士団は弱体化してしまっているものの、ジャック・ド・モレーの乗組員の大半は就役した当時から乗組員を務めている団員が非常に多いため、現在でも全盛期の頃と殆ど変わらない錬度を誇るといわれている。


「あれが………戦艦ジャック・ド・モレー…………」


「我が軍の戦艦より大きいぞ………!」


「甲板に搭載されているのは4連装砲か?」


 提督が狼狽する若い将校たちの方をちらりと見ると、副長が報告した。


「提督、敵艦隊の主砲の射程距離内には既に入っています」


「そうか………」


 拳を握り締めながら、先頭を進むジャック・ド・モレーを睨みつける。


(なぜ撃って来ない?)


 敵艦隊の方が、主砲の射程距離は長い。武装の射程距離の長さが敵よりも勝っているというのがどれほど大きなアドバンテージなのかは言うまでもないだろう。このまま接近すれば攻撃の命中率は向上するが、先制攻撃ができるというアドバンテージを放棄することを意味する。


 目を細めながら、水雷戦隊に敵艦隊への突撃を命じようとした次の瞬間だった。


「提督、敵艦隊が進路を変更します!」


「なに?」


 何の前触れもなく、先頭を航行していた戦艦ジャック・ド・モレーが、ヴァルツ艦隊から見て右側へと進路を変更し始めたのである。大和型戦艦よりも巨大な304mの巨体であるにもかかわらず、まるで重巡洋艦のような機動性で素早く進路を変更したジャック・ド・モレーの後方で、同じく同型艦ユーグ・ド・パイヤンも進路を変更しつつ、甲板に搭載されている虎の子の55口径44cm4連装砲をゆっくりと旋回させ始めた。


 より強力な戦艦との砲撃戦を想定して強化された巨大な主砲の砲身が、ゆっくりと天空へ向けられる。


「何を考えている? あんな少数の艦隊で、我が艦隊の前に立ち塞がるなど――――――」


「いや、あれは――――――」


 100年以上前の災禍の紅月で、イワン・ブルシーロフ提督率いるテンプル騎士団主力打撃艦隊が、ウィルバー海峡へと殺到した無数のホムンクルス艦隊に大打撃を与えた戦法を思い出した提督は、回頭を終えたジャック・ド・モレーを見てぎょっとした。


 傍から見れば、数の少ない艦隊で圧倒的な物量の大艦隊の前に立ち塞がる愚策のように見えるかもしれない。


 だが―――――テンプル騎士団海軍の名将だったブルシーロフ提督は、その戦法で無数のホムンクルス艦隊に大打撃を与えたのである。


「いかん、”丁字戦法”だッ!」


 提督がそう叫んだ直後、テンプル騎士団艦隊の主砲が一斉に火を噴いた。











「敵艦隊、主砲の射程距離内に入りました」


「まだ撃つな」


 報告してきたホムンクルスの乗組員に命じてから、ヴィンスキー提督は目の前に投影されている巨大な魔法陣に映っている敵艦隊の反応を睨みつけた。


 既に敵艦隊は44cm砲や40cm砲の射程距離に入っているものの、今すぐ砲撃を命じても、敵艦隊に砲弾を命中させられるのは古参の砲手が多いジャック・ド・モレーやユーグ・ド・パイヤンくらいだろう。いくら一撃で敵戦艦の船体を真っ二つにする事ができるとはいえ、たった2隻で大艦隊と砲撃戦を繰り広げるのは無謀である。


 それに、砲撃する以上は敵艦に確実に命中させる必要があった。


 敵艦隊を撃滅した後は、河を上ってテンプル搭を砲撃し、上陸する海兵隊や反対側から攻め込んでくる陸軍の兵士たちを支援しなければならない。迂闊に主砲を発射して砲弾を無駄にすることは避ける必要があった。


「よし、全艦取り舵一杯。単縦陣を維持したまま本艦に続け」


「はっ。取り舵一杯!」


『とーりかーじいっぱーい!』


 ハサン艦長が伝声管に向かって命じた直後、魔法陣の中で敵艦隊へと直進していたジャック・ド・モレーの進路が少しずつ変わり始めた。後続のユーグ・ド・パイヤンやジルベール・オラルも、先頭を航行する長女(ジャック・ド・モレー)と同じように進路を左へと変更し始める。


「砲撃用意。目標、敵艦隊先頭の戦艦!」


「目標、単縦陣先頭の敵戦艦!」


 ヴィンスキー提督がどのような戦術を使うのかをもう既に理解していたハサン艦長が、提督が命じるよりも先に命令を下す。


 ブルシーロフ提督が退役した後は、ヴィンスキー提督が主力打撃艦隊の指揮を執ることになった。ジャック・ド・モレーの艦長だった彼の代わりに艦長を務めることになったのが、ダークエルフのハサン艦長である。


 ヴィンスキー提督とハサン艦長はかなり長い付き合いなのだ。


「水雷戦隊、単縦陣より離脱。奇襲準備に入ります」


 次々に回頭していく戦艦や重巡洋艦の艦列から、駆逐艦たちの艦列が離れていく。戦艦同士の砲撃戦の最中に襲い掛かってくると思われる敵の水雷戦隊の迎撃と、敵艦隊への魚雷攻撃のためである。


 駆逐艦たちの先頭を進むのは、以前に倭国支部から供与されたヴェールヌイだ。テンプル騎士団本部で運用されている唯一の日本製の駆逐艦である。


「回頭完了。提督、砲撃準備もできています」


 報告したハサン艦長の顔を見たヴィンスキー提督は、頷いてから魔法陣の中に表示されている敵艦隊の反応を睨みつける。


 敵艦隊の提督は、テンプル騎士団の戦術をおそらく見破っている筈だ。丁字戦法で単縦陣の先頭の艦が集中砲火を受ける前に進路を変更しようとする筈である。


 丁字戦法は、簡単に言えば搭載されているほぼ全ての主砲で、単縦陣で突撃してくる敵艦隊の先頭を進む艦へと、味方艦と共に集中砲火をお見舞いする戦術である。


 そうすれば、攻撃される敵の艦隊は先頭の艦が邪魔になるせいで後続の艦が反撃することができなくなる上に、攻撃を受ける先頭の艦も前部甲板の主砲しか使用できなくなってしまうため、仮に丁字戦法で攻撃してくる艦隊よりも数が上であったとしても、集中砲火で容易く撃沈されてしまう。


 かつて吸血鬼たちが実施した春季攻勢(カイザーシュラハト)の際にこの戦法で大損害を被ったブルシーロフ提督は、この戦法を模倣して災禍の紅月の際にホムンクルス艦隊を迎え撃ち、辛うじてタンプル搭を守り抜いたのだ。


「――――――全艦、砲撃開始。砲身がイカれるまで、撃って撃って撃ちまくれ!」


「砲撃開始!」


「撃ちーかたー始めっ!!」


 CICにいる乗組員が砲手たちに命じた直後、CICの内部に轟音が響き渡った。


 55口径44cm4連装砲が、ついに異世界の海で火を噴いたのだ。












 その轟音は、まるで9年前に祖国や家族を失った兵士たちの復讐心が具現化したかのようだった。


 ヴァルツ帝国第三主力艦隊の単縦陣へと向けられたジャック・ド・モレー級戦艦やソビエツキー・ソユーズ級戦艦たちの主砲の砲口から、爆炎と徹甲弾が躍り出る。爆炎と陽炎をあっという間に置き去りにした砲弾の群れは、大慌てで進路を変更し始めたヴァルツ艦隊の周囲に着弾し、ユヌバランド沖の海原を水柱で満たしてしまう。


 先頭を航行していた前弩級戦艦の前部甲板が、何の前触れもなくへし折れた。ひしゃげた主砲の砲身や装甲の一部が舞い上がり、前部甲板に穿たれた大穴から火柱が噴出する。


 ヴァルツ艦隊の旗艦を直撃したのは、ジャック・ド・モレーの第二砲塔が放った徹甲弾であった。


 砲撃を終えた砲身がすぐに元の角度へと戻っていき、あっという間に装填を終えてから再び先ほどの仰角へと戻っていく。とはいっても、先ほどの一撃をお見舞いされた前弩級戦艦に止めを刺す必要はなかった。44cm砲の徹甲弾に被弾した前弩級戦艦は既に傾斜を始めており、後部甲板や艦橋からは乗組員たちが海へと飛び込み始めていたのである。


 沈んでいく旗艦を回避した後続の戦艦の周囲に、立て続けに水柱が噴き上がる。後続の戦艦は前部甲板の主砲で砲撃したが、その砲弾が直撃して水柱を形成したのは、凄まじい連射速度で合計16門の44cm砲を放つジャック・ド・モレーの手前だった。砲弾を直撃させるためには、もっと肉薄しなければならない。


 水柱が海原へと還っていく寸前、噴き上がっていた水柱のうちの二つが唐突に火柱に変わった。ユーグ・ド・パイヤンが放った砲弾のうちの一発が艦橋をへし折り、やっと回頭を済ませて砲撃を始めた最後尾の戦艦ネイリンゲンの第三砲塔が放った徹甲弾が、マストの後方から伸びている煙突を直撃したのである。


 一発で船体をへし折る事ができるほどの44cm砲が二発も命中したのだから、オーバーキルとしか言いようがなかった。艦橋と煙突を叩き折られた哀れな戦艦は、装甲が軋む音と爆音を轟かせながら航行不能になり、船体がひしゃげた状態で海へと沈んでいく。


 ジャック・ド・モレー級戦艦の三番艦『ロベール・ド・クラオン』、四番艦『エヴェラール・デ・バレス』、五番艦『ベルナール・ド・トレムレ』、七番艦『ベルトラン・ド・ブランシュフォール』も44cm4連装砲から立て続けに徹甲弾を発射するが、敵艦にはなかなか命中していなかった。


 再生産されたジャック・ド・モレー級戦艦の同型艦に乗っているのは、訓練や演習を経験したホムンクルスの新兵たちばかりである。中にはベテランの乗組員も乗っているものの、海軍が創設された頃からずっと現役だったジャック・ド・モレーや、長女(一番艦)と共に死闘を経験してきたユーグ・ド・パイヤンの乗組員と比べると錬度の差は大きいとしか言えなかった。


 早くも2隻の戦艦を海の藻屑にされたヴァルツ艦隊も、やっと進路をテンプル騎士団艦隊から見て左へと変更する。距離を詰めつつ同航戦を始めるつもりなのだろう。


 後部甲板の砲塔が旋回を始めるよりも先に、戦艦ソビエツキー・ソユーズ、戦艦ソビエツカヤ・ウクライナが放った40cm砲が前弩級戦艦の船体を射抜く。ドン、と船体が大きく揺れた直後、ヴァルツの戦艦の船体が割れ、海原へと沈んでいった。


 後続の艦の艦首に、沈んでいく戦艦の艦尾が激突する。一瞬だけ火花が散り、金属音がユヌバランド沖に響き渡った。


 後続の艦を激突させないように慌ててその艦は速度を上げたが、沈んでいく味方艦の艦尾を横切るよりも先に、ジャック・ド・モレーの砲撃が艦首を引き千切った。


 艦首を切断された戦艦を回避した巡洋艦が、前部甲板の単装砲と左舷の副砲を一斉に放つ。だが、やっと戦艦の30cm砲で辛うじてジャック・ド・モレー達にまで砲撃が届く距離なのだから、それ以下の射程距離の主砲が届くわけがない。


 次の瞬間、ジルベール・オラルの徹甲弾がその哀れな巡洋艦を直撃する。砲弾で”撃ち抜かれた”というよりも、唐突に艦首が海中に”飲み込まれた”かのように見えた。


 先ほどまで火を噴いていた前部甲板の単装砲もろとも艦首を捥ぎ取られた巡洋艦が轟沈していく。


 このまま同抗戦を続ければ全滅することを悟ったのか、沈んでいく艦を回避した戦艦や巡洋艦たちが距離を詰め始める。ジャック・ド・モレー級戦艦の右舷に搭載されている20cm3連装砲が旋回し、接近してくる前弩級戦艦の艦橋や副砲たちを徹甲弾でズタズタにしていく。


 副砲の餌食にならずに済んだ数隻の戦艦の主砲が、ついにジャック・ド・モレーの船体を直撃した。だが、一瞬だけ火花が散ると同時に重々しい金属音が響き渡り、辛うじて直撃させた徹甲弾を分厚い装甲が弾き飛ばしてしまう。


 ジャック・ド・モレーの堅牢な装甲は、へこんですらいない。


 そもそも、虎の子のジャック・ド・モレー級戦艦は沿岸部の要塞への艦砲射撃や、アイオワ級や大和型戦艦との砲撃戦を想定した超弩級戦艦であり、前弩級戦艦は眼中に無いのである。


 副砲たちが火を噴き、艦橋や煙突を次々に撃ち抜いていく。船体をズタズタにされた前弩級戦艦や巡洋艦たちが火達磨になりながら離脱していくが、大破したその艦たちの船体を、後続の戦艦ネイリンゲンが無慈悲に射抜く。


 次の瞬間、ヴァルツ艦隊の単縦陣の最後尾を航行していた旧式の戦艦が真っ二つに折れた。


 回頭の最中であり、まだテンプル騎士団艦隊の標的にすらなっていなかった旧式の戦艦を撃沈したのは―――――――潜水艦の群れであった。





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