艦載機隊の猛攻
輪形陣の最後尾を航行していたキャメロットが、ゆっくりと進路を変更し、重巡洋艦と駆逐艦で構成された輪形陣から解き放たれていく。主砲が搭載されていないせいで非常に広い甲板の上にずらりと並んでいるのは、黒い制服に身を包んだテンプル騎士団陸軍の兵士たちだった。
手の空いている海軍の兵士たちも、同じように甲板にずらりと並び、アスマン帝国方面から上陸する陸軍の兵士たちを乗せたキャメロットや駆逐艦たちを見送る。
輪形陣の上空を通過していくのは、黒と紅で塗装された航空機の群れだった。主翼や垂直尾翼にはこれ見よがしにテンプル騎士団空軍のエンブレムが描かれており、中には機首にノーズアートや撃墜マークが描かれている機体も見受けられる。
空軍の任務はアスマン帝国側から上陸する陸軍の支援である。上陸した後はアスマン帝国軍が貸し出すことになっている飛行場で燃料の補給を行い、陸軍の支援のためにタンプル搭周辺の制空権を確保することになっているのだ。
200機以上の戦闘機たちが、数多の編隊を組んで蒼い空に漆黒の禍々しい模様を刻み付けていく。彼らよりも高い高度を飛行しているのは、爆撃機の編隊たちだった。
輪形陣の上空を通過していく空軍の航空隊たちに帽子を振る若い乗組員を見つめていたヴィンスキー艦長は、自分も艦橋から帽子を振るべきだろうかと思いながら、現在のテンプル騎士団では採用されていない古い軍帽へとそっと手を伸ばした。
しかし、彼が艦橋からそれを振るよりも先に、艦橋で魔法陣を凝視していたドワーフの乗組員が報告する。
「提督、偵察機より入電です」
「読んでくれ」
軍帽から手を離し、目を細めながら提督は尋ねた。
「ヴァルツ帝国第三主力艦隊、ウィルバー海峡内ニ展開中。敵艦ノ数、戦艦56隻、巡洋艦98隻、駆逐艦140隻。後方ニハ無数ノ魚雷艇見ユ」
「予想以上の物量ですな」
ハサン艦長は苦笑いしながらそう言った。
確かに、テンプル騎士団艦隊の物量はヴァルツ帝国第三主力艦隊よりも劣っている。だが、テンプル騎士団海軍の強みは大きく勝っている艦艇の性能と、戦艦や巡洋艦が中心となっている敵艦隊とは異なり、こちらには艦載機をこれでもかというほど搭載した空母が存在するという事である。
物量で劣っているという事は、弱みにはならない。
「やはり、海峡から出てくる気はないか」
「そのようですな」
100年以上前の災禍の紅月で、テンプル騎士団海軍は無数のホムンクルス艦隊と死闘を繰り広げた。
クレイデリア連邦とヴリシア大陸の間に広がるウィルバー海峡の海底には、未だに当時の戦闘で撃沈されたホムンクルス艦隊の残骸が沈んでいるという。
今度は、忌々しいヴァルツ帝国の艦艇がその海域へと沈んでいくのだ。
数多のホムンクルスやテンプル騎士団の同志たちが沈んでいったその海峡に、留まることを望むというのであれば。
「――――――主力打撃艦隊、減速。機動艦隊および潜水艦隊前へ」
「了解、全艦両舷前進微速」
減速を始めた戦艦や重巡洋艦たちの隣を、別の輪形陣が通過していった。
ジャック・ド・モレーを先頭にしている輪形陣と比べると、規模は3分の1程度だろうか。輪形陣の外側にずらりと並んでいるのはレニングラード級駆逐艦たちであり、その内側を航行するのはスターリングラード級重巡洋艦たちだ。
その更に内側を航行するのは、航空戦艦型のジャック・ド・モレー級や、スターリングラード級重巡洋艦を空母に改造したツァリーツィン級を引き連れたナタリア・ブラスベルグ級空母たちである。甲板の上には既に魚雷や爆弾をぶら下げた艦載機が並んでおり、出撃の準備をしているのが分かる。
機動艦隊の指揮を執るのは、ヴィンスキー提督と同じくテンプル騎士団海軍が創設されたばかりの頃から海軍に所属しているベテランであり、タンプル搭陥落によって戦力が不足したため、退役を取り消しにされてしまった『エルヴィン・リンデマン』中将であった。
「提督、ナタリア・ブラスベルグより発光信号です。『そこで休んでろ』とのことです」
「ふん、リンデマンの奴め………」
カノン・セラス・レ・ドルレアンの後方を航行する空母イリナ・ブリスカヴィカには、敵艦隊の数を一気に減らすための”決戦兵器”が搭載されている。それを使えば、確かに主力打撃艦隊の出番は減ると言ってもいいだろう。
しかし、敵は200隻以上の大艦隊である。いくら艦載機のパイロットたちの錬度が高い上に決戦兵器まであるとはいえ、主力打撃艦隊の出番を全て消し去るのは不可能である。
ニヤリと笑いながら、ヴィンスキー提督は駆逐艦や他の空母を引き連れているナタリア・ブラスベルグの艦橋を見つめた。きっと、彼の戦友も船体の右側にある艦橋から、置き去りにされていくジャック・ド・モレーの方を見つめているに違いない。
一番槍を担当することになった戦友に敬礼したヴィンスキー提督は、この海戦に勝利する事ができますようにと祈るのだった。
陥落したタンプル搭から辛うじて脱出したテンプル騎士団残存艦隊が保有していた空母は、ナタリア・ブラスベルグのみであった。
普通の空母ではなく、ジャック・ド・モレー級戦艦を改造して建造された空母であったため、搭載できる艦載機の数はそれほど多くなかったものの、唯一の空母であった上に空軍が壊滅的な大損害を被って機能停止寸前であったため、ナタリア・ブラスベルグの艦載機たちはあらゆる戦場へと投入された。
それゆえに、何度も経験した激戦で鍛え上げられたナタリア・ブラスベルグの艦載機のパイロットたちの錬度は、テンプル騎士団のパイロットたちの中ではトップクラスと言っても過言ではない。
その優秀なパイロットたちに与えられた機体は、第二次世界大戦に投入されたアメリカ軍の優秀な戦闘機や爆撃機ばかりであった。
ナタリア・ブラスベルグの飛行甲板に並ぶのは、機体に爆弾をぶら下げたF4Uコルセアや『SBDドーントレス』たちだ。隣を航行するツァリーツィン級軽空母の甲板には、爆弾を搭載した航空隊を護衛するために機関銃のみを搭載したF4Uコルセアたちが並んでいる。
後方を航行するカノン・セラス・レ・ドルレアンの甲板の上で出撃準備をしているのは、アメリカ製の雷撃機である『TBFアヴェンジャー』たちだった。彼らの儀衛を担当するためのF4Uコルセアたちも見受けられるものの、カノン・セラス・レ・ドルレアンが搭載している艦載機の大半は雷撃機である。
航空戦艦であるアンドレ・ド・モンバールの飛行甲板にはSBDドーントレスの群れがずらりと並んでおり、同型艦であるフィリップ・ド・ミリーの飛行甲板にはTBFアヴェンジャーたちが並んでいた。
飛行甲板の上で出撃準備をしている艦載機たちを見下ろしたエルヴィン・リンデマン提督は、艦橋で魔法陣をタッチしているエルフの乗組員に尋ねた。
「敵艦隊に動きは?」
「ありません。偵察機の報告では、航空機も見当たらなかったそうです」
「そうか」
機動艦隊の空母や航空戦艦に搭載されている艦載機の大半が爆撃機や雷撃機ばかりなのは、敵艦隊に空母が存在しないからである。
第一次世界大戦の頃の航空機であれば、戦艦に搭載されている機銃どころか歩兵のボルトアクションライフルですら脅威となった。だが、第二次世界大戦で使用されていた航空機を撃墜するには、大口径の機関砲や高射砲を使う必要がある。機関銃やボルトアクションライフルでの撃墜は不可能ではないが、ハードルは極めて高いといえるだろう。
そのため、爆撃機や雷撃機を護衛するF4Uコルセアは、2隻のツァリーツィン級軽空母とナタリア・ブラスベルグに搭載されている一部の機体のみであった。
「空母イリナ・ブリスカヴィカへ通達。今のうちに魔力カタパルトの加圧を開始せよ」
「はっ!」
一番最初の航空機による攻撃が終われば、イリナ・ブリスカヴィカに搭載されている決戦兵器を投入することになる。
イリナ・ブリスカヴィカはナタリア・ブラスベルグ級の三番艦ということになっているが、艦橋の位置や飛行甲板の構造が同型艦と異なっている。ナタリア・ブラスベルグとカノン・セラス・レ・ドルレアンの艦橋が船体の右側に搭載されているのに対し、イリナ・ブリスカヴィカの艦橋は船体の左側に搭載されているのだ。しかも、船体の右側からは巨大な排気口のようなものが突き出ている。
あの艦は、決戦兵器を運用するためだけに建造された艦と言っても過言ではないだろう。
「提督、艦載機の出撃準備が完了しました」
「よし」
腕を組みながら、リンデマン提督は頷いた。
敵艦隊は、爆弾や魚雷を搭載した艦載機の攻撃力を軽視している。戦艦よりもはるかに素早い航空機がどれほど恐ろしい存在かを、哀れなヴァルツ海軍は思い知ることになるに違いない。
「――――――艦載機隊、発艦!」
「艦橋より各機へ、発艦を許可する。繰り返す、発艦を許可する」
艦橋の乗組員が無線機で告げた直後、SBDドーントレスたちや爆弾を搭載したF4Uコルセアの護衛を担当するF4Uコルセアが、ゆっくりとスキージャンプ甲板へと向けて加速し始めた。ロシアのアドミラル・クズネツォフ級空母を思わせるスキージャンプ甲板から紺色に塗装された機体が飛び立ち、海原にプロペラの音を響かせる。
他の艦からも、次々に爆撃機や雷撃機の群れが飛び立っていった。イリナ・ブリスカヴィカを除くすべての空母や航空戦艦から飛び立った航空隊は、輪形陣の上空で編隊を形成すると、まるで祖国を奪われた者たちの復讐心を具現化させたかのようなプロペラの轟音を青空に響かせながら、敵艦隊が展開しているウィルバー海峡へと向かって飛び去って行った。
「敵艦隊は見えるか?」
「いえ、まだ見えません」
双眼鏡を覗きながら桜色の海域の向こうを見つめている見張り員に尋ねた第三主力艦隊の提督は、溜息をつきながらコーヒーを口へと運んだ。
テンプル騎士団の切り札は、ヴァルツ海軍どころか列強国が保有する戦艦すら遥かに凌駕するほどの攻撃力や防御力を誇るジャック・ド・モレー級戦艦である。搭載している主砲の射程距離はヴァルツ海軍の戦艦の主砲とは比べ物にならないが、それをフル活用するためにはこの桜色の海峡へと足を踏み入れなければならない。
この桜色に染まったウィルバー海峡は、ガルゴニス砲の射程距離内である。
超高圧の魔力を更に加圧することで形成された炎の激流ならば、30cm砲すら易々と弾き飛ばすジャック・ド・モレー級戦艦でもあっという間に融解し、海の藻屑と化すことだろう。その切り札を使ってテンプル騎士団艦隊を撃滅する作戦だったのだが、テンプル騎士団艦隊がウィルバー海峡へ攻め込んでくる様子がない。
数週間前の強行偵察でガルゴニス砲の破壊力を目の当たりにしたことで警戒しているのだろうかと考えたその時だった。
「提督、何かがこっちに接近しています」
「なんだ?」
双眼鏡を覗き込んでいる見張り員から双眼鏡を借りた提督は、その若い見張り員が指差している方向へと双眼鏡を向けた。
桜色に染まった幻想的なウィルバー海峡の上空を、何かが飛んでいるのだ。鋼鉄の胴体から同じく鋼鉄の主翼が伸びており、胴体の下には戦艦に致命傷を与えることが可能なほどの破壊力を持つ恐ろしい爆弾をぶら下げているのが分かる。
「航空機…………?」
他の見張り員が呟いたのを聞いた提督は、目を細めた。
(航空機なんぞで何ができる)
合理的な作戦と言えるが、ヴァルツ海軍の提督は失望していた。
テンプル騎士団の残存艦隊を率いるのは、伝説の提督と言われたイワン・ブルシーロフ提督の右腕でもあったセルゲイ・ヴィンスキー提督である。吸血鬼たちの攻勢を退け、世界を滅亡寸前まで追い込んだ数多のホムンクルス艦隊と死闘を繰り広げた名将ならば、恐るべき切り札を目の当たりにしても恐れずに突撃し、艦隊決戦を敢行する筈であった。
だが、ヴィンスキー提督が選んだ作戦は、航空機に艦隊を攻撃させるという卑怯な作戦であった。
剣を使って決闘しようとしている騎士を銃で迎え撃つような、卑怯な作戦である。
「敵機は爆弾を搭載している模様!」
「小癪な………対空機銃で応戦せよ!」
ヴァルツ帝国の艦艇には、陸軍でも正式採用されている重機関銃がいくつか搭載されている。対空戦闘は二の次にされているとはいえ、この大艦隊が弾幕を張ればどんな航空隊でもあっという間に蜂の巣にされてしまうに違いない。
航空機を全て撃墜されれば、卑怯者に成り下がったヴィンスキー提督も渋々ウィルバー海峡へとやってくるだろうと思った次の瞬間だった。
対空用の機銃が火を噴くよりも先に爆音が轟いたかと思いきや、後方を航行していた戦艦の甲板が火の海と化したのである。
「な、なに………?」
先陣を切ったSBDドーントレスたちが投下した爆弾が、後方の前弩級戦艦の甲板を直撃したのである。
ヴァルツ艦隊の艦艇にも対空用の機銃は装備されているものの、あくまでも陸軍の兵士たちが塹壕に設置している物を改造して転用した代物だ。第一次世界大戦で使用されていた複葉機であれば容易く撃墜する事ができただろうが、第二次世界大戦や太平洋戦争で敵国の艦艇を無慈悲に撃沈してきたアメリカ製の航空機を撃墜するのは極めて困難と言っていい。
爆沈した味方艦を目の当たりにした射手たちが、エンジン音を響かせながら急降下してくるSBDドーントレスたちへと向けて発砲するが、ヴァルツ製の7.83mm弾たちはSBDドーントレスを直撃するよりも先に運動エネルギーを使い果たしてしまう。
先陣を切ったSBDドーントレスやF4Uコルセアは、ナタリア・ブラスベルグ所属の艦載機隊であった。
テンプル騎士団の残存艦隊が保有する唯一の空母であったため、彼らは機能停止寸前だったテンプル騎士団空軍の代わりにあらゆる戦闘へと投入され、激戦を経験してきたベテランたちである。
9年間も帝国軍への復讐のために戦ってきたベテランたちを、7.83mm弾を使用する重機関銃程度で撃墜するのは不可能であった。
機銃の射手たちが急降下してくるSBDドーントレスへ向かって弾幕を張っている間に、紺色に塗装された別の航空隊がヴァルツ帝国第三主力艦隊へと肉薄していく。プロペラの轟音を響かせながら高度を下げ、必死に弾幕を張る帝国軍の巡洋艦や駆逐艦たちを一瞥しながら戦艦の群れへと突撃していくのは、強烈な魚雷を搭載したTBFアヴェンジャーの編隊であった。
機関銃の射手たちが慌ててTBFアヴェンジャーへと銃口を向けた頃には、もう既に胴体のウェポンベイが解放されており、その中に搭載されていた魚雷――――――テンプル騎士団が採用している533mm魚雷だ――――――が桜色の海面へと落下して、水飛沫と純白の線を刻み付けていた。
その直後、弾幕を張っていたヴァルツ艦隊の艦艇に、TBFアヴェンジャーの群れが放った魚雷の群れが襲い掛かった。
次回、ついにイリナ・ブリスカヴィカに搭載されている決戦兵器が登場します。お楽しみに(笑)




