大艦隊出撃
明日花の死体は、セシリアが俺を強制収容所から救出した際にテンプル騎士団の兵士たちが他の死体と一緒に回収し、火葬にしたという。
この世界では死者を火葬にするのが一般的だ。何故かというと、他の死者たちの怨念が死体に乗り移り、その死体がゾンビとなって仲間に牙を剥く事が多々あるからである。実際に、戦死した仲間の死体がゾンビとなって味方の兵士に襲い掛かり、塹壕がゾンビだらけになったという事例もある。
そう、明日花の死体は燃えてしまった。
明日花にそっくりなホムンクルスの少女を見つめながら、拳を握り締める。
ホムンクルスを造り出すためには、ベースになる人間の細胞が必要だ。明日花にそっくりな姿をしているという事は、彼女の死体を燃やす前に死体から細胞を採取していたという事を意味する。
ステラ博士の方を睨みつけると、彼女は微笑みながら首を横に振った。
「いいえ、これはあなたの細胞で作ったホムンクルスですよ」
「俺の?」
「ええ。さすがに死者を冒涜するような真似はしません。クソ野郎なら話は別ですが」
この明日花にそっくりなホムンクルスは、俺の細胞をベースにして作ったホムンクルスなのか?
「正確に言うと、従来のホムンクルスにあなたの細胞を移植して培養した新型ホムンクルスです。次期戦闘用ホムンクルスの試作型ですよ」
そう言いながら、博士は明日花にそっくりなホムンクルスの頭を撫でた。けれども、そのホムンクルスの少女は自分を造り出した博士が頭を撫でているというのに無表情のままだし、微動だにしない。
100年以上前の災禍の紅月では、テンプル騎士団は感情や感覚をオミットされた無数のホムンクルス兵による攻撃で苦戦していたという。もしかすると、この子もその時に投入された”戦時型”ホムンクルスのように、感情がオミットされているのだろうか。
「博士、この子………何かオミットしたのか?」
「…………ええ」
首を縦に振りながら、ステラ博士は目を細める。
「非人道的かもしれませんが…………戦時型ホムンクルスをベースに、感情をオミットしました」
「…………テンプル騎士団の規定に反する行為だぞ、博士」
「ご心配なく。既に団長から許可は頂いております。…………分かってますよ、ホムンクルスだって立派な人間です。本当なら、普通の人間と同じように育てて、幸せに生きてもらうべきです。ですが、今は戦争中なんですよ」
悲しそうな顔でホムンクルス兵の頭をもう一度撫でる博士。まるで、軍服に身を包み、これから戦争に行く我が子を見送る母親のようにも見えた。
「人間は戦場で精神をすぐに病んでしまうほど脆い。戦死すれば新しい兵士を用意する必要がある。ですが、感情が無ければ精神を病むことはありませんし、ホムンクルス兵ならば装置で培養するだけですぐに用意できます。………合理性が無ければ戦争には勝てないんですよ」
「分かってる…………だが、こんな子をこれ以上造るな」
「…………ええ」
微動だにしないホムンクルスの肩に、そっと触れる。明日花にそっくりなホムンクルスから少しばかり薬品の匂いがした。先ほどまで培養液の中にいたのだろうか。
普通のホムンクルスであれば、装置の中で培養されるのは赤子までだ。それ以降はへそに繋がっているへその緒の代わりのケーブルを外され、人間の赤子と同じように母親役のホムンクルスたちが育てることになる。
そのまま装置の中で培養し続ければ、17歳や18歳くらいにまで成長した状態で生み出すことも可能だ。だが、その場合は肉体だけが成長することになるため、精神的には赤子や幼児と殆ど変わらない状態で生まれてくることになる。
「………博士、この子はさっきまで培養液の中にいたのか?」
「ええ。この子は数分前まで培養液の中で培養していました」
「精神的には大丈夫なのか?」
「はい、問題はありません。既に調整は完了しています」
博士がそう言うと、ホムンクルスの少女が唐突にこっちを見上げた。
「初めまして。試作型戦闘用ホムンクルスの『エレナ』です」
「エレナ?」
「はい。ステラ博士に先ほど命名していただきました。正式名称は”XQZ/E-000エレナ”です。今後はあなた専属のホムンクルスとなります。よろしくお願いします」
「ああ、よろしく頼む。とはいっても、すぐにクレイデリア侵攻作戦がある。さすがにそれへの参加は――――――」
「それなら問題ありませんよ。銃や武器の使い方を教えてあげるだけで、彼女は強力な戦力になります」
「本当か?」
先ほどまで装置の中にいたのだとしたら、実戦どころか戦闘訓練すら受けていないことになる。殆ど訓練を受けていない状態の新兵を大規模な攻勢に投入するのはあまりにも危険であるため、今回の作戦には参加させないようにしようと思っていたのだが、彼女はもう戦力になるとでもいうのか?
これが、”戦闘用ホムンクルス”の力なのか。確かに、短期間で戦力になるのは合理的だ。訓練という手間を大きく省く事ができるのだから。
「エレナ、特技は?」
「狙撃です。セミオートマチック式でもボルトアクション式でも問題はありません」
「分かった。では、スペツナズの制服に着替えて訓練区画の射撃訓練場へ1時間以内に来るように。お前の力を見せてもらいたい」
「了解しました」
彼女と博士に敬礼してから、ステラ博士の研究室を後にする。
もし本当にクレイデリア侵攻作戦に参加できるほどの実力があるのだとしたら、彼女は早速クレイデリア侵攻作戦に参加し、スペツナズと一緒に戦ってもらう事になる。
それに、狙撃が得意というのはありがたい事だった。
今まではスペツナズは4人で1個分隊が編成されていたのだが、メルンブルッヘ基地での戦闘で分隊の仲間と別行動せざるを得なくなってしまったため、もし他の分隊に支援してもらえないような状況でそのようなことになっても戦力が大きく低下しないように、分隊を4名から6名へ増員することになったのだ。
そのうちの1人はジュリアなんだが、彼女の得物は火炎放射器である。近距離戦柄は猛威を振るうが、遠距離戦では敵に反撃する事ができない。
なので、遠距離の敵を攻撃できる狙撃手が欲しかったのだ。
端末を取り出して彼女に支給する武器を選びながら、俺はタラップを駆け上がって訓練区画へと向かった。
巨大な砲塔に換装されたジャック・ド・モレーの船体を艦橋から見下ろしながら、ヴィンスキー提督は頭を掻いた。
前部甲板と後部甲板に2基ずつ搭載されているのは、ジャック・ド・モレー級の準同型艦である戦艦ネイリンゲンがウィルバー海峡の強行偵察の際に搭載し、敵艦隊と交戦してデータを得たことで換装することとなった55口径44cm4連装砲である。砲身が延長されている上に、より大型の砲弾を発射する事ができるようになったことで、射程距離、弾速、破壊力が大幅に向上した新型の主砲だ。
就役したばかりの同型艦や航空戦艦型のジャック・ド・モレー級戦艦も、既にこの主砲に換装されている。隣に停泊しているユーグ・ド・パイヤンとジルベール・オラルの砲塔も44cm砲の砲塔に換装されており、整備兵たちが第二砲塔と第三砲塔の上に2基ずつ対空機関砲を搭載しているところだった。
「艦長、弾薬の補給が完了しました。本艦はいつでも出撃可能です」
「他の艦は?」
「はい、搭載を終えたばかりの44cm砲のテストのためにアナリア支部を離れております。予定では三日後に帰還する予定ですが、3時間以内には呼び戻せるかと」
報告してくれたハサン艦長の方を見てニヤリと笑ってから、ヴィンスキー提督は艦橋にある自分の座席に腰を下ろした。ホムンクルスの乗組員が持って来てくれたアイスティーのカップを受け取って口へと運んだ彼は、大空で模擬戦を行うF4Uコルセアの編隊を見守りながら目を細める。
今回の作戦には、全ての戦力が投入される。
勝ち目が無いというわけではないが、もし作戦に失敗すれば、テンプル騎士団は再び9年前のように壊滅状態となってしまう事だろう。
しかし、今のテンプル騎士団はあの時よりも強力だ。弱体化していたジャック・ド・モレー級も改修を受けて強化されているし、あの時よりも兵士の人数は増えている。帝国軍によってクレイデリアから追い出され、海原を彷徨っていた9年間で絶望を知った兵士たちの士気は、これ以上ないほど高い。
「よし、演習やテストに行っている艦艇を呼び戻せ。全艦隊をアナリア支部に集合させるよう通達するんだ」
「了解!」
アイスティーを飲み干しながら、ヴィンスキー提督は艦橋にある世界地図をちらりと見た。
今回の海戦は、タンプル砲の射程距離内であるウィルバー海峡では行われない。艦隊決戦が行われるとすれば、ヴリシア大陸のユヌバランド州の北西部に広がる海域だろう。
まず最初に機動艦隊と潜水艦隊が先行し、艦載機と魚雷による攻撃で、海峡の中に展開する敵艦隊へと先制攻撃を行う。タンプル砲は航空機を狙うことはできないし、ネイリンゲンからの報告によればタンプル砲の砲弾は魔力で形成された炎の塊であり、海面に着弾した途端に大規模な水蒸気爆発を起こしてしまうため、潜水艦は事前に深く潜航するか離脱すれば損害を被ることはないという。
航空機と潜水艦による攻撃で損害を被った敵艦隊は、タンプル砲が無用の長物だという事を理解すれば海峡の外へと移動し、艦隊決戦を挑まざるを得なくなる。そこで機動艦隊を後退させつつ主力打撃艦隊が前進し、敵艦隊を撃滅するのだ。
敵艦隊が壊滅すれば観測データを送る事ができなくなるため、タンプル砲による砲撃を受けることはない。敵艦隊を殲滅した後は後方の輸送艦たちと共に海峡から河へと突入してタンプル搭へ向かい、海兵隊を上陸させつつ艦砲射撃を行うのだ。
その間に陸軍もアスマン帝国側から進撃し、タンプル搭を海兵隊と挟撃することになっている。
この作戦にはクレイデリア国防軍の残存艦隊も参加することになっているが、まだ錬度はそれほど高くないため、機動艦隊の護衛を担当してもらう事になるだろう。
クレイデリアに駐留する第三主力艦隊の物量は、テンプル騎士団の艦隊の物量を上回っている。艦艇の性能では圧倒的に勝っているが、もし肉薄してきた敵艦に魚雷を撃ち込まれれば、圧倒的な防御力を誇るジャック・ド・モレー級でもひとたまりもないだろう。
ヴィンスキー提督は溜息をつきながら、かつてブルシーロフ提督と共にホムンクルスの大艦隊を退けたウィルバー海峡を見つめるのだった。
「同志諸君、ついに祖国を奪還する時が来た」
9年前に復讐を誓った少女の凛とした声が、キャメロットの艦内にある広間の中に響き渡った。けれども、帝国軍への復讐のために戦いに行こうとしているせいなのか、凛々しさの中に微かに禍々しさが混ざっているような気がする。
いや、その方が良い。禍々しさや狂気があった方が、兵士たちはついて来る。
なぜならば、ここにいる兵士たちの大半が9年前のタンプル搭陥落で家族や戦友を失い、復讐を誓った者たちだからだ。
俺たちは、復讐のために戦っているのだ。
「我らは祖国を失い、9年間も海原を彷徨い続けた。クソ野郎共は我らの揺り籠に居座り、取り残された人々を虐げて私腹を肥やし続けている。取り残されてしまった人々や、クレイデリアの大地で眠る我らの同志たちのためにも、一刻も早く帝国軍の連中を追い出し、祖国を取り戻さなければならない」
整列する兵士たちの前で、セシリアは広げていた扇子をゆっくりと閉じた。代わりに腰に下げていた刀を静かに引き抜き、切っ先を天井へと向ける。
彼女へと向けられている照明が刀身を照らし出すが、あらわになった漆黒の刀身は、まるで彼女の心の中にある復讐心が具現化したかのように光を全く反射しない。
「同志諸君、我らは9年間もやられっ放しだった。いい加減、クソ野郎共に我が物顔で殴られ続けるのも嫌になっただろう? ――――――だから、思い切り殴り返しに行こう。9年分な」
『『『『『Урааааааааааааааа!!』』』』』
雄叫びを上げた兵士たちが、腰に下げていたマチェットやロングソードを一斉に引き抜き、正面に立つセシリアと同じように切っ先を天井へと向けた。
彼女の今の演説は、キャメロットの艦内だけではなく、他の艦の艦内にも放送されている。きっと他の艦で演説を聞いていた海兵隊や乗組員たちも、同じように高揚しているに違いない。
セシリアが刀を鞘の中へと戻すと、兵士たちも雄叫びをあげるのをやめ、剣やマチェットを静かに鞘の中へと戻した。
「我々は2時間後に、クレイデリアへと向けて進撃を開始する。攻撃目標はタンプル搭及び、クレイデリア連邦首都『アルカディウス』。是が非でも敵の守備隊を蹂躙し、祖国を奪還するぞ。なお、敵兵の投降や降伏は無視せよ。白旗を振っている連中を見つめたら、お構いなしに榴弾砲を叩き込んでやれ。…………9年前、奴らもそうやって我らの同胞を血祭りにあげたのだ。絶滅させてやらねば、報復にはならん。以上だ、解散」
『キャメロット艦橋より各員へ、直ちに持ち場につけ。2時間後に本艦は出港する。繰り返す、2時間後に出港する。各員は直ちに持ち場につけ』
「解散! 各員、持ち場につけ!」
いよいよ始まる。
セシリアの後ろに並んでいたスペツナズの隊員たちに目配せし、俺たちも解散する。
分隊の兵士たちが駆け足で広間を出ていったのを確認してから、セシリアに敬礼しながら報告した。
「ボス、俺たちも持ち場につく」
「ああ、期待している」
もちろん、今回の作戦にもスペツナズは参加する。だが、スペツナズ第零部隊である俺たちの任務は敵部隊を真っ向から攻撃する事ではない。
アスマン帝国から侵攻する陸軍に先行してクレイデリアへと向かい、タンプル搭へと潜入して中央指令室を制圧し、タンプル砲の砲撃を阻止することだ。海峡で艦隊を撃滅すれば観測データが送れなくなるとは言え、潜水艦や航空機を出撃させて観測データを送らせれば砲撃は再開できる。そのため、タンプル砲の砲撃を完全に阻止するためには要塞砲を制御している中央指令室を占拠することが望ましい。
数多の守備隊を突破して、敵の心臓部を直接襲撃するというわけだ。
「無理はするなよ、力也」
「分かってる」
「…………頼む」
彼女の手をぎゅっと握ってから、左の頬に紅い十字架が描かれたバラクラバ帽をかぶり、俺も広間を後にした。
「提督、全艦出撃準備完了とのことです」
「うむ」
艦橋の窓からずらりと並ぶ大艦隊を見渡し、ヴィンスキー提督は頷いた。
今回の作戦には、全ての艦艇が参加する。再生産されたばかりのジャック・ド・モレー級の同型艦たちも、海軍が創設された頃から戦い続けている長女と共に単縦陣を形成し、敵艦隊と戦うのだ。
提督は椅子からゆっくりと立ち上がり、頭にかぶっている軍帽をかぶり直す。彼がかぶっている海軍用の軍帽は、現在のテンプル騎士団で採用されている物ではない。テンプル騎士団海軍が創設された時に採用されていた当時の軍帽を、未だにかぶり続けているのだ。
「揺り籠の命運、この一戦にあり」
もしこの戦いに敗北することになれば――――――今度こそ、テンプル騎士団は壊滅する。
それゆえに、敗北だけは絶対に許されない。
「機関長、フィオナ機関起動」
『了解、フィオナ機関起動。魔力加圧、30メルフから300メルフへ』
艦長に向かって頷いてから、ヴィンスキー提督は全艦に命じた。
「これより出撃する。全艦抜錨!!」




