増員
近日中に登場人物の設定を投稿します。最近ごちゃごちゃしてきたので。
「ローラント中将、君は我が帝国の第三主力艦隊では役不足だと言いたいのかね?」
ヴァルツ帝国軍最高司令部の執務室の机の向こうで、ヴァルツ帝国海軍の将校はローラント中将を睨みつけながら不機嫌そうに言った。
テンプル騎士団から奪い取ったクレイデリア連邦には、圧倒的な物量と極めて高い錬度を兼ね備えた虎の子の主力艦隊が駐留している。更に、タンプル搭にはテンプル騎士団の決戦兵器であるタンプル砲を模倣した『ガルゴニス砲』も配備されている。ウィルバー海峡へ突入するのは不可能と言っても過言ではない。
だが、唐突に執務室を訪れたローラント中将は、手の空いている他の艦隊も直ちにクレイデリアへ派遣するように進言したのである。
主力艦隊はヴァルツ帝国海軍の力の象徴だ。彼が不機嫌な理由は、海戦に参加した経験すらない陸軍の若い将校が、その1つである主力打撃艦隊では帝国軍が”蛮族”扱いしているテンプル騎士団を食い止めることは不可能だと断言したからであった。
「間違いなく、第三主力艦隊のみでは戦力不足です。あなた方はテンプル騎士団のドクトリンを理解していない」
海軍の将校が発する威圧感に全く怯えず、ローラント中将は言った。彼は目を細める将校を一瞥してから、抱えていた書類を机の上に置く。
書類に記載されているのは、今までのテンプル騎士団海軍の戦術であった。ジャック・ド・モレー級戦艦率いるテンプル騎士団艦隊の猛攻から生還した駆逐艦の乗組員が提出した記録であり、当時のテンプル騎士団艦隊の編成や陣形までしっかりと書き記されている。
「タンプル搭を失って弱体化する前のテンプル騎士団は圧倒的な物量を誇っていました。辺境に派遣される警備艦隊ですら、我が帝国の主力艦隊を凌駕する物量だったといわれています」
「大昔の話ではないか」
「ええ。確かに現在では弱体化しています。…………弱体化した後のテンプル騎士団海軍のドクトリンにご注目ください」
「む?」
生還した艦の乗組員の記録を指差しながら、ローラント中将は説明する。
「全ての兵力を一点に集中させて投入しているのです」
「それが何だ。所詮、弱体化した蛮族共の悪足掻きではないのか?」
記録を見つめながら嘲笑う将校を一瞥したローラント中将は、椅子に座りながらコーヒーを飲んでいる初老の将校が全く危機感を感じていないことを察して目を細めた。
戦力を一点に集中させている事が何を意味しているのか、この将校は理解していない。
ただ単に戦力が不足しているせいで、戦力を一点に集中させざるを得ないというわけではないのだ。
「――――――奴らは、我が軍の戦力の”各個撃破”を狙っているのです」
「各個撃破だと?」
「そうです。確かに、我が海軍の全ての戦力と比較すれば、テンプル騎士団海軍の規模は比べ物にならないほど小さいといっていいでしょう。ですが、主力艦隊とテンプル騎士団海軍の残存艦隊を比較すれば、それほど差はありません。主力艦隊は物量では勝っていますが、艦艇の性能では大きく劣っています。失礼ですが、実質的な戦力はほぼ互角と言っていいでしょう」
ヴァルツ帝国海軍が配備している戦艦は、30cm連装砲を前部甲板と後部甲板に1基ずつ搭載し、船体の側面にずらりと副砲を搭載した前弩級戦艦ばかりである。それに対し、テンプル騎士団海軍の艦艇は、スターリングラード級”軽戦艦”ですらそれ以上の火力があるのだ。
テンプル騎士団海軍の切り札であるジャック・ド・モレー級戦艦の船体は304m。巨大な船体には、圧倒的な破壊力と連射速度を兼ね備えた50口径40cm4連装砲を4基も搭載している。更に装甲も比べ物にならないほど分厚いため、ヴァルツ帝国海軍の戦艦でこの怪物を撃沈するのは不可能と言ってもいい。
物量で勝っていても、艦艇の性能の差でアドバンテージが無かったことになっているのである。
もし他の主力艦隊もクレイデリアへと派遣し、第三主力艦隊と共にテンプル騎士団艦隊を迎撃すれば、辛うじて勝利することはできるだろう。しかし、第三主力艦隊のみで迎撃すれば、弱体化した後のテンプル騎士団のドクトリン通りに虎の子の主力艦隊を各個撃破されてしまうのが関の山だ。
だが、初老の将校はその記録を見下ろしながら嘲笑した。
「ふん、艦の性能が優れていたとしても、それに乗っているのは未だに剣や笛を装備している野蛮人ではないか。知能の低い野蛮人共では、我々は倒せんよ。中将だって歴史の授業で習っただろう? 銃を持った文明人に棍棒で戦いを挑んだ先住民たちがどうなったか」
「しかし………!」
「しつこいぞ、ローラント中将。第一、クレイデリアにはガルゴニス砲もある。”艦隊決戦”にすらなりはしないさ」
「…………分かりました」
この海戦の結果を聞いた将校は公開することになるだろうと思いながら、ローラント中将は机の上に置いた書類を拾い上げて脇に抱え、頭を下げてから踵を返した。執務室のドアを閉めた途端に部屋の中から「若造の分際で」と将校が悪態をついたのを聞いて唇を噛み締めた彼は、溜息をついてからカーペットの敷かれた司令部の廊下を歩き始める。
クレイデリアの陥落は、帝国軍にとって致命傷になる。
クレイデリア連邦の隣にはヴリシア・フランセン帝国の旧フランセン領や、アスマン帝国が存在する。現在の帝国軍は占領したクレイデリアを利用して、同盟国へと物資や増援部隊を送っている状態だ。
そのクレイデリアを失うという事は、他の同盟国との連携が困難になることを意味する。
しかも、同盟国であるアスマン帝国は元々はクレイデリア連邦の一部だった国であり、テンプル騎士団やクレイデリア国防軍とは”身内”と言ってもいい。いつアスマン帝国がテンプル騎士団に寝返るか分からない以上、隣国であるクレイデリアの占領を堅持して監視する必要もあるのだ。
その分水嶺となるのが、ウィルバー海峡やヴリシア大陸周辺の海域で繰り広げられると思われる、ヴァルツ帝国第三主力艦隊とテンプル騎士団艦隊の海戦である。
海軍の将校たちはガルゴニス砲を過信しているようであった。確かに、観測データさえ受信できればタンプル搭からウィルバー海峡の敵艦隊を砲撃できるガルゴニス砲があれば、テンプル騎士団の艦艇の性能が優れていたとしても、射程距離内に入った途端に海の藻屑と化すだろう。
しかし――――――強行偵察を行ってガルゴニス砲が配備されていることを知ったテンプル騎士団が、対策を考えていない筈がない。
必ずガルゴニス砲の対策を用意して大打撃を受けるのを防ぎ、主力艦隊との艦隊決戦に持ち込む筈だ。
(このままでは………クレイデリアは奪還されてしまう)
危機感を感じながら、ローラント中将は勇者の執務室へと向かうのだった。
スペツナズの入隊試験には面接もある。
とは言っても、テンプル騎士団のスペツナズの面接のハードルは非常に低い。ハードルが高いのは面接を受ける前に合格する必要がある試験の方だ。それに合格した兵士だけが面接を受ける事ができるのである。
面接とはいっても、シュタージが調べてくれた入隊希望者の情報が合っているかどうかの確認や、入隊しようと思った動機に関して質問する程度であり、ここで入隊希望者が不合格になるような仕組みにはなっていない。
ちょっとした最終チェックのようなものだ。
白黒の写真が張り付けられた書類を見下ろしながら、俺は苦笑いしていた。出来ることならば冷や汗を拭い去りたいところなんだが、スペツナズの”存在しない部隊”となった俺たちは、入隊希望者の面接を行う場合もバラクラバ帽をかぶって素顔を隠さなければならない。
息を吐きながら、目の前の椅子に座っている入隊希望者の方を見る。テンプル騎士団の黒い制服に身を包み、木製の椅子の上に腰を下ろしているのは15歳くらいの幼い少女だ。セミロングくらいの長さの茶髪から突き出ているのは猫のような耳であり、腰の後ろの方からは同じく猫の尻尾が伸びているため、彼女の種族は獣人だという事が分かる。
可愛らしいのかもしれないけれど、どういうわけかガスマスクを装着しているせいで台無しだ。しかも、身に纏っている制服は通常の制服ではなく、火炎放射器を使用する兵士に支給される耐火性の高いタイプの制服である。
彼女の名前は『ジュリア・タッカー』。シュタージが調べた情報によると、オルトバルカ連合王国の旧ラトーニウス領出身らしい。
尻尾を振りながら椅子に座っている彼女を見てから、俺は彼女に質問した。
「…………赤き雷雨に志願した理由は?」
「この部隊ならクソ野郎をいっぱい焼き殺せると思ったからニャ」
「「「…………」」」
椅子に座ったまま書類を見ていたジェイコブ、コレット、マリウスの3人が目を見開いた。
義手で頭を掻きながら、書類を見下ろす。
ジュリアの故郷である旧ラトーニウス領では、人間以外の種族が迫害されていた。エルフやハーフエルフたちの人権が唐突に剥奪され、奴隷として売られたり、魔術師たちの人体実験に使われていたのである。
ジュリアの家族は迫害されるのを防ぐため、親戚たちと共にラトーニウス領の森の中に隠れて暮らしていたという。しかし、彼女たちが森の中で暮らしていることを知ったオルトバルカ軍の憲兵隊が彼女たちの家を襲撃し、ジュリアの家族を皆殺しにしたらしい。
彼女も兵士に拘束され、服を脱がされて犯されたという。奴隷には人権が無いため、そういう事をしてもお咎めなしという事だったのだろうか。
その際にジュリアは自分を犯した憲兵の身体に油をぶちまけてマッチで火をつけ、焼き殺したらしい。他の憲兵たちも焼き殺したジュリアは、自分の一族を皆殺しにした憲兵共に復讐を果たしたのだ。
正直に言うと、俺は是非この少女を採用したいと考えている。
彼女の容赦のなさは、必ず役に立つからだ。
だが――――――書類の一番最後に書かれている情報が、彼女を採用することを躊躇わせていた。
《その後、ジュリア・タッカーはクソ野郎を焼き殺すことに性的興奮を感じるようになり、火炎放射器や火炎瓶を愛用するようになった》
――――――とんでもないド変態だったのである。
一族の復讐を果たしたのは立派だと思う。忌々しいクソ野郎共はとっとと絶滅させるべきだからだ。
でも、何でそれに性的興奮を感じるようになっちゃったんでしょうか。
「隊長、凄い子が志願してきましたね…………」
苦笑いしながらコレットがそう言うと、椅子に座っているジュリアは首を傾げた。
ちなみに、ジュリアは元々はテンプル騎士団陸軍所属で、信じ難い事にもう既に転生者を2人ほど焼き殺しているという。その後に彼女の上官がスペツナズへの入隊を奨めて入隊試験を受けたらしいんだが、多分ジュリアの上官は彼女がスペツナズに相応しい人材だから入隊を奨めたのではなく、ド変態だったから部隊から追い出したんじゃないだろうか。
「あの子、入隊試験前に『拾ってほしいニャ』って書かれた木箱に入れられてたらしいですよ」
「なんだそりゃ? 捨てスペツナズ?」
「…………”捨てツナズ”?」
何それ。
だが、火炎放射器による攻撃は転生者には非常に有効だといえる。何故かというと、防御用のスキルを装備していない限り、毒ガス、炎、電撃などによる攻撃は転生者の防御のステータスによって軽減されることが無いからだ。
とてつもないド変態だが、転生者と戦う事も多いスペツナズにはうってつけの人材と言ってもいいだろう。
よし、拾ってあげよう。
「タッカー二等兵、君は今日から赤き雷雨の第一分隊に編入する」
「本当ですかニャ!?」
「ああ。今後も是非クソ野郎共をどんどん焼き殺してくれ」
「光栄ですニャ!」
とはいっても、第零部隊は隠密行動を行う事が多いので、彼女が敵兵を焼き殺しまくる事はそんなに多くないと思うがな。
机の上にある書類にサインするためにペンへと手を伸ばしたその時だった。ドアをノックする音が聞こえたかと思うと、扉の向こうから車椅子に乗ったステラ博士がやってきた。
やれやれ、今は面接中なんだが問答無用で入ってくるとは。
「何の用ですか、博士」
「速河少尉、ちょっと私の研究室までお願いできますか」
「研究室?」
「ええ。あなたに預けたいホムンクルスの子がいるんですよ」
俺に預けたい子?
頭を掻きながら椅子から立ち上がり、隣に座っていた副隊長のジェイコブに「すまん、ちょっと頼む」と言ってから、面接に使っていた会議室を後にする。
預けようとしている子がホムンクルスなのであれば、戦闘力は高いだろう。テンプル騎士団のホムンクルスの大半はタクヤ・ハヤカワの遺伝子をベースにして製造されたホムンクルスであるため、訓練を受けさせるだけで強力な兵士になるからだ。
だが、数日後にはクレイデリア侵攻作戦が始まる。既に実戦を経験していたジュリアならば問題はないが、実戦すら経験していない新兵をスペツナズに預けるのは拙いのではないだろうか。さすがにクレイデリア侵攻作戦を新兵の初陣にするのはハードルが高すぎる気がする。
技術者や錬金術師たちの研究室がある研究区画へと繋がる隔壁を通過すると、ステラ博士は自分で車椅子を動かし、自分の名前が書かれているプレートが付いている扉を開けた。木製の扉が開くと同時に強烈な薬品の匂いが通路へと漏れ出し、お構いなしに鼻孔へと入り込んでくる。
奇妙な色の液体や粉末が入ったフラスコやビーカーがずらりと並んだテーブルの奥に、真っ白な服に身を包んだ緑色の髪の少女が座っていた。ホムンクルスたちにも個体差があるらしく、髪の色が異なる個体が生まれることがあるという。ホムンクルスは蒼い髪の少女が非常に多いので、預ける予定のホムンクルスも蒼い髪の少女なのだろうと決めつけていた俺は彼女の髪を見て目を丸くする羽目になった。
だが―――――その少女がこっちを見た瞬間に、俺は凍り付く羽目になってしまう。
その少女は、タクヤのホムンクルスではなかった。
「あ…………明日………花…………?」
ステラ博士の研究室で待っていたのは――――――死んだ筈の妹にそっくりな、ホムンクルスの少女だったのだ。




