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異世界で復讐者が現代兵器を使うとこうなる   作者: 往復ミサイル
第九章 ユヌバランド沖海戦
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ネイリンゲンの戦果


 後退する戦艦ネイリンゲンを追撃する戦艦たちが主砲を放つよりも先に、ネイリンゲンの前部甲板に搭載された3基の44cm4連装砲が火を噴いた。


 反転して最大戦速で離脱するのではなく、後進して敵艦を砲撃しつつ離脱することを選んだ如月の判断は正解だったといえるだろう。普通の戦艦であれば反転したとしても後部甲板の主砲で応戦する事ができるが、ネイリンゲンは3基の砲塔を前部甲板に搭載しているため、反転して離脱しようとすれば後部甲板の副砲でしか応戦する事ができなくなってしまう。


 速度ではネイリンゲンの方が勝っているものの、ネイリンゲンは44cm砲を実戦投入し、その強力な主砲のテストを行うという任務もある。もしこのテストで44cm砲が強力な主砲であることが証明されれば、続々と生産されているジャック・ド・モレー級の主砲を40cm砲から44cm砲に換装し、海上戦力を更に強化する事ができるのだ。


 砲塔を旋回させ、ネイリンゲンへと照準を合わせ始めた単縦陣の先頭の戦艦の周囲に、44cm砲の砲弾が次々に落下する。


 戦艦大和が搭載していた46cm砲ほどの威力はないが、第一次世界大戦で活躍した前弩級戦艦にそれが直撃すれば、一撃で轟沈する羽目になるのは言うまでもない。しかも、ネイリンゲンも主砲の連射速度が非常に速いジャック・ド・モレー級のうちの1隻だ。敵を確実に一撃で撃沈できるほどの威力の主砲を、敵の射程距離外から矢継ぎ早に連射できるのはあまりにも大きなアドバンテージと言えるだろう。


 しかし、砲手の錬度の低さがそのアドバンテージを削っていた。


 もし、何度も実戦を経験しているジャック・ド・モレーやユーグ・ド・パイヤンの砲手がネイリンゲンに乗り込んでいたのなら、既に戦闘の敵艦は船体を真っ二つにされて爆沈していた事だろう。しかし、後進で離脱するネイリンゲンに敵艦隊が接近してきているにもかかわらず、虎の子の44cm砲は未だに敵艦には命中せず、周囲の海面に巨大な水柱を十重二十重に生み続けている。


 艦橋で双眼鏡を覗き込んでいた柊が、そろそろ敵艦の主砲の射程距離内だという事を悟った次の瞬間だった。


 ゴン、と鉄板に鉄球を思い切りぶつけたかのような重々しい轟音がウィルバー海峡に響き渡ったかと思うと、砲撃準備を終えたばかりの敵艦の前部甲板にある主砲の砲塔がひしゃげたのである。片方の砲身が千切れ、砲塔から外れて前部甲板へと落下した直後、砲塔が大爆発を起こし、船体が真っ二つになった。


 次々に発射していた砲弾が、敵艦の主砲を直撃したのだ。もちろん、ヴァルツ帝国海軍の戦艦は非常に分厚い装甲で覆われているが、44cm砲に耐えられるほどの防御力があるわけがない。砲塔の装甲を容易く撃ち抜いた徹甲弾はそのまま船体を蹂躙し、小柄な前弩級戦艦の船体を真っ二つにしてしまう。


 爆沈した味方の艦を回避した後続の艦が、ネイリンゲンに向かって主砲を放った。しかし、まだネイリンゲンが射程距離内に入っていないにもかかわらず砲撃を始めてしまったらしく、砲弾はネイリンゲンの船体に命中せずに紫色の海面を直撃した。


 産声を上げたばかりの紫色の水柱を、ネイリンゲンの主砲から躍り出た衝撃波が歪ませる。


 爆沈した味方の戦艦の代わりに先頭を航行する戦艦のすぐ近くに44cm砲の砲弾が直撃し、前弩級戦艦の船体が激震する。ヴァルツ軍の戦艦の艦長は砲撃を命じたが、前部甲板と後部甲板の主砲が火を噴く寸前に、艦橋の真上をネイリンゲンの徹甲弾が掠めた。


 冷や汗を拭い去りながら、ヴァルツ軍の艦長は歯を食いしばる。


 撤退しながら砲撃してくる奇妙な形状のジャック・ド・モレー級戦艦は、偉大なるヴァルツ帝国海軍に泥を塗った憎たらしい敵だ。警備艦隊の駆逐艦と巡洋艦を轟沈させた挙句、クレイデリアに決戦兵器が配備されていることを暴き、追撃するために出撃した戦艦を真っ二つにして逃げようとしているのだから。


 転移阻害結界の外に出られれば、ジャック・ド・モレー級戦艦は確実に転移で撤退し、味方にその情報を教えてしまう事だろう。


 砲弾を装填するために、前部甲板の主砲の砲身がゆっくりと下がり始めたその時だった。


 ネイリンゲンの第三砲塔が放った徹甲弾が、船体の右舷を抉り取った。右舷の装甲が抉り取られたせいで、艦内の通路に紫色の海水が流れ込んでいく。艦橋にいる若い乗組員が浸水が発生した事を艦長に報告した直後、装填を終えた第一砲塔から発射された徹甲弾が艦橋の後方を直撃し、2隻目の戦艦を海の藻屑にしてしまった。













 当たり前だけど、前弩級戦艦に44cm砲の徹甲弾を叩き込むのはオーバーキルだと思う。


 真っ二つになった敵艦を見つめながら、僕はそう思った。敵の戦艦は前部甲板と後部甲板に30cm連装砲を1基ずつ搭載し、船体の左右には副砲らしき小ぢんまりとした砲身がずらりと並んでいるのが見える。船体の長さはおよそ150mくらいだろうか。もちろん装甲も搭載しているだろうが、小さな船体にそれほど分厚い装甲を搭載できないのは言うまでもない。


 それに対し、こっちは強力な55口径44cm4連装砲を3基も前部甲板に搭載しているし、後部甲板には副砲の20cm連装砲を左右に3基ずつ搭載している。普通の戦艦どころか、圧倒的な防御力を誇る大和型戦艦との砲撃戦を想定した大口径の主砲だ。


「敵戦艦、轟沈!」


 双眼鏡で敵艦隊を見ていた若い乗組員が嬉しそうに報告する。


 現時点で撃沈した敵艦は、駆逐艦1隻、軽巡洋艦1隻、前弩級戦艦2隻だ。大戦果と言ってもいいだろう。


「まもなく、転移阻害結界の外に出ます」


「よし、フィオナ機関の加圧を開始せよ」


「了解!」


 このネイリンゲンにも、転移用のフィオナ機関が搭載されている。今はまだ転移阻害結界の中なので転移先の座標へと情報をアップロードすることはできないが、フィオナ機関を加圧しておくことは可能である。


 転移を使ってしまうとフィオナ機関が破損してしまうため、使う事ができるのは一度だけだ。使ってしまったら軍港まで戻り、新しいフィオナ機関に積み替えなければならない。


 敵の航空機や艦隊と遭遇するのを避けるために、ウィルバー海峡まで来る際に転移を使うべきかと思ったんだけど、転移を温存しておいたのは正解のようだ。


 ニヤリと笑いながら、ちらりと魔力反応がないか確認している乗組員の方を見た。彼女の目の前に投影されている巨大な魔法陣には、今のところは魔力放射は検出されていないらしく、表示されている数値やグラフは特に変化がない。


 先ほどの決戦兵器の射程距離は、やはりウィルバー海峡の中だけなのだろうか。それとも、あれほど強力な炎の塊をぶっ放してきたのだから、砲身の放熱を行っているせいで砲撃ができないだけなのだろうか。


 確かに進撃していく大艦隊には脅威だけど、空を高速で飛ぶ事ができる航空機や、海中に先行する事ができる潜水艦を攻撃することはできるのだろうか? 航空機ならば砲撃に巻き込むことはできるだろうし、潜水艦も海面に着弾した際の水蒸気爆発で損害を受ける可能性はあるが、観測データのおかげで照準を合わせる事ができる水上艦艇を砲撃する場合よりもハードルが上がることになるだろう。


 作戦を立てていると、双眼鏡を覗き込んでいた乗組員が叫んだ。


「艦長、敵艦隊の側面より巡洋艦が接近中!」


 ぎょっとしながら双眼鏡で真正面を見つめる。肉薄して魚雷を叩き込むつもりなのか、7隻の巡洋艦が単縦陣を形成したまま、ネイリンゲンの真正面から突っ込んでくるのだ。巡洋艦の単縦陣の後方には、小柄な駆逐艦たちの単縦陣も見える。


 主砲で応戦するべきだろうと思ったが、ネイリンゲンの砲手たちはまだ錬度が低い。このまま戦艦を砲撃し続けていれば更に損害を与えられる可能性はあるが、巡洋艦も狙うように指示してしまうと混乱する恐れがある。


 ならば、あの武装で応戦するとしよう。


「副長、先ほど退避させた魚雷発射管室の乗組員を艦首に戻せ。配置につき次第、魚雷の発射用意を」


「了解です」


 ジャック・ド・モレー級戦艦の艦首には、4門の533mm魚雷発射管がある。


 魚雷を叩き込むために肉薄してくるというのならば、戦艦との砲撃戦に夢中になっているふりをして敢えて距離を詰めさせ、こちらの魚雷の射程距離内に入ってきた瞬間に反撃をプレゼントしてあげようじゃないか。


 しかも、巡洋艦たちはかなりの速度で突っ込んでくる。唐突に戦闘の艦に魚雷が命中して航行不能になったら、上手くいけば後続の艦も混乱する筈だ。


『こちら魚雷発射管室、魚雷の装填が完了しました!』


「よし、魚雷発射管に注水」


『了解、注水開始』


 艦首の魚雷発射管は、対艦ミサイルが装備できなくなったせいで低下した火力を少しでも維持するために搭載されたものだという。オミットした方が良いのではないかと思っていたんだが、出番があるとはね。


「魚雷発射管、1番から4番開け」


『魚雷発射管、1番から4番開きます』


 伝声管から聞こえてくる復唱を聞きながら、真正面から突っ込んでくる巡洋艦を注視する。敵艦が搭載しているソナーが、ネイリンゲンの魚雷発射管が開いた音を捉えたからなのか、最大戦速で直進していた巡洋艦たちが急に速度を落とし始めた。中には横へと進路を変更し、魚雷が発射される前に回避しようとする艦も見受けられる。


 既に射程距離内へと入ってしまっていた巡洋艦たちを見つめながら、僕は息を吐いた。確かに、こちらの乗組員の錬度はまだ低い。単縦陣で突っ込んでくる戦艦たちと砲撃戦を繰り広げている最中に、別の方向から奇襲をかければこっちは間違いなく混乱するだろう。


 こちらの錬度の低さを見抜いたのは本当に見事だ。けれども――――――真正面から突っ込んできたのは、愚かとしか言いようがない。


「魚雷発射管1番――――――撃て(アゴーニ)


発射アゴーニ!』


 復唱が聞こえた直後、伝声管から魚雷が放たれる音が聞こえてきた。艦首の前方に広がる紫色の海面に、うっすらと純白の線が姿を現す。


「2番、撃て(アゴーニ)


『2番、発射アゴーニ!』


 2発目の魚雷が、紫色の海面に純白の線を刻み付ける。魚雷発射管から解き放たれた2発の魚雷は、唐突に聞こえてきた魚雷発射管を開いた音で慌てふためく巡洋艦たちへと無慈悲に突撃していく。


「3番、撃て(アゴーニ)


『3番、発射アゴーニ!』


「4番、撃て(アゴーニ)


『4番、発射アゴーニ!』


 まるで潜水艦の艦長みたいだと思いながら、発射された4発の魚雷を双眼鏡で見つめた。


 紫色の禍々しい海原の向こうで、2つの水柱が生まれた。回避するために進路を変更しようとしていた巡洋艦が、混乱していたせいで回避が遅れてしまったらしく、左舷に533mm魚雷を2発も喰らってしまったのだ。


 魚雷は、爆弾や砲弾が直撃しても平然と戦闘を継続できる戦艦を容易く撃沈する事ができる恐ろしい兵器である。戦艦を轟沈させられるほどの破壊力がある魚雷を2発も叩き込まれた哀れな巡洋艦は、艦橋のすぐ脇と艦尾から黒煙を噴き上げながら左舷へと傾斜していったかと思いきや、海面へ飛び込んでいた乗組員たちを巻き込みながら転覆し、そのまま沈没していく。


 唇を噛み締めた直後、まだ追撃してくる敵の戦艦がまた真っ二つになった。44cm砲の餌食になったのだろう。


「艦長、転移阻害結界の外に出ました!」


「よし、転移する! 情報のアップロードを開始せよ!」


 乗組員に命じながら、ゆっくりと双眼鏡を下ろした。


 1隻は魚雷で撃沈したが、今回の戦闘では駆逐艦1隻、巡洋艦2隻、戦艦3隻を撃沈する事ができた。44cm砲も動作不良を起こすことはなかったし、前弩級戦艦を簡単にへし折ってしまうほどの破壊力があったため、ジャック・ド・モレー級戦艦の主砲をこれに換装しても問題はないだろう。


 それに、決戦兵器が配備されていることも暴く事ができた。


 艦は少しばかり損傷したが、死傷者は1人もいないのだから、この強行偵察は大成功と言っていいだろう。


「アップロード完了」


「フィオナ機関、加圧完了。転移準備よし」


「転移開始!」


「了解。質量投射まで、3、2、1………転移開始」


 ホムンクルスの乗組員が目の前にある魔法陣をタッチした瞬間、船体の周囲に蒼い魔法陣が姿を現した。複雑な記号を纏った巨大な5つのリングがぐるぐると回転しながらスパークを撒き散らしたと思いきや、蒼い光がネイリンゲンの船体を包み込んだ。






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