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蒼き魔王

今回からはタクヤの時代の話です。


 大地を直撃した榴弾の爆風が、クレイデリア連邦の国境へと進撃してきた哀れな兵士たちの隊列を吹き飛ばした。真紅の炎と衝撃波が灰色の砂を巻き上げ、兵士たちの肉体を防具もろともバラバラにしてしまう。


 中には爆風や衝撃波の餌食にはならず、辛うじて国境にある防壁への肉薄に成功した部隊もあったが、その防壁を突破してクレイデリア国内へと進軍するよりも先に、防壁の傍らで待ち伏せしていたT-14たちが放った戦車砲や機関銃で粉々にされ、灰色の大地に真紅の雫を巻き散らす羽目になった。


 戦闘が開始されてからまだ5分しか経過していないにもかかわらず、一番最初の砲撃と戦車部隊の一斉砲撃で、クレイデリア連邦を攻め落とそうとした侵略者たちは投入した兵力の9割を失っていた。それに対し、揺り籠(クレイドル)を守る守備隊たちは全く損害を受けていないし、被弾した戦車すらない。


 中には魔術で応戦しようとする敵兵もいたが、魔術を発動しようとすれば体外に放射される魔力の反応で瞬時に検知できる。錬度の高い守備隊の兵士たちは、その敵兵が魔術を放つよりも先にSV-98の銃口を向けて照準を合わせると、装填していた7.62mm弾で容赦なく眉間を撃ち抜き、魔術の使用を瞬時に阻止した。


 侵攻してきた愚か者共が壊滅寸前になっていることを確認してから、俺は隣の魔法陣を見た。


 防壁へと攻め込んできた侵略者を蹂躙する守備隊の映像が映っている魔法陣の隣で、回転しながら映像を映し出している魔法陣には、麻薬カルテルの撃滅のために派遣した海兵隊が映し出されていた。既に麻薬カルテルの拠点の制圧を終えたらしく、製造された麻薬がぎっしりと収まった木箱を接収したり、カルテルの構成員たちを装甲車へと乗せている。


 あの構成員たちは一時的に捕虜にするが、他のカルテルの拠点の位置などの情報を全て喋らせた後は、研究区画へと送って人体実験に使わせてもらう予定だ。あのような救いようのないクソ野郎共の命は塵よりも軽い。弱い人々を苦しめて私腹を肥やす連中に、人権など存在しないのだ。だから、殺してしまう前に情報を吐かせてから人体実験に使い、役に立ってもらう。


 その隣の魔法陣には、背中に騎士たちを乗せた飛竜を戦闘機たちが空対空ミサイルで撃墜している映像が映っている。飛竜の群れを蹂躙しているのは、主翼や垂直尾翼の先端部のみを真紅に塗装し、それ以外を漆黒に塗装された『ユーロファイター・タイフーン』の編隊。先頭を飛ぶ隊長機だけは、機体を赤く塗装されている。


 テンプル騎士団空軍が誇る、最強の航空隊の『アーサー隊』だ。


 敵の飛竜の中にはブレスを吐き出したり、背中に乗るライフルマンがライフルで応戦してくるが、アーサー隊が乗るユーロファイター・タイフーンは高性能な戦闘機のうちの1つだし、乗っているパイロットたちも空軍の中で最も錬度の高いエースパイロットばかりだ。のろまなドラゴンをスチーム・ライフルで狙撃することしか経験していない騎士団の航空隊程度で相手になるわけがない。


 この戦いも勝利は確定だな、と思いつつ、その上に浮かぶ魔法陣をチェックする。


 戦闘の映像が映っている魔法陣の群れの上に浮かぶ魔法陣にも、別の戦場で繰り広げられている戦闘の映像が映っている。海原を航行する巨大な戦艦たちが、主砲から砲弾を放って敵の装甲艦や巡洋艦を片っ端から轟沈させていた。


 貧弱な敵艦隊は、こちらの艦隊が搭載している副砲よりも口径の小さな主砲で砲撃してくるが、40cm砲と小口径の貧弱な主砲ではどちらが射程距離が長いのかは言うまでもない。


 映像を見つめていると、少女の声が聞こえてきた。


《戦闘終了。敵の侵攻部隊の損耗率、100%。我が軍の損耗率は0%です》


《タクヤ団長、捕虜の収容が完了しました。麻薬も全て処分済みです》


《アーサー隊、敵航空隊を殲滅しました。ヴリシア上空で空中給油を受けてから帰還します》


《第一主力打撃艦隊、敵艦隊の殲滅を完了しました》


 今しがた報告してくれたのは、この魔法陣に映っている映像を送信してくれている”政治将校”と呼ばれる特殊なホムンクルスの個体たちだった。


 テンプル騎士団では、俺の遺伝子をベースにしたホムンクルス兵が大量生産されており、現時点では団員の6割はホムンクルス兵で構成されている。基本的には何も調整を施さずに普通の人間と同じように育て、希望する個体に訓練を受けさせて兵士として戦場へ投入するのである。


 昔の戦争では調整によって感情や痛覚を剥奪されたホムンクルスも生み出されていた。確かに、正直に言うとそちらの方が戦闘に投入するには合理的である。だが、テンプル騎士団ではホムンクルスにも人権があるという事になっているため、彼女たちの人権を踏みにじるような真似は絶対に許されない。


 テンプル騎士団で製造されているホムンクルスにはちゃんと自我があるし、生殖機能もあるので普通の人間と同じように子供を作ることもできる。実際に、既にかなりの数のホムンクルスが他の男性と結婚して子育てをしているという。


 けれども、そのホムンクルスの中にも戦闘のための調整を受けた個体が少しだけ存在する。


 それが、”政治将校”と呼ばれる個体だった。


 見ている光景を俺のところへと伝達したり、無線機を使わずにテレパシーで通信を行う事ができるのである。さらに、その気になれば俺の意識を彼女たちに憑依させて操ることも可能だ。ただ、それは彼女たちが承認してくれた時だけにしているが。


《みんな、ご苦労様。気を付けて戻ってきなさい》


《《《《はい、父上》》》》


 世界中の戦場でテンプル騎士団の兵士たちの戦闘を見ていた愛娘たち――――――ホムンクルスは俺たちにとって子供のようなものだ――――――にテレパシーを送ってから、椅子からゆっくりと立ち上がる。先ほどまで政治将校たちが送ってくれていた映像を映し出していた魔法陣が消滅し、団長用の席の周囲が薄暗くなった。


 タンプル搭の中央指令室の中は基本的に薄暗い。一応、天井や壁面に照明が用意されているものの、弱々しいその照明よりも光源としての役割を果たしているのは、中央指令室の正面に設置されている無数のモニターの光や、まるで映画館の座席のようにずらりと並んでいるオペレーターたちの席にある様々な色の魔法陣だ。


「シェリル、俺は自室に戻る」


「はい、同志団長」


 傍らに立っていた秘書のホムンクルスにそう告げると、彼女は微笑みながら敬礼した。


 ホムンクルスには2つの種類がある。天城輪廻という少女が引き起こした大災厄『災禍の紅月』の際に、彼女が生み出した”戦時型”と呼ばれるホムンクルスと、その災禍の紅月で輪廻から接収した技術を元にテンプル騎士団が製造した”戦後型”と呼ばれるホムンクルスの2種類だ。


 前者には元々は自我や痛覚がなく、弾丸で蜂の巣にされても無表情のまま平然と進軍することが可能だった。しかも、武器を失ったり、戦闘の継続が不可能になるほどの大ダメージを受けた場合は、最寄りの敵に肉薄して自爆するように調整を施されていたのである。人間というよりは兵器に近い存在だ。


 そのような使い方はあまりにも非人道的であったため、テンプル騎士団が戦後に製造した戦後型のホムンクルスにはしっかりと自我が与えられているし、自爆能力もオミットされている。


 シェリルはその災禍の紅月の際に鹵獲された戦時型ホムンクルスのうちの1体だった。とはいっても、俺の妻(ナタリア)が調整を施してくれたおかげで自我を取り戻しているので、彼女も普通の人間とは変わらない。


 戦後型のホムンクルスは俺と同じく蒼い髪――――――個体差があるのか、稀に金髪や赤毛の子も生まれる――――――をしているが、戦時型のホムンクルスは白髪なのですぐに見分けられる。


 何かあったらすぐに報告するようにシェリルに言ってから、中央指令室を後にする。


『タンプル搭の住民の皆さん、おはようございます。住民の皆さんには1人につき1丁の銃の所持と、一週間に一度の射撃訓練が義務付けられています。忘れずに射撃訓練場へ行き、訓練を受講して下さい』


 壁面から配管やケーブルが突き出た通路に響き渡るのは、シュタージの職員の放送だった。タンプル搭で保護されている住民たちにも銃が支給されており、一週間に一度の射撃訓練の受講が義務付けられている。タンプル搭の外へと出かける際に、魔物や盗賊の襲撃から身を守るためだ。場合によっては敵が攻め込んできた際に応戦することも想定しているが、敵を迎え撃つのは兵士の仕事であるため、武装した民兵がそのような戦闘を経験した事は未だに一度もない。


 AK-12を背負ったホムンクルスの警備兵に敬礼してから、分厚い隔壁を彼女たちに開けてもらう。戦車の複合装甲を流用したことで、対戦車榴弾の直撃にも耐えられるほどの防御力を誇る隔壁が開いた途端、軍人しかいない戦術区画では有り得ない賑やかさがあらわになった。


 様々な種族の人々が、楽しそうに話をしながら居住区の通路の中を歩いている。幼い子供を連れた母親と思われる女性は、手を繋いでいる自分の子供と楽しそうに今夜の夕飯について話しているし、その近くを兄弟と思われる2人の少年が、笑いながら駆け抜けていく。


 ここにいる人々の大半は、奴隷だった人々だ。


 何の前触れもなく故郷を襲われ、家族と離れ離れにされた、人権のなかった人々である。現在ではクレイデリア国籍と人権を与えられており、離れ離れになってしまった家族と再会してここで暮らしているのだ。


 居住区の奥にあるエレベーターに乗り、自室のある区画へと降りていく。


 エレベーターから降り、通路の奥にある部屋のドアをノックする。ドアの近くにあるプレートにはこの部屋に住んでいる住人の名前が書かれており、その中にちゃんと自分の名前も書かれている。


 そう、ここが自室だ。


 しばらくすると、部屋のドアがゆっくりと開いた。


「ちちうえ、おかえりなさいっ」


「ただいま、”クラリッサ”」


 ドアの陰から顔を出して俺を出迎えてくれたのは、蒼い髪の幼い少女だった。海原を思わせる蒼い髪とは裏腹に瞳は紅い。蒼い髪の中からは、ダガーの刀身を思わせる短い2本の角が伸びており、腰の後ろからは蒼い鱗で覆われた短い尻尾も伸びている。


 彼女も俺のホムンクルスの内の1人だった。


 ホムンクルスは赤子の状態で生まれてくる。その後は手の空いているホムンクルスや、俺の妻の1人であるイリナが経営している孤児院に預けられて普通の子供と同じように育てられるんだが、ホムンクルスの大量生産によって育成を担当する人が不足しているため、俺たちの部屋にも幼いホムンクルスが預けられているのである。


 彼女の頭を撫でてから抱き上げ、部屋の中へと入る。


 タンプル搭の居住区にある部屋の中は広い上に、シャワールームとキッチンまで用意されている。水は河の上流から汲み上げたものをフィオナ博士が開発したろ過装置で綺麗にしているので、水やお湯を好きなだけ使えるのだ。


 キッチンの方からはやけに美味しそうな匂いがする。もう夕飯の準備を始めているらしい。


「ただいまー」


「あ、おかえりなさい♪」


 キッチンでは、エプロンを身に着けた赤毛の女性が夕食の準備をしているところだった。炎を思わせる赤毛の中からは2本のダガーの刀身のような角が伸びていて、スカートの中からは真っ赤な鱗で覆われた柔らかそうな尻尾が伸びているのが分かる。


 ラウラは楽しそうに微笑みながら、油の入った鍋の中にハーピーの肉を放り込んだ。フライドチキンでも作るつもりなのだろうか。


 彼女の隣には、もう1人の赤毛の女性が立っているのが見える。髪の色は母親にそっくりだけど、凛とした雰囲気と顔つきは、母親よりも祖母にそっくりだ。


 彼女は、俺とラウラの間に生まれた娘の『エリカ・ハヤカワ』。彼女よりも一年先に生まれた兄の『ユウヤ・ハヤカワ』とは違ってかなり真面目な性格のしっかり者である。オルトバルカ王国騎士団の憲兵隊に所属していたこともあり、ギャングや麻薬カルテルをいくつも壊滅させた優秀な子だ。


 母親に教えられながら野菜を切っていたエリカは、幼いホムンクルスを抱き上げている俺の方を見ると、微笑みながら「お帰りなさい、父上」と言った。


「ただいま、エリカ」


 大人になったエリカの隣で調理しているラウラの方をちらりと見てから、もう一度成長した愛娘の方を見る。エリカが大人びているからなのか、それともラウラの容姿が若々しすぎるせいなのか、親子というよりは姉妹のようにも見えてしまう。


 原因は、ラウラの容姿がまだ若々しい事だろう。


 キメラの老い方はかなり特殊だ。20歳から50歳までは、20代の容姿と身体能力を維持する事ができるのである。実質的に、20歳からの30年間は老化が停滞していると言ってもいい。しかし、50歳を過ぎた途端に肉体が急激に老化し、体力も衰えていくため、キメラにとっては50歳が”定年”となる。


 ちなみに、フィオナ博士の検査ではキメラの平均的な寿命は60歳だという。キメラは他の種族よりも短命なのだ。


 なので、俺ももう40代だというのに、容姿は20代の頃のままだった。体力も衰えている感じは全くしない。ライフルやボディアーマーを身に着けたまま延々とランニングしても息が上がることはない。


 クラリッサの遊び相手をしながら待っていると、若々しい母親と大人びた娘がハーピーのフライドチキンとサラダを運んできた。


「そういえば、ユウヤは元気か?」


「ええ。あのバカは元気ですよ」


 相変わらず仲が悪いなぁ………。兄妹なんだから、親としては仲良くしてほしいところだ。


 フォークやスプーンをテーブルの上に並べる娘を見つめながらそう思った。


 ユウヤは『ワイルドバンチ・ファミリー』というギャングのボスである。ギャングと言っても、オルトバルカで人々を苦しめているギャングを片っ端から壊滅させている自警団のような存在で、規模の小さなテンプル騎士団と言ってもいいだろう。


 あいつは10歳の頃に家出してから、ずっと王都のスラムにある隠れ家で生活している。


 転生者の力を悪用していないのは喜ばしい事だが、そろそろギャングのボスを後継者に任せて戻ってきてほしいものだ。


 真っ白な自分の手のひらを見つめながら、溜息をついた。


 あと少しで俺も”定年”だ。50歳を過ぎれば急激に肉体が老化し、体力も衰える。下手をすれば数年で立ち上がることもできなくなるかもしれない。


 そうなる前に、後継者を決めなければならないのだ。


 テンプル騎士団の団長を受け継ぐ、後継者を。





 


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