準同型艦
かつて、イギリス海軍は『ネルソン級戦艦』という変わった戦艦を2隻保有していた。
普通の戦艦であれば、前部甲板や後部甲板に主砲を搭載している。大国の海軍が保有する戦艦の大半はそのように設計されていたし、第一次世界大戦で活躍した前弩級戦艦ですら、主砲を前部甲板と後部甲板に分けて搭載するのが一般的だったのである。
けれども、イギリスが生み出したこの超弩級戦艦は、前部甲板に3基の主砲を搭載していたのだ。
そのイギリス海軍が生み出したネルソン級戦艦を彷彿とさせる戦艦が、アナリア支部の軍港の隅に停泊している。蒼と黒の洋上迷彩で塗装された304mの船体の上には3基の主砲が搭載されており、砲塔の上には対空用の機銃が左右に2基ずつ搭載されているのが分かる。大きな主砲の砲塔の後方にはジャック・ド・モレー級と同じ形状の艦橋があり、その周囲にも機銃や高角砲が所狭しと並んでいた。
普通の戦艦であれば主砲を搭載している筈の後部甲板には主砲は搭載されておらず、副砲の20cm4連装砲が左右に2基ずつ搭載されている。その更に後方に設置されているのは、おそらく艦載機を出撃させるためのカタパルトだろう。
傍から見れば、ジャック・ド・モレー級戦艦の主砲をネルソン級戦艦と同じように前部甲板に搭載したような変わった戦艦であった。
これが、団長が僕に与えてくれたジャック・ド・モレー級戦艦の準同型艦『ネイリンゲン』だ。艦の名前の由来は、かつてモリガンという傭兵ギルドの本部があり、”傭兵の街”と呼ばれていたオルトバルカ連合王国の地名だという。
「な、何これ………」
隣でネイリンゲンの前部甲板にずらりと並ぶ主砲の砲塔を見つめていた力也が、呆然としながら問いかけてくる。
「団長が用意してくれた戦艦だよ。更に強力な主砲のテスト用に用意する予定だった艦らしい」
そう、このネイリンゲンに搭載されている主砲は他のジャック・ド・モレー級戦艦の主砲よりも強力な代物だ。
ジャック・ド・モレー級戦艦が採用している主砲は、50口径40cm4連装砲。戦艦大和の46cm砲と比べると威力は低いけれど、その代わりに装填装置がかなり改良されているため、連射速度はこっちの方が圧倒的に優れていると言っていい。
テンプル騎士団海軍が運用する戦艦の主砲は、対艦戦闘よりも沿岸部への艦砲射撃を想定した代物だ。沿岸部に設置された要塞砲や施設を徹底的に破壊することが最優先なので、戦艦の装甲を貫通できるほどの威力が確保できていれば、強力な主砲に換装するよりも連射速度を底上げすることが優先される。
けれども、海軍の一部の将校はあることを危惧していた。
ジャック・ド・モレー級戦艦の主砲が”通用しない”敵戦艦が現れる可能性だ。
もし、旧日本海軍の大和型戦艦のように圧倒的な防御力を誇る超弩級戦艦を敵が投入してきたら、敵艦との砲撃戦よりも沿岸部への艦砲射撃を最優先しているジャック・ド・モレー級戦艦の主砲で敵艦を撃沈するのが難しくなる。これを危惧している将校の人数はそれほど多くはないんだけど、もし本当に敵がそのような戦艦を用意していればこちらの戦艦が不利になるため、今のうちに更に大型の主砲のテストを行い、問題がなければ全てのジャック・ド・モレー級戦艦の主砲をそちらに換装することになったのだ。
そのため、ネイリンゲンはジャック・ド・モレー級戦艦の主砲よりも一回り大きく、砲身も長い『55口径44cm4連装砲』を搭載している。
「44cm砲のテスト用に用意された準同型艦だよ。団長さんにお願いして、ちょっとばかり改造させてもらったけれど」
「改造?」
「そう。元々は前部甲板に主砲を2基搭載して、第三砲塔は後部甲板に搭載する予定だった」
「何でネルソン級みたいな艦にしたんだ?」
元々は、ネイリンゲンは前部甲板に主砲を3基搭載するのではなく、前部甲板と後部甲板に主砲を搭載する予定だった。けれども、団長にお願いしてネルソン級のように前部甲板に主砲を3基搭載してもらったんだ。
確かに、主砲のテストをするのであれば、より強力な主砲への換装を予定しているジャック・ド・モレー級戦艦と同じ位置に主砲を搭載するのが望ましいだろう。なのに、主砲を搭載する位置を変更してネルソン級戦艦のような艦に改造してしまったのは正気の沙汰とは思えないかもしれない。
隣で首を傾げているリッキーの方を見ながら僕は答えた。
「航空戦艦型のジャック・ド・モレー級戦艦の武装を強化できないか試すためさ」
「航空戦艦型の?」
「そう。こうやって前部甲板に主砲を3基搭載できれば、航空戦艦型のジャック・ド・モレー級も戦艦と堂々と砲撃戦ができるほどの火力を手に入れる事ができる。それに、ジャック・ド・モレー級は船体を更に延長する改修を実施する予定もあるらしいからね」
前部甲板に主砲を3基搭載したのは、航空戦艦型のジャック・ド・モレー級の火力を底上げするためのテストでもある。
彼にそう答えると、隣に立ちながらネイリンゲンを見つめていたリッキーは、他にも理由があるんだろうと言わんばかりに目を細めながらこっちを見つめてきた。
やっぱり見抜かれてたかと思いつつ、苦笑いしながら答える。
「はははっ、そうだよ。好きな戦艦に似せた」
「やっぱりな」
前世の世界の戦艦で一番好きだったのはネルソン級戦艦なんだよね。
苦笑いしながら、甲板の上で訓練しているホムンクルスの乗組員たちを見つめる。テンプル騎士団海軍では、新たに生産された艦の乗組員がホムンクルス兵だけで構成されているのは珍しい事ではない。入団希望者に訓練を受けさせて部隊に編入するよりも、優秀な兵士の遺伝子をベースにして作り出されたホムンクルス兵に訓練を受けさせて部隊に編入する方が手っ取り早いし、合理的だからだ。
現在では、テンプル騎士団の団員の8割がホムンクルス兵だという。
軍港に停泊しているネイリンゲンの甲板の上にいる乗組員たちも、全員ホムンクルスだった。
「で、強行偵察はいつ行う?」
「3日後の予定だよ。ネイリンゲン単独でウィルバー海峡まで行ってくる」
そして敵艦隊にちょっとばかり攻撃を仕掛け、敵艦隊がどれほどの規模なのかを確認してから離脱する。
単独で出撃すると答えた途端、リッキーが目を見開いた。
ウィルバー海峡は、敵国であるヴリシア・フランセン帝国の領土であるヴリシア大陸と、ヴァルツ帝国に占領されたクレイデリア側の大陸の間に広がる海域だ。ヴリシア・フランセン帝国はフェルデーニャ王国との戦闘で崩壊寸前とはいえ、本国であるヴリシア大陸にはまだ強力な戦艦を配備している筈だし、敵の航空機も海峡の近くを警備している筈だ。下手をすれば、ヴリシア・フランセン帝国軍とヴァルツ軍に挟み撃ちにされる恐れがある。
しかも、基本的には重要拠点の周囲には敵が転移で奇襲を仕掛けてくる事を防ぐため、転移阻害結界が展開されているのが当たり前だ。この転移阻害結界は転移先の座標への情報のアップロードを阻害する効果があるので、結界の範囲内では転移魔術は使えない。
クレイデリアへと向かうのならば、ヴリシア大陸に近付き過ぎないように注意するべきだろう。クレイデリア侵攻作戦の前にヴリシア・フランセン帝国が崩壊してくれたら嬉しいんだけど。
「せめて護衛は連れて行け。申請すれば、駆逐艦2隻くらいならば手配してもらえる」
「………いや、駆逐艦を連れて行ったら逆に危険だよ」
「なに?」
「今回の作戦は、敵の規模を確認したら迅速に離脱することが重要だ。ある程度戦闘を行ってから結界の範囲外へ脱出し、転移を使って離脱することになる。でも、駆逐艦は転移ができない」
この世界の艦艇は転移を使う事ができる。艦内のフィオナ機関で超高圧の魔力を生成し、その魔力を使って船体を乗組員ごと別の海域に転移させるのだ。でも、転移を使うとフィオナ機関が破損してしまうので、転移を使ったら母港でフィオナ機関を積み替える必要がある。
そのため、通常の動力機関として使うフィオナ機関と、転移のために使い捨てにするフィオナ機関を搭載しておくのが当たり前だ。戦艦や巡洋艦ならば船体が大きいので、複数のフィオナ機関を搭載する余裕があるけれど、駆逐艦は船体が小さいので、転移用のフィオナ機関まで搭載する余裕がない。
それゆえに、駆逐艦や潜水艦は転移を使って迅速に離脱する事ができないのだ。
護衛を付けてもらえるのは嬉しい事だけど、転移で迅速な離脱ができない駆逐艦を連れて行ったら、ネイリンゲンだけ転移で離脱することになってしまう。大切な同志たちを見殺しにする事は絶対に許されない。
「だから単独で十分さ。他の艦艇にはクレイデリア侵攻作戦の準備をしていてもらわないと」
「…………無茶はすんなよ、リョウ」
「分かってる」
というか、リッキーも結構無茶をするよね。
軍帽をかぶり直しながら、ちらりと彼の左腕を見た。黒い制服の袖から覗く手に肌色の皮膚は存在しない。漆黒に塗装された機械の手だ。指の第一関節から先は普通の人間の指よりも長くなっていて、内部には近接戦闘用のナイフを収納しているという。
僕を助けに来てくれた時、自分で腕を切り落としたのだ。
勇者との戦闘でコンテナの下敷きになったリッキーは、苦戦する団長を助けるためにコンテナに挟まれた左腕を刀で切り落とし、彼女を救って一緒に海へと飛び込んだらしい。
平然と自分の腕を切り落とす事ができる男なのだ。だから、僕よりも彼の方がかなり無茶をする。
「それじゃ、僕も艦長室の整理とかしないといけないし、艦内のチェックもするようだから」
「おう。気を付けてな」
彼に敬礼をしてから、防波堤からネイリンゲンの甲板へと繋がるタラップへと向かった。
ネイリンゲンの艦橋は、他のジャック・ド・モレー級戦艦の艦橋と同じ形状をしている。もちろん、内部の構造も殆ど同じになっているので、前部甲板にずらりと並んでいる3つの巨大な砲塔を見下ろしたり、船体の塗装を確認しない限りは、どの艦に乗っているのか見分けるのは難しいだろう。
艦橋の中には、既に海軍の制服に身を包んだホムンクルスたちがいて、出撃の準備をしているところだった。伝声管で様々な部署に出撃準備が整ったか否かを確認するホムンクルスや、目の前に浮かび上がっている巨大な魔法陣をタッチし、船体の様子をチェックしているホムンクルスもいる。
彼女たちは艦橋へと上がってきた僕を見ると、こっちを振り向いて一斉に敬礼をした。僕も敬礼しながら彼女たちの顔を見渡し、艦長の座席の前へと歩く。
ホムンクルスたちは綺麗な女性ばかりだった。彼女たちのオリジナルは、テンプル騎士団創設者の1人であり、テンプル騎士団初代団長のタクヤ・ハヤカワという”女性”だという。タクヤという名前は日本では男性の名前なんだけど、オルトバルカでは女性の名前なんだろうか。
近くへとやってきたホムンクルスの副長が敬礼しながら報告した。
「同志艦長、本艦の出撃準備は既に済んでおります」
「分かった」
ついに初陣だ。
リッキーが特殊部隊の訓練を受けたり、部隊の編成をしている内に、僕は海軍の勉強をしたり、練習艦で海軍の訓練に参加していたのだ。とはいっても、さすがにまだ実戦を経験した事はないけれど。
この艦に乗っているホムンクルスたちも、実戦経験のないホムンクルスたちが大半だという。だからなのか、落ち着いているホムンクルスの乗組員はそれほど多くはなかった。殆どのホムンクルス兵たちは緊張しながら海面や窓ガラスの向こうを睨みつけている。
懐中時計を確認してから、ちらりと防波堤の方を見下ろす。防波堤の上には基地の守備隊の兵士たちがずらりと並んでいて、出撃するネイリンゲンを見送る準備をしている。軍港に停泊している他のジャック・ド・モレー級の同型艦たちの甲板の上でも、乗組員たちがこっちに向かって帽子を振っていた。
「――――――時間だ」
そう告げると、副長が腰に下げていた法螺貝を手に取り、艦橋の側面にある見張り台へと向かってから法螺貝を思い切り吹いた。蒼と黒の洋上迷彩に塗装された変な法螺貝が発した重々しい音色を聞いた甲板の乗組員たちが、大慌てで何処かへと走っていく。
「フィオナ機関、起動します。現在の圧力、およそ202メガメルフ」
「抜錨!」
「両舷前進微速。魔力の圧力を、202メガメルフから250メガメルフへ」
「フィオナ機関、順調に加圧中。まもなく250メガメルフ」
304mのネイリンゲンの船体が、ゆっくりと動き始めた。手の空いている乗組員たちが甲板に集まり、ネイリンゲンを見送ってくれる守備隊や他の艦の乗組員たちへと手を振っている。
艦橋の大きな窓の向こうに広がっているのは、アナリア大陸の周囲に広がる海原と青空だった。純白の雲の下を飛んで行くのは、空軍と合同演習中のF4Uコルセアたちだ。どの艦の艦載機なのだろうかと思いながら見つめていると、副長が優しく僕の肩を叩く。
「艦長、停泊中のジャック・ド・モレーより発光信号です」
「読んでくれ」
彼女にそう言いながら、十三番艦『ジルベール・オラル』と一緒に停泊しているジャック・ド・モレーの方を見つめる。艦橋にあるライトをこっちへと向け、そのライトを何度も点滅させていた。
「『必ズ戻レ』とのことです」
「はははっ、無茶はできないな」
必ず戻らなければ。
今回は敵艦との戦闘も想定される。ネイリンゲンに搭載されている44cm砲のデータを持ち帰れば、ジャック・ド・モレー級戦艦の武装の強化にもつながる事だろう。それに、今回の強行偵察の結果がクレイデリア侵攻作戦の結果を左右すると言っても過言ではない。
是が非でも、情報を持ち帰る。
海原を睨みつけながら、僕は覚悟を決めた。
第八章『自由の国』 完
番外編『最強の軍隊』へ続く
第八章はこれで終わりとなります。
次回は番外編です。タクヤの代の話になりますので、お楽しみに!




