海原の女傑たち
テンプル騎士団海軍の制服のデザインは、陸軍や空軍の制服のデザインと異なる。陸軍や空軍の制服は黒のみとなっているが、海軍の制服は蒼と黒の二色となっているのである。左肩にあるのは、『魚雷に絡みつくリヴァイアサン』が描かれたテンプル騎士団海軍のエンブレムだ。
海軍の制服に身を包んだ乗組員たちが、アナリア支部の軍港の防波堤にずらりと並び、近くに停泊している巨大な戦艦へと乗り込んでいく。整列している乗組員の中にはドワーフやエルフなどの種族も紛れ込んでいるが、海軍の制服に身を包んでいる乗組員の大半は、尻尾と角が生えた蒼い髪の女性だった。
転生者の能力で改造し、艦内の設備を可能な限り自動化することによって必要な乗組員の人数を減らすことに成功しているとはいえ、小型の駆逐艦ですら200人以上の乗組員が必要になる。改修を受けた事によって船体を304mに延長されたジャック・ド・モレー級戦艦は、540人も乗組員を用意しなければならない。
そのため、乗組員は製造装置と培養液さえ確保できれば簡単に”用意できる”ホムンクルスで構成されるのが当たり前だった。オリジナルであるタクヤ・ハヤカワの細胞を使って生み出されるホムンクルスたちは、キャメロット艦内の製造区画だけでなく、アナリア支部の地下にある製造区画でも次々に生み出されている。赤子の状態から人間と同じように育てる必要があるものの、タクヤ・ハヤカワをベースにしているため、優秀な兵士が多いのだ。
彼女たちが乗り込んでいくのは、前部甲板と後部甲板に2基ずつ巨大な砲塔を搭載した超弩級戦艦だった。砲塔からは40cm砲の砲身が4本も伸びており、艦橋の左右には副砲である”20cm4連装砲”の砲塔が3基―――――2基が艦首側へと向けられており、1基は艦尾側へと向けられている――――――ずつ搭載されている。第二世代型転生者の能力が劣化した影響でレーダーや対艦ミサイルが搭載できなくなっているとはいえ、第二次世界大戦で猛威を振るった強力な戦艦よりも強力な火力を誇っていると言ってもいいだろう。
第二砲塔と第三砲塔の上部や、艦橋の周囲にずらりと並んでいるのは対空用の機関砲だった。機関砲の群れの傍らには高角砲も搭載されており、爆弾や魚雷を搭載して接近してくる敵機を瞬く間に木っ端微塵にしてしまう事だろう。
ジャック・ド・モレー級の弾幕が極めて濃密になるのは想像に難くない。
更に、艦首には533mm魚雷を発射可能な魚雷発射管を両側に2門ずつ搭載しており、超弩級戦艦であるにもかかわらず魚雷を使う事ができるという。この魚雷発射管は、他のジャック・ド・モレー級戦艦や準同型艦にも搭載されている装備らしく、武装の大半が撤去されたキャメロットにも対艦攻撃用の武装として残されている。
ホムンクルス兵たちが乗り込んでいくのは、ジャック・ド・モレー級戦艦の同型艦だった。
9年前のタンプル搭陥落の際に、タンプル搭から脱出することに成功したジャック・ド・モレー級は、一番艦『ジャック・ド・モレー』、二番艦『ユーグ・ド・パイヤン』、十三番艦『ジルベール・オラル』、準同型艦『キャメロット』の4隻のみだった。他の艦は脱出中に転生者による追撃で撃沈されたか、鹵獲されないように原子炉にエリクサーを注入してから自沈したという。
だが―――――アナリア支部の軍港には、9年前のタンプル搭陥落で脱出に失敗した他の同型艦たちも停泊していた。
そう、凄まじい量のポイントを消費して、セシリアやサクヤさんが撃沈されたジャック・ド・モレー級の同型艦を”再生産”してしまったのである。
当たり前だが、艦艇を生産するのに必要なポイントの量は、歩兵用のライフルや機関銃どころか、戦車や航空機の比ではない。下手をすれば駆逐艦を1隻生産するだけで持っているポイントを全て使い果たす羽目になるほどの量のポイントが必要になるため、戦艦や駆逐艦を運用する事ができるのはたっぷりとポイントを持っている転生者のみである。
しかも、その艦に乗せる乗組員も用意しなければならないため、転生者の能力や端末で生産できる兵器の中では、艦艇が最もハードルが高くなっているのだ。
二番艦であるユーグ・ド・パイヤンの隣には、同型艦が4隻も並んでいる。
ユーグ・ド・パイヤンの隣に停泊しているのは、ジャック・ド・モレー級戦艦の三番艦『ロベール・ド・クラオン』、四番艦『エヴェラール・デ・バレス』、五番艦『ベルナール・ド・トレムレ』、七番艦『ベルトラン・ド・ブランシュフォール』の4隻だ。武装は殆ど同じだが、艦首に書かれている番号や船体の塗装が異なるため、見分けることは簡単だろう。
ジャック・ド・モレー級たちが並んでいる場所の奥から突き出た防波堤の近くにも、塗装が異なる同型艦たちが停泊している。前部甲板には他の艦と同じく40cm4連装砲の砲塔が搭載されているが、後部甲板に主砲は搭載されておらず、代わりに新型の空母に搭載されているアングルドデッキが、船体の左側へと突き出ているのが分かる。船体の右側にあるのは、格納庫から飛行甲板へと艦載機を運ぶためのエレベーターだろう。
そこに停泊しているのは、ジャック・ド・モレー級戦艦の”航空戦艦型”だった。
全盛期の頃のテンプル騎士団では、一部のジャック・ド・モレー級戦艦の後部甲板に飛行甲板を搭載し、航空戦艦に改造していたという。戦艦型と比べると火力や防御力が低下するという欠点があるものの、軽空母に匹敵する数の航空機を搭載できるという利点があるし、火力が半減しているとはいえ、前部甲板に搭載されている2基の40cm4連装砲だけでも旧日本海軍の長門型戦艦と同等の火力を堅持している。
現在のテンプル騎士団は空母が足りないため、再生産したジャック・ド・モレー級戦艦の一部を航空戦艦へと改造し、機動艦隊の増強を行っているのだ。
停泊しているのは、ジャック・ド・モレー級戦艦の六番艦『アンドレ・ド・モンバール』、八番艦『フィリップ・ド・ミリー』の2隻である。五番艦までは後部甲板にも主砲を搭載した戦艦型となっており、五番艦以降の同型艦は、奇数の艦が戦艦型で、偶数の艦が航空戦艦型となっている。
アンドレ・ド・モンバールとフィリップ・ド・ミリーの飛行甲板の上では、先ほど着艦に成功したF4Uコルセアたちが次々に翼を折り畳まれ、格納庫へと運び込まれているところだった。飛行甲板の上でせっせと艦載機を格納庫へ移動させたり、整備を行っているツナギ姿の整備兵たちもホムンクルスのようだ。
航空戦艦型が搭載できる艦載機の数は25機となっている。
「はぁ………ポイントが一気に減っちゃったわ」
2隻の航空戦艦を眺めながら、サクヤさんはメニュー画面を消した。あの2隻の航空戦艦と艦載機を生産したのはサクヤさんである。ソ連が建造する筈だった”24号計画艦”をベースにしたジャック・ド・モレー級を2隻も再生産した上に、その艦に搭載する25機の艦載機まで生産したのだから、彼女のポイントは底を突いているに違いない。
「私もだ」
一昨日アナリアの市街地で購入した狐のぬいぐるみを抱えながら、メニュー画面を消すセシリア。彼女は戦艦型の生産を担当したらしい。戦艦型は艦載機も用意しなくていいおかげで航空戦艦型よりは少しだけ”安い”ため、その分たっぷりと生産したのだろう。
ジャック・ド・モレー級戦艦はテンプル騎士団の力の象徴だ。この世界で最強の戦艦であり、艦隊の総旗艦でありながら常に艦隊の先頭を航行し、あらゆる海戦で敵艦隊を粉砕し続けた女傑である。能力の劣化によって武装が弱体化したものの、就役してから100年以上も経過しているというのに、未だに世界最強の戦艦と呼ばれている怪物だ。
かつてのテンプル騎士団は、このジャック・ド・モレー級戦艦を23隻も保有していたのである。
ちなみに、ジャック・ド・モレー級戦艦の名前は、前世の世界で大昔に活躍した本物のテンプル騎士団の歴代団長の名前が由来となっている。とはいっても、一番艦の名前がテンプル騎士団の一番最後の団長の名前になっているので、名前の順番が1つずれてしまっているが。
「だが、これでヴァルツの主力艦隊も撃滅できるだろう」
「ええ」
扇子を広げながらそう言ったセシリアは、隣にいるサクヤさんと一緒に、軍港に停泊している他の艦艇を見渡した。ジャック・ド・モレー級たちが停泊している場所の近くには、同じく40cm3連装砲を搭載したソビエツキー・ソユーズ級戦艦が4隻も停泊しているし、軍港のいたるところにはテンプル騎士団海軍のワークホースであるスターリングラード級重巡洋艦が停泊している。
大艦隊と言っても過言ではないだろう。
冷や汗を義手で拭い去りながら、扇子を開いているセシリアに尋ねた。
「ぼ、ボス、あんなの23隻も生産するのか?」
「当たり前ではないか」
首を傾げながら扇子を閉じるセシリア。メニュー画面を出現させて残っているポイントの量を確認した彼女は、溜息をついてからメニュー画面を消し、防波堤の向こうで十三番艦『ジルベール・オラル』と一緒に停泊しているジャック・ド・モレーを見つめる。
ジャック・ド・モレー級戦艦の準同型艦を含めれば、同型艦の数は30隻を超えるという。全盛期のテンプル騎士団は平然とあのような超弩級戦艦を次々に生産し、錬度の高い乗組員を乗せた大艦隊を簡単にあらゆる海域に派遣して、敵勢力の艦艇を海の藻屑にしていたのだ。
団長の能力の劣化がなければ、勇者すら容易く返り討ちにしていたのは想像に難くない。
テンプル騎士団が最強の軍隊だった頃の力が少しずつ戻りつつあるのは喜ばしい事だが、この戦力を投入すればクレイデリア侵攻作戦が成功すると断言することはまだできない。
クレイデリアには、タンプル搭がある。
もし、そこを占拠しているヴァルツ帝国の連中がタンプル搭に配備されていた切り札である『タンプル砲』を模倣して配備していたのであれば、この大艦隊は間違いなく返り討ちにされてしまうからだ。
それゆえに、艦隊にはまだ出撃命令は下っていない。
現時点で圧倒的な戦力を維持しているのは海軍のみである。9年前に本拠地を失って壊滅寸前まで追い詰められたテンプル騎士団が、逃げ延びながら帝国軍に反撃し続ける事ができた理由の1つは、海軍が辛うじて列強国を圧倒的る戦力を保持していたからだ。
おそらく、サクヤさんとセシリアは虎の子の海軍まで失う事を恐れているのだろう。
「この戦力ならば敵の主力艦隊には圧勝できるかもしれないけれど、敵がタンプル砲を模倣した兵器を配備していたら厄介ね。確か、ウィルバー海峡は射程距離内だったわよね?」
「ああ。下手をすれば海峡に侵入した瞬間に徹甲弾や榴弾を叩き込まれる」
ウィルバー海峡とは、クレイデリアがある大陸とヴリシア大陸の間に広がる海域の事である。テンプル騎士団が創設されたばかりの頃は、当時のテンプル騎士団艦隊を引き連れていた改修前のジャック・ド・モレーが敵の転生者のモンタナ級戦艦と一騎討ちを行っているし、吸血鬼たちの攻勢の際は敵の艦隊をその海峡での海戦で壊滅させている。
この海峡はクレイデリア側の大陸から伸びている広大な河と繋がっており、その河の上流にタンプル搭がある。河の広さは超弩級戦艦が何隻も並走できるほどの広さだし、潜水艦も潜航したまま軍港へと移動できるほどの深さもあるため、巨大な戦艦でもそのまま突入することが可能だ。
ウィルバー海峡を突破すれば、簡単にタンプル搭まで肉薄できるのである。それゆえに、ウィルバー海峡には無数の対潜兵器や対艦兵器が配備され、艦隊を迎え撃つ準備をしているのは想像に難くない。しかも、ウィルバー海峡はタンプル砲の射程距離内であるため、タンプル砲で虎の子のジャック・ド・モレー級を次々に轟沈させられる恐れもある。
可能ならば、突入前にタンプル砲を無力化しておきたいところである。
「それに、敵艦隊は間違いなくウィルバー海峡から出てこないだろうな」
「ああ」
強力な決戦兵器の射程距離内に展開し、こっちの艦隊が海峡へと侵入するのを待っている筈だ。虎の子のジャック・ド・モレー級を増産して強化されたからといって、海峡へと突入すれば決戦兵器で一網打尽にされてしまう。
やはり、艦載機でタンプル搭の要塞砲を予め破壊するか、大陸側から海兵隊を上陸させて先にタンプル搭を制圧するべきだろうかと作戦を考え始めていると、後ろの方から車のエンジン音が聞こえてきた。ガソリンで動く車のエンジン音ではなく、前世の世界で一般的だった自動車と比べると少しばかり甲高いフィオナ機関の音だ。
後ろを振り向いてみると、テンプル騎士団のエンブレムが描かれた車がこっちに向かって走ってくるのが見えた。やがて、運転していたホムンクルス兵が車を停車させ、後部座席のドアを開ける。
「ありがとう、リコ」
運転していたホムンクルス兵に礼を言ってから降りてきたのは――――――前世の世界で同じ学校に通っていた、親友のリョウであった。しかも、どういうわけかテンプル騎士団海軍の制服に身を包んでおり、頭には蒼い軍帽をかぶっている。
あいつは海軍に入隊したというのか。
彼はこっちへとやってくると、艦隊を眺めていたセシリアとサクヤさんに敬礼をした。
「やあ、キサラギ”大佐”」
「たっ、大佐ぁ!?」
ちょっと待て、大佐だと!?
おいおい、先に入団した俺よりも上官じゃねえか! しかも、俺は転生者を何十人もぶち殺して少尉になったんだぞ!? 何で俺よりも後に入隊したリョウが上官になってるんだよ!?
目を丸くしながら親友を見つめていると、リョウはこっちを見ながらウインクしやがった。
「どういう事だお前!? いつの間に上官になりやがった!?」
「いや、海軍の再編成とか作戦の立案を手伝ってたら階級を上げてもらえたんだ。団長さんに」
「うむ、こいつはシンヤ・ハヤカワ以来の名将になるかもしれん」
「ボス、俺はまだ少尉だぞ!?」
抗議すると、セシリアは楽しそうに笑いながら扇子を開いた。
「はっはっはっ、ならば戦果をあげて追い抜くがいい」
「あげまくったんですけど!?」
嘘でしょ…………?
俺が落ち込んでいる間に、リョウは軍帽を静かに取った。
「ところで、クレイデリア侵攻作戦の件で提案があるのですが」
「「「提案?」」」
後に入団したリョウに階級を追い抜かれて落ち込んでいる俺を見下ろしながら呆れていたサクヤさんも、リョウの顔を見つめながら目を丸くする。
クレイデリアにはタンプル砲を模倣した兵器が配備されている可能性があるため、迂闊に艦隊を出撃させることはできない。航空機や海兵隊で予め要塞砲を無力化するという選択肢もあるが、タンプル搭にはこれでもかと言うほど対空砲が配備されているため、航空隊が返り討ちに遭う恐れがある。海兵隊を上陸させたとしても、海軍による支援砲撃や空軍の航空支援は受けられないため、守備隊の集中砲火で大損害を被る羽目になるのは言うまでもない。
それゆえに、まず最初に海戦に勝利して制海権を確保する必要がある。
「同志団長、僕に戦艦を1隻預けていただけませんか」
「戦艦を?」
「ええ。どのような艦でも構いません。その艦でウィルバー海峡周辺に展開している敵の警備艦隊を襲撃して牽制し、敵艦隊の規模や配備している兵器の偵察を行おうと思います」
単独で行くつもりか。
提案を聞いたセシリアとサクヤさんも目を細めた。平然と無茶をするハヤカワ姉妹にとっても、彼の単独でクレイデリア守備隊を牽制するという提案は正気の沙汰とは思えないのだろう。
「ご安心を。敵に損害を与えることより、敵の規模の確認が目的です。それが分かり次第、大人しく逃げ帰ります。ウィルバー海峡にも突入はしません」
「だが………単独では危険すぎる」
「ええ。ですが、我が騎士団の優秀な諜報部隊ですらクレイデリアの情報を掴めない以上、強行偵察を敢行しなければ敵の兵力は分かりません」
確かに一理ある。
強行偵察は危険だが、敵の規模を知らなければ作戦は立てられない。
首を縦に振ってからセシリアとサクヤさんの目を見つめた。
「ボス、副団長。リョウに任せてほしい」
「力也………」
「こいつは優秀な男だし、短期間で大佐になっちまう天才だ。リョウなら必ず生還できるし、クレイデリアを奪い返すための作戦も考えてくれるに違いない。彼に………強行偵察をやらせてやってほしい」
「…………よかろう」
認めてくれたか。
入団して短期間で大佐になってしまう男を失えば、間違いなく海軍にとっては大きな損害と言える。その天才に正気の沙汰とは思えない任務をやらせるわけにいかないのは当たり前だ。
サクヤさんが首を縦に振ったのを確認したセシリアは、黒い扇子を閉じてからそれをリョウへと向けた。
「まだポイントには少しだけ余裕がある。同志キサラギ、お前にはジャック・ド・モレー級の準同型艦を預けよう」
「感謝します、同志団長」
生還しろよ、リョウ。




