プロローグ1
第三部スタートです。よろしくお願いします!
あくびをしながらバスの窓の向こうを見つめる。学校があるというのに、夜遅くまでオンラインゲームをしていたせいで、睡眠時間は3時間程度だ。このまま授業を受けたらほぼ確実に居眠りしてしまうに違いない。もっと早く寝るべきだったと後悔しながら、もう一度あくびをぶっ放す。
俺の名前は『速河力也』。バイトしながら高校に通っている17歳の男子だ。
妹には早く寝るように何度も咎められたんだが、普段は学校が終わってからすぐバイトに行っているので、なかなか遊ぶ時間がない。だから少しくらい夜更かししてゲームをしてしまっても大丈夫だろうと高を括り、仲の良い友人と一緒にレベル上げを夜遅くまで敢行したのは間違いである。やっぱり、次の日に学校があるのならば早めに寝るべきだな。
妹に言われたとおりに速く寝た方が良かったと思っていると、隣に座っている少女が溜息をついた。
俺と同じ高校の女子用の制服に身を包んだ茶髪の少女だ。髪の長さはセミロングくらいで、純白の羽を模したヘアピンを付けている。彼女は俺よりも1つ年下なんだが、彼女が纏う雰囲気は年下というよりも年上の女性と言うべきだろうか。何度かは姉だと間違われたこともある。
彼女は妹の『速河明日花』。一緒に実家で暮らしている、俺の唯一の家族である。
「兄さん。私、何度も早く寝てくださいって言いましたよね?」
「す、すいません………」
「まったく………兄さんはただでさえ部活とバイトで疲れてるんですから、ちゃんと休まないと身体を壊しますよ?」
「でもさ、遊ぶ時間がないし………ちょっとくらいは――――――」
「居眠りしたら勉強にならないでしょう?」
「いや、別に進学するわけじゃないしさ。卒業したら就職する予定だから問題ないだろ」
「就職予定でも勉強は必要です! 入社試験はどうするつもりですか?」
明日花はそう言いながらこっちを睨みつけてくる。苦笑いしながら「すいませんでした………」と謝った俺は、またしてもあくびをしてから窓の外にあるバス停を凝視した。
部活が終わった後は、バイトをして生活費を稼がなければならない。
俺たちには、両親がいないのだ。
幼少の頃、母さんと親父が喧嘩をした。俺はまだ幼かった明日花を部屋に連れていき、両親の喧嘩が終わるまで彼女を安心させようとしていたんだが―――――最悪なことに、その喧嘩で激昂したクソ親父が台所から包丁を取り出し、リビングで母さんを刺し殺しやがったのである。
しかも母さんを殺したクソ親父は、母さんを殺したのを目撃した俺や家にいた明日花を殺して口封じをしようとしたらしく、自分の子供である筈の俺たちにまで襲い掛かってきたのだ。最終的に親父が落としてしまった包丁を拾い上げた俺が、親父の片目を斬りつけているうちに、明日花の絶叫や大きな音を聞いた近所の人が通報したことによってやってきた警察官が親父を取り押さえ、俺と明日花は助かった。
その時の事は明日花のトラウマになってしまっているので、兄妹でその時の話をする事はない。
つまり、母親はクソ親父に殺され、母親を殺した挙句、子供を口封じに殺そうとしたクソ親父――――――親父とは言いたくない――――――は刑務所の中というわけだ。だから俺たちには両親はいない。
その時、俺は学んだ。
大切なものを守るためには、その大切なものに牙を剥く存在全てを消すしかないという事を。
だから、明日花を虐めた相手はボコボコにして病院送りにした。その虐めた相手が5歳も年上の兄にボコボコにされたことを言ったらしく、その兄が報復にやってきたこともあったけれど、そいつも半殺しにしてやった。
おかげで何度か停学になったけど、辛うじて退学にはなっていない。
明日花は残った唯一の家族だ。だから、俺は彼女を全力で守り抜く。彼女のために俺が死ぬ必要があるのであれば、大喜びで自分の首を斬り落としても構わない。
あくびをしている内に、バスが山道へと入った。この山道を通過すれば、俺たちが通っている学校の近くのバス停に到着する。そこから10分ほど歩けば学校に到着する。
そろそろ降りる準備をしようとしたその時だった。
車が道路から谷底へと落下しないように設置されているガードレールがどんどん近付いてくる。いつもこの道を通っているから、普段ならばガードレールとの距離がどのくらいなのかは覚えているのだが、今日はやけに近い。
大丈夫だろうかと思った直後、ガギン、と金属の板を突き破ったかのような金属音が、バスの中に轟いた。
「!?」
隣の席で目を見開いている明日花を、反射的に抱きしめる。
あのガードレールの向こうは崖になっていて、その下にはかなり流れの速い川が流れている。もしガードレールを突き破って谷底に転落すれば、運転手と乗客は確実に助からない。そう、このバスに乗り込んだ時の年齢で人生を終えることになるのである。
窓の向こうを、ひしゃげたガードレールの破片が通過していく。
案の定、バスはガードレールを突き破っていた。ぐらり、とバスの車体が大きく傾き、金属音の残響と乗客たちの悲鳴が響き渡る。
せめて明日花だけを助ける方法はないだろうか。
最愛の妹を抱きしめながら、俺はそう思った。
俺は別に助からなくてもいい。俺の命を引き換えにすれば明日花が助かるというのなら、大喜びで対価になってやる。
けれども――――――彼女を助ける方法はなかった。
正確に言うと、彼女を助ける方法を思いつく時間がなかった。混乱している状態で、バスがガードレールを突き破り、谷底へと落下していくまでの間にそんな方法を思いつく時間があるわけがない。
歯を食いしばりながら、俺はバスの中で妹をぎゅっと抱きしめた。