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邦と王

 新たな金の誕生は、邑の発展に大きな力を与えたが、それ以上に大きなものをもたらした。

 弱い二つのものを混ぜ合わせることで、より強い新たなものを生み出す。その不思議な現象は、一族の皆の目には神の力による奇跡のように感じられた。

 そして、それを実現させたコウとテイにとって初めてのことではなかった。南から流れて来た疲弊しきったコウの一族と、この地に先住していた未開のテイの一族が合わさり、より強力な一族の形成に至った。二つの金が合わさり、より強い金が生まれたことのように。

 奇跡を起こすコウとテイに対して、一族の皆が抱く尊敬の念はより強力になった。そして強い尊敬の念は強い指導力へ直結した。

 新たな強い金で作った金器とコウとテイの強い指導力の下、邑は発展の一途を辿った。

 当初コウが作った邑は人数が増えたことで手狭になり、新たな邑を作った。当初の邑は海岸に近い平地に造ったが、新たな邑は山の上に築いた。そして新たな邑は金を掘る拠点となった。赤い金を強くする白い金は豊富に取れたが、赤い金がコウの故郷から持ってきた道具だけであれば、今後の発展には限りが見えてくる。しかし新たな邑を拠点に方々を掘り進めるうちに、ついにこの地においても赤い金を掘り当てることができた。

 新たな強い金が採掘の効率を高め、大量に採取した二つの金で新たな強い金を作り、その強い金で作った道具が更なる採掘の効率化を果たした。

 人が増え邑が増えたことで、より多くの食料が必要になった。

 この地に先住していたテイたちの一族は、元々狩猟中心の生活を送っていた。木の実の採取のため、邑の近くに果樹を植えるということもあったが、それらに手を加えて世話をする農耕の発想はなかった。しかしコウたちは故郷において農耕を行っていた。その知識と経験を元に、強い金器で森を切り拓き一族の皆の腹を満たすに十分な広さの畑を作り上げた。農耕だけではなく、畜産も開始した。コウたちの故郷では牛を飼っていたが、この地では罠にかかった猪を飼い馴らし育て増やした。

 食料が豊富に確保できれば、人は自然に増えていく。人が増えれば邑も増えていく。人や邑が増えれば更なる発展の加速が望める。

 全てが上手くいっていた。

 しかし全てのものには終わりがあった。


「テイ、これからはお前が長としてこの邑を護り、発展させていってくれ」

 コウは横たわったまま、傍らにいるはずのテイにそう告げた。

 コウの死。

 それが近づいていたのである。

 コウは病の床の中で、自らの死期を身近に感じていた。すでにテイがいるであろう方へ顔を向ける力すら残っていない。

「俺ではコウのようにはできない」

「そんなことはない。お前には私の知る全てを教えた。私はこの一族の行動を決定する頭だったが、お前は身体を動かす心臓だった。これからはお前が私に替わり頭となるのだ」

 さらに何かを言いかけるテイを制するように、コウは手を持ち上げた。それをテイが握る。

「お前がそんなことでは先が思いやられる。私を安心して逝かせてくれ。心配するな。私はいつまでもお前と邑を見守っている」

 最後の力を振り絞り、テイの手を握り返す。

 その力が弱まったとき、コウの閉じられた目が二度と開かれることはなくなっていた。

 コウの遺体は山へ葬られた。

 大きな甕に遺体と共に矛が納められた。コウは死の間際にいつまでも邑を見守っていると言った。矛は邑を護るために必要な武器である。

「コウは俺に新たな長になれと言った」

 一族の長老たちの前でテイそう告げた。テイが新たな長となることに異論のある者はなかった。

「俺はコウにはなれない。だが、少しでもコウに近付く存在になるため努めていく。皆も力を貸して欲しい」

 コウになることはできないテイは、少しでもコウに近付くため、自身の呼び名を変えさせた。

「これからは、私のことをオウと呼んでくれ」

 それは初めてコウの名を聞いたテイが、誤って口にした名だった。

 コウと呼ぼうとして、コウにならなかった名。

――この呼び名が自分には相応しい。

 テイの心の中には、友を喪った悲しみの感情と長としての責任と決意が混在していた。


 オウとなったテイは、これまで以上に邑の発展に尽力した。

 人が増え、邑が増え、一族の発展は留まるところを知らなかった。

 すでにコウの一族とかつてのテイの一族の両者に垣根はない。それぞれが交じり合い、新たな世代が育っていた。こうして生まれた若者の中で、一際優秀で存在感を放つ男がいた。エンと呼ばれるこの青年はオウを慕い尊敬し、常にその傍らに付き従っていた。かつてのコウとテイのように。

 このエンには不思議な力があった。記憶力に優れ、複数の記憶・経験から次に起こる予測を立てる能力に秀でていたのである。それは因果関係を感覚的に掴み取る能力と言い換えることもできるが、エン自身その能力については無自覚であった。

 それを見出したのはオウだった。オウはエンが不思議と次に起こることを言い当てることが多いことに気が付いた。その能力の根源がどのようなものであったか、オウにも正確に認識することはできなかったが、二人はその正体を「神の声」と捉えた。エンは神の声を聴き、次に起こることを知ることができる者と考えたのである。

 それからエンが取り組んだのは「神の声」をより正確に、詳細に、思った時に聴くための方法だった。エンは神の声を聴くことに専念し、エンが聴いた神の声を元にオウは一族を導いていった。エンの創り上げた神の声を聴く技術は後に卜い(うらない)と呼ばれ、卜いに専念するエンの立場は後に神官と呼ばれる地位の原型となったのである。

 エンの卜いは一族にとって重要な意味を持ち、その結果は詳細に記録する必要が出てきた。卜いの結果を記録した印が後の文字の原型となった。

 島の各地に広がりを見せつつある一族の邑はそれぞれに邑長(むらおさ)がおり、それを束ねる族長としてオウがあった。

 かつては限られた邑に収まっていた一族だったが、多数の邑に分かれ業を分担するようになったことで様々な変化が生まれた。中でも大きな変化が、物々交換の活発化である。

 山を掘り金を採掘することを主とする邑、採掘された金を道具に加工することを主とする邑は、自分たちの食料を他の邑から分けてもらう必要があり、農耕を主とする邑、畜産を主とする邑では、自分たちが使う道具を作ってもらう必要があった。

 こうした各邑間の取引を円滑に進め、時に諍いの仲裁をする存在として、オウの指導力と神の声を聴くエンの存在はより重要なものとなっていった。

 かつてコウが生きていた時代には、族長としてのコウを除いて、その他の一族の者たちに明確な上下関係はなかった。しかし、現在においては、頂点のオウ、それを補佐するエン、各邑の長たちなど、細かい上下関係が生まれていった。上下関係の明確化は組織の誕生を意味しており、この組織は後に(くに)と呼ばれるものの原型となったのである。

 そして一族を支えるオウの名は後にエンに引き継がれ、エンからまた次の世代に引き継がれ、やがて邦の頂点を表す称号としての”王”となったのである。


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