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襲撃と新たな友

 数日後、邑に牛頭人身の怪物が現れた。

 いや、正確には牛頭人身に見える人間である。その男は、頭から猪の皮を被っていたのだ。

 突如現れた来訪者に警戒心を抱くコウだったが、たった一人で現れたその男はコウたちに害を成すために現れた襲撃者とは思えなかった。

――我らを襲い排除するのであれば、もっと大勢で襲ってくるはずだ。

 そう判断したコウは門から出てその来訪者と向かい合った。

「お前は何者だ」

 声をかけると、その男は驚いたようにビクリと身を震わせたが、すぐに落ち着いた様子を取り戻し、何かを訴えるように声を上げた。が、コウにはその意を知ることはできなかった。

――我らの故郷を襲った者たちも、互いに会話をしている様子はあったが、その意味はわからなかった。おそらく言葉の意味するものが違うのだろう。

 だが、コウにはその猪の男がコウたちに敵意を抱いているようには感じられなかった。

 コウは振り向くと邑の若者に短く指示を出し、門の前に腰を下ろした。

「お前も座らないか」

 猪の皮を被った来訪者に、手振りで座るように促す。しかし猪の男は警戒しているのか、腰を下ろそうとはしなかった。

 しばらくすると、コウの指示を受けた若者が酒甕を持って戻ってきた。この地で採れた果物から作った酒である。

「さあ、共に飲もう」

 酒甕から盃に酒を酌み、猪の男に差し出す。興味を示しつつも警戒を解かない猪の男。その様子にコウは盃の酒を飲み干し、無害であることを示して見せた。

「毒ではない。酒だ。美味いぞ」

 そう言いながら再び酒を酌み、飲む。その姿に猪の男も徐々に警戒を解いていき、ついに酒に口を付けた。酒を知らなかったのであろうか、その味に驚きつつも酒精のもたらす不思議な感覚に酔いしれ次々と杯を空けていく。

「美味いだろう。この島はなかなか良い果物が採れるからな」

 不思議な時間が流れた。

 コウは猪の男の言葉はわからない。猪の男もコウの言葉はわからないはずだ。

 それでも二人は共に語らい、通じぬはずの言葉で自らの心を伝えようとしていた。

 二人の小さな酒宴は、日が沈むまで続けられた。


 日が沈むと猪の男は森の奥へ帰っていった。

 その後も猪の男は度々邑に現れ、その度にコウと共に酒を酌み交わした。依然として言葉は通じなかったが、その猪の男の名だけはわかった。

「テイ」

 猪の男は自らを指差し、そう繰り返した。

「テイ。テイ」

「そうか、お前はテイと言うのか」

 代わりに、コウも自分の名を伝えた。

「コウ」

「オウ?」

「惜しい」

 違う、と首を横に振り、再び自身の名を口にする。

「コ、ウ」

「コウ?」

「そうだ! コウ。コウだ!」

「コウ! コウ!」

 嬉しそうにコウの名を繰り返し呼ぶテイ。

 二人の間には、確かな友情が芽生えていた。


 だが、そんな二人の交流もすぐに途絶えることになった。ある日を境にテイが邑に姿を見せなくなったのである。

「最近、あの男は現れないな」

 コウは寂しさを表には出さなかったが、長年共に過ごしてきたゲンには隠し切れなかった。

「あいつにも自分の邑があるのだろう。何か事情が変わったのかもしれん。小さくはないが、同じ島に暮らす以上、いつかまた会えるさ」

 ゲンのその言葉は現実のものとなった。しかしその形はコウやゲンが思い描いていたものとは大きく違っていた。

 テイと同じように獣の皮を被った男たちが多数突如として現れ、コウたちの邑を取り囲んだのだ。初めてテイが邑に姿を見せたときと異なるのは、今回の来訪者たちが手に石斧などの武器を持ち、全身から敵意を発していることだった。

「襲撃者だ!」

 物見の若者の叫び声が邑中に響き渡る。

 襲撃者が被る獣の皮は様々な種類があった。熊、虎、狼、鹿、そして猪。だが猪の皮を被る男は、テイではなかった。

 その集団の中にテイはいたが、猪の皮を被ってはいなかった。代わりにその身の自由を奪う縄が巻き付けられていた。

「テイ!」

 襲撃者の先頭に立つ熊の皮を被った大男が縛られたテイを集団の前に引き出し、その背に大な脚を叩き付けた。テイの身体が宙を舞い邑の入り口を護る門扉を揺らす。

 門扉に寄りかかるように倒れ込むテイに、虎の皮を被る男が石を投げつけた。

 咄嗟に門から飛び出し、テイを庇うコウ。投げつけられた石がその左肩を打つ。

「コウ!」

 すぐにゲンをはじめ邑の男衆が武器を手に飛び出してくる。

「大丈夫か、テイ!」

 自らの負傷に構わず、テイを助け起こすコウ。

「コン! トン!」

 テイは襲撃者の先頭に立つ二人の男、熊の男と虎の男を指差してその名を叫んだ。おそらくあの二人がこの襲撃者の頭なのだろう。熊と虎は森の中でも特に脅威となる獣。おそらく頭から被る獣の皮は彼らが倒した獣のものであり、同時に力の証明となるものなのだろう。そしてテイが猪の皮を剥ぎ取られたということは、力の剥奪を意味するのだろうか。

――私との交流を責められたのか……。

 他に思い至ることはない。

 余所者が先住民にとっての脅威となりうることは、コウたちは身をもって知っている。その余所者と交流していたことが知れれば、裏切りを疑われても仕方がない。

「ゲン、俺の矛は」

「ここに」

 ゲンから矛を受け取り立ち上がる。幸い肩の傷も大したことはない。

 もはや戦闘は避けられなかった。獣の皮を被った襲撃者たちから発せられる殺気も、既に臨界点を迎えていた。

 戦いが始まった。

 石斧や石槍を手に突撃して来る襲撃者たち。

 数の上では襲撃者たちの方が勝っていたが、コウたちの持つ武器の性能は数の差を埋めて余りあるものがあった。

 コウの持つ金属の矛は、襲撃者たちの石斧を砕き石槍を両断した。

「コウ! 熊と虎が出てきたぞ!」

 ゲンの警告に振り向くと、テイがコンと呼んだ熊の男がコウの前に立ちはだかっていた。ゲンの前にはトンと呼ばれた虎の男が大きな石斧を構えている。

「何故この邑を襲う?! 何故テイを痛めつけたのだ!」

 通じぬとわかっていても、問わずにはいられなかった。

 コンは何かを叫ぶと、大きな石斧を振り上げコウに向って振り下ろした。

 それを横っ飛びにかわし、コンの巨体に向かって矛を突き出す。

 その切っ先を防ぐように熊の毛皮が立ちはだかる。コンが頭から被った熊の毛皮は、コンの巨大な背中を覆うほどの大きなもの。これをコンは力の証明だけではなく、防具としても活用していたのだ。巨大な熊の分厚い毛皮は、石でできた槍であれば容易に防ぐことができただろう。しかし今対峙するコウが持つのは石槍ではなく、金属の矛。獣の皮程度で防ぐことは敵わなかった。

 コンの力の証明である熊の毛皮を引き裂き、鮮血が舞う。

 初めて見る金属器の威力。

 それはコンを恐怖させるに十分だった。一度恐れを抱いた戦士が闘いに勝利することはできない。

 獣の戦士をまとめるコンは、コウの持つ金属の矛の前に斃れた。

 虎の皮を被ったトンもゲンの金属器の前に斃れていた。

 最強の毛皮を被る二人が倒されたことで、他の獣の戦士たちは逃げ去った。後に残ったのは、安堵に包まれるコウの一族と傷付いたテイであった。


 テイはコウたちの邑に留まりコンたちに痛めつけられた傷を癒した。しかし、傷が癒えるとすぐに自分の邑へ帰っていった。

「コンとトンがいなくなったとはいえ、毛皮を剥ぎ取られたテイがそのまま邑に帰って大丈夫なのだろうか」

 コウの心配は尽きないが、その心配とは裏腹にテイは数日の後に再び姿を現した。多くの仲間を連れて。

「テイ、この者たちは……?」

 テイに連れられてきたテイの一族は、コウへ捧げる肉や果物などを多数携えていた。

「コウ、つよい」

 テイの口から紡がれた言葉を聞いて、コウは驚きを隠せなかった。テイが片言ながらもコウたちの言葉を口にしたのだ。

 おそらくコウと酒を酌み交わすうちに、徐々に言葉を覚えたのだろう。

「コン、かわり、コウ」

 テイが続けた言葉。それはテイたち一族を支配していた長であるコンに代わり、コンを打ち倒したコウを新たな長としたいということであろう。携えてきた肉や果物がその証だった。

 その意を察したとき、コウの頬に涙が伝った。

 コウは故郷を余所者に追われ、この地へ来た。しかしこの地にも先住民がいて、再び争いの渦に陥るところだった。

 もう争いたくない。その想いは故郷を追われて以降ずっとコウの心の中にあったが、それは実現しない。そう思っていた。

 しかしテイがコウたちとテイの一族との橋渡しをしてくれた。

――もう戦わなくていいのか。

 この地で出会った新たな友テイを、コウは力の限り抱きしめた。


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