邑作り
島へ渡ったコウたちが見たものは、混沌とした森林であった。
海岸近くは開けていたものの、すぐに鬱蒼とした森の支配する領域に入り込むことになる。
「島の全容を確認したい」
コウは男衆を二手に分け、島を探索することにした。ゲンに海岸沿いに島の周囲を調べさせ、コウは森に入った。結果、わかったことはこの島が相当な大きさを持つことだった。
「小高い丘を見つけて上ってはみたが、島の全てを見通すことはできなかった」
ゲンの方も同じだった。
「海岸に沿って歩いてみたが、一日ではとても周囲を回り切ることはできない。もしかしたら、どこかで陸に繋がっているのかもしれない」
そうなればわざわざ苦労して海を越えた意味はなくなってしまう。
「しばらく任せてくれないか。日数をかけて島の周囲を回ってくる。もしどこかで陸続きになっているとしたら、すぐに引き返して報せる」
コウはゲンに任せ、ゲンは僅かな人数を従えて海岸沿いを進んでいった。
残されたコウたちは、森に入った。
この土地が島であれ陸続きであれ、ゲンたちが帰ってくるまでの間はこの地に留まらなければならない。彼らが数日で帰ってくるのか、あるいはもっと長期間の旅となるのか。少なくともその間に寝起きをするための家は必要だった。
しかし仮にこの地が島ではなく陸続きであっても、もはや移動は叶わないだろうとコウは考えていた。それほどまでに一族の疲労は蓄積していた。そうなるとこれから作る家屋は、これまでの道中にも時折作っていた簡易なものではなく、定住を見据え長期の利用に耐え得る頑強な構造のものでなくてはならない。
初日にコウが探索した範囲で、森の中にやや開けた場所を見つけていた。
「この場所を起点に邑を作ろう。少しずつ森を切り開き、我々の新たな故郷を作ろう」
コウの発した「新たな故郷」という言葉に、疲れ切った一族の皆の顔に僅かな光が差した。
コウたちの邑作りは順調に進んだ。
コウたちが島に上陸し邑を作り始めてから、月の満ち欠けが一巡するほどの時が経っている。その間に邑には家が建ち並び、中央には大きな集会所も建てられた。
そしてそれらの建物の周囲を柵が巡らされた。
「この柵は結界だ。呪術を施してある。越えれば呪われてしまうから、出入りは門を使うのだ」
一族の仲間たち、特に子供たちにはそう言って聞かせた。邑の外は幽鬼が彷徨い、生きている人間を妬んで害を為す。結界はその幽鬼から邑を護るためのものである。それは故郷の邑でも同様に言われていた。
しかし実際のところ、コウはそれを信じてはいなかった。故郷にいたころは、柵の結界について長老らの説明に疑念を持ちつつも、敢えて疑義は唱えず言いつけに従っていた。しかし故郷からこの地へ至るまでの長旅で、この疑念は強くなっていった。
――柵の結界に護られない外界では幽鬼に害されるというのであれば、長旅の間我々が無事だったのは何故なのか。
旅の道中でも不安がる子供たちを宥めるために簡易の柵を作り呪術を施したこともあるが、コウは長老たちに呪術を教えられたことはなく、謂わば呪術の真似事でしかなかった。そんなものが効力を発揮するとも思われない。
聡明なコウが考え辿り着いた答えは、”呪術”が護っているのは邑の中の人間ではなく、柵そのものなのではないか、ということだった。つまり「柵を越えると呪われる」と教えることで、子供たちが無闇に柵に近付くことはなくなり、悪戯をされることもない。柵に触る者が少なければ、それだけ柵は長持ちするということである。
――邑を護るのは、呪術などではなく柵そのものだ。
そう考えたコウは、故郷の邑を囲っていたもの以上の強固な柵壁を築き上げた。
順調に進む邑作りにおいて最も力となったものの一つに彼らが故郷から持ってきた道具があった。
「金器は大切に使うのだ。壊れてもできるだけ修復するんだ」
金器とは、金属製の道具のことである。周辺の状況も把握し切れていない現状では新たな金器を作ることは叶わないが、故郷で使っていたものがまだ残っている。もしも長旅の間に全ての金器を失っていたら、石を打ち欠いて作った石器に頼らねばならなかった。
しかし、それでもいずれ限界が来ることは目に見えていた。
――金器を新たに作れるようにならなければ。
そのために必要なのは、何よりも材料の採取が必要不可欠であった。
故郷では山に入れば金属を含む石が採れた。熱して叩けば形を変えることができ、冷えて固まれば石器とは比べ物にならない性能を発揮する金器を作り出せる。それらの知識は故郷で長老たちから教わっていた。
――この島にも山はある。故郷では金は山の中から採れた。この地でも山を掘れば採れるだろうか。
しかしそれには圧倒的に人手が足りなかった。山を掘るには多くの人手がいるが、今や一族の人数は十数人程度であり山を掘るには全く足りない。
――いずれは必要。しかし、今はまだ無理だ。
今必要なのは、安心して眠れる家。
そして一族の皆が飢えることなく食べられるだけの食糧だった。
さらに月の満ち欠けが数巡した。
海岸沿いに島を巡っているゲンたちは未だ戻らない。
――この島はそれほどの大きなものなのか。それともゲンたちに異変があったのか。
ゲンは冷静な男である。異変があればすぐに引き返す決断はできるはずだ。あるいはゲン自身が動けなくなっていたとしたら。しかしその場合でも、共に行った誰かを使いに異変を報せるはずだ。
――それがないということは、ゲンの旅路が順調と言うことだろうか。いや、楽観が過ぎるだろうか。
ゲンへの信頼と不安が入り混じる。
森に入り木の実などを採取していた女たちがコウの下へ異変を告げたのはそんなときだった。
「邑の外で鬼を見ました」
ここで言う「鬼」とは、この世のものではない化け物の類のことであり、特に人型のモノを指す。
「詳しく話してくれ。どのような姿形をしていた」
鬼を見たと言う女たちが言うには、その鬼は牛頭人身の怪物で大きな石斧を担ぎ、女たちを見つけると奇声を上げて追いかけてきた。女たちは森で採取した木の実を投げつけ、鬼がそれに気をとられている間に邑まで逃げてきたのだという。
話を聞いたコウはすぐに物見櫓に登った。女たちを追ってきたということは、邑の近くにまで来ているかもしれない。
しかしその日は邑の周囲に牛頭人身の怪物が現れることはなかった。
女たちが牛頭人身の怪物を見た日以降、邑の物見櫓には常に人が配置され周囲の警戒を続けている。コウが自ら登ることも少なくない。
そして再び月の満ち欠けが一巡した。その間に牛頭人身の怪物は現れなかったが、代わりにコウが待ちわびていた男が還ってきた。
「コウ! 今戻ったぞ!」
「ゲン! よくぞ無事で還ってきた!」
コウたちが島に上陸した海岸から日が昇る方角へ旅立ったゲンたちは、日が沈む方角から帰ってきた。その意味するところは、ゲンたちは島を一周して戻ってきた、ということである。
「随分時間がかかってしまった」
「いや、無事に戻ってくれただけで何よりだ」
ゲンと共に旅立った仲間たちも皆無事であった。これほどの長旅であったことを考えると、それは奇跡にも等しい結果と言える。
「やはりこの島は大きかったのか」
「大きいなんてものではない。道中大きな異変もなく、我らの足は決して遅くはなかった。しかしそれでもなお、これだけの時間がかかってしまった」
だが、おかげでこの地が島であり、外界とは海によって隔てられていることは確認できた。
「もう一つ大きな事実を伝えなければならない」
ゲンの口調は、それが朗報ではないことを物語っていた。
「道中、人を見た」
「なんだと」
「いや、おそらく人だとは思うが、確実ではない。森の中を歩く人影らしきものを見たのだ」
その影の主は、二本足で直立し、大きな石斧を担ぎ、ゲンたちに気付くことなく森の奥へ消えていったという。
「後姿しか見えなかったが、何か獣の皮を頭から被っているようだった」
それを聞いたコウが思い浮かべたのは、女たちが見たという牛頭人身の怪物のことだった。
――獣の皮を被っていたために、女たちは牛頭人身の怪物と勘違いしたのではないか。
もし両者が見たものが同一の存在であり、それが人間であるならば。その者たちにとって、コウたちは余所者となる。しかも女たちを見つけたその者は、奇声を上げて追いかけてきたのだ。余所者に対して寛容であると考えるのは楽観が過ぎる。
――何か対策を考えなければ。
場合によっては、再び海を超えて長途の旅を再開しなければならないかもしれない。




