王の資質
「伯と仲はどうしている」
「お二人とも大きな政務を任されたようで、長期に渡って王都を離れております」
「そう、か」
王は伯仲戦争が起こっていることを知らない。季が王の耳目を塞いでいるためだ。
夏ごろに始まった戦は、秋を過ぎ冬を超え春を迎えてもまだ決着の気配すらなかった。戦が長期化している背景にあるのは、伯仲の両者の実力が拮抗しているからだけではない。形勢が傾くと季が密かに情報や物資を支援し、両者が拮抗するように調整しているからだった。
戦が長期化するように工作する季の意図は、時を待つためであった。
季は待った。ただひたすらに待った。
――もうすぐ。もうすぐだ。
季が待っているもの。それは”王の死”であった。それは王が倒れたとの報を受けた時から待ち続けていたと言っても過言ではない。
王の死期が近づけば、王は遺言として次の王位の行方を口にするだろう。そして季の見立てでは、王への心証において既に季は二人の兄を上回っているという自信があった。
季が待ちわびるその時は、静かに確実に近付いていた。
「そろそろ私の死期も近いな」
王がぽつりとそう零したとき、室内には季と季の側近が数名いるのみだった。季は側近に目配せで指示し、病室の扉を閉じさせた。王が遺言を遺そうとしているのならば、他の者に聞かせるわけにはいかない。
「令尹と兄たちを呼んでくれ」
「令尹も兄たちもすぐに駆け付けることはできませぬ。ご用件でしたらこの季が承ります」
「そうか。まあ良い。まずは季への遺言を遺そう」
季は期待に胸を膨らませながら、王の言葉を待つ。
「二人の兄をよく補佐し、兄弟手を取り合ってこの邦を守るのだ。そして兄弟三人で新たな王によく仕えよ」
季は王の言葉がすぐには理解できなかった。兄弟三人で新たな王に仕えよ、ということは、兄弟三人以外に王位を譲るということではないか。
「新たな、王、ですと?」
「ああ、新たな王は令尹の履だ」
それは季にとって全く予想だにしない答えだった。次の王位は兄弟三人のいずれかから指名されると思い込んでいた。そして自分が必ず指名されると信じ切っていた。
しかし王である環にしてみれば、王の位は王に次ぐ高官である令尹が継ぐというのが始王の時代から続く習わしであり、それが当然と考えていた。
思えばこれまで、王の口から次期王についての言及は一切なかった。伯仲の兄弟が王位を巡って争っているのも、季が王の言葉を枉げて兄たちに伝えたことが原因であり、その事実すら王は知らない。
「父よ」
季は自分の声に冷えたものが含まれていることを自覚していた。
「この邦は私が貰い受けます。親の財産は子が継ぐのが当然です。邦だけがそれに背くとは理屈に合いません。そして兄弟の中で唯一、父の”死に目”に立ち会った私が、次の王に相応しい」
「な、何を言っているのだ」
王は死期が近いとはいえ、今この場ですぐに命が尽きるほど衰弱しているわけでもない。にもかかわらず、季は”死に目”と言った。
それは王の命をここで途絶えさせようという、季の決意の言葉だった。
事は簡単に終わった。
死が近づいている弱った王に、季が隠し持っていた毒を飲ませるなど造作もないことであった。
王・環の命の炎は静かに燃え尽きた。
季がこれまで王を殺さずにおいたのは、王の口から「次の王は季である」と宣言させるためだった。
しかし王は次の王を三兄弟からではなく、令尹を指名した。もはや季が思い描いていた理想の展開にはならない。
――まあ良い。令尹を指名するとは想定外だったが、この状況自体は想定の範囲内だ。
狡猾な季は当然ながら思惑通りの遺言を遺さなかった場合の想定もしていた。それは兄たちのいずれかを指名したという想定だったが、それが令尹であったとしても同様の計画を実行すれば良いだけのことである。季は二重三重に策謀を準備しておく自身の周到さが、王としての資質であるとさえ思っていた。
「令尹を呼んでくれ」
事を終えた季が、扉を抑える側近に指示を出す。
「遺言はどうなさるのです」
「王の遺言をそのまま公表するわけにはいかぬ。次の王位は王子の中で最も資質を示した者に継がせる、と令尹に伝える」
「季様を王に、ではないのですか」
「王の最期を看取った私が私を王位にするという遺言を公表しても、信憑性はないだろう」
まもなく現れた令尹に、季は自身が創作した遺言を伝える。令尹は王の死に哀しみながらも、その遺言を信じた。それはこれまで季が王の言葉として伝え続けていた内容と矛盾のないものであるため、疑う余地はなかったのである。
王の死後、季は「次期王が決定するまで喪に服する」と宣言した。
それ以降、季は常に白い衣服を着用した。この当時、白は服喪を示す色であり、それによって父の死に対する哀しみを表現したのである。その他にも肉や酒を断ち、質素な小屋で寝起きし、朝晩欠かさず父への哀悼の祈りを捧げ続けた。
伯仲戦争は王の死後も継続された。それは伯仲両者が、この戦の勝者が”最も資質を示した”ことになると信じて疑わなかったからである。そして季の服喪はこの伯仲戦争の終結まで約一年もの期間続けられた。
伯仲戦争は、長兄伯の勝利で幕を閉じた。
父の死を知った仲は早期の決着を求め果敢に伯の陣に攻め込んだが、伯は決して勝利を急がず落ち着いて冷静に仲の攻めを受け止め続けた。そしてついに、焦って前線に出てきた仲が流れ矢に当たり戦死したのである。
王都に凱旋する伯を服喪明けの季が出迎えた。
「戦勝おめでとうございます、兄上」
「お前は父上の喪に服していると聞いていたが、もう良いのか」
「はい。父上の遺言は、王子の中で最も資質を示した者を王位に指名し、それ以外の兄弟は新王を支えて仕えよというものでした。いつまでも喪に服して兄上をお援けしなければ、父上の遺言に背くことになってしまいます」
王宮の門前で行われたこの問答は、季や伯の臣下だけでなく、門前に集まった多くの官民も聞いていた。そのため季の孝心ぶりは瞬く間に広まった。
もちろんこれらは季の策謀の一端であり、全ては季自身が王位を得るためのものだった。
夜。
季は密かに伯の自室を訪ねた。
「季か。こんな夜分にどうしたのだ」
この時、伯は白い装束に身を包んでいた。喪服である。
「戦で中断していた服喪を行おうと思っていたのだ。お前ほどの期間は無理だが即位式までの間くらいは、と思ってな」
伯の表情は暗かった。服喪期間は笑顔を控えて故人への哀悼を示すものであるため当然ではあるが、伯のその表情は礼によって作られた表情ではなく、心の底から湧き上がる哀しみが表れたものであった。
「兄上に戦勝の言祝ぎを申し上げに参ったのです」
「それは王宮の門前で聞いたではないか。それに父上の服喪の最中と言っただろう。慶事と弔事は同じくすることは望ましくない」
伯の言うことはもっともである。しかし季にしてみれば、どちらも慶事であった。全ては季自身が王となるために巡らした策謀の通りに事は運んでいるのだから。
――今この場で兄が死ねば、父王の子は俺一人になる。それは王の座が俺の下へ降りてくることに他ならない。これほどの慶事が他にあろうか。
季の手には短剣が握られていた。そして素早く伯の懐に潜り込み、その短剣を伯の腹部へ深々と突き刺す。孝行者という印象で全身を固めていた季に対し、伯は完全に油断していた。
「何を……!」
「ご安心なさいませ。兄上の名誉は私が守って差し上げます。兄上の名は清廉な孝行者として後世に語り継がれることでしょう。私にできるせめてもの戦勝祝いでございます」
自分の身に何が起きたのか。それを理解するより早く、伯は口を塞がれ組み伏せられていた。
そして近づいてくる死に対し抵抗する術を持たないまま、永き眠りに就いた。
父と兄を殺した季の心は晴れやかだった。
しかし、表面上は哀しみを表しておかねばならない。
「兄・伯は先の戦の際に負った負傷のため、父王の後を追われた」
季がそう公表すると、円の官民は悲しみに暮れた。
そして季は伯の遺言を公表した。もちろんこれも季が創作した遺言である。
私は父王の遺言に従い王としての資質を示すため、兵を率いて弟の仲と争った。
結果、勝利を収めることはできたが、その間父王の喪に服することができなかったのは、我が身の不孝を嘆くばかりである。
その間、末弟の季は一年にも渡り喪に服し、見事に孝心を示した。
この見事な孝心は、私がどれだけ戦の功績を誇ったところで、決して敵わぬ資質である。
今、私は先の戦で負った怪我のため、死を間近に控える身である。あるいは不孝な私に父王と始王が下した罰なのではないかとさえ思えてくる。
もはや王としての責務を果たせぬ私に代わり、王の位は季が継ぐべきと考えている。
円の官民は、心優しい季をよく補佐し、新たな円王を祝福してやって欲しい。
季による伯の暗殺は世間に露呈されることはなかった。疑われることすらなかった。それは季が長期に渡り病床の王に仕え”孝行者”の印象を獲得していただけでなく、伯仲戦争の長期化により民は疲弊し伯と仲に対する不満が少なからず蓄積されていたことも影響していた。
季は狡猾な陰謀や暗殺など手段を選ばずに王位を手にしたが、その後の治世においてはその手腕が良い方向に働くことになった。微に入り細に穿つ季の狡猾さは、自身が手にした円という邦そのものを安寧に保ち勢力を拡大するために用いられた。
その一つが、王位の継承と共に行われた”太子の指名”である。
伯の遺言と共に、季は自身の声明も公表していた。
兄上の遺言により次期王に指名された我が身であるが、兄上と私では、誰の目から見ても兄上の方が王の資質に優れていることは明らかである。
この王位は本来長兄である伯が継ぐべきものであり、私は長兄伯から預かっているだけに過ぎない。
それゆえ私の次の王は我が長子に継がせ、今後も王の位と邦と民は王の長子が継承するものと定める。
季は声明の通り、自身が王位に就くと同時に幼い我が子を次の王として指名し公表した。この王子こそが、史上初の”太子”である。それは伯仲戦争や季自身が行った陰謀のような争いから我が子を守ろうという季の親心でもあったが、同時に無用の戦や陰謀によって邦と民を損なわないようにという想いもあった。季が王位継承のために巡らせた陰謀のなかで唯一悔いていることは、伯仲戦争を長引かせることで邦と民を疲弊させ、その後自らが継承する円の国力を損ねてしまったことであった。
――同じ轍は踏まん。
同じ過ちを繰り返さない季の対応力と周到さは円の国力を安定させた。そして季の整備した”王朝”の制度はその後数百年に渡る円王朝の繁栄の大きな土台となった。
季の性情自体は清廉さとは程遠いものであった。
しかし、季の行った政治と実績は間違いなく”名君”と呼ばれるものに相応しいものであった。




