閑話 レインボー・プロジェクトレポート閲覧報告
それはまだ他惑星への植民計画どころか、惑星統一政府が成立する前の時代の大戦期。
当時開発されたばかりのレーダーから、海上艦を隠す、いわゆるステルス機能の実験【レインボー・プロジェクト】により、その現象は歴史上初の確認がされたという。
結果からいえばこの実験は、成功ともいえ、そして失敗ともいえた。
海上艦は確かに一時的にレーダー上から姿を消したが、同時に海上艦は空中に浮遊し直後に実験機器が爆発炎上し着水することになる。
しかし真に奇怪な報告はこの後に続く。
この時に海上艦には数十人の乗組員と科学者が乗り込んでいたが、大半の者が影も形も無く消え失せ、若干名が艦内構造と一体化する形で取り込まれている形で瀕死状態で発見された。
数分だけ息があった生存者達の話では、見つからない行方不明者達は、実験開始直後に、まるで、人の身体が気体へと変わるように目の前で消え去ったと証言を残していた……
『以上が、グラビリティアシステムの元となった偶発的重力制御現象の発端です。この実験を行った国は後に、惑星統一政府の中心となり、再現実験及び数万回に及ぶ実験レポートも本星政府へと受け継がれ、開発が続けられていました』
「始まりは、ステルス機能研究。そこから、物体を破壊せず、内部対象だけを確実に抹殺できる特殊兵器開発を経て、最終的には完全重力制御を用いたコロニー全域抹殺兵器開発か。受け継がれていく時代背景も合わせれば研究対象としちゃ面白そうだけど、実際こうやって見せられると……そりゃ星系ごと滅びるのも当然の種族だって僕なら論文を書くだろうね」
肩をすくめようとしたリオだったが、僅かに身動きするだけで鈍痛が走り顔をしかめることになった。
シートは完全に倒れたベッドモード。今回の長期調査作戦用に後ろのブロックには簡易居住スペースも設けられているが、とても動くことは出来ないので、しばらくは操縦席で療養生活を余儀なくされていた。
全身の8割以上の骨が微細骨折をしているとの、ガイナスリュート搭載のメディカルマシーン診察結果だったが、ミルドレッドが開示したグラビリティアシステムの開発レポートを流し見た感想は、そんな機能を使っても死なないだけマシのひと言だけだ。
『お言葉ですがマスター。私達はまだ滅びていません。我々は生き残るために恩讐を越え手を取ったはずです』
リオとしては痛みを誤魔化すための軽いジョークのつもりだったのだが、どうやらお堅い軍人さんはお気に召さなかったようで、ミルドレッドからはお叱りの言葉をもらう。
その説教に適当に相槌を打ち聞き流しながら、リオは考える。
ミルドレッドの口調が変わっているが、突っ込むべきだろうか?
彼女は、ミルドレッドはあくまでも自分はAIであり、オリジナルの人格コピーだと言っているが、それにしてはやけに感情的な面が見てとれる。
オリジナルからの連続した記憶を持ち合わせている事も、先の戦闘で意識を失う前に交わした会話からも疑う余地は無し。
本星と植民星の総力戦末期の泥沼の状況を考えれば、貴重な機動兵器パイロットは一人でもほしい、死なせたくない状況。
例えそれが人の摂理や倫理に違反しているとしても……
『ですから貴方の発言には残された者、生き残った者としての……聞いていますかマスター?』
「あー大丈夫大丈夫。聞いてるよミーさん。ちょっと麻酔が効いてきたから意識が朦朧としてるだけだよ」
どうやら考え込んでいるうちに相槌を忘れていたようで誤魔化して答えると、ミルドレッドが深いため息声を吐きだした。
呆れているというか、説教されてもノラリクラリとしているリオに言っても無駄だと思いでもしたのだろうか。
『しばらくは移動が続くようです……麻酔レベルを上げてしばらく睡眠を取られますか?』
「あーいいよ。ミーさんとこうやって話している方が気が紛れるから。しばらくはミーさんとしか話せないんだし、仲良くいこうよ」
まともな倫理観など故郷の星系を失ったときに意味をなくした。今話している相手が”誰”であろうとも、貴重な話し相手なら、大歓迎だ。
『全く貴方という人は。主機停止の影響で切断した本船との情報リンクは未だ復旧せず、リンクが出来ないため現在位置算出も不可能。しかも出力低下でセンサー類は5%程度の稼働率、備蓄修復資材も底を突きそうで、外の様子も禄にわからない……率直に言って本船帰還は不可能に近い状況だと何度言わせれば気が済むのですか』
気の抜けた笑いを浮かべるリオに、ミルドレッドは再度状況を自覚させるためか、現状を口にし、その先行きの見通せ無さに、情けなくなってきたのかもう一度深く息を吐いてみせた。
ミルドレッドが使ったグラビリティアシステムは、一応完成はしているが実戦使用はアレが初で、思った以上に機体各所にダメージが発生している。
特に主機がまずい。無茶して重力完全制御機能を使用した反動なのか、一応再起動はしたが転換炉の出力が安定せず、自己修復機能はそちらに掛かりきりで、他に五万とある修理箇所の進行度は最低限度。
それこそ動くのがやっとな状況で、しかも機体内の複製装置で修復パーツを作る事もできるが、肝心の素材が少しばかり足りない状態だ。
「まぁ命があっただけ良しとしようよ。少なくともすぐに殺されるような状況じゃ無さそうだし、それともこの場合は破壊されないが正解なのかな」
外部モニターに映るのは、戦闘のあった街まで乗せられた馬車の荷台と比べ、数倍は広い荷台と、そこに足の踏み場も無いくらいにぎゅうぎゅう詰めにされた奴隷とおぼしきボロ着を纏った者達が、無理矢理に詰め込まれている映像が映っていた。
狭い空間に無理矢理押し込められた苦しみから出る呻き声と、怨嗟をこめた小さな恨み声のような物が時折外部スピーカーを通して聞こえてくる。
奴隷達の首には木で出来た小さな板が荒縄でぶら下げられており、板には未だサンプル不足で解読不能な文字が書かれていた。
読めはしないが、刻まれた文字は3種類に別れている事は判る。
殺すつもりであるならば、わざわざ分類するはずも無いだろう。となると、役割分担、もしくは売り先別で分けてあると考えるべきだろうか?
『何故そんなに楽しそうなのですか?』
「それはあれだね。どうしようもない状況なのは判ってるからね、なら、楽しめる分だけでも楽しまなきゃ損だからだよ」
嘆いて状況が変わるならいくらでも嘆くが、どうにもならなく、禄に身体も動かない。
なら自分の知的好奇心を満たすことに専念する。それがリオグランデという学者バカの生き方だった。