特別調査隊本隊メンテナンス報告
平均全高5キロ。常識を逸した巨大さを誇る巨木が立ち並ぶ巨大森林帯。
その巨木の中の一本。その根元にぽっかりと開いた洞の中に身を潜めている5人の現地人を模した、正確には5機と呼ぶべき集団がいた。
現地人を模した特殊外装である疑似生体素材の下に、鋼鉄の肌を隠す機動兵器の名はガイナスブレード。傑作機として戦争規模の拡大と共に、大量増産された量産機シリーズの最終仕様機達だ。
ガイナスシリーズには、あらゆる物質を僅かなロスだけで純エネルギーに変換する物質転換炉が搭載されている。
この大容量ジェネレーターのおかげで、従来ならば艦船級ジェネレーター出力が必要であった、周囲の重力を緩和、増幅させる重力制御機関がガイナスシリーズには標準装備されていた。
本星の20倍もあるこの超重力惑星において、本船外でも長期行動が出来る唯一の重機であり、この未開惑星において、特別現地調査の要となる。
5機は寒さに震える獣が身を寄せるように、それぞれが接触した密集体型をとり、メンテナンス中だ。
スタンドアローン機能を持ち、長期作戦行動も前提にしているといえど、さすがに20Gの超重力惑星での長期調査など、設計段階では考慮されていない。
特に重力制御機関の故障、出力低下や停止は命取りになる。素で高重力に晒されば、頑丈な機体自体は大丈夫でも、パイロットの安全や生命を保証できない。
密集隊形を取った彼らは、2機が重力制御機関の範囲を拡大させ隊全機を重力緩和フィールドで覆い、その間に残り3機が、補給と自動メンテナンスシステムによって機体各部の状態チェック、補修を行っていた。
そのメンテナンス休憩中の彼らに飛び込んで来たのは、母星時間で20日前にはぐれた僚機が戦闘機動モードを発動したという知らせだった。
「おいおい……あの学者小僧も、ラッセノイのおっさんもなに考えてやがる。独断専行、命令無視は俺らの特権だってのによ」
特別調査隊の実行部隊長を勤める、元植民惑星軍機動遊撃部隊所属カーノス特務少佐は、無精髭と傷だらけの顔を皮肉げに歪めると、ふかしていた煙草を消して、戦闘状況をモニターに立ち上げる。
作戦途中ではぐれた素人の操る機体が修理中に現地人に捕縛され合流が困難として、単独行動を始めたときも、無謀な奴だと驚きはしたが、今回はその比では無い。
未知の惑星の巨大現地人達の都市で、突如現れた対艦船兵器持ち生体兵器による破壊活動。
それに対してこちらは、素人が操る機動兵器一機のみ。
本船上層部の即時撤退命令は至極当然な判断だ。
だが素人パイロットから返ってきたのは、命令に反し調査を継続するという真反対の反応。
しかもそれがしばしの迷いはあったが、上から追認許可が降りていた。
真っ当な軍人街道(他者からは色々反論はあるだろうが)を20年過ごしてきたカーノスからみれば、あり得ない状況、判断だった。
「お堅い本星軍系が、いつからそこまで柔軟になったよ。副長殿よ?」
「それだけ重要度が高いという事だろう隊長。あの建物の間口の広さ、内部容量は、あの生物兵器の計測値と、あまりに乖離しすぎている。変体行動を起こしたとみるべきだ。直後のデータを学者達が欲しがるのは理解は出来る。我々が生き残るには、少しでも多くの情報が必要だと……しかし無謀である事は否定しない。あのもやし坊主をもっとしごいて教えるべきだったか」
話を振られた元本星軍特別選抜女性部隊コディアラを率いた女傑ファリア特務少佐は、動画データに映る生物を鋭い目で見据えながら、リオの回避行動の遅さにいらだち舌を打つ。
機体AIのサポートがあるから何とかシールド展開が間に合っているが、そもそももう少し立ち回りを上手くすれば、電磁シールドを使うまでも無い。
機体のエネルギーだって無限では無い。ましてやリオの乗る機体は、試験機であるガイナスリュート。
正式採用機であるガイナスブレードよりも、機体出力、機動性、防御能力。全てが劣る。
受けなくてすむ攻撃まで防御している辺り、判断能力が低いと断じるしか無い。
「あー待て……どうもあれわざとみたいだな。わざわざ当たりにいってやがる。周囲に逃げ遅れた現地人らがいるようだな」
周辺状況モニターを生体反応感知に絞ってみれば、戦闘地域には無数の生体反応が存在している事が判る。
大半は生物兵器から逃げようとしているのか少しでも遠くへと離れていっているが、戦闘地点近くから動かない、いや動けない者達も、少なくない数がいた。
戦闘場所が奴隷市場。檻に入れられたり、縛り付けられた商品……奴隷達ということなのだろうという事は、すぐに察しが付く。
リオ機は少しでも地上にいる彼らの被害を減らそうとしているのか、生物兵器に指向性レーダーを何度も当ててちょっかいをかけ注意を引きながら、射線を上方向にずらすために屋根を跳び伝っている。
身を隠すところも無い空中に身を躍らせ続けるなど、狙ってくれといっているような物だ。
「……そういえばあのもやしは、うちの突撃バカの幼馴染みだったな」
素人考えの結果としても、危険すぎる状況を理解し、その真意にお人好しかと呟きファリアは重い息を吐く。
腕前は比べるまでも無く天と地ほどの開きがあるが、リオ機は確かに先の大戦中常に頭痛の種だった部下を思い出させる無謀さだ。
「あーそういえばそう書いてあったな。まさか嬢ちゃんの真似する気か? 無茶も良いところだろ」
ファリアの言う突撃バカが誰をさすかは、カーノスも痛いほどに判っている。
なにせ戦争中は、天敵だったその敵方天才パイロット【エミナ】のせいで何度も勝ちを逃していた。
しかし同時に逆転を狙った上から指示された非情な任務をやらずにすんだ事もあり、何よりカーノスや残存した部下達の現状を作り出したのは、あの天才が原因。
故にカーノスの声の中には険は無い。
「さすがに同類では無いだろうよ。少なくとも取り繕う理由はあげている。エミナなら助けるのひと言で飛び込んでいる。あのもやしは、学者らしく考えすぎな気があるが、合理的だ。一応勝算を見積もっていると……思っておこう」
常に冷徹に戦力を計算するファリアは、自分らしくないとは判っているが、少しばかりの希望的観測を含めた答えを導き出す。
「ガイナスリュートの機体制御AIには、エミナの相棒であるミルドレッドが搭載されている。乗り越えてきた修羅場は、我々の所有残存兵器の中でも、群を抜いている。素人パイロットだとしても、どうにかすると信じるしか無い」
本船経由のダイレクト情報リンクがあるから、つぶさに戦場の情報を得られるが、その戦闘地点は遥か彼方。
ましてや未知の惑星を探索中な上に、メンテナンス中で終了予定の5時間後まで禄に動くことも出来やしない。
「祈りだけが最後の武器ってか。全くいつまで経っても俺らはじり貧だな」
「それでも互いの死を望んで、殺しあってたあの頃よりはマシだろうさ。隊長殿」
かつての恩讐を越え、母星系を捨て新天地を求めた自分達の行動は、結局は種が滅びる時間を僅かに引き延ばす無駄な足掻きなのだろうか。
誰もが口には出さずとも共通認識として、それを抱いている。
どうしようも無い状況には慣れてしまったが、それでも生き足掻くために、かつて不倶戴天の敵同士だった者達は、無謀な戦いを挑む若者の生存を祈るしかなかった。