第一次生態調査報告
メインモニターがガタゴトと揺れる馬車の壁を変わらず映し出すこと、今は失われた母星時間では、はや三日。
移民船が不時着した巨大惑星では一度昇った日が沈むまでは十日、そしてまたその日が昇ってくるまでは八日がかかる。
果たしていつ馬車が止まるか判らないまま、移民本船との推定距離は2000キロを越えている。
植民星大戦に用いられたガイナスシリーズは惑星間距離通信も可能な機体なので、この程度ならリアルタイム情報リンクには問題は無いが、さすがに即時の補給や帰還となると些か問題が発生する。
しかし根が図太いと言うべきか、暢気と言うべきか、リオグランデ特務少尉。通称リオは特に気にもせず、コクピットシートでくつろぎながら、大学時代の恩師で今は臨時の上官との定時報告という名の情報交換にいそしんでいた。
恩師から送られてきた今回の墜落事件に関して、本船の跳躍管理局が纏めたレポートは特に目を見張る内容では無く、事実の再確認といった類いの物だ。
遅めの朝食をとりながら、リオは軽く目を通し終えると通信モニターへと目を向けた。
「じゃあやっぱり跳躍失敗は事故や人為的ミスじゃなくて、何らかの要因によって引っ張られたって事ですか」
新たなる母星を求め宇宙を彷徨っていた移民船は、約半年前に銀河の難所である暗黒星雲を回避するために超空間を用いた超長距離跳躍を敢行。
超空間跳躍は制御に失敗すれば次元の狭間から戻れなくなる危険性もあるが、理論は出来上がっており、既に数百回も行われ安定した技術手順も確保。
さらには近隣と跳躍予定ポイントの星域には、次元を歪めるような大質量恒星や、ブラックホールも存在しないことは確認済み。
普通に考えれば失敗などないはずの通常作業。
しかしその結果ご覧の有様だ。何故かこの惑星の軌道上にジャンプアウト。跳躍直後でエネルギーダウンを起こしていた本船は、禄に推力を維持できず、そのまま重力圏に掴まり、地表へと不時着する羽目となっていた。
この事故に対して、跳躍管理局が最終結論として出したのは、跳躍妨害装置の一種が用いられたという実に納得できる物だ。ただ問題があるとすれば……
『そうなるな。しかし今現在のこの惑星の文明到達レベルから考えて、空間跳躍に干渉してくる科学技術を持っているとは考えにくい』
リオの大学時代の恩師で、文明史学の権威であるラッセノイ特務惑星調査官は、画面の向こうで学生時代に受けていた講義を思い出す口調で淡々と告げる。
恒星間移動を可能とする科学技術の発展したリオ達から見れば、国家などもあるようだが実に原始的な生活を送っている巨人達が、宇宙空間まで干渉する技術を持っているとは思えないことだ。
「あーそうなると先史文明あたりの存在を疑いますか? だけどそうなると面倒ですね。永久とまではいかないまでも、数万年単位の自己修復機なら僕らだって作ろうと思えば作れるわけですし」
数万年単位で稼働する機械ならリオ達の文明でも作るのはそう難しくない。ただ作っても意味が無いから作らないだけだ。
技術とは日進月歩。機能が数万年は持ったとしても、それはその時間分だけ停滞した過去の技術でしかない。
変化に対応出来なければ万年機械に意味は無い。
『自己進化機能持ちか。跳躍システムに易々と干渉してきた事から見ても、その場合は私達より進んだの科学技術を持った文明となるな』
「そうですね。まぁそれか今も見ている監視者路線の方が僕達としちゃありがたいですよね。そっちの星に難民として移民できるなら、銀河をうろうろしなくて良いですし、未知の文明との歴史論の議論も出来ますから」
幼馴染みからは真剣味が感じられないと何時も頬を引っ張られ怒られていた緩い笑顔でリオは笑いながら、心からの本心を口にする。
学者肌というか、学者バカといおうか、母星も植民星も失い流浪の民となったというのに、一切の悲壮感を感じさせないそれがリオグランデという青年だ。
『相変わらず飄々としているなリオグランデ君。フィールドワークと称して調査隊に志願した辺りまではまだ理解も出来たが、現地生物の虜囚になっているというのに少しは身の危険を感じないのかね』
「あーお言葉ですけど先生。推測ですけど人買いがあるって事は奴隷制もある可能性が高いですよね。奴隷の扱いでその文明の習熟度を計ることも出来るから、実体験も出来て良い調査でしょ」
『奴隷を資産とみるかか。まったく君らしいな。良かろう好きにしたまえ。私の方から上手く上には説明しておく。その代わりに報告レポートは詳細かつ多岐に渡り頼むぞ』
あきれ顔を浮かべていた恩師が諦めの息を吐きながらも、リオの独自すぎる調査活動の後ろ盾になる事を確約してくれる。
「ありがとうございます。ご期待にそえるように色々見て回りますよ。では先生。また次の定時で……定時終了と。ミーさんお待たせ。寝る前に頼んでいた他の子らの動向観察はどうだった」
持つべき者は理解ある恩師と上司だと感謝しつつ通信を終了すると、リオは早速調査を再開しようと、機体AIのミルドレッドへと声をかける。
まずは身近な調査対象からと、就寝前にミルドレットに頼んでいた、同じように馬車に捕らわれていた少女達の生体情報調査結果を求める。
『私の名はミルドレットです。マイマスター。現地少女達ですが、疲労や精神的な摩耗がピークを迎えたのか、当機の待機姿勢と同様に壁により掛かった休息状態に入っています。逃亡は不可能と判断したと推測します』
「泣き喚いていた平均時間は母星換算で2日と11時間か。やっぱり身体の大きさに比例して体力的にも僕らとは桁違いみたいだね。食事なんかは?」
『リオマスターの就寝中に馬車の停止が一回。その後車外の現地人も一時間ほどの小休憩を取っていたようです。その際に覗き窓から、車内の人数分のトレイにパンと水が差し入れられました』
閉じ込められてはいるが、扱いはそれほど悪くない。実際にガイナスリュートが待機姿勢を取っている床の隅には、薄汚れてはいるが毛布とおぼしき巨大な織物が乱雑に積み重ねられている。
寒ければこれで暖を取れということだろうか。
「食事はありと……やっぱり商品は大切にって所だろうね」
ただしそれは客人では無く、商品扱いと見た方が良いだろう。
モニターを見れば泣き疲れた少女達は、不安を誤魔化そうとしているのか、頭から毛布にくるまっている者や、落ち着きなく手を動かしている者など様々な反応を見せていた。
『それと……マスターが特に気になされていた排泄行為ですが、一度も兆候は見られませんでした』
先ほどとは変わらないはずだが、心なしか蔑んだかのような響きを持つミルドレッドの報告に、リオはしばし考え込んでからシートに背を預けなおす。
事前調査した集落でも飲食の為の設備や光景は見られたが、排泄のための施設やその行為が観察されたことは無かった。
入るだけで、出ることは無い。つまりは…………
「あぁ無いんだ……やっぱり。予測はしてたけど結構面倒な星に落ちてきたかもね僕達は」
その言葉とは裏腹に、リオは実に楽しげな顔を浮かべていた。