第七回.ララミンの呟き
「こっちを左だったっけ?」
壁沿いに歩いてると、何となく視線を感じる。珍しいのかもしれないけど、私にしてみれば、私を見るんだったら明日の生活のために仕事でも見つけなさいよって罵倒したくなるけど、その仕事もこの町じゃもうないもんね。商人のくせに商いに勤しんでる声色もないし、無法者ですら無防備な私を見ても声すらかけてこない。それって安心は出来るけど、複雑。
「結構可愛いと思うんだけどなぁ」
自分の顔すら見たことない私だけど、別に見なくても触れば顔の造形なんて想像がつく。だから私は可愛いって絶対。目は開けられないけど、小さな口と鼻で小顔だし、胸はまだまだ成長段階だから将来に期待だけど、髪だって毎日ちゃんと高いトリートメントでサラサラにしてるんだから、この歳にしちゃ随分と出来た女の子のはずなんだけど。哀れみは嫌いだけど、そう言う気持ちから声をかけてくる男はいないわけ?
「もしかして、この服がダメとか?」
洋服は好きだけど、義務期間中の監督は私服厳禁の法廷装束着用だもんね。ロングスカートだけど生地は厚いしあんまり色気ないんだよね。法廷の皆には可愛いってちやほやされたけど、もっとお洒落でカラフルにしてくれないと折角のヘアスタイルも浮く。ガスイにカニ頭って馬鹿にされたのだって、この服のせいでもあるんだから。可愛い服着てればもっと私は可愛いんだから。
「ほんっと、ダメな町」
ちょっぴり、おじいちゃんたちが町を粛清破壊することに賛成しちゃったりなんかしちゃったりして。
「それにしても乾燥しすぎ。喉痛くなってきた」
ガスイの水袋盗っとけば良かった。うがいしたくなってきた。どうして街路が石造りに舗装されないで土がむき出しにしてあるんだろ? 馬車の行商が行き交うって聞いてたけど、それならそれで街路もちゃんと整備してくれないと、砂煙が凄いことになると思うんだけど。おじいちゃんたちの話だと、公園の噴水から出るのは霧でいつもベーレみたいに町を覆ってるって聞いたから、石造りの街路だといつも濡れて滑りやすくなってことかな? 土なら湿って気温調整にもなるし、滑らない分逆に歩きやすくなるっか。無能の町ってことでもないみたいね。
徐々に鼻先に香る緑の匂いに私の中に認めたくないけど、ちょっとだけ緊張で足取りが遅くなったと思う。別に歩くことは恐くないけど、日が暮れると向こうの本能が活性される時間だから、話だけじゃどうしようもなくなるはず。その前に話をつけられれば良いけど。
「私ってお人好しかな?」
どうなったところで何の利害はないけど、可能性を少しでも信じてる心があるんだと思う。
「世界一って、どんなものなんだろう?」
今の私にとって、語れるものは二つ。一つはそれ。もう一つは義務。厳密に言えばそうでもないけど、それが今の私と言う存在を語るに当たっては簡潔明朗なもの。だからこそ、諦めに近い感情もある。誰一人として呪縛を逃れられない最高刑の義務の具現が私。監視対象は常にランクSの犯罪者。殺されかけたこともある。相手は殺人を躊躇わない愚か者だから。それから守ってくれるのがティドゥ。猛獣類に分類される自然界から絶対に発生しない生物。
「可哀想でもあるよね、ティドゥって」
人間によって作られた生物。色能者も同じ。組み替えられる生命によって発生させられ、能力によって新たな生物を発生させる。大法廷がそれを白だと主張してる割には公にしない。それって白じゃないと思うんだけど、平民は知ることもないんだろうね。何だか世界が可哀想に見えるから不思議。
私に忠実だからこそ、私はティドゥに対して哀れみなんて思わない。私を犯罪者から守り、私を犯罪者に義務による監督を安全に全うさせるために生きる忠実な犬。だからこそ、私はティドゥを使う。それが許された私の権利だから。
乾燥した風の中に、少しずつ森の蒸散した湿気が含まれてくる。この町はまだ終わってない。ちゃんと生きてる。見えるものの中になんて本当に大事なものは隠れてない。それに気付けないからこんな結果になっちゃったんだろうけど。
「さて、会いに行きますか。水狼様に」
踏み心地と空気含有の水分量が途端に変化した。森を見たことはないけど、感じたことのある記憶と照合して、この肌に感じる爽やかさに森だと確信する。匂いが優しい。