表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/26

第五回.スズライ と ララミン

「クゥゥン・・・・・・」

 忠実なのは良いけど、私のことを気にしすぎるのがティドゥの悪い癖。

「大丈夫。ちょっと様子を嗅いでくるだけだから、すぐに戻るよ」

 フサフサの毛。おじいちゃん達は真白で優しい目をしているって言ってた。私にとって何よりも温かくて柔らかい、安心する毛並み。フカフカモフモフ。昔はすぐに頭を撫でてあげられたのに、今は手を伸ばしても全然頭に手が届かない。折角私に忠実なのにヨシヨシがしてあげられない。それでも嬉しそうに吼えるから良いかな。

「うん。ありがと」

 私が伸ばした手の先に杖をくわえて渡してくれる。微風みたいに感じるティドゥの鼻息に髪が揺れる感触が頬を掠める。届くかな? そう思ってティドゥの鼻息の上に手を伸ばす。

「届かないね、やっぱり。ティドゥってば、鼻長いよ」

 ちょっと皮肉めいて言ったのに、ティドゥは褒められたみたいに小さく吼える。ガスイもこれくらいに能天気に物事を受け取れれば楽なのに、なんて思っちゃう。

「それじゃあ、行ってくるね」

「クゥゥ・・・・・・」

 杖を歩行先の地面に当てて歩き始めると、後ろ髪を引張られるようなティドゥの寂しそうな声に足が止まる。忠犬なんだけど甘え癖だけはどの犬よりも強いかも。体が大きいからその中にいっぱい詰まってるのかな。甘えたい想いが。

「ティドゥ、おすわりっ」

「ワウッ」

 こんな命令に途端に嬉しそうな声出してるし。お馬鹿ちゃんかもしれないけど、私にだけ忠実であれば、何よりも賢い子。自慢の忠僕とは言わないけど、自慢のパートーナー。同じ大法廷の白の義務の化身だから。

「私が戻るまでそのまま待て、だよ。余計なちょっかい出してくる人間はブッチめちゃって良いけど、町の人には愛嬌振りまいて法廷の宣伝をするんだよ」

「ワンッ」

 声が高い所から私の耳に波打ってくる。本当に忠実な子。どんな犯罪者も私に忠実を誓う奴なんていないのに、ティドゥだけは忠実。もちろん犯罪者じゃないし、大法廷の白い善の象徴の犬。それが主人に従う理由だから、私に忠実であることを喜びに感じるのかな? 

「じゃあ、行ってくるね。お利口にしてたらお土産もらってくるから」

「ワンッ!」

 簡単な子。笑いが出てくる、可愛くて。お肉とか貰ってきてあげないといけないかな。アメとムチは適度に使い分けてあげないと拗ねちゃうもんね。

 振り返るのはダメ。いつも一緒だから一緒に連れて行ってあげたいけど、これから先はティドゥがいるとあっちも警戒してくる。闘うわけじゃないし、喧嘩売るわけでもない。終わらせてあげるだけ。人々の生活の安泰を保障し維持するのが法廷の役割でもあるから。

「あ、そうそう。ティドゥ。ガスイに会ったら、あれ、渡しといてね」

「ワンッ」

 人の話を聞かないで、一人でスズライに行っちゃうんだもん。流浪者なら情報を最後まで聞かないと結果的に行き詰るだけなのに考え方変えないし。馬鹿なのも考えもの。私に忠実であればすんなり行けるのに。

「今回の罪人は手が掛かりそう」

 聞いていた通りに杖をつく音、足を踏み出す音と感触、吸い込む乾いた空気、鼻をくすぐる土のパサパサに渇いた匂いがスズライの大きな変化を感じさせてくれる。


《―――スズライの泉は枯れた》

《―――いずれ町は果てる》

《―――集うは無法。そこに白はない》

《―――復活は絶望》

《―――手は一つ》

《―――民の移住後、善義において》

《―――集う無法を》

《―――大法廷なる白の下に》

《―――滅する》


「すっかり枯れちゃったんだ・・・・・・」

 一回も来たこと無いけど。と言うか、こんな国外れの国境の街になんか興味ないしどうでも良いんだけど、やっぱり白じゃない。白の中に埋もれてると他の色が見たくなる。でも、私は見れない。私の世界は黒でしか染まってない。でも悪じゃない黒。白に包まれた黒。

「ブドウ、食べておいて正解だったね」

 行商が通りかかって良かった。喉が乾いても水がない町じゃどうしようもなさそう。泥水なんて啜りたくないし。家で貯水している分で保ってるか、週数回の配水があるかどうかってとこかな。いずれにしても事態は深刻に変わりは無さそう。

「あの、すみません」

 下らない話はお終いにして、本題に移ろう。終わったことはどうしようけど、まだこの町は終わってない。だったら止まった流れを元に戻さないと。それが白の義務。

「何か? って、あなた、目が・・・・・・」

「はい。見えません」

 誰かが私の問いかけに答えてくれた。声は壮年の女性かな。男の子のお母さんって感じ。少し栄養失調気味かも。きっと顔色も良くないし、何日もお風呂に入れてない。可哀想。綺麗な服とか着れない家庭環境かな。所得もそんなに高くなさそう。今日は何も食べてないし、溜めて質の落ちた水を少ししか飲んでない。町の現状で考えれば、この程度が生活水準の平均辺りにいそうな人ってとこかな。

「大変ね・・・・・・。それで、どうしたの?」

 大変だと思うなら自分で体験してみてから言えって感じ。哀れみは嫌い。私は困ったことなんてない。恐いって思うことはあるけど、何でもやってみれば意外と出来たりするんだから。勝手にそっちの了見を私に押し付けるなって言いたくなるけど、町の人にそんなことを言ってもしょーがない。ガスイが手元に戻ってきたらいびってやろうと思いながら笑む。

「この辺りに水狼様の碑があると思うんですけど、どこですか?」

 何も知らないほど幸せなことはない。その通りだと思う、私は。他の町に移住しないのはこの町が好きだからか、お金がないのどっちか。お金がなくても移住は出来る。自分たちのやる気の問題だけど。だから無法者以外の町の人間がいるってことは、愛着があるから。それを強制的に白と位置づけて移住させるなんて可哀想で哀れ。

「水狼様の碑? 行ってどうするの?」

「見たいんです」

 沈黙。見たいと言う私の矛盾した言葉に困惑。意味合い的には、この人の考えていることは間違ってない。だから次の言葉を選ぶ。そんなことはお見通し。

「止めといた方が、良いわよ。危ないもの」

「平気です。それでどこですか?」

 人の話なんて聞かない。必ず私の目を哀れまれるから。私が聞いたことに対して全て従順に応えればことは手早く収まるの。

「・・・・・・本当に、危ないわよ? 見えないなら、なおさらよ?」

 言ってくれるね。ちょっと嗜虐心をそそられるかも。でもはっきり言ってくれると、じれったさを感じなくて済むから、やっぱりこの人は子供が居るって確証になった。

「大丈夫です。お気持ちは嬉しいですけど、これは私の使命ですから」

 また息を呑まれる。私の歳でそんなことを本気で言う子なんていないんだろうね。普通は遊び惚けることが仕事だ、なんて大人が諭しているような子供の時間だもん。でも、生憎と私はそんなに自由じゃないし、子供じゃない。子ども扱いの目線で私に子供を投影しないで欲しいんだけど。

「道は分かるの?」

 「それは私を小馬鹿にしてるの? オバサン」とか言いそうになったけど、飲み込んで頷く。きっと私に道順を教えても、見えないからそれがどこを目印にしたのかとかが分からないって思ってのことであってるはず。そのまんまの意味だったら毒が出る。間違いなく。

「初めの角まで連れて行ってもらえます? 右とか左とか教えてもらえれば大丈夫です」

 あー、どうしていちいち面倒な説明しないといけないのかな? 苛々するなぁ、もぉ。大人なんだったら、私を見て空気読んで欲しいんだけど。

「石碑までは、ここを真っ直ぐに行って二つ目の角を左に行くと、森の入り口に着くのね」

 私の手をとって、少し歩いた所の角の建物に杖を触れさせてくれる。道のど真ん中に立たせない辺りは、女性として、母親としての心使いが出来てる。子供がいるからその気持ちを酌むくらいは出来るっぽい。毒を吐かなくて良かった。

「目が見えないと危ないんだけど、道が狭いの。泉の水路が両端を走ってるから、踏み外すと大変よ?」

 だから、杖持って歩いてるんだけど? なんて言えないから、頷いとく。本気で心配されてるから、無碍にするのは失礼でしょ。犯罪者相手ならともかく、私から声を掛けて応えてくれた町の人だもん。

「ゆっくり慎重に行くから平気です。それで?」

「その後は一本道だから、水が枯れた今は水路も深いから落ちたら大変だからね?」

 道筋は分かった。ティドゥかガスイがいれば、こんな手間を取る必要なんてなかったのに。ティドゥは連れて行くつもりはないから、やっぱり問題はあの馬鹿。全く役に立たない狗なんだから。

「はい。ありがとうございます」

「本当に一人で大丈夫?」

 私に対する心配をするなら、自分の家族の明日の生活を心配するべきだと思うんだけど。 

「ずっと全盲だから、人よりも他の感覚が優れてるので別に困ることはありません」

 用は済んだからあっち行け。とか考えちゃう私って病んでるのかなぁ。でも、浮かんでくるだもん。しょうがないでしょ。

「何かあったら、それ以上先に進んじゃダメよ」

「はい。ありがとうございました」

 私を見て気付かないのもショックだけど、ああいう人もいる町だから白と名打って叩くのは善じゃない。おじいちゃんたちが動く前に終わらせて、動き出させないと。時間もないし、何より水の町スズライってものを見てみたい。世界一素敵なものかもしれないし。

「見えなくて良かったかも」

 この町の今の姿は。呼吸するだけで体内の水分が乾かされるくらいに砂煙たい。喋ってると絶対に乾燥して咳き込むし、唇が割れる。肌にだって悪い。水の匂いなんてしないし、ガスイが買ってきたブドウが高騰してる理由が分かる。水だって無窮じゃないんだから、水狼にばっか頼るからこういう結果になったってことくらい、町長たちは考慮出来なかったのかなぁ。この現状ってことは間違いなくまだ現職の座に就いてる。資格ないおっさんだかおばさんだか知らないけど、町民への支援物資の要請と配布をしてないみたいだし、最悪。

「何でデモとかクーデターとか起こさないんだろ?」

 引っ込み思案の恥ずかしがり屋の町なのかな? まさか今でも上の人間を支持してるとか無能極まりないことしてるわけじゃないでしょ? それって情けないし、何だかこれからしてあげることに対して、このままが良いんじゃないの? とか思っちゃうんだけど。

「親切な人もいるしね。喉も乾くし、ティドゥの飲み水がないと可哀想っか」

 ガスイはどうせ自分で何とかするだろうけど、ティドゥは私の言いつけ守って我慢するだろうから、早く戻らないといけないし。

「もぉ、忠実誓ったくせに、役に立たないんだからあの馬鹿」

 杖振りながら歩くのって嫌い。神経使うし、めんどいし、手が疲れるし。私に忠誠誓ったんだから、一人で勝手にどっか行くなって感じ。調教が必要ね、ガスイには。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ