第二十五回.ガスイ は イヌ
長らくぶりの更新です。
本年度は、〆切の関係上、これで納めにします。
「ガスイ、解いて差し上げなさい」
ルールーが俺に指示する。他人に命令されるのはやはり気に食わんが、オンブルマルシュを解いてやった。ガキ共がうわっ、と解放された体の自由にこけそうになっているが、ルールーを信じ込んだのか、逃げ出そうとしない。俺なら真っ先に逃げるんだがな。まぁ俺から逃げられはしないが。
「では、お話を窺いますわ。まずあなた方のお名前は?」
「ハイド」
「マイク、です」
「カルバ、だよ」
思いのほか素直なガキだな。自身の名を明かすことは、得になるものなど無いというに。
「そうですの。では、あなた方は何人で生活をしているのですの?」
どこから出したのか、ルールーがメモを取っている。フォックシスがルールーを守るように立ち、かつガキを逃がさんと俺を何度とつまみあげた尾で退路を塞ぐ。たかがガキ相手に大人気ないようにも思うが、言えば煩いだけだろう。壁に背を預け腕を組み、終わるのを待つ。
「みんなで、二十人くらい」
「くらい? 正確に教えて下さいます?」
「正確っつっても、いなくなる奴もいるし、知らない奴がいたりするんだよ」
「つまり、ストリートチャイルドのグループは、絶えず入れ替わりをしていると言うことですのね?」
「入れ替わり、なのかな?」
マイクが腑に落ちないように二人を見、ルールーが首を傾げる。
「どういうことですの?」
「あの、さ、最近、仲間がいなくなることがあるんです」
「帰って来ねぇんだよ」
ガキの声が神妙になり、閉じていた眼を開ける。ルールーがいつの間にかガキの視線に合わせて腰を曲げていた。
「帰らないとは、引き取り手や保護されたのではありませんの?」
ルールーのキョトンとした表情に、俺はあきれた。ストリートチャイルドを引き取ろうと言う善意ある人間などいない。それ以上に荒んだ心のガキが大人にそんなものを求めはしない。強制的に法廷なんなりに保護されているんじゃないのか? そんな俺に認識とは別に、やはり不穏なものもあった。
「何がしたいんだ、あいつは」
先ほどから赤の色能者が俺の気配の中に動いている。町にいる色能者は少ないわけではないが、反応が微妙に不審だ。町をウロウロしている。ルールーは気にするなと言うが、たまには俺とて能力ある、力ある人間と手合わせしたいと、ララミンから解放され、ルールーに束縛されるストレスの解消をしたい。
「違う。俺たち、絶対自分で生きるって決めてんだ。それに抜けるにはリーダーの許可がいるんだよ」
「リーダー? それはあなた方の責任保護者ですわね?」
「そんなんじゃないけど、たぶん」
「では、今までに何人くらいの子供がいなくなりましたの?」
ルールーに目を向けると、穏やかに見えるが、目がそうは言っていない。こいつも仕事はこなすわけか。監督者を監督する割には、至って普通かもな。
「知ってるのは、八人」
「うん。皆何日も帰って、こない、です」
「死んだんだろう?」
ストリートチャイルドなんてもんは、飢えで死ぬこともザラだ。
「ちげぇよっ! ばーかっ」
俺の言葉に馬鹿と返すガキ。殺されたいのか。そう睨みつけてやると、凄んだ。
「ガスイ、これはわたくしの仕事ですわ。あなたはお黙りなさい」
ルールーにまで言われる俺。お前に力を貸してやってることを忘れているのか、こいつは。
「勝手にしろ」
どうせガキは死んでるんだろう。世の中優しいもんじゃない。ストリートチャイルドは格好の金儲けの道具にもなる。ルールーとてそれくらいは法廷としては分かるだろう。まぁ口出しするなと言う以上は、俺には用はない。
「ちょっとガスイ、どこへ行くつもりですの?」
「気になることがある。俺に用はないだろ?」
いい加減ガキの相手に付き合うのは面倒くさい。
「フォックシス」
「キュオォッ」
フォックシスの足が俺の視界を阻む。
「あなたはそこで待機していなさい。まだ終わっていないのですわ」
「……早くしてくれ」
こいつに振り回されるのは、ララミン以上に苦痛だった。ため息を吐きつつ、再び壁に背を預けた。
「ですが、彼の言うことは一理だとわたくしも思いますわ。身寄りのない子供と言うものは、人身売買に利用されることが懸念されているのですわ」
ルールーの言葉にガキが深刻そうに顔を見合わせる。
「一度、あなた方の生活する場を視察させて頂けますの?」
「な、なんで?」
「単純にあなた方がどのように生活しているのか、衛生的、経済的観念に基づく調査ですの。もちろん、あなた方のお友達が行方をくらました原因の調査でもありますの」
「……見つかんのか?」
「無理だろ」
「ガスイは余計なことは言うのではありませんっ、フォックシスッ」
「キュォ」
「んおぉっ」
フォックシスの尾が一本、俺の視界を覆い尽くす。喋るなと言うことか。暑苦しいから背を向けた。
「あいつ、何なんだよ?」
ガキの声が俺に向いた。
「あれはあなた方以上の凶悪犯罪者ですの。現在わたくしの監視下にあるのですわ」
げっ、と驚きと恐怖を混じらせるガキの声がルールーの解説に混じる。今まで俺をルールーの仲間だとでも思っていたのか、こいつらは。
「心配せずとも私が監視している以上、危害は加えさせはしませんの」
既に危害を加えたがな。
「あなた方の住まいへ案内して頂けます?」
しばらく顔を見合わせていたガキだが、肯いた。深い事情など何も考えずにだ。
「ガスイ、行きますわよ」
ストリートチャイルドの問題を解決させることがララミンが情報を集める間の俺の義務。元来無関係だが、後々ララミンにいわれることを考えれば楽なのか? 俺としては一日足らずでそんな問題を解決できるようには思わない。俺がかつて淡い希望に生き、それは所詮は絶望でしかなかったことを、このガキ共にも教えなければならないのだと、好い気はしないが、悪い気の方が俺には感じられなかった。
「勝手にしてくれ……」
ガキが先を歩き、その後をルールーが歩き、俺、フォックシスがついてくるという、未だに俺をこき使いつつ、まるで俺を信用していないその処遇に、後ろ髪を引かれる思いが消えないまま、俺は歩く羽目になった。
今年の更新はこれにて終了です。
今年閲覧頂いた皆さん、ありがとうございました。
来年最初の更新は、「とある事務所のテトテトテン(仮題)」です。
予定更新日は、1月4日を予定しています。
それでは、良いお年を。