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第二十二回.監督者と監制官と犯罪者の休息

一日早いですが、更新です。今回は次回からの前置きになります。それでも長いんですけどね(笑


本作はアルファポリスのファンタジー大賞エントリー作品になりますので、拝読いただいて、面白いと思って頂ければ、ぜひ投票をよろしくお願いします。


他、二作品もよろしくお願い出来ればと思います。

 ガクラの町。俺の想像を超えての賑わいだ。眩しすぎる。

「へぇ。ここで検問やってるんだね」

 ララミンには見えていないだろうが、騒がしい人間の声が行き交っている。

「ええ。スズライの非常事態の収拾がつくまでは、ガクラがその担い手になっているのですわ」

 その賑やかさは良い。俺が最低限の露出さえしていれば耐えられる。

「じゃあ先に検問を受けて、ごはん行こ」

「ワン」

「そうですわね」

「キュオン」

 だがな、耐え難い羞恥と言うものは俺にだってあるわけだ。

「お、おい、何だ、ありゃ……?」

「ば、ばけものか?」

「で、でも、あれに乗ってるのって、法廷者じゃないの?」

 大通りを歩くだけで、集う視線、視線、視線。

「ララミン」

「何? お昼ごはんは私に選択権があるんだから、文句は聞かないよ」

 そうじゃない。食事に対するこだわりはない。食えるならそれでいい。

「何故、お前たちは俺を挟む?」

 右隣にはババ。左隣にはフォックシス。間に俺の構図。圧迫感がありすぎる上に、視線が俺まで痛い。

「愚問ですわ。貴方は犯罪者。それも特級ですわ。わたくしたちが厳しい監視の目を向けておかなければ逃亡の恐れがありますの」

 逃げる気があるなら当の昔にそうしている。大人しく義務の旅をしている中で、俺は俺と言う存在すら羞恥の的にされなければならないのか。

「私はいつもこっち歩いてるだけ。ルールーが勝手にそっち歩いてるの」

 そんな理屈はどうでも良い。視界を遮られ、小言が二匹の足の間から聞こえてくる。スズライと同じだ。ある意味恐怖も感じる。巨大な二匹の歩みは時折間隔を狭める。貨車や馬車に道を譲っているんだろうが、その度に俺は息苦しさを覚えるぞ。

「文句がおありなら、罪を犯さなければ良いだけですわ」

 勝手に同行してきた奴が言うなというものだ。

「さ、検問ですわよ」

 俺たちの前にゲートが出てくる。検問用ではなく、恐らくは広場の出入り口のゲートを簡易的に利用しているようだ。

「渡航許可証の提示をお願いします」

 州兵(ナショナルガード)が寄ってくる。俺には通用しない銃を下げて。

「大法廷最高義務監督官、ハウン・リスティア・ララミン並びに罪人ガスイ・アデルリア・マダイ。そして、大法廷白位監制官第一席、カデナ・ルールーですわ。これで通行許可は下りるでしょう?」

 ルールーとララミンが(ブラン)紋章(トリビュナル)を掲示する。俺は眺めるだけだ。

「はっ。大法廷の関係者の方並びに、同行罪人の許可は承諾いたします。門を開けろ」

 それだけでゲートが開く。顔パスとはいかずとも、楽なものだな。俺なら闇を使って行くほうが早いんだがな。しかし気に食わんな。同行罪人と面を向かって言われると。

「ようこそ、ハーティス王国へ。ミミルナントへは西のゲートを。アレアスへは東のゲートを通行して下さい」

 ゲートを潜ると対応も変わる。ナショナルガードが道を示し、ババとフォックシスが西ゲートへ向かう。依然として俺はこのデカ犬と狐に挟まれたままだ。

「驚かないものだな、ナショナルガードは」

 平民は俺たちを見て息を呑んでいた。だが、ナショナルガードは普通すぎた。

「無論ですわ。ナショナルガードは法廷直轄下ですのよ。そんなことも知りませんの? 三度の裁きを受けていながら何も知らないとは哀れですわね、ガスイ」

 おーっほっほ。屈辱的な笑いで俺を馬鹿にしてくる。

「説明不足。ナショナルガードは法廷の直轄だけど、法廷とはまた別の組織が運営に当たってるの。法廷はそこを監督するだけで、それを担うのも監制官なの。だから、ナショナルガードの入隊式とか勲章授与式なんかには、ルールーとか他の法廷獣が参列するから、見慣れてるわけ。人を笑う時は根拠を伝えて笑わないと、あほにしか見えないの」

 高笑いするルールーをハウンが丁寧な説明で理解させ、最後に鼻で笑った。俺のことではないな。ルールーの高笑いが哀れに散っている。

「ハウン。貴女、わたくしが貴女の監督者だと理解しての言葉ですの?」

「私は懇切丁寧に教えてあげただけだよ? 適当な説明で他人を哀れむ人のフォローをしてあげただけ」

 口調は互いに刺々しい。俺に向かない限りは大した興味もない。

「くっ……良い度胸ですわ……それでこそ、上級犯罪者の監督官、ですわね……」

 褒めている。口調は怒の感情を堪えているのが丸分かりだが。己の役割は理解しているようだな。

「それよりも、私、のど渇いたぁ。どっかお店無いの、ガスイ?」

 気にかけず問いてくる。そこで俺は辺りに目を向ける。右にはババの毛。左にはフォックシスの毛。見えん。先に出て適当な店を見る。揚げ物屋、酒場、串にさしたひき肉の塊を回転させつつ焼くドルネクフタの店、フライドフィッシュ、ベーグル、フランクソーセージ。どこかしこも単品の店ばかりだな。

「酒場が良いだろう。メニューも豊富だ」

 大したものはなくとも、腹は満たせるだろう。

「却下ですわ。野蛮人の集まる店などわたくしは御免被りますわ」

「じゃあ、酒場に行こ。ガスイ案内して。ティドゥ、伏せ」

「ワン」

 俺の隣にララミンが降りる。ババは当然ながらの待機か。

「ちょっ! なっ、何を言っているんですのっ? わたくしは却下と申しましたでしょうっ?」

 ルールーは降りない。

「じゃあ、ルールーは一人で寂しくご飯食べてくれば? 私は酒場でも良いし」

 ララミンが手を伸ばす。俺に連れて行けということか。杖で歩けば良いものを。仕方なくララミンの手を取り、歩く。

「んなっ!? ちょっ、おっ、お待ちなさいですわっ! わ、わたくしはっ、貴女方の監制官なのですわよっ!」

 フォックシスの上でルールーが喚いている。降りるという概念はないのか、あいつは。

「ティドゥ。あとでお水と食べ物貰ってきたげるから、ちょっと待っててね」

「ワンッ!」

 道端に伏せたままのババ。あいつはあのまま往来を遮って待つつもりか? 傍迷惑極まりないと思うんだがな。

「ちょっ! まっ、待ちなさいっ! フォ、フォックシスッ! いつまでわたくしを乗せたままにするんですのよっ! 早く降ろしなさいですわっ!」

「キュオォォン……」

 何の指示も出してない中で、使い獣のせいにするのか。哀れだな、フォックシス。

「可哀想だよね。あんな我儘なご主人様に仕えるなんて」

 お前が言えた口か? と言うつもりだったが、ババを見る限り、奴のマゾぶりは理解した。ババにとっては我儘な主が幸せなんだろう。別の意味で哀れだが、言う必要はないだろう。マゾ犬なんだからな。

「おっ、お待ちなさいっ! わたくしを置いていくのではありませんっ!」

 ルールーが走ってくる。その後ろにはデカイ獣が往来を封鎖している。行商が困ってるぞ。良いのか? あいつらはあのままで。まぁどうでも良い。隣に掛けてきて、勝手に息を切らしているルールー。今度はララミンが真ん中を歩く。親子だな、傍目には。口うるさい妻と毒舌な娘か。人生の選択を誤ったような構図は気に食わんが、気にした時点で俺の負けは明白。黙って酒場を目指す。ララミンと旅に出て、長らく酒らしい酒を飲んでいない。どうせ法廷の義務の旅は民の無償の裏づけだ。少しは期待しよう。そう思い、酒場の扉に手を掛けようとした。

「うわっ!」

 勢い良く開いた扉。ガキが転がり出てきた。

「なっ、何ですのっ!?」

「ん? どうかしたの?」

 ルールーとララミンの性格の差、とでも言うか驚きは二分だった。

「二度とここに顔出すんじゃねぇぞ、このホラ吹きがっ!」

 酒場の親父かがガキに怒声を浴びせに出てきた。そのまましかめ面で店に戻る。俺たちのことは見えていないようだな。別に構わんが。

「ってぇ〜。くっそー。あーそーかよっ! 二度と来てやるかよっ! こんな腐り酒出す店なんかになっ!」

 立ち上がったガキが吼えた。すると親父が再びごつい身体にフライパンを持って出てきた。

「あんだとっ、このくそ坊主っ! 次に顔出してみろっ! 承知しねぇからなっ!」

 親父の怒声は空虚を切る。既にガキはどこぞへ走り去った。俺たちは呆然とことの経緯を静観するだけだ。親父はまた俺たちに気づくことなく店に戻っていった。

「な、何なのですの、今のは……?」

 ルールーは親父の怒りに萎縮しているのか、何故か俺たちの後ろに隠れていた。

「怒ってたね」

 見えないララミンは平然と俺の手を掴んでいる。

「良くあることだ」

 無銭かいちゃもんをつけたか何かだろ。酒場でならよくあることだ。親父の風体がごついのが証拠だろう。

「入るぞ」

「うん」

「ほ、本当に、ここに、入るのですの? 今なら、他のお店にするべきではありませんの?」

 入ろうとする俺たちに引けた腰でルールーが聞いてくる。

「ルールー、恐いの?」

 俺の代弁のようにララミンが聞く。

「こっ、恐くなんてありませんわよっ! た、ただ……しょ、食事を摂るのであれば、も、もっと、静かで、優雅に食したいだけですわっ」

 顔を赤くして言った所で、図星だろう。第一席の割りに小心だな、この女。

「そんなお店ある?」

「ないな」

 そんな店があるならとっくに目に付いている。昼間にそんな店はないだろう。他に探すのも手間だ。

「うぅ……」

 ルールーも探しているようだが、ない。困り顔を浮かべるが、諦めるほうが早い。

「じゃあ、入ろ」

 ララミンが手を引く。その手を引いて中に入る。

「何をしてるんだ、あいつは?」

 扉を開けると、俺たちは先に潜るがルールーは背を向けた。入らないつもりなのか? ララミンにあれほど対抗意識を勝手に燃やしていたのに、いざとなれば腰が引けるのか。

「……よし、これで完璧ですわ」

 ウェーブがかる髪を揺らして振り返る。そして俺は意味が分からなくなる。

「さぁ、これでどこへでも参れますわのよ。酒場だろうと墓場だろうと、どこへでも同行して見せますわ」

 眼鏡をかけている。急に老けた様に見えるのは気のせいなのだろうが、何故眼鏡だ?

「ルールー、まだ眼鏡かけてるの?」

 ララミンは意を解しているようだが、説明を求めたいものだ。

「ええ。これがあればわたくしは、どこへでも行けますわ」

 おーっほっほっほ。眼鏡をかけただけで何故そこまで意気消沈していたものを取り戻せるのか、俺には理解できん。

「何でこいつは眼鏡をかけた? 目が悪いのか?」

「逆。ルールーは嫌なものとか嫌いな場所に行く時にいつも眼鏡掛けるの。見えなくなって平気になるんだよ」

 ララミンの解説にさらに俺は混乱する。眼鏡をかけて見えなくなるだと? それこそ逆だろう。眼鏡は見えるようにするためのものだろう? 俺は掛けることはないが。

「度が合っていないのか?」

「何を馬鹿なことを言っているのです? 度の合わない眼鏡以前にこれは、伊達ですわよ」

 さも当然のごとく言い返すが、おかしいだろ。この女はララミンの言う通りにアホなのか?

「サングラスと同じ効果があるんだって、思い込むことで平気になるんだって。あれでカモフラージュしてるんだって、当人は」

 ララミンのわずかに哀れみを含む言葉に、こいつもおかしな女だと認識した。

「うっ……なんですの、ここは」

 入店した途端にルールーが服の袖を鼻先に当て表情を渋らせた。俺としてはこの程度が居心地が良いものだが。

「たばことお酒臭い」

「これが、酒場と言うもの、ですの?」

 ララミンは大して嫌悪は見せないが、ルールーは平気だという割には丸テーブルで昼間から酒を煽る男たちを下衆を見下しているように見ているな。

「カウンターしか空いてないが、良いのか?」

「良いんじゃない? 別に」

 店内に入るとララミンは一歩も動こうとはしない。騒がしさに空間把握の集中をきらしているようだ。俺は手を引いたままカウンターに着く。その後ろから狭いテーブルに触れないよう、恐らくは潔癖症なのだろう。ルールーがやはり下衆を見下ろすような目でついてきた。

「はふぅ……席に着くだけで、何故このように疲れるのですの?」

 それはお前が無駄に神経を張るからだ。口にするのは簡単だが、その後の騒ぎの収集は面倒だ。言わないことにした。

「ほぉ、こいつは驚きだな。法廷様がこんな店に来るなんざ、初めてだぜ」

 先ほどガキに怒声を浴びせていた大男がグラスを拭きつつ前に立つ。

「法廷の人間には奉仕の気持ちを、だったな。値の張るものはさすがに出せねぇが、それ以外は気にせず頼んでくれ」

 こんな店でもその気持ちがあるのか。モラルがないのは客ってわけか。

「じゃあ、私、クッキー&クリームミルク。それとフライドポテト。ガスイは?」

 幼稚なものを頼むな、こいつは。まぁ良いが。

「ルビー酒とソーセージ」

 グレープフルーツの酒とソーセージ。今の空腹具合にはそれくらいで十分だ。

「そっちの姉ちゃんは?」

「わたくし? そ、そうですわね……マーマレードティーをアイスで。それからチェリーパイをお願いしますですわ」

 飯を食いに来たと思うんだが、誰一人として食事じゃないだろ。注文を受けた親父が奥へ消える。店内は露出の高い女たちが注文に駆け回り、無法者に無職者、行商の多種多様な人間が居た。

「それにしても汚らわしいですのね、ここは」

 ルールーが近くで酒が入り騒いでいる連中に嫌悪を見せる。確かに、この店内ではララミンとルールーが浮いているな。その二人に挟まれ座る俺はさらにだろうが、顔はどうせ見えはしない。癪に障る奴がいれば消せば良いだけだな。

「慣れてないのか? 酒場とはこういうものだ」

「う、煩いですわね。わ、わたくしのような高貴な者には、下衆の集い場なんて不毛なのですのよっ」

 明らかな偏見だな。

「偏見だよね。未経験者の。さすがはお箱監制官。酒場は情報の宝庫なんだから」

「うっ……。し、仕方ないではありませんのよっ! わ、わたくしはデスクワークが基本なのですわっ。野蛮で危険な犯罪者と同伴の旅なんて、は、初めてなのですのよ。し、しかも、こ、このような野蛮人ばかりの汚らわしい場で、食事だなんて、経験がありませんのよ」

 意外な事実だが、ララミンに比べれば差は明らかか。

「小汚くて悪かったな。だが、入ってきたのはそちらさんじゃなかったか?」

「ひにゃあぁっ!?」

 いつの間にか、親父が両手に盆を乗せ、俺たちの合間から太い腕を伸ばす。ルールーの驚きにいくらかの視線が刺さる。俺が罪人だと気づかれただろうな。隠してもいないが。

「ルールー、うるさい。ごはん来た?」

「おまたせしましたぁ。間から失礼しますねぇ」

 俺とルールーの隣からは親父が。俺とララミンの間からは女が運んできた。

「小汚かろうが、まずかろうが、ウチはこれで食ってんだ。文句があんなら、食わなくていいぞ」

「うっ、も、申し訳ありませんわ……美味しく頂戴いたしますわ」

 隣で小さくなる女。ララミンとどちらが小さいことか、気の弱い奴だな。

「ん〜、これ美味しい」

 ララミンが甘ったるそうなミルクに笑む。機嫌取りか、本音か、その笑顔の示すものが何かは計り知れん。

「うちは昼は普通に出してるからな。これでもガクラじゃちょいとばかし名は通ってんだぜ」

 ララミンの褒め言葉に親父の口端が上がる。俺のはいたって普通だったが、久々のアルコールは悪くはない。

「あら……? 美味しいのですわ……」

 チェリーパイを頬張るルールーはそこまで意外にするかと思うぞ。どれだけ寂びた紋をイメージしていたんだかな。

「ルールーって、人生の半分は損してるんじゃないの?」

 ソーセージも良いが、隣から香るフライドポテトも酒には合いそうだ。

「これは私の」

 拝借しようとしたが、見えているように皿を遠ざけられる。分かっていたが、一応だ。

「んなっ!? し、失礼ですわよっ! わたくしは、こんなチェリーパイよりも断然美味たるものを食しているのですわっ」

「そりゃぁ悪かったな、姉ちゃん。この店のデザートランク一位だったんだが……」

 親父のこめかみが震えている。

「ひあっ!? ち、ちち違いますのよっ? も、ももももちろん、これはこれで美味しいのですわっ! ほ、ほらっ……はむっ、んん……お、おかわりを、い、いいいただけるかしら?」

 やはりルールーは小心者だな。親父に凄まれた程度で早急に完食し、皿を差し出す。

「……弱いよね」

「眼鏡の意味、ないだろ、あれは」

 哀れみ、見ないことにした。

「……おい、あれ、法廷だぜ?」

「ああ。じゃあ、あの真ん中の男、罪人か?」

「監督者二人って何だよ? 普通は一人じゃねぇのか?」

「あれじゃないの? 一人は子供じゃん? だから、男を抑えられないんでしょ?」

「……弱そうだもんな。罪人はともかく、監督官の二人は大したことねぇな、ありゃ」

 分かっていたこととは言え、小言はどこからともなく聞こえてくるものだ。この程度で俺の癪は疼きもしない。そう言う場だからな。というよりも、俺の評価は悪くないように聞こえるが、監督官の評価が下がれば、その義務につく俺は最低だろうな。

「雑魚が何をほざいても、所詮は雑魚だね」

 ララミンの小言の毒舌に、思わず酒が気管に入った。

「汚いですわね。わたくしに飛ばさないで下さるかしら?」

 噴出した勢いで、ルールーの方に微量の酒が飛んだ。即座にハンカチを取り出し拭き取られる。

「庶民に対して言うことじゃないだろ。お前」

「だって、普通なら今ので侮辱か名誉毀損罪。一月の拘留。私たちは逮捕権と軽犯罪なら裁くことも出来るの」

「そのようなものは所詮は教唆罪にしかなりませんわ。裁くだけ時間の無駄、と言うわけですのよ」

 誰かが正犯を犯したわけではないということか。

「それに、その程度で裁かれてたら、ガスイはウン万って前科持ちでしょ?」

「俺を断定するな。否定もせんが」

 言う通りではある。所詮は陰口。俺は影の人間だ。聞く数も多ければ、言う数も多い。

「ハウンの監督下にある以上、貴方は極刑をもってしても罪の解消はないのですわ。理解しているのですの?」

「してると思う? これが」

「するわけがないだろう」

 白の開闢ならまだしも、ただ飯、ただ宿、殺人、何でもありの解消の旅だ。罪を認識しろと言うほうが間違いだろう。

「……ハウン、あなたの更生法についてはいささか頭痛がしますわ、わたくし」

 カウンターで三人らなんで背中に陰口を受けつつ、飯を食らう。両隣は対極の白だと言うに、大して覚えることも今更だ。

「じゃあ、ルールーがやれば?」

「は?」

「へ?」

 俺たちの疑問が重なる。ララミンは呑気にポテトを食っている。俺たちを見る目は相変わらず開くことはないが、捉えている。

「私の更生に不満があるなら、ルールーがやってみればいいじゃん。自分の好きな更生で罪人の罪と解消させることが、義務の旅なんだよ?」

「ちょっ! ハウン、貴女何を言ってますのよっ!? それは、義務の放棄ですの?」

 どうやら俺の驚きとはかみ合っていない。ララミンの言うことに、俺は単に自由の旅を制限されることに驚いただけだが。

「ん? 何言ってるの、ルールー? 私は単に義務監督者を経験してみればっ言っただけだよ? ガスイに課された義務は私でないと解消出来ないもん」

 確かに。俺に課された義務は、世界で一番素敵なものをハウンの前に。同時に矛盾が、ハウンの全盲。訳の分からん義務を課した大法廷のジジイには、してやられた。義務ごとルールーがやるなら手っ取り早そうなんだが。

「そんな簡単に終わるわけないじゃん。最悪の犯罪者なんだから」

「だから俺の心を読むなと言っているだろう」

「読めないように真っ黒に染まれば? そうすれば私でも分からないよ?」

 俺の闇を暗黒で飲み込みやがった奴が何を言うか。

「戯言」

「自分で言えば世話はないな」

 ララミンとテンポ良く会話をしている俺が、アホらしい。

「ちょっとっ! わたくしを無視して和まないでいただけません? と言うよりも、ハウンッ、何を犯罪者と気軽に口を利いているんですのっ! 義務監督者と犯罪人は最低限の会話しか認められていないのですわ。馴れ合うなど言語道断ですのよっ」

 会話に入れなかったのか、入らなかったのかは知らんが、ルールーはやはり煩い。周りの目も怪訝だ。美味い酒もまずくなるってもんだ。

「じゃあ、お手本見せてよ」

「え? お、お手本? ですの?」

「そ。この町に居る間、ルールーの義務解消でガスイを監督して」

 話が勝手に決まる。いつものララミンの我侭だろうが、俺の意見を通すくらいはしても良いだろ。正式な監督者交代ではないんだぞ。

「おっ、お待ちなさい。その間、ハウンはどうしますのよ?」

「私? うーん……あ、マスター」

 首を傾げた後、ララミンが親父を呼ぶ。

「どうした? 追加注文か? 安いもので勘弁してくれよ」

「一つ、聞きたいの。さっき、子供と揉めてたでしょ? 何で?」

 何を唐突に聞いているんだ、ララミンは。その話がどうした?

「ん? あぁ、あいつか。なぁに、法廷様の出るもんじゃねぇよ。いつものこった」

「いいから聞かせて」

 俺は悟ったぞ。スズライでの行動と似てる。嫌な予感しかしない。義務解消の旅以外に俺を巻き込むな。言えれば言うが、言うだけ無駄なのも把握している本能が止めておけと警鐘を鳴らす。昔の俺なら遠慮なく発言しただろう。それか闇で葬り去ろうと強行に走る。 

だが、ララミンというガキを侮った結果が今だ。学習能力がないわけではない。発言のあとの毒舌が、程よく回るアルコールに混じって頭に響きそうだ。押さえておくことにした。何気に欲望に対して自制している俺は、もしかして更生しているのだろうか? 

「どうしたの? ため息吐いてさ」

「気にするな」

 嫌な自分を想像してしまう所だった。

「それで、どうしたの?」

「まぁ大したことじゃねぇんだがよ」

 話すのか、親父。大したことではないのなら、ぜひとも胸のうちに仕舞っておけ。巻き添えを食らう俺の立場になってみろってもんだ。

「この町にはストリートチャイルドが多くてな。最近じゃ昼間から客を狙って置き引きに、万引き、食い逃げ、ゴミ漁りなんかが多くてよ。さっきのも見てたんなら分かるだろうが、あのクソガキ、酔いの回った客のウォレットを狙いやがってたんだ。まぁスタッフが気づいたから良かったものの、茶飯事とあっちゃ、客足にも影響があってな」

 困ったもんだぜ、と親父は言うが、そこまで話されて困るのは俺だ。もう理解したぞ。これから発言するララミンの言葉の意味は。

「ちょうど良いね。マスター、ものは相談。ご飯のお礼にそれ、任せてみない?」

「は? ちょっと、ハウン?」

 ルールーが声を漏らすが、俺は酒を煽っただけだ。だと思った。

「任せるって、何をだ?」

「そのストリートチャイルドの子達を、法廷に任せて。奉仕のお返し」

「本当か? そりゃ、法廷が何とかしてくれるなら願ったり叶ったりだが」

「良いよね?」

 ララミンが顔を向ける。聞いてないだろう。反論を受けたところで、こいつの中では既に決定した過去のことになる。選択肢を与え、答えはバッドエンドのみ。悪戯な悪意の選択肢だな。

「何を言ってますのっ? ハウン、貴女の任務はこの犯罪者の義務解消でしょう? 余計なことに首を突っ込んでどうするのですっ?」

 全くだ。初めてルールーと意見が合致した。

「もちろん。真実(トゥルー)(ティアー)のことは調べるよ。私が」

 唖然とするルールー。トゥルーティアーが何か知らないんだろうな。

「俺たちが目指す次の義務解消の目的だ。ミミルナントにあるらしい」

「あ、あぁ、そう言うことですの……って、私がとは何ですのっ?」

 ルールー、お前はまだ気づかないのか? 俺はもう諦めに入っているくらいだ。付き合いが長いなら悟ることを覚えるべきだ。

「私が情報収集している間は、ガスイとルールーでそっちを解決する。法廷への無償援助の見返りになるし、二手に分かれれば情報も集まる可能性もある。ガスイの義務はルールーとフォックシスで監視すれば別に問題ない。それにガスイに逃げられても、私のティドゥがいるし、私の狗がご主人様を裏切るなんてしないよね?」

 笑みのララミンが俺を見る。ふざけるな、そう言うつもりだったが、とっさにララミンの瞼を押さえた。

「ここで眼を開けようとするな。別に俺は逃げるつもりはない。散々な目に遭わされたんだ。学習はしている」

「はい、ってことで決定」

 宣言をするララミンに、ルールーが食い下がる。

「ふ、ふざけないで下さいですわっ! わ、わたくしが、このような犯罪者の監督なんてごめんですわっ」

「全く同意だ。誰がこんな口うるさい女に四六時中喚かれないといけないんだ」

「んなっ!? ちょっと、貴方っ! 誰に向かってそのような暴言を吐いているのですっ!」

「喚く自覚があるお前にだ」

 いちいち声がでかい。ルールーもララミンと似たようなもんだ。黙っていれば男が集うタイプ。言葉を発した途端に離れていく。

「なぁっ!? わたくしはともかく、貴方のような下衆な男に言われる筋合いはありませんでしてよっ」

「おいおい、喧嘩はよしてくれや。客に迷惑だろ」

「案外仲良いね、二人」

 親父が多少驚いているが、ララミンはおかしそうに笑う。おかしいことを言った張本人が、だ。

「妙なことを言わないで下さいのですわっ! 良いですわっ。ハウンがここまで野放しにした罪人に、この、わたくしが、根っから改善して差し上げますわよっ!」

 挑発に乗せられてルールーが口を滑らせやがる。自分から壊れるな。持っている信条をおいそれと変えられると、思う壺だぞ。

「うん、じゃあ、ルールーからの承諾もあったことだし、ご飯食べたらさっさと行動開始。時間は日没一時間前ね」

「まぁ、ガキ共が大人しくなんなら、俺は何でも良いんだが」

 またか。またなのか。ララミンの思いつきと何も語らぬ我侭に、俺はふりまわされなければならないのか。途端に酒がまずくなってきた。

「ええ、受けて立ちますわ。この、わたくしの実力を以って、罪人ガスイを更生へ踏み出させて見せますわっ」

 そして店内に響く高笑い。客全員の目がこっちに向いていることなどお構いなしか。

「トゥルーティアーについては調べておいてあげるから、ガスイもちゃんとけり、つけてよ?」

「俺は一度たりとも肯いてはいないぞ。俺の義務と何の関係がある?」

「あるわけないじゃん。何言ってるの? もう義務忘れたの?」

 爽快に言ってくれるな。俺の闇が限界突破してここの客を全員殺すぞ。

「交代って言っても正式なものじゃないから、基本は私の義務の教えに従ってれば、ティドゥのご飯になることは止めてあげる」

「……聞こえなかったことにする」

 善処はしてやらん。どうせ何が起きようと、俺はララミンにいちゃもんをつけられるのがオチだ。ガキ共を押さえつければ済む話。とっとと終えてオンブルで逃げてやろう。

「さぁ、行きますわよっ、ガスイ・アデルリア・マダイッ! このカデナ・ルールーが義務の恐ろしさと言うものを教えて差し上げますわっ!」

 嫌悪していた時の感情はどこへやった? 急にやる気になどなりやがって。かなり単純だな、こいつは。

「せいぜい頑張って」

「次に会う時、ろくなことがなければ、それこそお前を葬ってやるからな……」

 この恨み、晴らさでおくべきか。

「ちょっとっ! 白位監制官カデナ・ルールーが通るのですわよっ! 道を開けなさいっ」

 飲んでいる客を先ほどの潔癖とは裏腹に、俺の前を行くルールーは客一人一人に吼える犬のように歩く。その後に客の視線が追従する俺に届く。マスクで顔を完全に隠し、俺は店を出た。


拝読ありがとうございました。


次回の本作の更新は別作品の更新にあわせてお伝えいたします。


次に更新する作品は、「sai〜セントパールアカデミー〜」で、10日ほどに更新します。その後に普通の小説を更新します。

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