第二十一回.白位の自嘲
予定より早めの更新です。
とりあえず、新キャラ作りました。今後の展開にどう料理されるかは、今のところ未定ですが、まぁ楽しんで頂ければ幸いです。
次に更新する作品は、最近はラノベが多かったので、久々に小説の「明日のキミへ」を更新します。
予定日は八月十日です。
「まだ着けないんですかぁー?」
一応気を使ってるんだろうな。だがな、聞き方が違うだろ。着けないわけじゃない。ガクラまではまだ距離があり、着かないだけだ。一本道を迷うほど俺は愚かではない。
「スズライを出てまだ二日も経っていない。ガクラまではまだある」
我慢の利かない子供は嫌いだ。見えていないはずだが、あの時はまるで状況を把握していた。なら今こそそれを発揮すべきだろう。
「言っとくけど、見えないのは本当なんだからね」
「ワンッ」
見るものが違うだろ。俺の心を見るな。
「見やすいんだもん、黒って」
「殺すぞ?」
「出来るの?」
「ワフ?」
のっそりとでかいババのおかげで相変わらずすれ違う連中に奇異の目を向けられる。慣れたこととは言え、さすがに圧迫感がきついな。
「今は気分じゃない」
「とか言っちゃって出来ないくせに。口だけは大きいね、ガスイって」
笑うララミン。苛立つ俺。でかいババ。何だこれは? 傍から見れば変としか言えないな。
「お前だけには言われたくないぞ」
「ティドゥ」
「ワホッ」
「…………俺が悪いのか?」
安堵の闇ではない、苦痛の闇。
「口を慎むことも犯罪者の義務。白を馬鹿にするのはいいけど、私を馬鹿にするとどうなるか知ってるでしょ?」
そりゃな。何度この空間に殺して欲しいと思ったことか。一体いつになれば俺はこの無尽蔵の毒舌少女から解放されるんだか。ミミルナントの真実の(ー)涙とやらに期待する他はないな。と言うよりも、どうすれば俺はこいつに世界で一番素敵なものとやらを魅せることができるのかを考えるべきか? そうしている間はこいつと同行する必要はないのではないのか?
「ララミン、お前は俺の義務を何とも思わんのか?」
「どゆこと?」
歩く。カニ頭を揺らし、俺を見下すララミンと、歩くだけで風を起こすババ。それから全身を隠す俺。町とは異なり舗装されていない土道。行商馬車の走る道だろう。車輪の走る場以外は野の原だ。スズライを越えるとこうも水気のあるものか。スイロウの力もなかなかだな。俺には及ばん上に、ララミンの能力の露呈には得るものはあった。灰の色能者。純正なる単色と言う世の知たる色能者ではない、単色混合者。聞いたこともなければ見たこともない存在。
「俺の義務は別に構わん。面倒なものに比べれば楽なもんだ」
「世界一素敵なものを見つけるだけだもんね」
それだけであれば最上級危険犯罪者のランクの犯罪者に与えられはしない。
「だが、何故全盲であるお前が俺の監督者だ? 俺が見つけてお前はどうするつもりだ」
聞くことは聞く。
「どうするつもりかな?」
「俺が聞いている」
「さぁ?」
噛み合わない会話。いや、ララミンが応える気がない。それだけだな。
「ガイアは最も危険な犯罪者の一人。だから私が義務を監督する。それは法廷の下した義務。犯罪者に応じて課せられる義務なんだから、ガイアの考えてることなんて誰だって考えたことがある理不尽なんだよ?」
その言葉に己の愚言に気づく。当たり前。その一言に全ては尽きる。だからこそ、ララミンの監督した犯罪者は死んだ。解消した奴はいない。そういうことなのか。
「俺は極刑を受けない死刑囚か?」
「解消できれば一般の人間に戻れるから、死刑囚とは別」
「出来ないからこそ、お前が義務を監督するんじゃないのか?」
長閑過ぎるガクラへの道のり。越境街を越えなければ不法侵入。今更俺が破ったところで痛手はないが、監督者の監視の下では問答無用なのだろうな。
「初めから無理って思っている人はね、結局同じところをぐるぐる、ぐるぐる回って何も出来ないんだよ」
「ワン」
ババが同意するように声を出す。こいつらに諭されると不思議だ。殺意が沸く。
「ガキが俺を諭すな」
「諭されないと理解出来ないくらいに頭が弱い犯罪者に対して懇切丁寧に更生への指導をしてあげている誰もが認める愛くるしいハウンちゃんの言葉をそんなに無碍にしているとどうなるかを一番知っているガスイがそんなことを言ってもいいのかな?」
一息で言いやがる。ムカつくくらいに的を得ている以上、俺の黒に渦を立たせる。
「ババがいないと何も出来ない割りの口に効力はあるのか?」
「あるよ。ティドゥ」
「ワオ」
また食われる。噛まれるにしては口含有率が以上に高い。
「ね?」
「笑いで済むのはお前だけだ……」
デプラッセで涎を葬る。この旅において己が愚かだと何度落ち込むか。俺の能力はララミンの義務を課せられて以降、ただの涎拭きに終わっている。スズライにおいて数人を葬りはしたが、それは俺の行動範疇においての実力の意味はない。つまり、元来の黒としての色能を発揮していない。
「何落ち込んでるの?」
「灰には分かってたまらんことにだ」
厄介だ。白の法廷と言うものは。
「まぁ自分の罪を省みるなら良い傾向ってことじゃないの? 義務は解消しないけど」
その一言を堪えると言うことは出来ないのか、お前は。
「ん? 何だあれは?」
「ワンワンッ!」
ババが吼える。
「どうしたの?」
見えていないララミンを他所に、俺は非現実を目撃している。いや、俺の隣に居るババの非現実が日常に慣性を働かせるおかげで鈍ってはいるが、まだ俺は人としての自覚はある。
「おい、ありゃ何だ?」
「ワンワン」
ババが吼える。言ってることが伝わらん。
「ワホォ」
「……腹が減ったってのか、こら」
何故俺を食う? 今はそれどころじゃないだろ。
「あ〜らあら? 奇遇ですこと。お久しぶり、と言うべきですかね?」
ババが開放した先に、女が居た。
「生憎、過去に顔を合わせた記憶はない」
「貴方じゃありませんわよっ!」
そうか。まぁ俺もいちいち女の顔など覚えてはおけん。そもそも、よく見れば分かることだ。
「その声、ルールー?」
ババに乗るララミンが顎を引きつつ、かすかに首を傾げる。
「ええ。ご無沙汰ですわね。相変わらず不細工な狗を引き連れているのですね。御覧なさい。わたくしのこのフォックシスの愛らしさを」
おーっほっほっほ。耳障りな甲高い笑い。何だ、こいつは?
「ババ、ぶっちめちゃえっ!」
「ガルォッ!」
ババがララミンを乗せたまま飛び掛る。顔片面が流れる毛で風に叩かれる。
「ちょぉっ! お、おお、おお待ちになりましてぇっ!?」
女がひぃぃと叫ぶ。何だ、虚勢か?
「フォ、フォックシスッ!」
「キュオォッ」
ああ、非現実が衝突した。風が野花を舞わせた。何なんだ、俺の目の前の光景は?
「人の相棒を嘲笑する人間なんて死ねば良いのに」
ババ、とララミンが宥める。ババが下がる。
「し、死ですって? あなた、同僚に向かってなんてことを言うのですのっ?」
やっぱりか。ララミンの法廷装束と同じデザインの白装束を纏う女。いちいち仕草と声が大きく目障りだ。だが、それ以上に目ざわりが居る。
「おい、これは何だ?」
「フォックシス。ババと同じ法廷の聖獣。ババはガスイと同じ私の犬だけど、この子は狐。それも妖狐。尻尾見れば分かるんじゃない?」
「尾?」
目の前に居る狐を見る。ババの大きさを動物の基準にすれば平均。だが、一般的動物を基準に考慮すれば測定不能領域だろう。ババと体格が差して変わらんぞ。ババに比べてスタイリッシュな体格。差はそれくらいだろう。
「尾が九本だと? 何なんだ?」
「だから妖狐。ティドゥは闘犬だけど、フォックシスは赤の色能犬なの」
またか。俺の知る法廷というものへの偏見が募るばかりだ。
「そうですのよっ。わたくしのフォックシスは気高き妖狐。色すらない馬鹿犬になど劣りませんわ」
「ぶっちめちゃえ」
「ワオッ!」
「ひぃぃ、フォ、フォックシスッ!」
ババは吼えただけだ。だが、女は尻餅をついてフォックシスの名を呼ぶ。こいつは己自身で解決することはしないのか?
「色がないのはルールーじゃん。ティドゥは白。完璧なる白。フォックシスになんて負けないよ」
互いに譲らぬでか犬とでか狐の自慢合戦か? どうでも良いんだが。
「おいララミン。こいつは何だ? お前と同じなのか?」
「えー、こんなのと私を一緒にしないでくれない? どう考えても私の方が賢いし可愛いし可憐だし清楚なんだけど? ルールーなんて監督官のくせに色すらない普通の人間なんだけど? そんなことも分からないの?」
知るわけがないだろう。奇想天外も甚だしい怪物のような狐を連れている時点で同じにしか見えんぞ。
「つまり、この女も義務監督官と言うわけか」
「違いますわよっ。一括りにしないでいただきたいのですわ」
ケツを叩きながら立ち上がる。違うのか?
「聞きたいのでしたら教えて差し上げますわ。汚らしい耳を掃除してよく聞くが良いわ」
「いや、別に良い」
「んなぁっ!?」
そこまでしての興味はない。
「さすが私の犬。よく分かってるじゃん」
ララミンに褒められてしまった。嬉しさの欠片も湧かん。
「ガクラまで近い。行くぞ、ララミン」
「私に命令しないって約束。ティドゥ、行くよ」
「ワン」
ルールーとか言う女とフォックシスの隣を過ぎる。ババとフォックシスに挟まれ、野道だと言うのに圧迫感と熱気に息苦しさを覚える。
「それで、あとどれくらいなの?」
過ぎ去ると野風がマスクをすり抜け涼を運ぶ。スズライのような冷涼ではないが、圧迫感がなくなるだけで十分だ。
「もう見えてきた。聞こえるだろう?」
行商の馬車列の音。店舗よく地を蹴る馬がやはり小さい。見慣れていないのだろう。遠目から俺たちを目視した車列は道を逸れる。
「着いたらご飯しよ。のど渇いてきたし」
また町の人間の善意を利用するつもりか? 口にはしなかったが。
「まっ、待ちなさいっ! わたくしを無視っ? 無視してくれますのねっ!?」
背中に掛かる甲高い声。声量を下げてもらいたいもんだな。
「……何? つまんないことならティドゥに噛ませるよ?」
ララミンにしては珍しく、相手にするのを嫌っているな。俺に対する毒が戯れのようだ。
「うぅ……怯みませんわ。こんなことでわたくしが怖気づいていては法廷の名折れですわ。しっかりするのです、ルールー。わたくしにはフォックシスがついているではありませんの」
なにやらぶつくさ言っているが、はっきりとは聞こえない。
「あれ、監督官なの。カデナ・ルールー。義務監督官を監督する監督者。だから嫌い」
ララミンのような犯罪者を監督する監督者だと? 聞いたことが無いぞ、そんな話は。
「……そうよそうよ。わたくしは如何なる義務監督官の上に立つ白位監制官なのよ。相手なんて所詮は子供じゃないのよ。わたくしが怯む必要がどこにあると言うのですの。そうですわよ。わたくしはわたくしとしてあるべき姿で在れば良いのではありませんことよ」
「おーっほっほっほっ! お待ちなさいっ、ハウン・リスティア・ララミンッ! 並びにガスイ・アデルリア・マダイッ」
何なんだ、この女は。意気消沈したかと思えば高笑い。振り返るとなぜか白い扇を俺たちに差し向けていた。
「あのさ、往来のど真ん中でその高笑い、恥ずかしくないの? フォックシスが恥ずかしがってるって分かってる?」
冷静にララミンが言う。確かに、フォックシスが若干ルールーから離れているな。奴は奴で苦労しているようだ。苦労を幸せに感じるどこぞの馬鹿犬とは違う、か。
「ワホ」
「……お前まで俺の心を読むか……」
マゾ犬めが。食うなって言うんだよ。
「う、うるさいですのよっ! フォックシスはわたくしを崇拝している気高き妖狐なのですわよっ! むしろわたくしに……って、フォックシスッ!? どうして離れているのですのっ? 貴方はわたくしのそばにいなければならないのですのよっ?」
「ね? 私が嫌いって分かるでしょ?」
「今だけは、お前に同意だ」
「ワン」
ババまでもが同意か。分からんでもない。俺の嫌いなタイプだ。
「ま、まぁ良いですのよ。下らない事を言う為に赴いたわけではありませんの」
「一人で盛り上がってただけじゃん」
なかなか言うな。さすがはララミン。
「お黙りなさいですのよ。私は大法廷より命状を承って、わざわざこんな辺鄙な土地まで来ましたのよ」
「どうせそいつに乗ってきたんだろう?」
ララミンがババに乗るように。
「犯罪者のくせにわたくしに意見するなんて、ハウン、あなたは一体如何なる更正処置をとっているのですのよ?」
「何もしてないよ?」
「何もされてないぞ」
「……はい?」
ララミンと俺の即答にルールーが固まる。
「……何もって、何も?」
なぜか俺を見る。
「見て分かるだろ?」
拘束も色能の奪罰もない。やろうと思えばこの場で殺人をしても俺は罪に問われん。これ以上の罪はない。ララミンも裁く気はないと言った。だからこそ燻る。今の俺は何なのだと。
「ハウン。あなた本当に義務監督官なのですの? 犯罪者の義務を解消させる気はありますの? 正気ですの?」
「何もしない。それが私の監督。何? 文句あるの? 私は最高義務監督官。いくら白位監制官だからって私に発動できる権限は無いはずじゃなかったっけ? それとも何? ルールーがガイアを更正できるの? 出来ないよね? 義務監督なんて一度もやったこと無いくせに義務監督官を監督する大法廷白位監制官第一席だもんね?」
「くぅ……っ」
図星か。しかし、ララミンの毒は仲間であろうと容赦がないのか。多少憐れむぞ、ルールーと言う女。
「まぁ私を監督する為じゃないんでしょ? 私たちも先を急ぐの。つまらない話をしたいならA級義務監督官以下にしてね。ガスイ、先導して」
歩き出す。確執だか、下らん喧嘩かは知らんが、俺が関与すべきことではない。ならば先を急ぐだけだ。
「お、お待ちなさいっ。今回わたくしはハウン、貴女の監督を承ったのですわ」
また声が通る。ルールーと言う女。耳障りではあるが、風の流れにその声を逆らわせ、はっきりと聞こえる声量。悪いものではないのだろう。だが、うるさいとしか思えん。
「ティドゥ。待って」
隣のでかい一歩が止まる。俺も止める。
「どういうこと?」
明らかな不快感。見えない分、感情を含有させる声は、ガキではなかった。
「貴女、スズライにおいて無用を犯しましたですのね? 町を駆ける白い獣を見たと私に届いておりましたのよ。法廷は義務監督官への命状は出してはおりませんわ。スズライが選挙管理委員よりこのようなものも承っておりますわ」
「ララミン、お前が提出したやつを持っているぞ」
「何でルールーが持ってるの?」
手にある封。ララミンが選管に出した奴だったな。この女、俺たちの向かう先から来たはずだが、何故それを手にしているのか不思議だ。
「フォックシスと査察先遣隊に昨夜同行しましたのですの。これは複写。本書は既に法廷が受諾しましたですの」
「そうなんだ。良かった」
捏造した権力により押し付けたスズライの再生計画を法廷は受け入れたのか。
「本来であらば、このような権限はありませんことよ? 貴女が偽りの権力を翳したことなど見通しておりますことよ?」
おーっほっほ。相変わらず耳障りだ、その笑いは。
「でも受諾したってことは、粛清はないんでしょ?」
「ええ。水量が整った以上、それはスズライの資源ですわ。要資源の再生が見込まれたのであらば、法廷は支援計画の採択に動くことですのよ」
「じゃあ貴様の用は何だ?」
「口を慎みなさいですのよ。この犯罪者」
波が起きた。思わずオンブルを張ろうかとも思った。
「キュオォ……」
だが、フォックシスが鋭眼を向ける。止めといた。狐を闘うほど趣味はない。
「なら何?」
「大法廷よりわたくしが受けし命は、ハウン最高義務監督官の更生計画の提出並びにトリエスティア法廷までの監制同行ですのよ」
「拒否します」
「そ、即答っ?」
ララミンの即答にルールーが怯む。
「私が受ける命は大法廷長のみ。それ以下の命を私が受け入れる余はどこにもない。私は現在義務解消の最中。私に課せられし任はそれが最優先。他のものを受け入れるつもりはない。そうトリエスティア法廷に帰って大法廷に報告すれば? でも出来ないんだよね? プライドが高いもんね? 任務失敗でした、なんて言ったら第一席の監制官の名折れだもんね?」
「くぅ……っ」
またもや図星か。この女、俺以上に分かりやすいな。
「良いよ。同行しても」
「は?」
「え?」
唐突にララミンが折れる。思わずララミンを見上げた。そして納得した。ララミンの笑顔に黒を見てしまった。
「よ、よろしいのですの?」
「良いよ。わたしに土下座して一緒に居させてください。そうじゃないとわたくしのプライドが傷ついて立ち直れないのですの。ここはわたくしが同行という名目にして、ハウン様に付き従わせてくださいませ。って言ったらね」
「なぁっ!?」
さすが灰。天使の笑みに悪魔の鼻鳴らし。
「さぁ、どうするの?」
悪魔が忍び寄る。お前はそれで白の法廷の人間か?
「そ、そんなこと出来るわけがありませんのよっ! わ、わたくしを馬鹿にするのもいい加減にしていただきたいものですわっ」
ルールーがそっぽを向く。顔が赤い。
「じゃいいや。行くよ、ガスイ、ティドゥ」
また俺たちは歩みだす。もう視線の先に小さく家が見え始めている。風に街の香りが乗る。
「ちょっ! ま、待ちなさいですのよっ」
「従う気になった?」
歩みは止めず、ララミンがババに毛を持ちつつ、振り返る。
「はっ、冗談っ。何故このわたくしがハウンごときに頭を下げなければなりませんのよっ! わたくしはそうそう安い女ではありませんのよ」
いちいち己を誇示するようにしか言えんのか、この女。傍目には随分と浮いていると言う自覚はあるのか?
「じゃあ法廷に帰って影で噂されれば?」
「うっ……」
「色もないのにフォックシスの威を借りて権力にしがみついてるルールーなら、一度の失敗でも結構痛いよね? 私知ってるよ? 見えない分耳は良いの。法廷の人間だって、人間なんだから噂話、好きだよ?」
耳が良いというのは冗談ではないな。心の声まで聞いてしまうほど恐ろしいからな。
「うぅ……わたくしの悪評が法廷内に広がるのですの……? ひぁぁぁっ! そんなことは断じて嫌なのですのよっ。これまでだって頑張ってきましたのに、それを一度の失敗で無にするなんて言語道断ではありませんのよ……。ですが、義務監督官とは言え、所詮は子供に頭を下げるなんて、出来ませんわ。出来ませんのですのよ……あぁ、わたくしはどうすれば良いのですのよぉ〜……」
頭を抱えてうずくまった。波打つ髪が乱れる。何がしたいんだ、この女。
「そこで悩んでれば? 私たち行くから」
フォックシスがルールーの頭に鼻をつけ、励ましでもしているんだろうが、一人でぶつくさ言うだけだ。
「法廷に帰れば待っているわたくしへの羨望。それを命状の未遂どころか失敗だなんて知られてしまえば、わたくしの築き上げたものが崩壊してしまいますのですの? そんなの出来ませんわ。しかし、ハウンに頭を下げるなど……ん? お待ちになって、わたくし。今、ここにはわたくしとハウンだけですわ。そうですわ。考えるのですわ、わたくし。法廷に戻っての失敗の失意の多さと、旅の恥。掻き捨てにするのであれば、どちらが傷が浅いかだなんて、瞭然ではありませんの? そうですわよ。所詮は旅の恥。旅の恥なのですの。それでわたくしの築き上げたものが失われないのでしたら、そうするべきではありませんこと? そうですのよ。それでまもられるのであらば、それで良いではありませんのよ。幸い、ハウンは子供。わたくしとどちらの言葉が法廷に通ずるかと言えば、わたくし。そうですわっ! 多少の傷など癒えるものも早いもの。選ばなければならないのでしたら、決まりではありませんことよ? 決めましたの。決まりましたのよっ」
「変でしょ?」
「お前よりもな」
背中から聞こえてきた、ふふふっ、ふふふふっ、おーっほっほっほっほ。不気味だ。気持ちが悪い笑いが響く。俺たちは振り返らない。
「他人のふりをするのも生きる上では大事だって分かった?」
「いい教訓だな」
「ワフ」
珍しくララミンに教わったな。腑には落ちんが、背に腹は変えられんだろ、あれは。
「お待ちなさいと言っているでしょうっ?」
「キュオォォン」
風が俺を抜いた。俺たちの歩みが止まる。上手いこと進まんな。
「邪魔」
「よくお聞きなさい」
フォックシスに乗るルールーが髪を靡かせる。今更取り繕ったところで、この女がどういう女か把握している。
「これより暫くの間、犯罪者ガスイ・アデルリア・マダイ。並びに最高義務監督官ハウン・リスティア・ララミンとティドゥ・ババ一向は、わたくし、大法廷白位監制官第一席、カデナ・ルールーが監督の下に義務解消の記しを執り行いますのですわ」
「ティドゥ、ゴーッ!」
ララミンが道の先を指差す。いきなり何だ? そう指を指す方向を見た。
「ワンッ!」
瞬間、空を影が覆う。ババが飛んだ。俺に風と土ぼこりを被せ。
ババとララミンがフォックシスを越え、走り去る。
「ガイアは自力で来てねぇー」
「……殺す」
オンブルを張り、俺は地の闇に落ちる。突発的とは言え、いきなり俺に地を蹴り、砂を被せるか。いい度胸だ。ただで済むと思うなよ。
「キュウ……」
「んなぁっ!? ちょっ、お、お待ちなさいですのよぉっ! フォ、フォックシスッ! 追うのですのよっ」
「キュオオォォッン!」
ただでさえ面倒な旅に、新たなる邪魔が入ることになるのは、町についてから痛感することになった。