第二回.白 の 義務
「あ、気がついた?」
「・・・・・・何なんだ、お前らは?」
瞳を開けた瞬間、ララミンの四本の束ねた髪が日差しを遮り、薄い影に包まれた顔が俺を見下ろしていた。こいつはいつもいつも俺を見下ろしているな、と思った。
「だから言ったでしょ。ガスイに私は殺せないって」
結局俺の攻撃は空気のようにこいつらを飲み込むことも出来ず、ただ無意味にそこに在るだけだった。体を起こすが、どこにも痛みはない。武具を持つことを真剣に考えるべきかも知れない。それくらい、俺の力がまるで効果がないことが衝撃的だった。ただのガキと犬じゃないと、本能的に恐怖のようなものすら覚えてしまった。
「手加減してなきゃ胴体引きちぎられてたけど、そっちのが良かった?」
その言葉はあながち虚言ではない、な。腹部に切り刻まれたように破れている服がそれを物語っている。だが体には先日噛まれた歯形があるだけで、他は何ともない。器用に服だけ噛み千切ることが出来るのか、この犬野郎は。
「ババが舐めれば、傷なんて癒えるの。ババが忠実じゃなかったら死んでたよ?」
俺の存在を知るために肩に手を置いて、ララミンが俺ではないところに声を向けると、ババが遊び足りないのか、ワンと吼える。
「ティドゥの唾液は治癒効能があるの。だから綺麗だし、売り物にだってなるんだよ」
売るのか、犬の唾液を。買うのか、犬の唾液を。何度かババの口内に飲まれた俺としては、綺麗だなんて思えない。しかもそれを傷薬として買い、使う人間を想像するだけで震える。
「で、何だその手は?」
「治療したげたんだから、お・か・ね。世の中の摂理。ギブアンドテイクってやつ?」
俺の肩に手を置いて、適度に俺の視界に入るもう片方の手の人差し指と親指が円を作る。
「子供が金に拘るな、世も末か?」
「ティドゥ」
ガブ。本日三回目のババの口内に上半身が飲み込まれる。ねっとりとした粘液塗れの生暖かい圧迫空間に動けない。きっと全身に鳥肌が立っている。俺は直接的な攻撃を受けることに慣れていない分、こういうことに対する耐性があまりない。
「えーっと、確かこの辺にっ・・・・・・とっ! あったあった」
腰辺りをまさぐる感触がした。そして聞こえるジャラジャラとした金属音。足掻こうにも足掻けば甘噛みしているその牙が俺の体にめり込む。
「たったのこれっぽっち? さもしい一人身かと思ったら、ただの貧相な独身なぁんだ。つまんない」
もういいよ、とララミンの声にババが俺を解放する。ついでにララミンが俺の路銀を全て己の懐に入れ、空の袋だけを投げ返す。
「それは窃盗じゃないのか?」
「犯罪者に沽券があるわけないでしょ。何アホなこと言ってんの?」
こいつは確実に俺が殺す。はっきりと誓った瞬間だった。
「お前、本当は見えるんじゃないのか?」
「何が?」
こいつは髪型がおかしいくらいで、普通のガキ。だが、大きく普通ではない事実もある。
「何もかもだ」
立ち上がり辺りをよく見る。やはり俺がオンブルを使った場所の青草は一本たりとも残らず消え失せ、裸地が綺麗に円形を成している。俺の力は確かに通用している証。だが、何故こいつらには効かなかったのか疑念が残る。
「私全盲だって言ったよね? 聞いてないの? それとも理解出来ないくらいに頭が弱い? ま、弱いから犯罪者ってことだもんね。うん、だからプーなんだし、旅してたら格好良いことでもあるとか思ってんでしょ? 恥ずかしいよね、そういうのって。今時流行らないよ?」
そう、違うのはこいつは全盲。常に双瞼が瞳を覆い隠している。それが事実であるのかは本人の言葉でしか知らないが、それらしい行動は何度も見ている。
「いちいち癪に障ることしか言えんのか、お前は?」
好きでしているわけじゃない。くそみそに言われる筋合いなどないはずだが。
「しょーがないじゃん。ガスイは犯罪者。私、義務の具現と監視者。対等だとか、自分の方が上だとか思ってんの? 地位なんてあるわけないでしょ、人殺しのくせに」
言いたい放題言ってくれるな。一言に毒を混ぜないと済まないのか。
「私の願いを叶えることだけに忠実であれば良いの。それ以外のことで疑問を持つのも私に問うのも、意見するのも禁止」
「誰も忠実を誓うなどと言った覚えはないぞ」
判決を喰らった日にも同じことを言われた。だが、俺は一度たりともララミンにはそんなことは誓ってない。何故俺が誰かの元に縛られないといけない。
「じゃあ、誓え」
「断る」
ティドゥ、と一言。
「・・・・・・言わんぞ」
また闇が俺を支配する。微かに漏れる腹部辺りの光も体をろくに動かせない今じゃ闇でしかない。
「ティドゥ」
「うっ・・・・・・」
思わず声が漏れた。腹筋に力が入った。咆哮する度に見えていた犬歯が腹部にめり込み始める。刃物のように鋭いわけではないから、切れるまでの痛みはない。だが、食い込む痛みはそれに退けを取らずに俺を襲う。
「誓え」
「・・・・・・誓うか、ガキなんぞに」
くぐもる声に忠実な犬へのさらなる命令が飛ぶ。
「ティドゥ」
「あ、く・・・・・・」
肉にめり込む特に強い四本の痛み。それに次ぐように小さな痛みがあちこちから襲い始め、俺の顔面と背面を圧迫する硬くもあり柔らかくもある肉壁が押し迫る。
「ほらほら、早く誓わないとおなかに穴が開いてティドゥのおやつになっちゃうよ?」
くぐもって聞こえるララミンの声が何故か楽しげだ。
「これは脅迫だ。脅迫に屈するほど俺は愚かじゃない」
「でも、痛いでしょ? 武器に慣れてない人間って、結構ナイーブなんだよ。もう結構じゃないんじゃない?」
だが、正直なところ抜け出せない現状を打開する術が浮かばない上に、悔しくもララミンの言う通りにババの歯の痛みは強い。オンブルも呼び寄こせない中でどうするべきか。あれしかないのか。嫌だぞ俺は。
「ティドゥ」
そして放たれる命令に忠実なババは、その顎をさらに閉じようとしてくる。
「言っとくけど、犬だからってティドゥの顎の力は、人間なんて楽々に噛み砕いちゃうよ?」
降伏宣言を助長する諭が加わる。いや、言われなくともこのデカ犬がそこいらの犬のような顎の力でしかないはずがないことなど、見て分かる。この図体でただの犬と同じ顎力ならその方が衝撃的だ。
「何度も言わせるな、誰が誓うか」
「強情。大人ならもっと潔くないとモテないよ?」
「諭すな。どこの年増だ、お前は」
その間もババが俺の体に歯を食い込ませてくる。そろそろ普通以上に痛いと思う痛みに、筋肉の緊張が解けない状況になってくる。腹の皮は結構薄いはずなんだが、意外と持つもんだなと、ほとんど刃がこの体を切り裂いたことがない経験から、新たな発見もあったりする。
「私はモテるもん。経験論ってやつじゃない?」
「寄ってくる男はただの変態だ」
子供相手に欲情する奴を諭しの種に持ち出すな。気持ち悪い。
「変態も寄ってこない犯罪者に言われる筋合いないもん。細かいことにいちいち気付いてるようじゃ、ガスイに殺された人が哀れだね」
微塵にも思ってない抑揚なき言葉に、かすかな怖気すら感じる。
「さ、と言うわけで誓え」
「どう言うわけだ。この状・・・・・・況で何を誓えと?」
ちょっとギリっと食い込む痛みに声が裏返った。
「痛いでしょ? 大人しく誓えばすぐ開放したげるよ? ほらほらほら声裏返ってるよ?」
「開放すれば、検討してやらんでもない」
「馬鹿? アホ? 頭弱い? 愚か? 何で検討させなくちゃいけないわけ? 立場は私が上。交渉なんてしない。犯罪者に発言権及び決定権なんてないの。理解出来る? もっかいもっと大人でも分かり易く子供の言葉で言ったげよっか?」
何故俺はそこまでこのガキにコケにされないといけないのか? 犯罪者だと、たった一言の事実がそこまで俺を貶めるのか? これまでの監視者の人間はもっと厳格で荘厳で固い人間だった。だが、その真逆すぎるこいつは、何なんだ本当に。
「忠実を誓えば、俺は・・・・・・どうなる?」
武器を持つ人間はその痛みを知る覚悟の上で刃を取る。斬る痛みを知るからこそ、斬られ、斬る。だが、俺は武器を一切持たない。使うのは血。あとは定めついた闇。故に俺の戦闘形式は中距離及び長距離戦闘。接近戦などしない俺は、はっきり言って痛みを知らん。オンブルを張れば、武具による攻撃など喰らわない。だからこそ、この避けられない痛みは痛い。認めよう。俺は打たれ弱い方だ。正直、痛みに目頭が熱いくらいだ。
「絶対服従♪」
何が楽しいんだ? くぐもる声にムカつくばかりだった。
「ほらほら、ティドゥがおなか空いたみたいだよ。早く言っちゃえ。言って楽になっちゃえ」
普通の女になら、ため口だろうと軽口だろうと言われるのは大してどうも思わないが、こいつにだけは殺意を覚えて止まない。
「ティドゥ、おなか空いた?」
ララミンの問いに、モホッとした空気と響きが俺にさらなる鳥肌をもたらす。いい加減視界に靄が掛かり始めてきた。せめて俺を口内に納めている時は声を出そうとするな。
「早くしないと、ティドゥのおしりから出てくるよ? 骨も肉片も残らないけどね」
だろうな。命令してないはずだが、ババの牙が俺の肉を抉ろうとしてるのが、痛点の刺激にはっきりと出てくる。
「私、いつまでも待てる気の長い女じゃないの。だから、これ、最後ね」
命の選択の最後を俺はもう迎えようと言うのか。なんと愚かな人生だっただろうか。走馬灯すら脳裏を駆け巡らない。痛みと臭みの中で死ぬ、愚かな道へ続く道を歩いてきたわけじゃないと言うのに、最後がこんなだとは嘆かわしい。
「私に、忠実を誓え」
悪魔が最後の審判をもたらす。思い返せばどんな人生だったのか、思い返せるほどの経験をしていない。黒を背負っている以上、それは色を持つ世界にとって不可欠な道だった。
「・・・・・・・・・分かった」
人生において、何よりも愚かな選択だった。俺がたかが十年を生きる少女に屈服するはめになるとは、生涯において最悪と言う言葉を理解した瞬間だった。
「よし。よく言った。それでこそ男だねっ」
満足げなトーンの声で、ババに開放を命ずる。
「・・・・・・・・・誰か殺してくれ」
香る青草は、こんなにも清々しかったのか。吸い込む息がこうも気持ち良いものだとは。
「良かったね、ティドゥ。狗が出来たよ」
「ワンッ!」
涎塗れで呆然とする俺を他所に、ララミンとババが無邪気に騒いでいた。殺人衝動ではない自殺衝動に駆られるとは、これは一体何を償う俺の罰である義務なんだろうか。
「それじゃ、行くよ狗」
俺の声がする方に話しているのだろうが、ララミンは両目を開けることなく喋るため、全盲などと言う障害を負う人間を相手にしたことのない俺にして見れば、その一挙手一投足に妙な感覚がある。
「でさ、狗」
「俺は名がある。名で呼べ」
今は誰も周りにいない分マシだが、町に入ってからもイヌ呼ばわりなら、俺はそこいらのナイフで首を掻っ切って死んでやる。惨めに生きるなら潔く死ぬ方がマシだ。
「イヌってティドゥも犬だもんね。見分けつかなくなっちゃうか」
見分けは見た目でつく。ララミンは全盲だからその主観から言うのかも知れんが、世界は光が包んでいる。その中で俺は闇を纏っているだけだ。
「じゃあガスイ」
初めと変わらない呼び方だが、これ以上ややこしくするのは主義じゃない。ここはそれで耐えるしかない。少しばかり肉体的にも精神的にも打たれ続ける痛みに、プライドの傷が深いからな。これ以上の傷の上に傷を作る気はしない。
「でさ、おなか空いたの」
「言っただろう。この辺りに食い物はない。気のせいだと思っておけ」
話の脱線が長過ぎだ。
「ティドゥ」
「ワフォ」
ガプ。またか。どれだけババは俺を噛むのが好きなんだ? 俺はもしかしたら美味いのか?
「んなわけないでしょ。人間よりも美味しくないものなんてないし、自惚れも良い所だよ」
「人の心を読むな」
涎で濡れた上半身を拭きながらため息を漏らす。
「おい、ララミン」
「ハウン」
俺が呼ぶと間髪泣く名を言い返してくる。そう呼べと命じるように。
「私、ララミンって嫌いなの。子供っぽいし」
「子供だろ」
目が見えないくせに自分の足で草原に立ち風を浴びる。その小さな背中はどこから見ても子供。そのカニ頭が助長してるようだ。
「人を見た目で判断すると、痛い目に遭うよ」
吹きぬける風が涼しそうで、鼻まで隠していた服をずらして顔を出す。
「信じてないね。ま、良いけど。ガスイに信じてもらっても得になんないし」
子供のくせにここまで毒を吐ける奴を俺は知らないからな。色々と驚きに満ちたもんだ。
「それじゃ、先に行くよ」
ララミンがそのまま歩き出す。ババに乗らないのか? そう聞こうとすると、ララミンが千鳥足とやはり見えてない不安からだろう。掴むもののほとんどない平原に手を伸ばして何かに掴もうと歩き出す。これを見せられて子供じゃないとどう否定しろと言うのかが、理解出来ない。俺がババに視線を送ると、ババは小さく鳴くだけで俺の隣から動こうとしない。無駄にデカイ分、俺の視界の半分は眩しい白に染まって暑苦しい。
「今、可哀想な奴とか思ったよね?」
ババの声を聞いて、俺がどこにいるのか分かったのか、振り返って俺を見る。
「実際見えないだろ? それ以外にどう思えと?」
いちいち相手の様子を伺って下手に出てはやっていけない。言いたいことは言う。聞きたい事は聞く。邪魔なら排除。遠慮しては舐められる。遠慮しなくとも舐められるのは初めてだが。
「何度も聞くよね。よっぽど理解出来ない幼稚な脳みそしかないの?」
可愛くない。こんなに可愛くない少女はそういないだろう。俺は初めて見た。
「猛毒だけは達者だな。強がりか?」
常人とは違う大きなハンデ。そのハンデから来る反動がそうさせてるようにも思える。
「ティドゥ」
そして俺はまた噛まれる。もうこれは食われると言ってもおかしくはないだろう。いつ本格的にババの餌になるのかは、ララミンの気持ち次第。恐ろしいガキだ。
「馬鹿にしないで。私は監督者。私を侮辱すると容赦しないからね」
調子に乗った口調ではない、怒りを含んだ声色。全盲と言うハンデで下に見られることに対する嫌悪。ある意味これが弱点かもしれん。覚えておくか。
「その監督者の割には、指示を出さんな?」
ララミンがティドゥを呼ぶと、のっそりとした大きな足取りでババが俺の隣を歩いていく。すぐ隣を歩かれると全身を視界に捉えきれない図体は恐ろしいもんだ。足一本ですら俺を超えてる。
「どうせ言うこと聞かないくせに」
「当たり前だ」
子供にこき使われてたまるか。
「分かってないね。その罪の重さと義務の意味」
ララミンが伸ばした手に、ババが自分の体を触れさせて位置を知らせると伏せる。俺からしてもババはデカイが、ララミンからすれば俺以上のはずだが、伏せたババの足に乗って毛を掴んでその背中によじ登る。スカートが捲れるが、全く気に掛けることもなく毛皮のベッドに埋もれるようにその背中に腰を下ろした。
「なら、お前は分かってるのか?」
ババに声を掛けるとババが立ち上がり、ララミンの体が揺れる。先に進むことを再開するようで、俺もついていく。一度逃げようとしたことがあるが、ババの脚力に逃げ切れなかった。瞬発力も跳躍力も持久力も速力も何もかも常識的な犬の範疇を軽く超えているババは、犬であって犬ではなかった。
「私を誰だと思ってるの? 私は罪人の監督者で私の課す義務を果たした犯罪者は今まで誰一人としていないんだよ」
引き摺り下ろしてやりたくとも、俺は空を飛ぶことも跳躍力もない。ババの背中に乗るララミンは俺の身長の数倍の高さから俺を見下ろす。届きもしない。
「あれが、だと?」
「そ」
俺の真意を理解した上での即答の一文字。
「白の法廷の犯罪者への更生手段である義務は色々あるよ。ガスイだって四回目でしょ?」
「それなりに知ってるつもりだ」
「威張るな犯罪者のくせに。そんなことで図に乗られても惨めなだけ。義務の数が多いと偉いとか勘違いしてんじゃないの?」
知り合いもいない孤高の流浪で、誰に自慢しろと? 俺に頭が弱いとか言うが、こいつもそんな下らん偏見を抱くのは同じじゃないのか。
「一回目はリリミアの街で強盗による二週間の縛り晒し。二回目はアームドの村で盗賊団一行の殺害による所持品押収及び下水道建設への労働介入。三回目は王都ガザルディアにて貴族パルチスタ・ロメインの殺害及びロメイン家の従者八名の殺害による白の開闢室での禁固。それは二日で脱獄。そして今回の件による大法廷長の指示で私が呼ばれた」
わざわざの俺の犯罪歴の吐露をありがとう。なんて思うはずもなく、ララミンは俺に改めて認識させるような子供らしからぬ口調で往く先を見ながら風に髪を纏わせる。ババの毛並みも草原のように毛艶が輝く。全く以って眩しい。黒犬なら俺も好きになるんだが、白犬は嫌いだ。
「回を重ねる毎に犠牲者を増やして、そのくせ反省するどころか脱獄する始末。今のご時勢でそこまで義務から逃げようとする奴ってガスイくらいだけど?」
「褒め言葉として受け取っておく」
俺の歩くペースなど無視してババのペースで歩く。故に俺が必然的に早歩きでついていく。
「褒めるわけないでしょ、馬鹿。極刑がない分、自分の命の重たさを少しは感じれないの? いい大人のくせしてさ、みっともないよ? 余程可哀想な生き方しかしてないんだね?」
こいつに哀れまれると、酷く落ち込むのはどうしてだろうな。
「四度目の義務が何故お前なんだ? そしてお前は誰だ?」
大法廷長のジジイ自らの決断が、俺への義務。そしてその義務は今までは街の晒し者扱いの羞恥、勤労による労働の慈しみなど。何よりも辛かったのは白の開闢。全裸で全身を拘束され、他に色のない壁も天井も俺以外は全て白の空間把握すら出来なくなる部屋での禁固。闇であるなら心落ち着くものだが、光しかない場では死ぬよりも耐えがたく、舌を軽く噛み切ってその血を使って俺自身が闇に沈んで脱獄した。
「人の話は聞いてよ? 私の課す義務を達成して更生した犯罪者はいない。意味分かる? 子供の私でもそれで理解出来るんだけど、ガスイには無理? んで、私は大法廷所属の犯罪人特別監視義務を負う監督官。分かるよね? これで分からないなら、もう説明する言葉がないんだけど?」
思いっきりコケにしてくれてるな。
「あまり俺の神経を逆撫でするなよ? 俺の力はあれだけではない」
「はいはい。分かったから反論しなくて良いよ。聞く気ないし」
抑えろ、俺。子供相手にむきになるな。そう心に言い聞かせて抑える。ここまで俺を苛立たせるのはそういないだろう。
「それにガスイが私の義務から逃れられるとは思わないけど」
「言ってくれるな。相当俺を舐めてるだろ?」
「うん」
即答にカチンと来るが、大人として抑える。
「白の開闢に比べれば、お前の願いなんてざらじゃない」
俺が課せられた更生への義務。正直聞いた時は呆気にとられた。そんな簡単なことで良いのかと。
「やっぱり分かってないよ」
ララミンが俺の嘲笑を一蹴する。心なしか今の言葉は悲しみを含んでいたように思うんだが。