第十六回.ハウン の イヌ
「やっとお出まし? ちょっとはこっちには配慮してくれても良くない?」
《ここまで来るか、小娘よ》
歩きにくいことこの上なかったけど、空間の広がりを感じる。
「ここが泉の水源ってわけね、水狼?」
町の中には感じられなかった水の匂いと湿気が漂ってる。肌に感じる湿気が乾燥してきたお肌には気持ち良いかも。それに水音ってこんなに安心出来るくらいにいい音だったっけって感じ。
《いかにも。我なる狼の根源なり》
「あははっ、冗談も良いとこにしときなさいって。青で抑えてるだけじゃない」
見えなくとも感じる青の力。水源から溢れる水を自分で取り込んで最低限だけを森に流してる。どおりで町にまで行かないはずだね。
《否。我なるは水狼なり。水を司る神の化身》
今更そう言われたところで、正体知ってるんだから哀れにしか思わない。
「図星を突かれたからってムキに自己誇示しなくて良いよ。全部知ってるって言ったじゃん。私のことを知ってるあんたもそうでしょ。お互い様だよ」
私のことを知ってる時点で神じゃない。だから私は白として悪を裁く。
「心配しなくてもこれは私の独断で、法廷は無関係だから別に町の人間に正体は晒したりしないから」
法廷はそれを見越してるからこそあんな策を練ったんだろうけど、そうはさせない。原因さえ躾れば全てが元にも戻る。根を根絶させたからって変わるのは国の指針だけ。でもその影響は大きい。
《独断故ならば、我よりの断罪を以ってし、その身を崩壊させようが問題はあるまい》
「そだね。私を殺せば今まで通りじゃない? ただ、今度は私の後ろにつく法廷が出てくるだけだよ?」
法廷に対して怨みを持つのは自由だけど、我が儘は白にとって悪に取られる。事実スズライの町が貧困に崩壊して来てるんだから裁かれるのは確実。国境町故の物流と交易、経済の拠点の崩壊は国にとっても、税制の危機。見過ごしてばかりはいられないしね。
《法廷など恐るるに足らず。我が力によって崩壊させてくれよう》
まだ気付いてないのかな? 私が来た以上もうその目論みは無理だって言ってあげてるのに。大人しく言うこと聞かない辺りはガスイと一緒だね。人が折角下手に出てるのに。
「気付いてないの? 水狼の皮、破られたよ。私の狗にね」
馬鹿でもものは考えられたみたいだけど、時間掛かりすぎ。何をちんたらしてたんだろ。
《我が皮を突破せしは、やはり白であったか》
「その通り。狼ちゃんたちも勝てなかったみたいだね?」
ティドゥの白とガスイの黒がこっちに来てる。でも、もう一つ庶民の色があるけど、誰? 何で一緒にこっちに来てるのかな?
《我が配下への冒涜、万死を以って償うが良い》
「さっさと姿、見せないさいよ。水に溶け込んだって私の目には見えてるよ」
実際に見えてるわけじゃないけど、青の力を埋め込まれただけはあるね。水に同化なんて。この水を町の人が飲むって言うのはなんかヤダね。別離させて元に戻さないと。私も狼の浸かった水なんて飲みたくないし。
《良かろう。我が片鱗に恐れるが良い》
水がざわめきだした? 平静に水滴の奏でを響かせてた私の目の前の森の泉が揺れてる。さっさと姿見せれば良いのに無駄に引っ張るんだもんね。姿を見るのは初めてだけど青なら大したことないね。動物だし人間みたいに余計なこと考えて行動しないから、単純で楽。
「変乱をもたらす悪い子にはちょっと痛いお仕置きが必要だね」
《いざ集え。我が水狼の成す青のままに》
何だろう? 目の前の泉の喧騒と共に私の背後の森から何かが集まってきてる。物質的要素じゃないね。でも、これが水狼の力ってことなんだろうね。
「ガスイが来ないとどうしようもないんだけど、遅すぎ、あの馬鹿」
私一人で相手するのも良いけど、それじゃあ制御が利かない。最悪森を破壊しちゃうことになる。そうなると元もこうも無いから、ガスイが到着するまでは耐えるしかないかな。
「ワゥッ!」
「ティドゥ?」
空からティドゥの声が聞こえた。狼が逃げたのはやっぱりティドゥがブッちめたんだ。怪我してないと良いけど、大丈夫みたいだね。