まおうせんそう ~うっかり魔法使いとポンコツ姫~
次の長編に互換性のある設定で書きました。
「現れ出でよ、わが眷属!」
黒い石造りの狭い部屋に閃光が走った。部屋の中央には魔方陣が敷かれており、それがまばゆい閃光を放っていた。
そしてその魔方陣を見つめるのは小さな悪魔族の少女、かつて地上を侵略し敗北した悪魔の王である魔王アグラストラの愛娘であるシエラ姫であった。
閃光はやがて部屋全体を包み込み、小さな姫の視界すらも奪い去った。そして、光が薄れていくと魔法陣の上にないものかが立っていることにシエラは気が付き、まだ回復しない瞳を細めてその影を見つめるのだった。
「……魔法使い、ニーチェ、御呼ばれとあって参上いたしました」
「……随分とひょろひょろとした奴が来たものだ。私は凶悪な魔獣が召喚されるものと……」
召喚されたのは見た目はごく普通の人間の男、シエラにはそいつがすごい力を持った存在には見えなかった。しかし、それでは困る。強力な力を持っていなければこれから来る王権争奪戦で生き残ることは出来ないのだ。だからこそシエラにはニーチェに問わねばならないことがあった。
「魔法使い。お前戦闘は?」
「出来ません」
「ならば暗殺は?」
「出来ませんが?」
「……攻撃魔法」
「使えません」
「とんちんかんのぽんぽこりんめ!」
シエラは呪った。自分の才能のなさを。自分のポンコツさ加減を。なぜこのような無能を召喚してしまうのか。この、クソ重要な時期に。
王権争奪戦とは魔王アグラストラが死去したことで起ころうとしている新しい魔王を決める儀式だ。当然、悪魔たちの儀式なのだから平和的なわけがない。血と肉の飛び交う殺し合いになることなど火を見るよりも明らかだ。
しかし、シエラには戦いの才能……というか、全てにおいて才能のないポンコツ少女であった。だからこそ父の残した召喚の魔方陣に頼ることにしたのだが……、そこでも失敗したようだとシエラは頭を抱えた。
「お嬢さんや。たしかに僕は戦う力を持たない。が、悲観になるのは早いと思うがね。何せ僕は、幸運を呼ぶ魔法を使うからね」
「幸運? 何をするの?」
「例えば僕が欲しいものを念じたとする。すると――ほら」
彼の手のひらに、先ほどまでなかった赤い綺麗な花が握られた。幸運とは関係ない。しかし、彼の精一杯の励ましなのだとシエラは感じ取った。
「あ、ありがとう」
「ちなみに本命はこっちだったりする」
そう言ってにこやかな笑顔で彼が見せたのは真っ白いパンツの様なものだった。男物ではない、女物である。
その瞬間シエラは下のスカートがやけにスース―することに気が付いた。
「ちょ!? このスケベ、いつ抜き取ったんですか!」
「君が花に気を取られているうちに。僕の魔法でね。僕は魔法使い。あらゆる幸福と奇跡を操る手品師さ。女の子のパンツを抜き取るだなんて造作もないし、それが仮に魔王に匹敵する大悪魔の大切にしている者だって、手に入れられる」
「!?」
「それでどうするんだい? 小さなお嬢さん。ちょっとド派手な手品を披露してほしければ、お見せしたいと思いますが」
「ぜ、ぜひ、お願いします!」
魔法使いはにっこりと笑うと、さりげなくパンツをポケットにしまおうとした。当然シエラは力づくでそれを阻止した。
魔王の剣、それはかつて魔王アグラストラが身に付けていた剣である。神器と呼ばれるそれは所有者に絶大な力を与えると言われている。
「あれよ魔法使い。あの男が腰に下げている物々しい剣、あれが魔王の剣です」
「なるほど。あの男はかつては魔王の一番近くで執務を行っていた側近でしたね。彼ならば魔王の死後にすぐあの剣を入手するのも容易かったことでしょう」
「詳しいのですね。……それで? どうやって奪い取るのですか?」
シエラは陰に隠れながら王座の間でふんぞり返って玉座に座る忌々しい現魔王のロキウスを睨みつけた。力の差は歴然、まともに挑んでは勝ち目無し。
「奪い取るだなんてとんでもない。僕は彼と力比べなんてしたくありませんよ」
「では、どうするのですか!」
「当然、僕は魔法使いなのですから魔法を駆使します」
「ずいぶんと胡散臭いぞ、魔法使い。具体的には?」
「まあ見ていてください。大金星を挙げて見せますとも」
そう得意げにニーチェは言い放つと、何やら奇妙な呪文を口ずさんだ。すると、彼の体が煙に包まれて次の瞬間、ドワーフの様な毛むくじゃらのおじさんの姿になっていた。
「なんだ貴様は」
「お初にお目にかかります。大王様。私は連邦のミドリナ共和国より参りました。名をニニエと申します。此度は新しく魔王の座に付かれました大王様に献上品があってございます」
ニーチェは魔王城の外から堂々と中に入り、ロキウスの前に出たかと思えば突然こんなことを言い始めた。物陰に隠れて見ていたシエラは首を傾げた。
「言うてみよ」
「はい。私が献上いたしますはこれ、魔法の飴であります。これはミドリナ共和国のドワーフがエルフより製法を教えられたという由緒正しき魔法の道具であります」
ニーチェは青や赤など、色とりどりの飴が入った瓶をロキウスに見せた。しかし、ロキウスの反応は鈍い。興味を持っていないようであった。
「どのようなものなのだ?」
「なんとこちらの飴玉、自在に姿を変えられるのです!」
「……ほう?」
ロキウスは少しだけ興味を示したようで眉を動かし、ニーチェの方に顔を向け始めた。
「では、試しにこの私がこの赤い飴を食べてごらんにいれましょう。すると、なんと――」
ニーチェは飴を口の中に入れた。すると赤い煙がモクモクと立ち上り、なんといつもの人の姿に戻っていた。
それがもとの姿とは知らないロキウスは仰天した。嘘八百と思っていたものが本物であったからだ。
「赤の飴は人の姿に変わることが出来ます。この時体も人の物に変わるため、人間には同族にしか見えません。この姿は次の飴を食べるまで変わることはありません」
「これは凄い! では青や白、黄色の飴を食べるとどうなるのだ?」
「はい、ではお披露目いたしましょう」
そう言ってニーチェは次々と飴を口に運び、姿を変えていった。
青は化け物、白は元の姿に戻り、そして黄色は……ちっぽけな虫けらであった。
虫からニーチェがドワーフの姿に元に戻ると、ロキウスは拍手をニーチェに送った。
「あっぱれ! ニニエとやら、それは誠に面白き飴玉よな! どれ、私も使ってみるとするか!」
「お褒めに預かり光栄でございます。では何からお使いいただきますか?」
「やはり赤から使おうかな。人というものになってみたかったのだ!」
興奮気味のロキウスは赤い飴、青、白と使っていき、最後には黄色の飴を口に含んで小さな虫の姿に変わった。
「凄いなこれは! 虫の姿ならば追手からも容易く逃れられるだろう!」
「そうですか。それはそれは……」
「ところでニニエとやら、虫の姿の時はどうやって元の姿に戻るのかね? 白い飴を食えばよかったかな?」
「……」
ニーチェは足をゆっくりと上げ、ぷちっ! と足を踏みしめてロキウスを踏みつぶした。彼が足をあげると、小さな虫が無残につぶれていた。
「大王様、虫は飴を食えぬのでございますよ?」
悪辣な表情でニーチェはそう呟くのだった。
「詐欺師ですか! 悪魔ですか! えげつないにもほどがあるでしょうに!」
全てが終わった後、ニーチェの元にやって来たシエラは言っていることに反して得意げな表情であった。それはもう、まばゆいばかりのどや顔であった。
「悪魔族に悪魔と呼ばれるとは……、少し心外ですね」
「所で魔法使い。貴方は最初に言ったではありませんか。次の飴を食べるまで元に戻れないと。貴方は戻ったではありませんか!」
「僕は魔法使い、自前の魔法で変身しました」
「つまり飴は?」
「食べておりません」
「酷い人! やっぱり魔法使いでなく詐欺師ですね!」
「僕の言ったことをよく聞かずに、こんな胡散臭いものに手を出した彼が悪いんですよ。僕はちゃんと忠告したわけですし」
ニーチェは得意げに笑うと飴の入った瓶を仕舞った。
そして、同じく得意げな表情のシエラがふんぞり返りながら手を差し出してきた。
「ではご苦労様でした。魔王の剣をこちらに」
「……」
「どうしたのですか? 早く――」
そこでシエラは気が付いた。
――ニーチェが剣を持っていないことに。
「つ、剣はどうしたのですか!」
「あ、あちらにございます」
そう言ってニーチェが指差したのは、先ほど無情にも踏みつぶした虫の残骸であった。
「潰れているではありませんか! え? つまり剣は――」
「大王様と一緒に天に召されました」
「……このポンコツ、うっかり魔法使い! お前が虫になって蜘蛛にでも食われてしまえばよかったのに!」
「ひぃ!? す、すみませんでしたお嬢様! 僕もすっかりと忘れておりまして……」
「忘れておりまして……、で、すみますかこのアホちんこ! あれは世界に二つとない貴重な宝剣なのですよ!」
支配者のいなくなった魔王城にシエラ姫の罵倒が鳴り響いた。
ライバルはいなくなったが、シエラ姫の王権争奪戦の受難はまだまだ続くようであった。
けものフレンズが楽しすぎて第一話を二百回近く見ています。
すごーい! 作者はなろうの底辺で三年近く活動しているフレンズなんだね(白目)!