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3-2 便利に使われるケイン

ハスエルとエダフが話をしている頃。ガットは森で修行をしていた。


心臓の鼓動を静め、体から無駄な力を抜く、周囲の音や匂いから意識を遠ざける。

枝から木の葉が落ちるように、また彼も枝から自然と落下した。

着地する寸前、微かに草が揺れる音。


首を切られた野うさぎが一羽、彼の手に握られていた。


「まだまだじゃのう」、爺からダメだしをされる、

「まだ気配を消そうとしとる。王子は存在感薄いのに、なぜ消すのは苦手なのか……」


「捨てて帰るぞ」


「ホッホッホッ、ほれ次の獲物を探せ」


「いや、今日はもう引き上げるよ。……なあ爺」


「なんじゃ」


「今の俺なら、王都へ潜入し暗殺を企てた首謀者を始末できるだろうか」


「まだ無理じゃ。――何をそんなに慌てておる?」


「怯えて暮らすのはもううんざりだ。この仮面マスクも外したい」


渋い顔をしながら爺の柄で仮面マスクをコンコンと叩く。


「この村に来て三年、一度も追っ手は現れておらぬではないか」


「まだ見つかっていないだけだ」


「見つかるまでは静かに暮らせば良かろう?」


「こんな辺鄙へんぴな村に、死ぬまでくすぶっていろと言うのか!」


ガットが声を荒げる。

自分の力だけでは状況を打開できないことへの苛立ちだろうか、爺と森で修行する日々に嫌気が指したのか。彼はやり場のない怒りをぶつける先を探していた。


「王子よ闇雲に戦いを選ぶは愚策ぞ。まずは敵の情報を集めよ、行動はその先じゃ」


「クソッ……」


ガットは近くにあった木をかかとで力一杯蹴った、しかしびくともしない。

まるで強大な敵に対抗しても歯が立たないとさとされているようで余計気分を悪くした。


―・―・―・―・―・―・―・―・―・―


ケインの家に併設されている納屋、荷車などが出入り出来るよう入り口は広くなっている。

農作業の道具などが並ぶ棚に先の戦いでひしゃげた盾と、傷だらけの鎧が置かれていた。


そんな防具を眺めながらケインは、

「これ、どうしようかなあ……。もう戦うことなんてないだろうし、捨ててしまおうかな」と、独り言を呟いていた。


村人から借りた物だったが、持ち主が返却不要と言うので一応引き取ったのだ。


「こんにちは、ケイン」


「やあ、ハスエル」


納屋の入り口からひょいっと顔を覗かせたハスエルはごく自然に、

「ケイン、お願いがあるんだけど」と、話しかける。


たぶん重い荷物でも運ぶのだろうと予想しているのか、

「ああ、いいよ」と、気軽に了解してしまう。


「ありがと、うれしい! じゃあまたね」


ケインなら断らないという信頼と、ハスエルの頼みなら安請け合いする彼との間の阿吽の呼吸だった。


―・―・―・―・―・―・―・―・―・―


ケインの家を後にしたハスエルは村長の家を訪れていた。


家の玄関の扉を開き、顔だけ中に入れ、

「こんにちは村長。ガットいますか?」と、声だけで村長と会話を始める。


「ガットは森で狩をしとるよ」と、家の奥から声が聞こえる。


「行ってみまーす」と、言い残すとハスエルは村長宅を後にしたのだった。


―・―・―・―・―・―・―・―・―・―


ハスエルは森に向かう途中でガットに出会えた。

森と村の中間地点、周囲に誰もいない、二人だけなのを確認するハスエル。


「ガット様……」、声のトーンが少し下がり艶をだす。


「今は普通でよい」


「ガット、探してたの」、普段のハスエルに戻る。


彼に操られている間の記憶は彼女にない、二重人格のような状態だった。


「野うさぎを捕まえてきた、今晩のおかずにしてくれ」


あれから二羽追加して捕まえていた。


「大猟ね。――ねぇ……ガット、お願いがあるの。新しい杖が欲しいんだ」


「杖?」


ハスエルはエダフと会話した内容をガットに説明した。


「いいよ、取りに行こうか。……で、当てはあるの?」


「まだなの。村長に聞こうと思ってるんだ」


「わかった、今晩聞いてみよう」


二人は揃って村へ帰るのだった。


―・―・―・―・―・―・―・―・―・―


その日の夜、村長の家では野ウサギのシチューがテーブルに並んだ。

濃厚なミルクで柔らかく煮詰められたウサギ肉に舌鼓を打つ三人。


「今日の料理も美味しいよ、ハスエル」、笑顔の村長。


「えへへ、黒猫がウサギを捕まえてきたの」


「ガット、美味しいよ」


「ああ」


村長がガットにもお礼を言うが、いつものぶっきらぼうな態度。

そんな彼を暖かく笑顔で見ている村長。


「ねえ村長、この村にご神木ってないよね?」


「ないねえ、ここは開拓された村じゃからね、それほど歴史もないし、信仰する神もおらんのう」


ハスエルは杖の件を村長に話した。


「なるほど。――ハスエル、おまえさんの思いはありがたい。今でも十分なのじゃ。無理をして新しい杖を手に入れなくていいよ?」


「私も成長したいんです……」、ハスエルの目から熱意が感じ取れる。


「ハスエルの若さが眩しいよ。老婆心だったね、わしも歳をとり過ぎたわい……。大狼ワーグが現れた森の奥はまだ開拓の手が伸びておらん、もしかすると古木があるやもしれんね」


「ガット!」、ぱっと輝くような笑顔になり彼を見る。


「ああ」


シチューを食べながら、顔も上げずにそっけない返事をするガット。

だが嫌という雰囲気ではない。


大狼ワーグの時も危なかったのだろう? 呉々も無茶だけはしないでおくれよ」


「気をつけます!」


心配そうな顔をする村長を吹き飛ばすように元気に返事をするハスエル。


「二人だけで行くのかい?」


「ケインは快く引き受けてくれました! 三人で行きます」


この場に彼がいたら、そんなことは言ってないと苦情を吐いただろう。


―・―・―・―・―・―・―・―・―・―


「なあ、なんで防具を治しているんだ?」


「使うからだろ」


困惑気味のケインの疑問に、さらっと答えるガット。


「おじさん、丈夫にしてね」


「農具しか作ったことのないわしに無理言うな」


笑顔で要求するハスエルの無茶振りに、愚痴をこぼしながらも手を止めない鍛冶屋の旦那。


ケインの納屋から防具と盾を運ぶハスエルとガット、その姿を見つけたケインが後を追うように鍛冶屋に来たのだった。

鍛冶屋の旦那も防具修理の心得などなかったが、日頃からハスエルに怪我を治してもらっている恩もあり、どうなっても知らないと言う条件で請け負ったのだった。


「使うって何にだよー」


「決まってるだろ、冒険だ」


「俺は聞いてないよ?」


「嘘よ、昨日お願いしたらオッケーくれたじゃない」


「昨日? ああ、そりゃしたけど。冒険だなんて……」


「嫌なのか?」


「言ったろ、俺は戦いより、農作業のほうが――」


ケインの話を被せるようにガットが迫る。


「そうかケイン、この村で幸せに暮らせよ。俺とハスエルは村を出て冒険の旅に出る。いつ戻るかわからない。もう会えないかも知れないから、今のうちに言いたい事があったら伝えておけよ」


「ちょっと待ってくれガット、戻らない? ずっと? 永遠に? 本気で?」


「ああ、冒険の旅とは成功が約束されていない試練の旅なのだ。帰還の約束は……できない」


芝居がかった話し方をするガット。

それを聞いたケインが青い顔をしている。


「ハスエル?」


「うぅ……」、目頭を押さえ涙を拭く演技をするハスエル。


「か、考えさせてくれるかな……」


「ケイン、出発は明日だ。残念だが――」


「明日? ちょっと早すぎないか大事なことだろう、もっと、計画を練って、な!」


「わかった、約束しよう。何があってもハスエルの遺骨だけは持ち帰ると」


「ちょっとまてー」


「なあ、オマエら。その寸劇はいつまで続くんだ? 修理終わったぞ。それにケイン! 惚れた女を守れない情けない奴になるなよ」


「ちょ、おやじさん」、顔を真っ赤にするケイン。


そんなケインを見て笑うハスエルとガットだった。

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