2-4 結:哀れケイン……
近くの小川で返り血を洗い流したガットは上半身裸で、たき火の熱で服を乾かしていた。
「すっかり日が暮れてしまったな」、鎧を脱ぎリラックスしているケイン。
木々の隙間から見える空には星が輝いていた。
静まりかえった森、遠くで鳥の鳴き声。
大猪の驚異が去ったからだろうか、森を覆っていた重い空気が晴れている気がする。
「闇夜の戦闘にならなくて良かった」、ガットが空を見上げて呟く。
「できたわ、ハイどうぞ」
調理を終えたハスエルが二人にリゾットをよそった。
「大猪なんてここらじゃ見かけない獣だ、それがいったいどうしたんだろう」
不安そうなケインにガットが答える。
「大狼が大猪に追い立てられたように、また大猪も何かに追われてたのかもな」
「それって、もっと強いのが来るってことか?」
「わからない……。先に行けば理由が判明するかもしれないけど、村長には四日で帰ると約束したし」
「そうだな、これ以上進むと戻れなくなる」
自分も食事を開始したハスエルが、
「それに、食料が無くなるとあなたたち、うるさいからね」
「俺は大丈夫だが」
「ガットの大丈夫って昆虫とか爬虫類でしょ! 私は嫌よ」、本気の嫌な顔だ。
「俺も嫌だ」
「旨いのに……」
「ハイハイ、変なの想像させないで、片付けるから早く食べる」
食事を終え胃が温められた三人は、全身の力を抜きリラックスしていた。
「――二人とも、大きな怪我がなくて良かったわ」
「ハスエルのおかげさ、治療ありがとな」、満面の笑みをこぼすケイン。
「ううん、私にできるのなんてそれぐらいだし」
「ハスエルが疲労を回復してくれなかったら【加速】を使ったあと俺はゴミだよ」
「そう? ありがと」、役に立てたのが嬉しいのか微笑んでいる。
「ハスエルは魔法を使った後、疲れないのか?」
魔力について詳しくないケインがハスエルに質問をする。
「魔力が枯渇するまで疲れることはないわ」
「枯渇すると?」
「昏睡するみたい」
「みたいってことは、まだ?」
「うん。今までは村人の治療ぐらいだったしね、そこまで使ったことないの」
「残量とかわからないのか?」
「うん、測る方法は無いの、それに魔力はね蓄積量と濃度に個人差があるから」
「濃度?」
「例えば火をおこすのに同じ魔法を使うとね、ある人は小枝に火を灯すぐらい、ある人は山火事ぐらいになるの」
「へぇー、それは凄いな」
「滅多にいないけどね」
パチッとたき火の木が跳ねる。
穏やかな時間がゆっくりと過ぎていた。
「食器、洗ってくるね」
「俺も用を足してくる」
ガットはハスエルとは別の方向へ歩き出す。
―・―・―・―・―・―・―・―・―・―
小川で食器を洗い流すハスエル、鼻歌交じりで機嫌が良さそうだ。
背後から普通に足音をさせ、手をあげながらハスエルに近寄るガット。
振り返ったハスエルも足音の主が彼とわかり作業を続けていた。
「ハスエル」
「なーに」
彼はハスエルの首の後ろに右手を回し、クイッと自分に引き寄せ唇を奪う。
「ン!」、目を見開くハスエル。
突然のことに混乱する彼女は、彼を掴もうとするが上半身裸なので掴む場所がない。
彼は彼女の腕を左手で掴み動けなくする。
暫く抵抗が続いたが、力では抵抗できないと悟ったのか彼女から力がすっと抜ける。
自然とまぶたが閉じていく。
閉ざされた唇と歯を彼の舌が割りながら進む。
「ンン!」
彼女は再び暴れ始めた。
容赦なく進む舌は、のどを通り過ぎる。
「ン?」、再び目を見開くハスエル。
舌はさらに食道を進み、のどと胃の中間地点で止まる。
そこには人間の霊体がある。
人間では知覚することができない霊体だが、彼はそれに触れ操ることができる。
魔人の王族だけが持つ身体的能力だった。
トカゲがしっぽを切り離すように、舌の先を数ミリ霊体の中へ埋め込んだ。
ゆっくりと舌を引き出す。
「アッ……」、目の焦点が合っていないハスエル。
「俺がわかるか」
「はいガット様」、やや上気しているようだ。
ガットはニヤリと笑った。
――これでハスエルは俺の意のままに動かせる。
「二人きりの時おまえは俺の物だ、それ以外は普段のハスエルに戻れ」
「はい」
「おまえは俺の命を最優先で守れ、次に自分の命だ、いいな」
「はいガット様」
「俺の正体は他言無用だ」
「はい」
「おまえはケインが好きか?」
「……はい」
「今まで通り恋愛はかまわん。だが奴が告白してきた場合は回答を保留にしろ、今身を固められたら困る」
「わかりました」
「よし、戻れ」
「あの……、ガット様」
物欲しそうな目で彼を見つめている。
彼は軽く彼女にキスをした。
「ありがとうございます」
ハスエルは洗った食器を抱え戻っていく。
「王子よ」、爺が話しかけてきた。
「なんだ」
「あの娘に魅了は必要じゃったのか?」
「いつ誰が俺を裏切るかわからないんだ……信用なぞできんわ。この世界で唯一、あいつだけが信用できる人間になった……何が悪い?」
ガットは険しい顔をして答えた。
刺客に命を狙われ、怯えて暮らす生活を続けたせいで、すっかり心を閉ざしてしまった。
彼が心から笑う姿を三年間、爺は見ることができなかった。
「女心をわかっとらんのぅ」
「爺も俺を裏切らない一人だったな」、すこし安堵のある笑い声だ。
「わしがいつ王子を主と認めたのじゃ」
「なんだと」
「もしわしが主婦に拾われたら、その日から野菜を切るのに尽力するじゃろうて」
「ハハッ、いいじゃないか案外似合うかもな」
「まあ、わしを手放さぬ限り王子に力を貸すよ」
「頼むよ爺」
「しかし、あの程度の敵に苦労するとはまだまだじゃ、修行を増やすかのう」
「勘弁してくれ」




