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プレイッ!!◇笹浦二高女子ソフトボール部の物語◆  作者: 田村優覬
二回◇すれ違いからの因縁へ――vs釘裂(くぎざけ)高校◆
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40話 ③清水秀パート「本当の、目的……?」

 時刻が夕方の五時半を過ぎても、五月の上空にはまだ夕日が残って橙に色づかせている。それは空だけでなく笹浦市の町並みも染めていることで、人々には一時の落ち着いた安らぎの時間を与えているようだった。

 人間たちを温かく見守るような夕日。熱いとわかっていながらも触れたくなるような、優しく穏やかな陽は笹浦二高の職員室の中にも射しているおり、一人の男に歓迎のスポットライトを浴びせるよう待ち構えていた。

「失礼いたしまーすッ!!」

「やぁ田村先生。合宿お疲れさまぁ」

 ゴールデンウィークで休校になっているなか、信次が入った職員室には秀校長先生がスーツ姿で窓際に立っていた。

「あっ! 校長先生、まだいらしたのですね。今回は学校を開けていただき、ありがとうございました!!」

 信次に頭を勢いよく下げられた秀は、今回のソフト部合宿のために、空いた学校を貸し出していた。学校を開けるくらいなら、決して御礼になど値しないほど簡単な業務であるが、一つばかり疑問を抱きながら笑っていた。

「こんな早い時期に合宿だなんて、本当に成果はあったのかねぇ?」

「もちろんですッ!! ボクは合宿をやって、とても良かったと思いますよ!」

 頭を上げた信次からはさらに眩しい笑顔を放たれていたが、ふと尋ねた秀の疑問は確かにその通りだった。一月ほど前に誕生したばかりである笹浦二高女子ソフトボール部のことは、まだ完全な部活動として認めている訳ではなく、言わば愛好会と同等の扱いとされているクラブである。もちろん部費など与えられることもなく、まして部室や道具だって――現在は体育館倉庫から用具を借りているらしいが――まともに用意されていない状態だ。そんな新設ホヤホヤの女子ソフトボール部は、恵まれた環境とは言えない状況で活動している。

 ソフトボールクラブの元監督として、秀はもちろんすぐに部の申請してやりたい想いはやまやまだ。が、叶恵が犠牲者となった去年のソフトボール部部費横領問題やらで、校長という立場からなかなか決断できずにいる。去年からの今年で再び簡単にソフト部を認めてしまえば、たくさんの批判を買うことになりかねないだろう。

「……まぁ、今日だけ練習を見てたけど、確かにみんなは上手くなっていると思うよぉ。インパクト時にボールをしっかり見て、空振りの数は減っていたし、守備における打球反応だって、みんな瞬時に動けるようになっていた。でも、まだまだ基本の段階でありながらの合宿は、少しばかり早すぎる気がするけどねぇ……」

 本音と笑顔を消した秀は、まだ校門の前に残って話しているソフトボール部員たちを窓から眺めながら、どことなく悲しげなトーンで呟いていた。


 合宿とは主に、普段の練習ではできない応用的な能力を身に付けるために行うものとされている。より密な守備の連携や走塁、サインプレーやバッティングのフォーム改造など、挙げれば切りがないが、どれもレベルの高い内容であることに違いない。一朝一夕では得られない基礎能力を培う練習とはまた別の、ワンチャンスをモノにするきっかけを促す行事である。

 しかし今の笹二ソフト部には、未経験者が大半を占める一方で、長いブランクがある経験者だって在籍している。今日の練習を観察した限りだと、まだまだ基本の段階にいることが否めないのが、元監督としての意見だった。別に合宿をやるなとは言わないが、今回のような長時間に渡る練習は選手たちの身体に大きな負荷を掛けるものであり、ときには大ケガにだって繋がりかねない。

 秀には、そんな危険が潜む合宿を決行した信次の意図が、全くと言ってわからなかった。もしも自分が現監督だったら、この時期は基礎の確立に専念し、選手たちに無理なく半日練習を繰り返して、ゆっくり身体に染み込ませるように基本を覚えさせていくだろう。

 悩ましい顔を信次には見せまいと背を向けた秀だが、窓の反射によって自分の表情がよく映し出されていた。人前ではできるだけ笑顔でいよう心掛けているのだが、今は選手たちのことを考えるあまり不安が募ってしまっていた。

「なぜ……」

「……そういえば、まだ言ってませんでしたね! ボクが合宿をやろうとした意味を!」

 信次から咄嗟に言葉尻を被せられた秀はそのまま振り返ってしまうと、見せたくなかった顔の前には、対照的な新監督の明るい笑顔が目に映る。彼の言うとおり、合宿をやりましょう! と言われたのは覚えているが、なぜこの時期にやるのかまでは、確かにまだ一度も聞いていなかった。

 夕日に増して瞳を輝かせる信次は胸を張り、自信に満ちた様子で口を開ける。

「もちろん、部員たちが今よりずっと上手くなることも望んで決行しました。でも本当の目的は、そこではありません」

「本当の、目的……?」

  僅かな声で返した秀だったが、正直言ってしまうと、自分は今回の合宿には反対の立場だった。結果的には、学校を貸し出すという後押しをしてしまったのだが、心からの応援とはほど遠く、むしろ心配の念に駆られることとなっていたことが本音である。

 いつもの優しい微笑みを見せなくなった秀が肩越しから身体を向けて見つめるようになると、ニッコリと笑う信次の大きな口が動き出す。



「ボクは、彼女たちがより密な関係になればと思って、合宿をやったんですよ」



 まるで守備の連携に必要染みた発言を受けた秀は小さく驚き、皺付いた細い瞳を大きく開けていた。彼はこのチームを守備の強化を図るために行ったのかと考えていたが、どうもそれは違うようで、信次は更なる真意を伝えようと長い言葉を続ける。

「まだ全員ではないと思いますが、あるところでは雨が降って、地が強く固まったようでした。同じ釜の飯を食べて、同じ屋根の下で寝泊まりすることで、ボクは彼女たちの仲間意識を強くさせたかったんです! たとえそれが数名のことだとしても、ボクは今回の合宿、やって良かったと思いますよ」

 最後にニコッとはにかんだ信次は温かなオレンジの夕日に照らされ、秀には彼の姿が眩しいほどに見えていた。

「仲間意識、か……」

 ボソッと呟いた秀はやっと頬を緩ますことができ、ある大切なことに気づくことができたのだ。



『田村先生は、心構えという基礎練習を、みんなにさせていたんだねぇ』



 この世界にはたくさんの苦い戦争がある。大会の試合を始め、受験勉強や就職活動、芸能界へのデビューだって同じである。そこで必ず行われるのが、辛く厳しい努力であることに間違いないだろう。人とは、なりたいものがあるからこそ頑張ることができて、絶対に叶えたい! と歯をくいしばって努力する生き物だ。


 しかしそれができるのは、全ての人間とは限らない。


 世の中とは残酷な世界極まりないもので、時として人間に、試練という名を超越した挫折を与える。それはとても恐ろしく、今まで動かしていた手足が急に作動できなくなるのと、残念ながら非常に似ている気がする。

 そこから人は夢を諦め、瞳から熱を失い、求めていた希望を見失って、そして最後には努力を怠る(すた)れた生き物になってしまう。その人生にはどこにも面白みがなく、毎日が空白で埋め尽くされた、真っ白なページと同等である。



『だからこそ、田村先生はみんなに、努力する理由を与えようとしたんだねぇ。仲間意識という絆を利用して、心構えという基盤を求めながら……』



「……君には、恐れいったよぉ」

「へっ?何がですか!?」

 信次は何のことだかわからない様子で驚いていたが、秀はただ笑うだけで言葉を続けなかった。創設早々に合宿を決行した彼は、実は自分と同じ、基礎を大切にする考えの持ち主だったのだ。いや、同じにしてはいけない気がする。



『だってぇ、彼は選手の、ではなくて、チームの形を大切にしているのだから……』



 長年監督業を行ってきた秀でさえ、思い付かなかった信次の考え。

 それは選手個人の基礎ではなく、チームの基盤を確立させようとする、言わば能力以前の話であった。レクリエーションを思わせるような考えでもあるが、たとえ部活動にしても、そしてプロだとしても抱かなければいけない大切な心構えである。仲間との絆があるからこそ、人は仲間のために頑張り、己の気持ちを信じて努力することができるのだ。

「あの~清水校長……?」

「頑張ってねぇ」

「はい?」

「練習試合やるんでしょぉ? 是非とも頑張って、次こそ勝てるようにねぇ」

「は、はいッ!! もちろんですとも! 次こそは勝って…………あ゛ッ!! 折り返しの電話ッ!!」

 高らかな返事を起した信次だったが、彼はまだ練習試合相手に賛成の連絡をしていなかったことに気づいて、携帯電話を持ちながら急いで職員室を退出してしまう。バタバタと走り去る姿からは、まだまだ新任教師らしい若さが伺われる。

 こうして職員室には、一人取り残される形となった清水秀校長。だが秀は、信次が姿を消した出口を見ながら微笑みを絶やさずにしていた。

「早く部として、申請させてあげたいねぇ……でも……」

 独り言を囁いた秀はふと、とある一席の大きな机へと顔を向けていた。たくさんの資料やメモが残された机上からは、教員としての忙しさがひしひしと伝わってくるもので、よく知る秀の瞳にも鮮明に焼き付く。

「彼が、納得してくれない限りは、まだ無理そうなんだよねぇ……」

 秀の小さくか弱き声は、職員室外から聞こえてくる信次の大きな話し声に儚くも打ち消されるが、妙に心の奥に留まってしまった。去年のから共にいる彼ならば、まずソフトボール部を容易く認めてはくれないだろう。なぜなら彼は、二つの大きな役職を抱く者だから。

 傾いた夕日は次第に姿を地平線へと向かわせており、やがて静かな夜を迎える。こうしてゴールデンウィークの最終日は過ぎ去り、笹浦二高女子ソフトボール部の合宿には幕が下ろされたのだった。



 ◇◇◆ 

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