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プレイッ!!◇笹浦二高女子ソフトボール部の物語◆  作者: 田村優覬
二回◇すれ違いからの因縁へ――vs釘裂(くぎざけ)高校◆
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39話 ②星川美鈴パート「……ありがとう、菱川」

「ガァァ~……はっ……ハックシュッ!!」

 ソフトボール部員たちが寝静まる体育館で突如、美鈴はイビキをくしゃみへ変更させ響かせる。案の定、ゆっくりと(まぶた)を開けてしまった。

「起きちゃったな……あれ?」

 ふと寝返りを打って横を眺めると、美鈴は隣の視界に違和感を覚えていた。自分の隣で寝ているはずの先輩、唯の姿が見当たらない。

「唯、先輩……?」

 どこに行ったのだろうと気になり出し、すぐに身体を起こす。すると、夜に慣れた且つ視力に自信のある目には、再び変わった風景が映り込んだ。

「あれ、唯先輩かな……?」

 美鈴が目を向けた体育館の入り口の方では大小二つの人影が座っているのが見え、間をほとんど取らず並んでいた。大きな方は恐らく彼女だろうと思いながら、さらに目を凝らして除き込むと、確かにあれは唯本人だとわかる。大きな背中といい、それを隠さんとする長い後ろ髪といい、あれは間違いなく尊敬する先輩の背中だった。

 隣の布団からいなくなっていた唯を見つけたことで、美鈴は一時の安心感を覚えていたが、すぐに彼女の脳裏に新たな疑問が沸いて見つめ直してしまう。


「唯先輩の隣、誰なんだろう……?」


 大好き以上な存在である唯の背中をずっと眺めてきた美鈴には、片方が先輩であることは自信をもって認めている。が、その隣にある小さい方に関しては、普段見かけない後ろ姿だったのだ。唯と隣り合う人と言われて真っ先に思い付く者はきららだが、唯よりも一回り小さいことからは理解しがたい。膝を丸めて背筋をきっちり伸ばしており、普段は見かけないセミロングの黒髪が垂らされてることから、茶髪のきららと大きく異なるのだ。

「わからない……誰だ~?」

 美鈴は正体を突き止められず、眉間に皺を寄せて首を傾げてしまうと、恐らくは部員の誰かに違いないと思い立ち、周囲に眠る先輩たちや同学年の生徒たちの顔を確認しようとした。だがすぐに、視点は布団ではなく、一人体育館の横口に立っていた少女へ固定されてしまう。



「――あれ、菱川?」



 小さめながらもつい口に出してしまった美鈴が眺める先には、背中を向けた凛が一人、ジーッと唯たちの方を眺めている姿が発見された。凛があれほど眺めているということは、もしかすると唯の隣にいるのは。

 美鈴は凛の日常での過ごし方を考えながら、再度辺りの布団を見回して確認する。凛が気にしている相手――それは間違いなくあの人だ。

 やはり、いつも凛のそばにいる彼女の姿が布団にいないと確認できた美鈴は、もう一度体育館入り口に目をやり、唯の隣にいる者の正体をやっと理解する。



『間違いない。あれは東條だ……でも、どうして唯先輩と東條がいっしょなんだろう?』



 美鈴は不思議に思いながら、唯と菫の隣り合う後ろ姿を見つめていた。あの二人が話し込む姿など見たことはなく、せいぜいフィールディング中の三遊間のときぐらいしか隣り合わない。そんな学年も違う二人が、どうしてこんな夜中にこっそりと寄り添ってるのだろうか。

 気になって仕方ない美鈴はとうとう立ち上がり、唯と菫たちのもとへまっすぐ歩き出す。声は聞こえてこないが、やはり二人は何かを話しているようだった。どうも菫が聞く側で、唯が話す側になっている様子が伺われる。

 足音を響かせない程度に歩く美鈴には徐々に二人の声が聞こえて、あと約十メートル程でたどり着こうとしていた。だが、そのときである。



 ――パシッ……

「――うぅっ?」



 しかし美鈴は横から左手を掴まれてしまい、声を漏らして立ち止まる。すぐに振り向いて誰なのかを確認すると、隣には先ほど見かけた凛の穏やかな顔が目に映った。

「菱川? 何すん……」

 言葉を繰り出そうとした美鈴だったその途中、凛の立てた人差し指が口許に添えられてしまう。

「二人きりに、させてあげて」

「えっ? あ、ちょっと……」

 優しい微笑みを見せた凛に美鈴は小さな声でリアクションを返すと、そのまま手を引っ張られて唯たち二人から遠ざけられしまう。先程一人立っていた体育館のサイドドアへと連れてこられ、もう唯と菫の声など全く聞こえなくなっていた。

「何すんだよ? 別に聞いてもいいじゃん」

 二人の会話内容が気がかりだった美鈴はムッとした表情で凛の手をほどくと、彼女からは微笑みを絶さぬまま首を左右に振られる。

「二人が仲良しになるチャンスだからさ。見届けてあげよ」

「ちゃ、チャンス?」

 かすれた声で返された美鈴は驚くあまりで、穏やかな凛の言葉が理解不能だった。そういえば昨日の晩御飯から、唯と菫の二人が楽しそうに会話しているシーンが思い当たらない。むしろ唯に対して失言を放った菫を考えると、何とも致し方ない気がする。また本日のフィールディング練習時では、サードとショートという隣り合うポジションだったのに、二人のやり取りは何一つ無かったことも鮮明に覚えてる。



『そんな二人を、どうして菱川は仲良くさせようとしているの……?』



 美鈴は微笑する少女をただ茫然と眺めていると、凛は表情を変えずに視線を唯たちへと向ける。

「トイレに行きたいって言うから起きたのに……でも、菫の想いを、尊重してあげよう」

 凛はため息を混じえながら呟いていたが、表情は温かく笑っており、困ったと言うよりも呆れていた様子だった。

 つられて美鈴も振り返って、凛の隣で唯たちの後ろ姿を眺め始める。何を話しているのかはもちろんだが、今はそれ以上に隣の少女の心持ちが気になり出してしまった。

「ねぇ、菱川?」

「なに?」

 隣に顔を向けた美鈴だったが、凛からは横顔が映されたまま返される。しかしそのまま質問を投げることにし、口ごもりながらも言葉を紡ぐ。

「も、もしもだよ? もしも東條が、唯先輩と仲良くなったりしたら、菱川は嫉妬とかしないの?」

「えっ?」

 美鈴の疑問は凛を驚かせていたが、それは今まで唯に対して抱いていた想いそのものでもある。


 自分が先輩のことを愛しているあまり、唯が自分以外誰かと話している姿を見せられると変な想いが湧いてしまう。

 もしかして、自分と話すことが嫌なのかな?

 もしかしたら、うちといっしょにいるよりも楽しいのかな?


 少なくとも嫌なイメージにしかならないもので、美鈴はよく、唯から見えない場所で一人悲しんでいた。あいつばかり先輩と話してズルい。こっちだってお話ししたいとのはずっとずっと思っているのにと。


 そこから生まれたのが、唯と話す相手への嫉妬。


 正直言ってしまうと、唯と仲が良かった先輩のきららのことさえ、最初はなかなか受け入れられずにいた。また今では、昨日に伺われた隠し事をしている様子の彼女に対して、素直に心を開けずにいるのが本音である。

 唯が大好きだからこそ、先輩を愛しているからそ、自分は唯先輩の隣にずっといたい。

 きっとこの気持ちは、凛だって同じ気がするのだ。彼女にとって東條菫という存在には、自分に置き換えてみたら牛島唯と同等の愛があるはずなのだから。



「――フフッ……何、それ?」



「へ……?」

 美鈴は儚げな想いを抱きながら黙っていたが、ふと凛からは口を押さえて笑いを吹き出されてしまい、間抜けながら声を鳴らした。何も変なことを言った覚えはなく、ただ真面目に質問したはずなのだが。

 彼女の不可解な行動に首を傾けると、凛は口から手を離して目を会わせる。

「無いって言ったら、嘘になるかなぁ。でもね……」

 明かりのない闇の中で瞳を輝かせる凛は、今度はゆっくりと入り口に座り込む二人を見つめる。



「――菫の幸せそうな顔が見れるなら、わたしはそれでいいと思う……」



「ひし、かわ、お前……」

 片言になった美鈴は凛を眺めたまま固まってしまい、自分より少し背が低い少女の横顔をじっと眺めていた。晩御飯で向かい合ったときは何一つ盛り上がらなかったため、正直言ってつまらない奴だと感じていた。今後もこいつとは仲良くなれそうにないかなと思ったくらい、好印象とは程遠い。それにいつも菫とべったりくっついてる姿を見ると、情けないというか見苦しいというか、どことなく近寄りがたい存在だった。

 しかしこの寡黙な彼女からは、自分には到底及ばない、大好きな相手の幸せを望む、大きな思いやりを感じた。それが例え、大好きな相手が遠退いてしまったとしても、愛する相手が誰かに横取りされたとしても。

「どうして……」

 夜中にも関わらず、すぐ隣の少女が眩しくも見えてしまった美鈴は一度俯き、ゆっくりと唯たちへと目を向ける。考えもしなかったことだ。唯先輩が楽しければそれでいいなどと。気づけば、いつも自分の気持ちばかりを優先していたような気がする。



『――なんでそんな簡単なこと、うちは気づかなかったんだろう?』



 大好きだからこそ、笑っていてほしい。

 愛しているからこそ、幸せでいてほしい。

 そんな誰でも語ることができる当たり前な定義が、特別進学クラスに属する美鈴の頭には入っていなかったのだ。我ながら、アホだと言える。

 二人の一年生は黙って入り口に視線を送り、それぞれの大好きな背中を眺めながら、無音の空間に包まれていた。

 なぜか部員たちのイビキや寝言も耳に入らないなか、愛してやまない後ろ姿をただじっと見つめている。しかしその刹那、二人の後ろから二本の腕が、それぞれの外側の肩を通って姿を現す。


 ――ギュッ……

「フッ!?」

「ん?」


 背中にも何かが触れたことで、突如後ろから抱き締められる感触が走った美鈴は驚いてしまい、自分の肩から伸ばされた一本の長い腕を観察していた。だがその片腕には見覚えがあり、振り向かなくても誰だかわかる。

 一方で凛は落ち着きながら後ろを振り向き、美鈴が思っていた通りの言葉を呟く。



「植本、先輩……」



 凛の小さな声を聞いた美鈴はやはりと思いながら首を旋回させると、すぐにきららの顔が目に入り込む。しかしその表情は、想像以上に優しさと儚さを抱いた様子で、いつもはしゃぎ回る元気な彼女の顔ではなかった。



『昨日の、きらら先輩だ……』



 美鈴は唖然としながら、きららの珍しい穏やかな微笑みを見つめていた。その顔は昨日、唯と彼女の二人きりでシャワールームから出てきたときと同じものだったのだ。本当にきらら先輩なのかと疑わせるほどで、もはや混乱さえ引き起こしかねない素顔である。

 美鈴も凛も静かに見つめていると、それぞれに目を会わせたきららは二人を優しく抱き締めながら微笑む。

「二人とも、ありがとう。唯のことを気遣ってくれて……」

 語尾に『にゃあ』を付けるいつもの話し方でないきららに、美鈴は変な辛さを感じて目を反らしてしまう。どうしてきらら先輩は、こんな別人のように喋るのだろう。

 美鈴は陰鬱染みた顔を下に向けていると、隣できららと対面し続けている凛が声を放つ。

「植本先輩は、どうして牛島先輩を大切に思っているんですか?」

 彼女の問いかけに、きららは一度瞳を閉じてから返答する。

「唯が、悪い()ではないから。身体にも心にも傷を負った、かわいそうな女子高生だからだよ」

「傷、ですか……?」

 凛が素朴な疑問をきららに投げていたが、その内容は美鈴も知っている。きららの言った通り、問題的な家庭で育った唯には大きな傷があるのだ。それもたくさん、そして深々と痛々しく。

「……唯先輩は、かわいそうなんだ。不良っぽく見えるかもだけど、本当はスゴくいい人なんだよ」

 横耳に入れた美鈴が更に暗くなるなか、人格を変えたままのきららも俯いていた。

「……せっかくだから、菱川さんにも覚えていてほしいの……唯の過去を。まだ、あなたが学校に来てから、間もない頃に起きた、あの()の悲劇をね」

 さすがのきららも声のトーンを下げていることが伺われたが、凛は静かに頷く。



「教えてください、植本きらら先輩。お願いします」



 微笑みながらあえてフルネームで答えた凛に、美鈴は少し驚いていた。まるで今のきらら先輩を受け入れて、別人の如く振る舞う彼女に、自分は心を開いてますよ、と聞こえたからだ。

「菱川……」

 美鈴は隣の凛に注目していた。自分より小さいはずの同級生が大きく見える。菫の幸せを優先し、きららの隠し事すら許さんとする菱川凛とは、なんと寛容で、立派な心を抱いた少女なのだろうと。



『菱川は、強いんだな……スゴいよ』



 凛の大人びいた様子に、美鈴は初めて心を寄せ始める。こいつは、実はとてもいいやつなのかもしれない――いや、いいやつに違いない。そうでなければ、菫に対して幸せでいてほしいなど、口にできないはずだし、別人格なきららのことも簡単には受け入れないだろう。

 それに、もう一つあるのだ。

「……ありがとう、菱川」

「急に、どうしたの?」

「ありがとう、教えてくれて……」

「……よくわかんないけど、どういたしまして」

 目を合わせた凛は笑ってくれたことに、美鈴もやっと頬を緩ますことができた。



『――菱川が、嫉妬や疑念なんていらないという、本当の愛の形を、うちに気づかせてくれたことだ』



 もはや凛は、美鈴にとって恩人であると言っても過言ではなかった。大切なのは、大好きな相手を思いやる心なんだと、嫉妬しか思い浮かばなかった自分が知れたのだから。


 身体も心も寄り添った、一年生の美鈴と凛。

 そしてきららからは、唯を襲った過去の話を聞かされることとなったのだ。

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