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プレイッ!!◇笹浦二高女子ソフトボール部の物語◆  作者: 田村優覬
二回◇すれ違いからの因縁へ――vs釘裂(くぎざけ)高校◆
88/118

38話◇亀裂◆①大和田慶助パート「貝塚! あいつ……」

合宿二日目に突入した笹浦二高女子ソフトボール部。

しかし、フィールディング時による唯の行動で、温厚な信次を怒らせてしまうのであった。

そしてその夜、唯と仲良くなりたい思いを抱く菫には、とんでもない姿を見せられてしまい、長い夜が始まるのだった。

 昨日とは大きく異なって晴れた本日。天気予報では最高気温が『25℃』を超えるとまで言われており、五月にしては暑苦しい環境が襲うところだった。未だ朝の八時にも関わらず、温度計はすでに『20℃』を示しており、どうやら天気予報の言葉は間違いないだろう。

 しかしそんな(まばゆ)い青空の下では、昨日は雨で外で遊べなかった子どもたちが朝から町中を走り回っていたり、家族連れでどこか公園や遊園地へと出向いて団らんを味わったりなど、快晴となった太陽に負けない明るい世界が、この笹浦市の朝にはすでに拡がっていた。

 大型連休のゴールデンウィークらしい和やかな雰囲気に包まれた本日では、誰もが幸せな一時を過ごしていると思われるだろう。だが、一方でそれを楽しめない者だっていることを忘れてはいけない。

 その者たちは、連休にも関わらず勤務を強いられた労働者たちのことである。勤務先の店主からは、人がいないだとか、頼りになるのは君しかいないなどと、綺麗事を告げて勧誘してくるのがごく一般的だしかしその真の理由は――ごく一部の人間であることを願うが――己自身も休日を満喫したいという個人的な見解であるのがほとんどである。

 もちろん店主だって休みたい日はある。その事は紛れもない、人間たる本能的な一部分であり(あなが)ち否定などできない。しかし、その気持ちはアルバイトの労働者だって同じであるのだ。


 誰かが休めば、誰かがその穴埋めをしてくれている。


 連休を採る方々は是非、このことを心の奥にでもしまってほしいものである。

 そしてその労働者となってしまった一人の男も、晴れたゴールデンウィークにも関わらず朝から大きなため息を漏らしていた。

「はぁ……ダリぃなぁ……」

 家賃三万三千円の格安アパートに住む大和田(おおわだ)慶助(けいすけ)は布団から起きて渋い表情で窓に向けながら、外の景色ではなく自身の反射された顔を見つめていた。今日で連勤七日目となった朝はやはり怠さを覚えており、こうして身体を起こすことにも一苦労である。いくらお店に人がいないからって、いくら自分がフリーターだからって、さすがに一週間の働きづめは心も堪えるものだ。

 まだ眠気が取れず欠伸(あくび)を繰り返す慶助は何とか立ち上がり、まずは日課としている新聞を簡易ポストから取り出す。実際この新聞も自分が読みたかったから申し込んだ訳ではなく、訪問者のしつこい勧誘に飲まれてしまったことが原因だった。あれほど新聞を読まないと豪語していたのに、最後には訪問者による大好きなビールのケースごとのプレゼントで、渋々納得したのを覚えている。要するに、酒の誘惑にすら飲まれてしまったのだ。

 購読料として月に約三千円程度の料金を払うことになるならば、せめて全ての紙面に目を通して、少しでも自分の狭く愚かな知見を広めよう。

 慶助は毎朝、新聞を手に握る度にそう考えながら、気になる番組表を我慢して飛ばし、まずはトップの記事から目を通して部屋の座布団で胡座(あぐら)をかいた。

「今年のゴールデンウィークは売上高、か……」

 新聞のトップ記事には『GW効果か? 売上増!』と大々的に記載されており、近年不景気に見回れる世間では珍しいものだ。消費税が再び上げられた昨今では――近々更に上がるらしい――世帯辺りの消費がもちろん減るものであるため、それを覆す好景気を表した内容だった。

 しかし、アルバイトとして働く慶助にとっては少しも嬉しい記事ではなく、大きく肩を落としていた。どれほど消費者が増えようと、時給のもと働いている自分の収入には何の影響もないからだ。むしろ、これから客が増えると考えると、更なる労働時間と疲労が襲ってくるに違いない。

「勘弁してくれよ~……」

 ため息を交えながら呟いた慶助はガックリとうなだれ、普段より老けた顔でページを(めく)っていった。

 まず飛び出してきたのは総合ニュースだった。全国を越えて世界でも起きた事件や明るい出来事が記載されているが、あまり関心を持たない慶助は情報だけ脳に入れて次ページへと進んでいく。

 政治、国際ニュース、経済と、きっと子どもには難しい内容が続くなか、大人である慶助もすでにウンザリしていた。何一つおもしろくない。よほどお笑い番組を観ていた方が満喫できそうだ。

 徐々に読むことにすら飽きてきた慶助だが、次のページに目を入れた瞬間に、彼の興味アンテナが珍しく傾いた。

「笹浦市って、ここじゃん……」

 瞬きをしながら確認した慶助だが、どうやら間違いではなかった。彼の眺めるページには『笹浦市 DV夫 初公判』と、トップ記事ほど大きくはなくコッソリと載っていたのだ。

 半ページの半分にも満たない小さな文章であったが、慶助は目を細めて全文をしっかり黙読していく。

 少し口先を動かしながら読む姿はエア音読と言ったところだが、すると没頭していた慶助は突如、細めていた瞳を大きく開けてしまう。


貝塚(かいづか)! あいつ……」


 ふと驚いてしまった慶助の声は、独り暮らしの一部屋に(むな)しく響き渡った。自分の目を疑うほどのページには

『元妻及び女子高生である娘に暴力を奮ったとして、自称会社員の貝塚(かいづか)哲人(てつと)を逮捕』

 とのみ記載されていた。


「間違いねぇ、貝塚のやろうだ……」

 短すぎる記事にも関わらず、一般人なら見せない厳しい表情で慶助は呟くと、もう一度欄に目を通して短文を確認する。

「家庭内暴力……あいつ、大人になっても変わってなかったんだな……」

 記事を読み終えた慶助はゆっくりと天井を見上げると、厳しい顔からは一転して失望した力のない表情を放っていた。家庭内暴力だなんて、逮捕されるに決まっている。これでは本当に刑務所行きではないか。せっかくの家族を、(ないがし)ろにするとは。

 貝塚という男に怒りすら覚える慶助だったが、彼は『貝塚』という名をよく知っている男の一人である。なぜならば……



『――あいつは昔、(オレ)信次(しんじ)をボコボコにした、唯一無二の張本人だ……』



「あの、バカ……」

 独り暮らしなのに僅かだが声を鳴らせる慶助は天を見上げたまま座っており、気づいたときには新聞を床に置いているほど力が無かった。一番向けてはいけない家族に、矛先を向けるとは呆れたものだ。貝塚の妻が家族を大切にしてると知っているだけに、全くやるせない思いである。

「大丈夫だったかな……あの人?」

 ふと立ち上がった慶助は窓から外を眺め始め、自身が身に付けている銀のネックレスを握り締めていた。妻であるあの人が、今どうしているのか心配だ。ちゃんと、ご飯は食べているのだろうか。あまり身体が強くなかった彼女は、経済的にしっかりと自立できているのだろうか。

 不安ばかりを募らせて朝の笹浦市を見つめる慶助だったが、彼の頭にはふと、一昨日にグローブを買ってあげた女子高校生の一人の顔が過る。



牛島(うしじま)(ゆい)……やっぱ、あの人に似てんだよな……」



 始めて出会ったとは思えない女子高生に対して、慶助は今年で三十路であることを忘れながら気になっていた。喧嘩っ早いところや鋭い目付きはかけ離れていても、彼女の目許といい顔の形といい、どうしてもあの人を思い出させる姿であることは否めない。

「でも、苗字がちげぇんだ。別人なんだろう……」

 自嘲気味に笑ってしまった慶助は、思い入れのあるネックレスに男の手のひらの温度が乗り移らせていたが、諦めてゆっくりと放す。

「さてと、仕事仕事……面倒だけど生活のためだ。行ってやろう」

 ため息を交えながら立ち上がった慶助は、七日目の連勤を迎える仕事への準備に取りかかるが、表情は常に曇りがちだった。

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