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プレイッ!!◇笹浦二高女子ソフトボール部の物語◆  作者: 田村優覬
二回◇すれ違いからの因縁へ――vs釘裂(くぎざけ)高校◆
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37話 ③月島叶恵パート「……と、いきたいとこだけど」

 時刻は午後八時。閑静とした夜を迎えた笹浦市の夜空はやっと雲が無くなり始め、切れ間からいくつかの星たちが(またた)いている。

 笹浦二高のグランドにできた水溜まりにも星や月の明かりまで浮かび上がるなか、もう一つの光、笹浦二高二年二組の教室の電気が映し出されていた。

 食事を終えた女子ソフトボール部員たちは一回目の勉強会と同じように着席しており、外出していた唯たちもしっかり時間通り出席していた。

 再び叶恵が講師のようにして教壇に立つなか、教室には新に信次と柚月の二人が加わっていた。まず信次は窓側前列にある事務机で座り、柚月から渡されている山積みのソフトボール参考書を黙読している。一方で柚月は部員たちと同じようにとある席に着いていたが、一人納得していない隣の選手がモゾモゾと動いていた。

「……ねぇ、柚月?」

「な~に? 咲ちゃん?」

 苦い顔をした咲の隣で、眩しい笑顔の柚月が着席している。机に片肘を着けながら咲のことをじっと見ており、笑っているはずなのにどこか恐ろしささえ感じるものだった。

 柚月の微笑みを直視できずにいる咲は横目で視線を送りながら、嫌々な様子と共に声を鳴らす。

「柚月は叶恵みたいに、教壇に行かないの?」

 教壇から眺めていた叶恵は咲が、むしろ行ってほしいと表しているようにしか聞こえず呆れていたが、一方で柚月は相変わらず喜ばしい表情で頷く。

「だってぇ~! 勉強会で咲ちゃんがぁ、さっきみたいに爆睡しちゃあ、困るもん!」

 柚月からは普段絶対に見せたりしない可愛い子ぶりが顕著に表現されており、咲の顔をより雲ががからせていた。

「そ、そんな……」

 頭を抱えて机上に倒れ込むようにして伏せた咲は大きなため息を漏らしており、隣の鬼マネージャーに聞こえないように顔を反らして愚痴を溢す。

「これは最悪だ~……スパルタだ~、スパルタマネージャーだ~、スパマネ~……」

「なにか言ったかしら?」

「スマネ~……」

 こうして眠り姫である咲の隣には柚月監査官が置かれたことで、教壇でチョークを握っていた叶恵は満を持して勉強会をスタートさせる。

「さてと! 二回目の今回は打撃、守備、走塁で最低限知っておいてほしいことを説明するわ!」

 一回目と同様に厳格な風格を(かも)し出す叶恵は背を向けて、黒板に『打撃』『守備』『走塁』の横文字を縦に並べて記した。

「まずは打撃よ。まあ、この前の練習試合を見る限りは、あまり問題無さそうだから、二つだけ言わせてもらうわ」

 厳しい表情のまま伝えたことで、叶恵は褒めているのかわからないまま黒板に、『打撃』の横に『10秒ルール』と『はみ出し禁止』の文字を書き加える。

「三秒じゃないのかにゃあ?」

「それは食べ物を落とした時の話でしょ!」

 夜になっても明るさで(もてあそ)ぶきららに、叶恵は矢のような突っ込みを刺して部員たちに声を鳴らす。

「打者がバッターボックスに入ったときの注意点よ。この十秒以内で構えないと、ストライクを取られることがあるから。あと、打つときにうっかりバッターボックスから足をはみ出ちゃうと、それはアウトになるってことも覚えておきなさい!」

 叶恵は小さい伸長のせいで教卓を上から寄りかかることができなかったが、とりあえず両手で端を掴んで胸を張ってみせた。


 ――――――――――――――――――――――――――

 オフィシャル ソフトボール ルール 7-3項

 打撃姿勢

 1.打者は球審が「プレイ」を指示したのち、10秒以内に打撃姿勢をとらなければいけない。

 効果としては、ボールデッド(タイム)、若しくは打者に対してワンストライクを宣告される。

 2.打者は投球が始まるときは完全に両足を打者席内に置かなければならない。打者の足が打者席の線に触れても良いが、投球前に足の一部を打者席の線の外側に出してはいけない。

 効果としては、打者は守備妨害として、その場でアウトを宣告される。

 ――――――――――――――――――――――――――


「それでアウトになるのは嫌だなぁ……」

 ふと廊下側後方の席に着く唯が言葉を漏らすと、叶恵は(いぶか)しげに頷く。

「こういうちょっとのミスで、試合の結果を左右するのがソフトボールよ。それをしないためにも、どんどん先に進んでいくわよ!」



「ちょっとのミス、か……」



 張り切って次の『守備』の話へと移ろうとしていた叶恵はふと停止し、前席に座っていた菫が呟いていたことに気づく。

「どうかしたの?」

「あ、いえ! ソフトボールは奥が深いなぁと思って!」

 頭を掻きながら笑って返した菫がどこか無理している様子も垣間見えたが、叶恵は怪しげに睨みつけたあとすぐに切り替えて、今度は『守備』と『走塁』の間隣(あいだどなり)に『ピッチャーズサークル』と書いて部員たちに顔を向ける。

「守備と走塁は連動するところがあるから、いっしょに覚えなさい。まずはこれ、ピッチャーズサークルよ。練習試合で見たと思うけど、ピッチャーの回りに引かれた白線のことよ」

 叶恵の言葉にはみんなも頷いて賛同しており、柚月のおかげで眠れない咲も仕方なく耳を傾けていた。

 ピッチャーズサークルとは、プレートと呼ばれる投手板を中心として引かれた円形の空間である。広さは全年齢及び性別関係なく同じであり、半径は『2.44M』と設定されている。

「ここにボールを持ったピッチャーが入れば、ランナーは次の塁に進めなくなるの。いわゆる、ボールデッドの状況よ」

 叶恵の眉間からはいっこうに皺が取れないでいるが、ふと廊下側後列席に着席している唯が、何かに気づいたかのように目を見開いていた。

「だからお前、筑海(つくみ)と練習試合の最初でオレに、早くボールを返せって言ってたのか?」

「そうよ。筑海の先頭バッターは脚にも自信があったようだから、変に走られても困ると思ったから」

「言ってくれれば、いいのによ~……」

 唯からもどかしい様子を見ることができた叶恵は、今度はその隣で座るきららが高らかに挙手をしていた。

「もしも、そのピッチャーズなんちゃにボールを持っているのに、ランナーが走っちゃったらどうなるにゃあ?」

 笑顔のまま放ったきららに、叶恵は少し驚きを表していた。あのきららにしては、なかなか良い質問だ。

 珍しい一面を目の当たりにした叶恵は多少の嬉しさが込み上げるが、決して面には出すまいと咳払いをして声を鳴らす。

「ランナーはリードしていると判断されて、離塁アウト。野球のようにリードしてはいけないのが、ソフトボールだからね。これは守備としてはもちろん、走塁としてでもしっかり覚えておきなさい」

 厳しい表情を貫く叶恵に、部員のみんなも固唾を飲むようにして頷いていた。


 ――――――――――――――――――――――――――

 オフィシャル ソフトボール ルール 8-6項


 走者がアウトになる場合

 14.球を持った投手の両足がピッチャーズサークル内に入っているのに、走者が塁に触れていなかったとき。

 効果としては、ボールデッドまたは走者アウト。

 ただし、進塁中の走者はそのまま走塁を続けてもよく、投手がピッチャーズサークル内に入るときには、もとの塁、若しくは次の塁に進まなければいけない。

 ――――――――――――――――――――――――――


「例えば、ランナーが一塁と二塁の間にいるときよ。そこでむやみにピッチャーズサークルにボールが返ってきたら、ランナーは二塁に進んでしまう。ランナーがリードを取らないうちにピッチャーの(アタシ)、それか梓にすぐ返球するように」

 真剣そのものの叶恵の言葉は、反って同じピッチャーでもある梓にもプレッシャーを与えていた。

 すると彼女の後ろから、咲の監査役を務めている柚月が手を挙げており、おっとりとした表情で口を開ける。

「ボールデッドとボールインプレイの違いも、話しておけば?」

「そ、そうね……」

 まるで教育実習生に横槍を投げ入れるようにした柚月に、叶恵は取り乱された思いで顔をひきつってしまった。当初は予定していなかった『ボールデッドとボールインプレイの違い』のカリキュラムを練らなければいけなくなってしまった。

 腕組みをして苦い顔のまま考え込むと、叶恵は黒板には何も書かず口述することにした。

「簡単にいえば、ゲームが動いているかそうでないかよ。ボールインプレイは、ボールがグランド内に転がってるとき。ボールデッドは、グランドの外に出たり、タイムを掛けたりしたときよ。要するに、試合が一時中断している状態ね」

「はい! よくできました~!」

「アンタは(アタシ)の監査役ではないでしょうが……」

 なんとか説明を乗り越えた叶恵は、柚月から感激を表したような拍手を贈られていたが、それを冷たい視線で返していた。このマネージャーは、勉強会の進行まで管理するつもりなのか。なんと恐れ多い女の子だろう。

 柚月から嫌な圧力を掛けられていた叶恵だが、眠り姫の咲も起きてるおかげもあって、ここまで着々と進んでいる勉強会だった。時間はまだまだあるため、もっと守備と走塁時に覚えてほしいことを発表していこう。

「……と、いきたいとこだけど」

 しかし、黒板に振り返ろうとした叶恵はどうも気がかりな部員の一人がいたため、いたいけな少女に横目を向けてしまった。




『――菫、ずいぶん元気がないわね……』




 叶恵の瞳に映ったのは、勉強会が始まってからずっと俯いている菫だった。彼女の下を向いている姿からは、簡単に陰鬱な心持ちが理解でき、どうしても無視できない思いにさせるものだった。

 一回目の勉強会ではそれなりにリアクションを起こしていた菫が、ここまでほぼ黙っている。

 そんな違和感を覚える叶恵は彼女を気にしながら、音を経てながら黒板に文字を書き加えていった。


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