37話◇意外な共通点◆①篠原柚月パート「東條さん、大人だねぇ」
合宿初日の練習を終えた笹浦二高ソフトボール部は、これから晩御飯を摂るところである。
ほとんどの部員たちが席に着くなか、菫が率いる一年生三人組は唯たち三人組の席で共に食事をしようとしていた。
果たして、彼女たちの心の距離は縮まるのだろうか。
本日で合宿一日目が終了します。
「いっただっきま~っす!!」
笹浦二高の家庭科調理室内で、一番最初に席に着いた中島咲の高らかな一声が放たれた。
現在笹浦二高女子ソフトボール部員のみんなは合宿中であり、午後六時を迎えた五月雨の夜に晩ご飯を摂ろうしているところである。マネージャーの篠原柚月と顧問の田村信次によって作られたご飯は―ほぼ柚月一人が作ったのだが―体力を身に付けるためのカレーライスと、栄養バランスを考慮した野菜サラダの二品である。両者ともまるで光を放つが如く出来映えの良いものであり、そこらの冷凍食品を扱うファミレスの商品とは比べ物にならないほど、確かな香りと素晴らしい見映えを秘めていた。
早くも咲が口にするなか、他の部員たちは三つほど置かれた炊飯器にそれぞれ並んでご飯を皿上に装うと、カレー鍋で待ち受けるエプロン姿の柚月からカレーを盛られるシステムとなっていた。
「おかわり、たくさんあるからね。女の子だからって、遠慮しちゃダメよ!」
笑顔の柚月は一人一人の白飯をカレーライスにしながらそう言い、全ての部員たちに盛り終えたところで、今度はサラダと小皿を部員たちが着席したテーブルに置く作業を始めた。この調理室には全部で六つのテーブルが設置されており、一つの席に机に六人までまとまることができる大テーブルとなっている。
柚月はまず、すでにカレーライス二杯目を目前としている咲と同じテーブルに座る清水夏蓮、舞園梓、そして月島叶恵たち四人の前に、それぞれサラダを取るための小皿を置いていく。
「咲ってホントによく食べるよね?」
「アタシの胃袋は、五つあるから!」
「出たぁ~……」
五本指を立てた咲は真面目な表情で訴えており、柚月は終始苦笑いを浮かべていたがすぐに同じテーブルの夏蓮たちに顔向けする。
「他のお三方も、おかわりじゃんじゃんしてね! ご飯残っても、棄てるだけになっちゃうから」
黙々と食べる梓や厳しい審査員のように味わう叶恵がいるなか、夏蓮は頬を押さえながら喜ばしい様子で頷いていた。
「柚月ちゃんのカレー美味しい! サラダもしゃきしゃきで、もう完璧だよ~!」
落ちそうな頬を押さえながら瞳をキラキラと輝かせる夏蓮が柚月に告げると、続いて梓と叶恵もそれぞれ頷き声を鳴らす。
「うん、柚月の味だ。美味しい」
「……なかなか、やるじゃない」
笑顔の梓である反面、叶恵は少し不機嫌そうに口ごもっていたが、柚月は二人に向けて、それはどうもと一言トッピングしていた。
「おかわり!!」
「えっ!? 咲ちゃん、もう一杯目終わったの!?」
驚いてしまった夏蓮が席に着いてからまだ数分しか経っていないところ、口回りをカレー色に染めた咲は柚月へと皿を向けていた。よほどお腹が空いていたせいか、五つの胃袋を備える彼女はまだまだ余裕の息である。
「…………自分でよそりなさい」
「はい!!」
呆れて肩を落とした柚月は炊飯器に指を差しながら呟くと、咲が軍隊のような返事を残してすぐにご飯を盛りに行ってしまう。友だち以上の彼女にはカレーライスのおかわりぐらい盛りたい気持ちはあるのだが、今後咲が何杯もおかわりすることだろうと察しって、今のうちに自分で取りに行かせるように仕向けていた。
今度は別の席へと向かいサラダを置こうとした柚月だが、まだ席に座らず立っていた一年生の後ろ姿がふと視界に入る。
「東條さんと、菱川さん……?」
首を傾げた柚月に見えたのは、装ったカレーライスを両手で持ちながら立ち竦んでいる東條菫と、その後ろで隠れるようにしている菱川凛が、どうやら二人揃って同じ方向を眺めている様子だった。
つられて柚月も二人が向ける視線に目をやると、その先には牛島唯を真ん中に置いた、植本きららと星川美鈴たちのグループが目に映る。夏蓮たちのテーブルとは対角線に位置する離れた場所で、きららが訳のわからぬことを言って騒がしくしながら唯が突っ込み、それを後輩である美鈴が愛想笑いを浮かべていた。いつもとは、どこかぎこちなさが窺われる今日の三人組であるが、それをどうして菫と凛はボーッと眺めているのだろうか。
「……よしっ!」
ふと肩の高さが上がった菫が呟き、何か覚悟を決めたようだ。
「凛、それにメイさんも! 行こう!」
強気の表情を見せる菫は首を旋回して、背後にいる凛に、そして炊飯器にいることから二杯目に突入したことがわかるメイ・C・アルファードに声を掛けると、彼女たちは一斉に唯たちの席へと近づいていく。どうやらあの一年生グループは、唯グループといっしょにご飯を食べようとしている。
「東條さん、大人だねぇ」
緊張で少し強張っている菫たちの背中を、柚月は眺めながら誰にも聞こえない小さな声で呟いていた。同じ釜の飯を食べることで距離を縮めようとする菫には、グループ化を気にしていた自分にとっても、もはや頭が上がらない思いである。
そんな菫たちが向かっていく姿を見つめる柚月はあえて唯たちの席に小皿を置きに行かず立ち止まり、一年生でありながら大人らしい心構えのポニーテール女子高校生が席に着くまで、後ろから温かく見守ることにした。
『――静かながら、応援させてもらうわよ? 東條さん!』
眼差しでエールを送ることで、柚月の瞳は料理を作っていたときよりも輝きを放っていた。




