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プレイッ!!◇笹浦二高女子ソフトボール部の物語◆  作者: 田村優覬
二回◇すれ違いからの因縁へ――vs釘裂(くぎざけ)高校◆
81/118

見えないバリア

ついに始まった午後の室内練習では、篠原柚月の暴君ぶりが発揮されてしまうこととなる。


「お、おわた~……やとおわた~……」

 笹浦第二高等学校の体育館では、女子ソフトボール部の選手たちが座り込んだり寝転がったりして息を上げているなか、キャプテンの清水(しみず)夏蓮(かれん)は仰向けに倒れながら弱々しく呟いていた。もう身体が動かない。ただこうやって息を吸って吐くことだけで精いっぱいだった。

「か、夏蓮……お疲れさま。生きてる……?」

(あずさ)、ちゃん……なんとか、心臓は動いてるみたい……」

 夏蓮と同じ体勢で寝転ぶ舞園(まいぞの)(あずさ)から微かな声が放たれる。

(うち)がいなかったとき、みんなこんな辛い練習してたんだね……」

 梓が自嘲気味に笑いながら告げると、夏蓮は後頭部を床に着けながら頭を左右に振った。

「今日は、いつにも増して酷かった。正直、(わたし)今日でおしまいなのかなって思ったくらいだもん……」

 もはや表情をつくることすらままならないキャプテンが呟くと、寝転ぶ二人は互いの思いを一致させていた。

『『思い返せば、なかなかエグい午後の練習内容だった……』』

 雨空の夕方を迎えて辺りが薄暗くなるなか、体育館の天井を見上げる夏蓮と梓は、それぞれの残る力を振り絞って午後の練習メニューを思い出していた。



 昼食の休憩時間が終わると、選手たちはまず『三十分完走+』から再開した。合宿開始直後には一時間完走をしたため少々侮っていたが、篠原(しのはら)柚月(ゆづき)がそんな優しい人間な訳がない。

「はいみんな!これを足首に着けてね」

 笑顔の柚月が、顧問である田村(たむら)信次(しんじ)に体育館事務室から大きな段ボール箱を持って来させると、その中身からはズッシリと重そうなサポーターが取り出される。

 それぞれ渡された皆は何がなんだかわからないまま、ただ柚月の言われるがままに重りを足首に着用すると、鬼のマネージャーは首に掛けていたストップウォッチを握る。

「じゃあ、三十分完走プラス開始で~す!」

「「「「ええぇぇぇぇーーーーーーーーー!?」」」」

 練習開始早々に皆からは嘆きが投じられることとなるが、それも束の間、柚月は微笑みを絶やさぬままストップウォッチの開始ボタンを押して、半ば強制的なスタートをさせたのだ。

「ぶ、プラスってこういうことだったの~!?」

 早速最後尾となってしまった夏蓮が走りながら叫ぶ。メニューを見たときから嫌な予感はしていたのだが、まさか重りを着けて走らされるとは想定外だった。ただでさえ午前の練習でクタクタとなった足腰に追い討ちをかけてくるこの道具にはうんざりしており、今にでも取り外したい想いでいっぱいだ。

 そしてこの想いは、どうやら他の選手たちも同じようだ。

「これやだぁー!!動きづらいよーー!!」

 まるでキャッチャーレガースを着用したままのように、足取りを重くして駆けていく中島(なかじま)(えみ)

「うるっさいわね!!こっちだって、ピッチャー特訓で走らされてばっかりなんだからねッ!!」

 咲の隣で汗を流しながら厳しい表情をする月島(つきしま)叶恵(かなえ)

「柚月ちゃん先輩!!あれはプラスじゃなくて、イエスキリストの十字架を表していたのではなかったのですか~!?」

「それはそれで、なんか嫌だなぁ~アハハ~……」

「縁起、悪い……」

 部の中で最小身長を争っているメイ・C・アルファードと菱川(ひしかわ)(りん)らの間で、頭一つ飛び出して苦笑いをする東條(とうじょう)(すみれ)

「こ、これはヤバイっす!!一歩一歩がズッシリとくるっす!!」

「ユズポンのいじわる~!!きららたちの脚が取れちゃうにゃあーーッ!!」

 愚痴も何も漏らさない牛島(うしじま)(ゆい)を先頭にして、もう倒れてしまうのではないかというくらい悲愴な顔をしている植本(うえもと)きららと星川美鈴(みすず)

 開始から早くも悪魔に不意を突かれることとなった部員たち。

 しかしながら、このような進行はゆく川の流れの如く変わることはなかったのだ。


 三十分完走を終えて一先(ひとま)ず水分補給を済ませた選手たちは、野手と投手に別れて練習をこなすこととなった。

 まず投手である舞園(まいぞの)(あずさ)月島(つきしま)叶恵(かなえ)の二人は体育館の外へ行き、午前中と同じく柚月をそばに置いてピッチャー特訓を開始する。梓の場合はコントロールを向上させるために、午後からは投げ込み用のネットにストライクゾーンを表した長方形のラインを吊り下げられており、更なる向上を目的としていた。

 早速手に取ったソフトボールを握りセットした梓は、ステップを踏んでウィンドミル投法を始めボールを投げ込む。

「よしっ、入った!」

 頬を緩ませた梓のストレートはストライクゾーンの枠の中を通り過ぎていき、勢いよくネットを押し込んでいた。この前まではろくにストライクなど投げられなかった自分が、今回は初球からいきなりストライクを取れたことに嬉しかったのが本音だ。午前のときも同じように投げ込みをしている分肩は温まっており、まだまだ投げられる自信もあって前向きに捉えられていた。

 普段は寡黙な梓が珍しく微笑んでいたが、ふと彼女のそばからは柚月の大きなため息が漏らされる。

「ダメダメ、ぜんっぜんダメね~」

「えっ!?だって今のストライクじゃん!?」

 頭を抱えて悩ましく呟いた柚月に、梓は思わず声を張り上げてしまう。自分が投げ込んだボールはど真ん中を突き進んだ正真正銘のストライク。それをどうして否定するのか。

 すると梓は柚月から冷たい視線を送られ、呆れた様子のマネージャーの口が開けられる。

「あんなの投げたらヒット打たれるに決まってるでしょ?ソフトボールはただでさえボールの的が大きいんだから、梓の直球なんか簡単に当てられちゃうわ。三振とるつもりがあるなら、もっとコーナーを突いていかないと!」

「わ、わかったよ……」

 柚月の言葉は確かにご最もだと感じた梓は口ごもってしまい、困ったように眉をひそめていた。ソフトボールは野球のボールと比べて格段とボールの大きさが異なる。的が大きいということはそれだけバットに当てやすい訳で、持ち球が今のところストレートしかない自分の好きな奪三振をなかなか達成できない。それに、塁間が狭いソフトボールにおいてフェアゾーンに打球を転がされてしまうと、どんなに打ち損じたものでもセーフになることが多々あるため、自分の中では三振こそが一番安心するアウトの取り方だ。

 嫌々ながらも柚月が言ったことをしっかり頭に焼き付けた梓は再び構えて、ストライクゾーンが吊るされたネットにストレートを投げ込む。

「あっ!」

 すると今度は真ん中から外れてしまい、ストライクゾーンの左端―右バッターでいう外角低め―へと進んでいき惜しくもストライクゾーンにかすらずネットに吸い込まれた。

「もう少しだったのに……」

 ため息混じりで梓は呟くと、ふと柚月から嬉しそうな表情を向けられていることに気づく。

「ゆ、柚月?」

「ナイスボール!それでこそ舞園梓ちゃんだわ!」

 怪人二重面相のように表情を変異させるマネージャーに、梓は少し退き気味の表情を出していた。

「いや、今のボールじゃ……」

「いやいや~!ソフトボールの審判って意外とストライクゾーン広めに取るから、さっきのボールぐらいならストライクにしてくれるわよ!キャッチャーやってたこの(あたし)が全面的に保証する!」

 柚月からは親指を立てたポーズとアイドルのようなウィンクを見せられた梓だが、それ以上に彼女に対する恐ろしさを感じてしまい後退りをしていた。どうやら篠原柚月という女は小学生当時、審判の目すらも利用してソフトボールをやっていたようだ。確かにソフトボールのストライク判定はベース上の幅を僅かにでもかすっていれば取ることができる。だが、それはあくまで人間である審判によって判定されるものであり、ときには不平不満を言われてしまうジャッジも少なくない。

 しかしそれよりも気になってしまったのは、この柚月が小学生のときにはすでに、この審判の癖も含めたストライク判定の中身を理解していたことだ。当時は互いにバッテリーとして活躍していたが、柚月の指示通りに投げれば投げるほど三振を築き上げることができたのを覚えている。まさかその裏には、彼女の見えない力が働いていたとは。通りで審判の前ではいつにも増して礼儀正しいというか、律儀な少女を演じていたわけだ。

「おっそろしい女……」

「なんか言った?」

「いえ、別になにも……」

 ふと心の声を漏らしてしまった梓は柚月に不思議な顔をして尋ねられるが、無表情のまま顔をそっぽに向けて誤魔化した。

 バレたりしたら、何をされるかわからない。

 とりあえず彼女の機嫌を損わずに済んだ梓は安堵のため息を漏らしていた。

「……あれ?そういえば叶恵は?」

 彼女と背中合わせとなって練習していると思っていた梓はふと、叶恵が後ろにいないことに気づいて瞬きをする。

「叶恵なら~ほらあそこ!」

 すると上方をキョロキョロとしていた柚月は体育館の二階のランニングロードへと指を差し始める。

 促されるようにして梓もその方向を眺めると、窓が開けられたそこにはピッチャー特訓をしているはずの叶恵が続けて走り込みをしている様子を目に捉えた。

「なんで、まだ走ってるの……?」

「スタミナにはランニングが一番効果的だからね。叶恵には人一倍走ってもらって、いつかは七回最後まで投げられるようになってもらうわ!」

「人一倍、ねぇ……」

 ジメッとした目のまま梓は汗を流しながら走り続けている叶恵を眺めていた。よく見ると、さっきの三十分完走+のときに着けていた足の重りが着用されたままだ。いくら彼女の問題点がスタミナにあると言っても、これはもはや別の競技をしているようにも思えてしまう。

 人一倍どころか二倍、三倍、下手したらそれ以上に走り込む小さなエースに、梓は掛ける言葉が見当たらなかった。

 すると叶恵はランニングロードを駆けながら、梓たちのすぐ上の所を通過するところだった。


(アタシ)は陸上選手かあぁぁーーーー!?」


 体育館の外にもしっかりと聞こえる叫び声で走っていく叶恵に、梓は申し訳なさそうに被っているサンバイザーの(つば)を掴んで、静かに脱帽して一礼していた。


 一方、野手組の選手たちはそれぞれバットを持って素振りを開始する。皆で円を作って向かい合いながら、一本ずつ振った数字を叫んでバットを振り抜いていく。目標回数は百本と設定されており、経験者からしてみれば少ない方だと感じる回数だ。そして百本目を超えた皆はまだまだ余裕の様子だったが、やはりマネージャーによって平和な空気は破壊されてしまう。

「はいみんな!今度はこれをバットに着けてね~」

 体育館のすぐそばの外でピッチャー特訓を見ていた柚月は野手たちの練習も観察していたらしく、すぐに信次を利用して再び大きな段ボールから道具を取り出させる。すると今度は筒型の固いゴム質でできたバットリング、言わばバットの重りが姿を現した。

「もしかして……」

 ふと夏蓮には悪寒が走る。バット、それに加えてバットリング。もはや言うまでもない。

 野手全員のもとにはそれぞれ重さが表記されたバットリングが手渡されると、柚月はにこやかな表情で告げる。

「ではみなさん!バットリングを着けて、ここから五十回の素振りをお願いしま~す!」

「「「「はぁーー!?」」」」

 再び目が飛び出しそうな選手たちが多く見受けられるなか、すぐに柚月の目の前に現れた咲は眉間に皺を寄せていた。

「柚月!?話が違うよ!!百本で終わりって言ってたじゃん!?」

 咲の言う通り、柚月は素振り開始前は、百本でいいわと告げていた。それはキャプテンである夏蓮もしっかりと聞き届けており、咲が怒るのも無理はないと思いながら眺めていた。

 だが柚月の表情は変わらず眩しい笑顔であり、横に伸びた口を開く。

「ええ。(あたし)は百本でいいって言ったわよ」

「だったらもう終わりでしょ!?」

 咲が必死の様子で叫ぶなか、柚月はゆっくりと首を左右に振り艶やかな髪を揺らした。

「百本でいいとは言ったけど、百本で終わりとは、(あたし)一言も言ってないわよ?」

「え……え゛えぇぇーーーー!?」

 何とか言葉を返そうとする咲が伺えるが、夏蓮は瞳の熱を失い静かに彼女の肩に手を置く。

「か、夏蓮?」

「咲ちゃん、諦めよう……敵はあの柚月ちゃんだよ?勝てるわけがないよ……」

「そ……そうかも。いや、そうだね……」

 お互い柚月とは小学生からの付き合いである夏蓮と咲には、このマネージャーの恐ろしさを野手の誰よりも知っている。どんな状況に立たされても自分の意思を曲げず貫き通し、その優美な姿で数々の人間を虜にしてわ利用してきた魔女、篠原柚月の言葉が覆ることなど今世紀中はないだろう。

 夏蓮と咲は最後に互いの顔を会わせてため息を交えると、野手の選手たちにもバットリングを着けて振るようにと説得し開始した。

 最初の十本はまだよかった。

 しかし数が増すに連れて腕の筋肉や背筋、腹筋への負荷が直に伝わるようになっていく。

「はぁ……たった三百グラムで、こんなに変わるんだね」

「そう、だね……結構、辛いかも……」

 バットリングに書かれた『300g』という文字を見ながら汗を拭う菫と凛は、このような素振りをしたことがないソフトボール未経験者でもある故、たった三百グラムだと軽んじていた自身を後悔していた。

「唯とミスズン、よくもそんなに振れるにゃあ?」

 バットを持ちながら膝に手を置くきららが辛そうに二人を眺めていた。

「きらら、頑張れよ?お前だってあんなに肩がいいんだから、それなりに力があるはずだろ?なぁ美鈴?」

「はぁ、はい……きらら先輩なら、きっとできるって、信じてるっす……」

 汗を垂らしながらもバットを肩に載せて、辛さを真剣な顔として見せながら喋る唯に対して、息を上げている美鈴は今にも倒れそうに顔をしかめていた。

 ソフトボール未経験者たちが練習への過酷さを痛感しているなか、一方で経験者では一人、平然とこなしている者がいた。

「ふぅ……三百グラムくらいだったら、そんなに問題はありませんね!ですよね!?咲ちゃん先輩、夏蓮ちゃん先輩!……あれ?」

 小柄な背ながらも何本も鋭いスイングを重ねているメイは同じく経験者である二人に尋ねると、咲と夏蓮の様子がおかしいことに気づく。

 上級生である彼女たちのスイングスピードが遅い。

 いくらバットリングを着けているからと言っても、それは経験者らしからぬ弱々しい素振りに見えた。周りの未経験者たちと比較すれば、断然に唯たちの方が早く感じられ、下手したら菫や凛にも及ばないスピードだ。

「あ゛ぁーー!!ハァハァ……」

 バットを振り抜いた咲が心からの叫びを上げると、バットを床に勢いよく置いてしまい大きな金属音が鳴り響く。

「もう、ダメ……」

 ついにはキャプテンをバットの先を床に着けてしまい、二人とも喘息気味の呼吸をしながら身を丸めていた。

「咲ちゃん先輩も夏蓮ちゃん先輩も、疲れすぎじゃないですか?ワタクシはまだまだいけますよー!」

「そりゃあ、そうだよ。だって、メイちゃんのは三百だもん……」

「へ?」

 息を整えられない夏蓮の言葉にメイは首を傾げていると、今度は咲が再び雄叫びを上げる。


「もおぉぉーーーー!!なんでアタシらは六百グラムなのぉぉおぉぉーーーー!!」


 咲の嘆きは確かに合っており、夏蓮と咲のバットに着けられているバットリングにはそれぞれ『600g』と表されていた。これもあの柚月からの密かな期待の表れなのだろうが、どちらかというと嫌がらせのように感じてしまい、笹二ソフト部の鬼マネージャーを心から恨んでいた。


 その後の野手組たちは何とかバットリングを着けたままの素振りを終えると、再び柚月からは新たな兵器を投入される。

 女子ソフトボール顧問であり監督であるはずが、既に柚月の使いっパシリの化した信次は五箱の大きな段ボール箱を運んでいた。

 さっき持ってこられたバットリングを含めた段ボールと違って、箱の大きさの割りには軽々しい様子が見てとれるその中身を伺った夏蓮には、ガムテープで巻かれたソフトボール並みの球体がたくさん積まれているのが目に映る。五箱全てを埋め尽くしている偽ボールの数は一箱あたり約五十球近くあることが観察できるが、夏蓮にとってこの代物は昔に見た覚えがあった。

「先生、これは……?」

 夏蓮が多くのガムテープボールから目を反らして、段ボール箱を運び終わって微笑む信次に視線を変えて問う。

「さっき、篠原に作ってもらうよう頼まれたやつなんだ。新聞紙を丸めて作ったから、室内でのバッティング練習もこれなら安全だからね!」

 ニコッと笑って白い歯を見せられた信次に、夏蓮はやっぱりと茫然としていた。もう一度五箱の段ボールを眺め始めた夏蓮は、この見覚えのある光景を目の当たりにしてふと思い出す。

『これは、笹浦スターガールズの中練でやったトスバッティングのときと同じだ』

 小学生当時、夏蓮を始め梓や柚月、そして咲の四人は地元のソフトボールクラブである笹浦スターガールズの一員として練習していた。今日のように雨が降って外では活動できないときは近くの学校の体育館を借りて、新聞紙のボールを使ってトスバッティングをすることが多々あったことを覚えている。

 実際のソフトボールをバットで打ってしまうのは室内に傷を付けてしまうだけでなく、窓ガラスやドアを破壊し兼ねない危険な練習となってしまう。しかし、そのボールを軽い新聞紙に代用すれば、体育館の壁に向かって思いきりバッティングをしてもそれほど威力は無く、より安全性が増したボールとなるのだ。

「なんか、懐かしいね!!これってスターガールズ以来の練習方法だもんね!!」

 ふと肩を組んできた咲に嬉しそうな笑顔を見せられ、夏蓮も同じような微笑みを返すことができた。

「そうだね!なんだか、あのときを思い出すなぁ」

 今から六年前の丁度今と同じ季節、五月の大会前もこのようにして館内練習をしていた。スターガールズの監督であり現在は笹浦二高の校長である、夏蓮の祖父でもある清水(しみず)(しげる)に見守られながら行っており、クラブのみんなと共に一生懸命バットを振り抜いていた。何十何百、もしかしたらそれ以上の新聞紙ボールを打ったことで、当時の小さな手のひらにはたくさんのマメができてしまう。

 だがその努力が実を結んだためだろうか、その大会でスターガールズは見事に県大会を優勝するすることができ、当時のキャプテンであった一つ上の先輩―今は女子バレーボール部のキャプテン―泉田(いずみだ)涼子(りょうこ)もとても喜ばしい様子で、感極まって涙を流していた程である。

 すると、六年前の練習風景を思い出している夏蓮は、今自分の立場を改めて実感することができる。


『今度は、(わたし)がキャプテンなんだよなぁ……』


 六年前では補欠選手だった自分には、決して考えられず予想もしていなかった現在。あのときの自分が今の自分を見たらどう思うだろうか。きっと、無理に決まってると(けな)されてしまうだろう。無力な自分のことを一番理解しているのは、他の誰でもない自分自身なのだから。

 しかし、それでも構わない。

 過去は過去の(わたし)であって、今は今の(わたし)なのだ。まだまだ能力としては最低クラスだろうが、今の自分は未来の(わたし)に期待を持ちながら努力して頑張りたい。

「……よしっ!」

 ふと自信を持った表情の夏蓮は踵を返し、野手組の部員たちへと顔を向ける。

「みんなッ!!上手くは言えないけど、この練習を頑張ろう!!」

 あまりにも短く単刀直入な言葉。だがその一言は部員たちの顔を少し微笑ますことができていた。

「勿の論ッ!!アタシはまだまだいけるよ!!」

 同じスターガールズの一員としてそばにいてくれた笑顔の咲。

「夏蓮ちゃん先輩の言う通りです!!千里の道も一歩からですからね!!」

 一年生で小柄ながらも、とても頼もしさを感じさせる明るいメイ。

「凛、大丈夫?無理してない?」

「わたしは平気だよ。菫といっしょなら頑張れる」

 隣にいる凛を心配していたが、元気な顔を向けられたことで自分自身も笑みに染まる菫。

「美鈴、トス頼む……」

「了解っす!!唯先輩のためなら何だってするっすッ!!」

 互いに真剣な顔を見せ合う、まるで師弟関係のような二人である唯と美鈴。

「じゃあ、きららはシエスタを……」

「……きららちゃん先輩!!ワタクシといっしょにやりましょ!?」

「うぅ……メイシーのいじわるぅ~」

 この場を離れて休もうとしたが、言葉尻を被せてきたメイによって(はばか)られてしまい苦い顔のきらら。

 そんな多くの個性に囲まれる夏蓮は皆のことを微笑ましく思いながら眺めていた。こうして出会ったのも何かの縁なのかもしれない。ならばその縁を無駄にはしたくない。

『みんなといっしょなら、きっと大丈夫!!』

 そう心に刻んだ夏蓮は早速部員たちに指示を送り、二人一組のペアを四つ作ってトスバッティングを開始した。

 

 

 ―ところが―



「はぁはぁ……咲ちゃん、あと何球残ってる?」

「えっと~……だいたい二十球くらいだよ」

 息を上げて立っている夏蓮のそばで、トスのためにしゃがんでいる咲は既に疲れきった顔をしながら言葉を返していた。

「もう、ダメだ……あと一箱なんて、振れる気がしない……」

「か、夏蓮!?しっかりして!?」

 膝から崩れるようにして座り込んでしまった夏蓮を、咲はすぐに支えて倒れるのを防ぐ。

「みんなで頑張ろうって言ったのは夏蓮じゃない?ほら立てる?」

「わかってる。わかってるんだけど、こんなはずじゃなかった……」

 咲にの力強い腕に支えられる夏蓮は弱々しく俯いており、今にも気を失いそうな思いだった。

 しかし、それも無理はない。

 前向きにトスバッティングを始めたのは良かったのだが、ここでもまた篠原柚月のおぞましき注文を受けることとなってしまう。

 野手組のみんなには用意された五箱の段ボールを全て打ち込むことを指示されてしまい、約二百五十球もの多くのガムテープボールを振り抜くはめとなってしまった。皆の表情は三箱目を超えたところから厳しさを増しており、相変わらずの壮絶な練習となっている。通りで組数と箱数が合わないと、夏蓮は思っていた。

 しかし、問題はそれだけじゃなかった。

 現在四箱目の途中である夏蓮は息を荒げながら、咲にゆっくりと顔を向ける。

「ねぇ、咲ちゃん……」

「な、なに?」

「なんで、四箱目からなの?ていうか、おかしいよね、絶対におかしいよね?」

 今にも泣き出しそうな声を震わせる夏蓮は、僅かに開くことができた瞼から自身の手に持つバットを眺める。


「なんで、バットリング着けながら打たなきゃいけないの……?」


 瞳が潤んでくるのを感じた夏蓮のバットには、ただでさえ重たいと思えるバットの芯に『600g』のバットリングがしっかりと固定されていた。それはもちろん、野手組のバット全てが四箱目に入ったと同時に着用しているわけだが、周りと違って倍の重さである夏蓮のバットリングはその更に倍を超えたように彼女を苦しめている。

 すると咲は夏蓮の華奢な肩を腕で包むようにして握ると、目を閉じて黙りながら首を左右に振ってみせる。

 あえて無言を貫いた彼女からは、まるで仕方ないと見てとれた夏蓮は変質な笑みを浮かべてしまい、もう何も考えられない窮地に立たされていた。

「みんなといっしょなら、大丈夫……へへ、大丈夫……」

 箱に残るガムテープの球を打とうと再び構えた夏蓮だが、その瞳には一寸の光すら灯していないものだった。


 そして最後の難関、筋トレメニューを行うところで再び野手と投手組が集まることとなる。もちろん柚月から課せられた筋トレメニューをもとに進めることとなったのだが、もはや御約束の如く壮絶極まりないものだった。内容としては腕立て伏せ、腹筋で起こす上体起こし、背筋を鍛えるエビ反り上体起こし、そして腰を深く下げて上体を天に上げるフルスクワットを主に取り組むこととなり、それぞれ三十回を三セット行うはめとなっていた。

「アハハ~腕が、腕がぁ~あぁ……」

 苦手な筋肉トレーニングを行う夏蓮はさっきから不気味な笑みを浮かべながら腕立て伏せを繰り返している。もともと力がない自分にとって、この筋トレメニューはとてもキツいもので一セット目から既に諦めムードだった。

 そんなキャプテンを先頭にして行われた筋トレでは、様々な部員からは悲愴な嘆きや叫び声が放たれこの体育館中を包んでおり、部活というよりも収容所と言った方が適切ではないかと思わせるほどだった。少し手を抜けば鬼のマネージャーから恐ろしい視線が送られ、それは下級生だろうが未経験者だろうが関係ない。

 身の毛も弥立つ思いで強制的に取り組む選手たちだが、その恐怖心が反って原動力となってか、皆は何とか手足を動かして筋トレを進めていった。



 ◇◇◆



 ついに本日の練習メニューを終了させてこうして今に至る訳だが、現在疲れ果てている部員たちには残念ながら誰一人として笑っていられる余裕などなかった。仰向けに寝転がって上がった呼吸を続ける夏蓮と梓。うつ伏せになって倒れている咲やメイにきららと美鈴。床に踞りながら肩で息をする叶恵や菫と凛。唯一立ちながら腰に手を添えて息を整えようとする唯。

 大量の汗を顔に浮かべる選手たちからは未だに練習の壮絶さ伺えるなか、皆のもとには笑顔を絶やさない柚月が歩み寄る。

「みんなお疲れさま~!これで本日の館内練習は終わりよ。ご苦労さま」

 内心、選手たちが最後まで練習を無事に終えたことに嬉しく思える柚月は明るみの表情で表していたが、誰からも返答は返ってこなかった。さすがにやり過ぎたかなとは思っていたが、これも部のためみんなのため。選手たちが能力を上げるためには、それ相応の練習と努力を積み重ねてもらわないといけない。

 柚月はそう思いながら声すらまともに出せない選手たちを見つめていると、再び声を穏和に鳴らす。

「これからの予定は五時からの勉強会よ。まぁ時間が三十分以上あるから、先にシャワー浴びちゃってからにしましょうね」

「やったぁ……シャワーにゃあ……」

「お風呂です、そうお風呂なんです……」

 柚月が指示を送るときららとメイからは小さな呟きが放たれるが、二人とも動かずうつ伏せのままだった。

 すると柚月はひと気になったことがあり、事務室へと段ボール箱を運んでいる信次に顔を向ける。

「ところで先生?ここのシャワールームって、何人入れるの?」

「さすがに女性の方はわからないけど、男性の方は十人近くは入れるよ」

「じゃあ同じくらいね」

 信次の答えにニコッと笑って返した柚月はホッとしており、振り返って選手たちを眺めていた。部員の数は自分を抜けば丁度十人であり、一度にみんなでシャワールームに入っても問題無さそうだ。

「じゃあみんな!勉強会は予定通り行うから、時間厳守でお願いね」

 夕方にもまだ弱い雨が続くなか、気がつけば体育館の時計は既に午後の四時を回っており、次の勉強会までの間は一時間もない。柚月はすぐに部員たちを向かわせようと試みるが、すると先ほど弱々しい呟きを鳴らしていたきららの顔が上げられる。

「ユズポ~ン、シャワーの時間、少なくないかにゃあ?」

 苦しみながらも発言したうつ伏せのきららに、柚月は不思議に思った顔を見せる。

「そんなことないわよ。シャワーなんて、三十分もあれば充分でしょ?」

「「ええぇぇぇぇーーーーーーーー!?」」

 突如倒れていたきららとメイから声をぶつけられた柚月は驚き、脳裏に嫌な予感が過っていた。これは面倒な二人を反応させてしまったかもしれない。

 予感が徐々に現実味を帯びてきた気がした柚月は苦い顔をしていると、きららとメイが今までうつ伏せになっていたことが嘘のように飛び起き、怒った様子の二人がすぐに目の前に現れてしまう。

『始まった……』

 二人には呆れてものも言えない柚月は冷ややかな視線を送っていたが、きららとメイの熱を冷ますことはできなかった。

「柚月ちゃん先輩!!いくらなんでも、それは短すぎます!!」

「そうにゃあそうにゃあ!!きららたちレディのシャワー時間は、もっと長くなきゃいけないんだにゃあ!!」

 二人から声を大にして叫ばれる柚月は昨日のミーティングと同じようなダブルパンチをくらった気分に

 なり、既に慣れているやり取りではあるが面倒くささの方が増してしまいため息を漏らす。

「だったら、どれだけ時間かかるのよ……?」

 正直この二人には声を出すつもりは無かった柚月は仕方なく尋ねてみると、まずはメイが小さな胸を張って得意気な顔を見せていた。

「ワタクシは少なくとも四十分は必要です!髪の毛と身体を洗って、その後に湯船に浸かればあっという間ですからね」

 腕組みをしてサファイアの瞳を閉じながら答えたメイからはどこか偉人の風格を感じさせるものがあったが、柚月は相変わらず温度のない目をしながら金髪少女を見つめていた。この幼女は話をちゃんと聞いていたのだろうか。

「あの、湯船なんて無いわよ……?」

「えぇぇ!?日本のシャワーと言えばお風呂も付き物ではないのですか!?」

「学校のシャワールームは個室に決まってるでしょ?あなたは日本を勘違いしてるわ……」

「そ、そんなぁ~……ガッカリですぅ……」

 呆れから生じた冷静沈着な態度見せる柚月はそのまま冷たい対応を取り続けていると、最後にメイを俯かせ黙らせることに成功した。

 これで一人は撃破。だがあと一人、一番のやっかいな敵が残っている。

 柚月はそう思いながら表情を変えずにいると、すぐにもう一人の大きな口が開けられる。

「メイシーも案外少ないんだにゃあ。きららは最低でも一時間はほしいと思ってるにゃあ」

「時間かけすぎでしょ……」

 先ほどのメイと同じように偉そうな態度を取って答えたきららだが、柚月は飽き飽きとした顔を見せて小さく呟いていた。

 すると不覚にも、きららの発言はメイの元気を取り戻させてしまい、柚月が撃破したはずの少女は青の瞳を輝かせながら顔を上げる。

「なるほどー!!それこそが優美たるきららちゃん先輩の秘訣なんですね!!とても勉強になります!!」

「フッフ~ン。メイシーも弟子入りするかにゃあ?今なら年会費無料にゃあ」

「はい!!喜んでッ!!合宿に来た甲斐がありました!!」

「この三日間、何だと思って来たのよ……?」

 きららとメイの明るい会話の最後に心の声を出してしまった柚月は突っ込みを入れる形となり、さっきよりも大きなため息をして二人を振り向かす。

「……あのね、あなたたちは今合宿中なのよ?そんなおしゃれのために時間を割くような環境ではないのよ?」

 眉をひそめた柚月は少し説教の意味も込めて告げると、きららからはなぜだかジーっとした目を向けられており、一方でメイは悲壮な顔を目の前まで近くづけてきた。

「そ、そんなぁ~!これでワタクシも柚月ちゃん先輩のようなナイスバディになれると思ったのに~」

「ローマは一日にしてならず。たとえ三日でも、あなたの夢を叶えるには短すぎる時間よ」

「うぅ~……ションボリですぅ~……」

「……あぁ~!!わかったにゃあ!!やっぱりユズポンはおっかない女だにゃあ!!」

 再びメイが肩を落としたところで、柚月は突如叫んで言葉尻を被せたきららから人差し指を向けられて驚いてしまう。

「こ、今度は何よ?」

 どうせろくなことを考えていないに違いない。そう思いながら適当に聞き流そうと考えていた柚月だが、きららからは真実を見抜いたような鋭い目付きを見せられていた。

「ユズポンはそうやって、みんなにシャワーの時間すらまともに与えないで、自分だけ長居してシャワーを浴びようと企んでいるんだにゃあ!!」

「えぇー!?柚月ちゃん先輩、ホントなんですか!?」

 呆れてものも言えないとはこういうことだ。

 目の前の二人から不審そうな視線を浴びることとなった柚月はもはやため息すら出す気力がない状態だった。しかしここで黙っていたら、またこの二人の問題児から変なことを言われるに違いない。

 少しの間黙っていた柚月は仕方なく喉を鳴らすことにした。

「……そんな訳ないでしょが?第一シャワーしかないんだから湯船にも浸からないし、すぐに終わって当然じゃないの?」

「あやしいにゃあ……」

「そうですねぇ。あやしいです……」

 困った顔の柚月はきららとメイから変わらず疑いを持たれているようであり、二人からは更に問いつめられることとなる。

「どうせユズポンのことにゃあ。きっと一人抜け出して、この学校に隠された秘密の大浴場にでも行くつもりなんだにゃあ」

「そこはせめて銭湯でしょ……てか、秘密の大浴場ってなによ?そんなの聞いたことないんだけど……」

 冷静かつ的確にきららへと言い返す柚月に、今度は見下ろせるほどの少女であるメイから不気味な笑みを浴びていた。

「柚月ちゃん先輩は美人だけでなく頭もいいですから、そのくらいの隠密行動はやりそうですね……」

「褒められてる気がしないんだけど……」

 正直きららとメイの対応にウンザリしている柚月は黙ることにして、早くこの場から解放されたい思いでいっぱいだった。どうせこの二人だから、きっと起きた朝には全て忘れているだろう。ここは黙って聞き流してやり過ごそう。

「黙るところ、やっぱあやしいにゃあ……」

「ええ。あやしいですねぇ……」

 沈黙した柚月は、差が大きい互いの背を付けながら腕組みをするきららとメイから疑いの顔を見せられており、早く二人が()めることを心待ちにしていた。できれば周りの部員たちには止めさせてほしい思いも抱いていたが、みんな疲れ果てているため自分を助ける余裕などないだろう。

 ジーっと目を細める柚月は前の凸凹な二人の姿を眺めていたが、ふと彼女に救いの手が伸ばされる。


「ほれいくぞ、きらら?」

「にゃっ……」


 すると柚月の瞳には突如として唯と美鈴の姿が映り込み、唯がきららの纏うユニフォームの首袖を後ろから掴んで引っ張る。

 唯の力で尻餅を着いてしまったきららはそのままユニフォームと共に運ばれていき、まるで強制退場のようにして離れていった。

「にゃあ゛~!!ユズポン!!きららは許さないからにゃあ!!信次くんの隣は絶対に渡さないからにゃあ!!」

 唯と美鈴は背を向けて、唯一きららだけが顔向けしているなか、距離が増しても引きずられている彼女の悲壮な叫びはよく聞こえていたが、柚月はそんなことよりも唯の後ろ姿を眺めて頬を緩ましていた。多少荒々しいやり方ではあるが、なんとも牛島唯らしいやり方だ。とりあえずこの場を消してくれた彼女には感謝しなければいけない。

 微笑む柚月は彼女に、ありがとうの一言でも伝えようとしたがその瞬間、唯は立ち止まり振り返って目を会わす。

「あ、そうだ。俺たち三人は後で入るから、先にみんなでシャワー浴びてくれ」

 真面目な様子の唯から告げられた柚月は不思議に思ってしまい、微笑みを消して何度か瞬きをしていた。

「いっしょに入らないの?」

 柚月の問いかけに唯は静かに頷く。

「確か、ここのシャワールームは全部で十人用だ。篠原のことも含めたら全部で十一になっちまうから、俺ら三人が抜ければいい話だろ?」

「それなら、(わたし)は別にいいわよ。それにシャワーの組を二つに分けちゃったら、変に時間かかっちゃうし……」

「だったら、俺らは男子の方を使うよ。どうせ今日は学校に男いねぇから大丈夫だろ」

「で、でも……」

「んじゃ、また五時に……」

 結局最後は不安な顔つきになってしまった柚月は、淡々と述べて去っていく唯たちを眺めることしかできなかった。

「ニッヒッヒ~!ユズポン思いしったかにゃあ!?これできららは信次くんといっしょに……」

「……浴びさせねぇからなぁ」

 きららの高らかな言葉尻を被った唯の姿は徐々に見えなくなっていき、三人はついに体育館から消えてしまった。

 そんな唯たちが出ていった体育館の入り口を黙って見ている柚月はふと首を傾げ、唯に対しての想いが変わってしまう。


『なんで、距離を作っちゃうんだろう……?』


 彼女曰く、笹浦二高の女性シャワールームは十人用となっているらしい。正直自分のことも数に含めてくれたことは嬉しかったのだが、それ以上に彼女たちが遠ざかっていくことが気がかりだった。唯と会話をしていて一方的に距離を置こうとしているのを感じ、どこか無理をしているようにも見えた。見えないはずの心の距離が具現化したような、見えないバリアを張られてしまい残念というか、なんだか寂しい気持ちになってしまう。

「柚月ちゃん……?」

 ハッと目覚めたように柚月は振り向くと、そこにはやっと立ち上がることができた夏蓮がそばで心配そうに見つめていた。

「大丈夫?なんか柚月ちゃんも疲れてるみたいだけど……」

「あ、(あたし)は全然平気よ!ほら、早くシャワー浴びてきなさい!」

 なんとか誤魔化した柚月は夏蓮の背中を押して、残ったみんなにもシャワールームへと向かうよう指示を送った。それぞれの部員たちと混じって隣り合いながら体育館を出ていったが、柚月は浮かない顔をして歩いていた。

 どうも唯のことが気になって仕方ない。

 着替えのときもそうだが、どうして部員のみんなと距離を置こうとするのか。この前の練習試合のときみたいに、もっと心を打ち解けてくれればいいのに。それに夏蓮も、さっきのやり取りを聞いていなかったのだろうか。それとも、彼女は唯について何か知っているのだろうか。

 天からは未だに雨が降っている今日の笹浦市だが、柚月はいつにも増して辺りが暗くなるのを早く感じていた。

皆様、こんにちは。

今回もありがとうございました。皆様のおかげで、こな作品のPV数がついに3500を突破しましたことをお伝えします。

いつも読んでくださる方を始め、チラッとでも目にした方も含めて、誠にありがとうございます。これからも是非よろしくお願いいたします。

今回の練習回は全て私が体験した実話をもとに作りました。恐ろしいですよね。あのときは本当におしまいだと思いました。

さて、来週は勉強会ですね。長い一日ですが引き続きよろしくお願いいたします。

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