目の輝きだよ
美鈴のグローブを買おうとしたとき、そこで釘裂高校の生徒らと遭遇してしまった唯たち。
大人の慶助や信次もいるなか、唯のことを知っている鮫津愛華らと対峙することになるが、同じくソフトボール部に所属している彼女からは突如、練習試合の申し出を受けることとなる。
否定的な考えを持つ唯の前で、顧問の信次はとんでもない結論を出してしまう。
「久しぶりだな……唯」
「愛華……」
夜の八時近くを回ろうとする大きなスポーツ用品店、虹色スポーツでは、徐々に客足が少なくなる時間帯であり、九時の閉店時間に近づいている。各々のスポーツコーナーでのレジでは、既にレジ閉め作業が行われており、アルバイトとして働く労働者たちの帰宅時間も迫っていた。
だが、この野球コーナーでは、どこか異質な空間となっている。今現在、多くの新品グローブで囲まれたこの場所では、三人の笹浦二高生とその教師、虹色スポーツの若い店員と一人のヤクザ風の男がおり、彼らが向ける視線の先には、ヤンキー高校として名高い釘裂高校の一人の男子生徒が座り込み、三人の女子生徒が揃って立っている。
両陣営が睨み合うなか、植本きららと星川美鈴の先頭に立つ牛島唯は、自身が名前を呼んだ、釘裂生の愛華という金髪女子高校生と目を会わせていた。
異様な緊張感が漂う店内、唯は厳しい顔を表に出しながら、言いづらそうに口を開ける。
「……お前、捕まったんじゃなかったのかよ?」
唯が愛華に何とか放った言葉は、二人の間にいた大人、田村信次と大和田慶助の顔を驚きで染めていた。
振り返るようにして唯の顔を見ていた慶助は、もう一度前方にいる、赤の髪と青の髪で染まった女子の間にいる、金髪に染められた愛華の顔を覗く。捕まったって、コイツ、何かしでかしたってことなのか。まぁ、柄的にはそう言われても違和感はねぇけど……でも、一体何をしたっていうんだ?
疑問を沸かす慶助だげでなく、しかめる唯たち、そして信次からも視線を浴びている愛華は、不敵な笑みを浮かべていた。
「ついこの前、釈放されたんだよ。証拠もねぇからテキトーに言い逃れして、不起訴にしてやったからな」
まるで反省の色を見せない愛華だが、ふと唯の後ろへと視線を移し、困惑した顔の植本きららと目を会わせる。
「へぇ……どこの誰かと思えばテメェか、植本きらら」
「愛華ちゃん……」
愛華から攻撃的な視線を受けるきららは辛そうな表情を隠せず、パッチリとした瞳を潤ませていた。
「テメェ、相変わらず唯の傍にいるんだな……ん?」
突如視線を唯の方へと換えた愛華には、このメンバーの中で最年少の美鈴が映り、唯の前で両腕を広げていた。
「み、美鈴……」
美鈴の小さな背中を見ながら呟いた唯には、彼女が後頭部から下げているツインテールが微動しているのが見える。
「ゆ、唯先輩には、もう乱暴なことはさせないっすッ!!」
声をぶつけられた愛華はキョトンとして固まっていたが、すぐに笑みを溢してもとに戻っていた。
「へぇ、これはこれは、頼もしい後輩じゃねぇか」
陽気な言葉を放つ愛華は、赤髪の美李茅、青髪の風吹輝の間から歩きだし、顔が強ばった美鈴の前まで寄っていく。身長の低い彼女と顔を会わせるように、愛華は膝に手を着いて屈み、目の前に美鈴の顔を置いていた。
恐怖心が勝る一方の美鈴であるが、ふと目の前の金髪女子はニコッと笑顔を見せる。
「ねぇ、お名前は?」
「ほ、星川美鈴っす……」
「星川美鈴ちゃんっていうんだぁ。可愛い名前だねぇ」
「え、あ、ありがとうございま、す……」
「フフフ……大丈夫だよ、美鈴ちゃん……」
声のトーンすら変えて、さっきまでも恐さを消した愛華は、震えが解消された美鈴を確認すると、顔を更に近づけて口許を美鈴の耳許まで持っていく。
「……ビビりには、興味ねぇからさ」
再び恐ろしさを秘めた囁き声を聞いた美鈴は、言葉も出ず息を飲んでしまい、大きく目を開けて固まってしまう。
痙攣を起こしたように、全身の震えが止まらなくなってしまった美鈴から顔を遠ざける愛華は、一度彼女を見下すようにして笑っていると、その顔のまま周囲へと向け始める。
「それにしても、ずいぶんとギャラリーがたくさんいるなぁ」
唯たち三人の後ろには、さっきからずっと無言で眺めている、虹色スポーツの眼鏡店員がおり、また愛華と美李茅たちの間では、腰を抜かして未だに立ち上がっていない釘裂高校の金髪男子生徒が見上げていた。
辺りを確認した愛華だったが、最後に目に留まった、傍にいた二人の男性へと興味を向ける。
「オッサンら、誰?」
大人を小バカにするように笑いながら放った愛華は、自身よりも背が大きい信次と慶助を見上げていた。
「ん?僕かい?僕は、田村信次!笹浦二高女子ソフトボール部の顧問をやっている者だ」
元気な笑顔を見せる信次が、胸を張って答えていると、愛華は再び前屈みになって悪の微笑みを向ける。
「へぇ、ソフトボール部、しかも女子か……。ウチは鮫津愛華。唯とは、どういう関係なの?もしかして彼氏とか?」
「いやいや、牛島は僕のクラス生徒なんだ。まぁ、彼女の担任ってわけだッ!!」
「牛島?」
ふと微笑みを消した鮫津愛華は、すぐに唯へと視線を移す。変わらず厳しい表情をした彼女と目が会うと、何かを悟ったかのように、へぇ~と呟いていた。
「……んで、アンタは?」
今度は横目を向けた愛華には、茫然と立っているもう一人の男が視界に入る。
「お、俺は大和田慶助……ここのアルバイトして働いてんだが……」
信次と違ってもごもごした感じで答える慶助だったが、愛華からは同じく、不敵な笑みが溢れていた。
「オッサンこそ、唯の何なの?さっき、仲裁してたけどさ」
「え、いや、なんでもねぇ。赤の他人だよ。仕事終わって帰ろうとしたら、男が女に殴られそうになってたんだ。ただ、それを止めに入っただけだ」
「へぇ、オッサン、優しいんだねぇ。正義のヒーローみたい」
褒め称える言葉を言いながらも、依然として敵意剥き出しの視線を送る愛華に、慶助には、彼女から近寄りがたい雰囲気を感じていた。コイツ、生意気だけど他の二人とはどこか違う感じがする。逮捕されたらしい経歴といい、牛島唯たちとの関係といい、コイツは一体何者なんだろうか。
「あ、愛華!ソイツには、近づかない方がいいッ!!」
慶助が考えこんでいた刹那、いつの間にか立ち上がっていた金髪男子生徒は、震える大声を出していた。
周囲のみんなから視線を受けていた男子だったが、名前まで呼んだ愛華だけは背中を向けており、一時の沈黙が生まれる。
「……フッ、わぁってるよ、諒太」
一度鼻で笑った後に、男子の名前を呼んだ愛華は踵を返して諒太へと近づいていく。綺麗に染め上げた金の長髪を揺らしながら、笑顔を保って彼の前にたどり着くと、次の瞬間、同じく金髪の男子の胸ぐらを左手で掴み始める。
「あ、愛華?」
「まず、近づかなきゃいけなかったのは、テメェだよな?」
すると、愛華からは笑顔が完全に消え去ってしまい、右手が拳に変えられていた。
ボゴッ!!
「う゛ッ……」
無表情となってしまった愛華の前で、溝を打たれた諒太は痛々しい悲鳴をあげて、膝から崩れてしまう。呼吸すらまともにできなくなった彼は、殴られた箇所を両手で押さえ込みながら床に伏していると、今度はしゃがんだ愛華の右手に髪を掴まれる。
ヤンキー座りを見せる愛華は、諒太と額に自分の額を近づける。
「言っただろ?ビビりには興味ねぇからって……」
美鈴に放った言葉をそのまま述べた愛華は、苦しむ諒太から顔を遠ざけると、彼の目の前で膝の皿を見せつける。
バゴッ!!
「ぐッ……」
突如、愛華の堅い膝が顔面に飛び込んできた諒太は吹き飛ばされてしまい、今度は仰向けになって床に転がっていた。悶えながら顔を押さえている彼からは、周囲の人間に相当な痛みを思わせており、両足をばたつかせている。
それを虚ろな目で見ている愛華は、寝暴れる諒太の金髪を再び掴んで顔を上げさせると、彼の大きく腫れ上がってしまった鼻からは血が出ており、瞳には涙が浮かんでいた。
「や、止めてくださ……」
「……うせろッ!!ゴルァッ!!」
恐怖心しか持っていない様子の諒太の言葉尻は、愛華の罵声によって被されてしまい、再び額と額が近づけられる。
「今後、テメェがイキがるところ見かけたら、ウチがテメェをブチまわすかんな……覚えとけッ!!」
恐ろしく低い声で囁いた愛華は、諒太の顔を投げるようにして解放させると、倒れていた彼はすぐに立ち上がって、美李茅と風吹輝の間を通り過ぎて去っていった。
「うわぁー、愛華メガ恐ー!あれ、絶対折れたっしょ!」
「男って、ほんとキモくてバカな生き物。マジムリだわ」
それぞれの赤髪と青髪を揺らしながら、消えていく諒太の背中を見ていた二人は、彼を蔑むように笑っていた。
まるで釘裂生徒の日常を見せつけられた唯たちは勿論、関係ない慶助までもが驚愕しながら愛華たちの背中を眺めていた。いくらなんでも、やり過ぎじゃねぇか。俺だって、あそこまでやろうとは思ってなかったのによ。
ふと自分の拳に目を向けた慶助は、信次が来る前に自身が殴ろうとしていたことを思い出す。あのときは無我夢中で本気で殴ろうとしていたが、改めて暴力の罪深さを心の底から感じた。俺を止めてくれた信次には、頭が上がらねぇや……悪いな、信次。今度は、俺がお前に止められるなんて……
「おいッ!!君!!」
すると、慶助の隣から信次の大声が飛び出す。彼の顔は、金髪を垂らされている背中に向けられており、凛とした真面目な表情をしていた。
「なんだよ?うるせぇなぁ」
身体ごと信次に向けた愛華は、首をやや横に倒して愉快に微笑んでいたが、それは彼女の恐さを伝えるものであり、不気味なオーラを放っていた。
「暴力はダメじゃないかッ!!いくら相手が男でも、今のは許されるものではないよ!」
しかし、おぞましい愛華に負けない信次は表情一つ変えず、視線だけで殺そうとする彼女と怒りの目で対峙している。両者が睨み合うなか、この場には沈黙が訪れており、誰もが二人の背中を眺めていた。
「……フフッ……フッハッハッハー!!」
すると、信次と向かい合っていた愛華は、堪えきれず大声で笑ってしまう。お腹を抱えながら声を出す彼女からは、一体何が面白いのかは誰にもわからず、取り囲む皆から不思議に思う視線が向けられていた。
だが、徐々に呼吸を整えた愛華は、再び信次に鋭い目付きで笑顔を見せて口を開ける。
「ウチさ、先生みたいな、御人好しのフリしてるヤツが突然キレるの、大好きなんだよねぇ」
まだ収まらない笑いを抱える愛華だったが、すると彼女は、真剣な目を向ける信次へと歩み寄り、自身の金髪を楽しげに揺らしていた。
信次との間が僅かとなったところで立ち止まった愛華は、背高い彼の怒り顔に顎を突き出すようにして下から見上げる。
「僕は、御人好しなんかじゃないよ。生徒を守る、ただの教師さ」
「じゃあ、ただの教師さん。ウチをストレスから救ってよ。何回か殴れば、きっと収まるからさ」
胸を張って真剣に睨む信次、そんな彼を蔑むように見上げている愛華たちには、再び無言の空間が拡がりを見せ、見えない火花が飛び散っていた。
「愛華、やめろ!」
二人の沈黙を引き裂くように放たれた声だが、聞き覚えのある声に反応した愛華はふと、信次の大きな身体の前で首を横に曲げて、彼の後方に目をやる。するとそこには、すぐ近くにしかめた顔の唯がこちらに尖った目を見せており、互いの瞳が会う。
「愛華、そのバカは関係ないだろ?」
「唯……」
「えっ?僕のこと?」
唯と愛華の二人による強い視線に挟まれていた信次は、唯に対して不思議そうな顔をしながら自分の顔に指差すが、彼女と目が全く会わずに視線から外れる。
望まない再会を思わせる唯と愛華の睨み合いが再び起こってしまい、金髪女子は歩き始め、不審な顔をする信次の横を通り過ぎて唯の前へと立つ。
「愛華……なんで、変わっちまったんだよ?」
「いや、変えられたんだよ。どっかの、茶髪女のせいでさぁ」
冷や汗を浮かべる唯と向かい合っていた愛華は、一度視線を、茶髪の地毛を持つきららに移すと、彼女の悲しげな表情が見えたところで、すぐに唯へと目を戻す。
「きららは、何もしてないだろ?」
「さぁね~。少なくとも、ウチらの間に入ってきたのは、間違いねぇだろ~?おかげで、お前と同じ高校にだって行けなくしたんだしよ」
「違う!きららが俺に勉強を教えていたのは、俺がお願いしたからだ!きららは何も悪くない!」
「でも、ウチらは離ればなれ、だろ?」
「う、うぅ……」
きららを巻き込んだ二人の会話は、唯が返せず黙りこんでしまうことで幕を閉じてしまう。辛そうに視線を落とした唯は、目の前にいる愛華の足すらも見えなくなってしまい、徐々に肩が沈んでいった。どうして、三人じゃ、ダメなんだよ?きららも含めたって、いいじゃねぇか……
愛華との解決の道が見当たらない唯は、苦悩で目の前が真っ暗になるのを感じ、瞳の輝きが薄れていき絶望に染まっていく。
パシッパシッ……
『!?』
「ん?」
ふと、右手首を優しく握られた感触が走り、一筋の光が向けられたと感じた唯は、顔を右に上げてみると、そこにはさっきまで怒号をあげていた信次が、いつもの笑顔を見せて立っていた。
唯と愛華の間に再び君臨した信次は、唯の手首だけでなく愛華の左手首も握っており、金髪女子を不思議がらせている。
「先生~、痴漢はマズイでしょ~?」
小バカにするように微笑しながら発言した愛華だったが、信次は笑顔に曇り一つ見せず、彼女の左手首を掴みながら声を鳴らす。
「要するに、君たちは友だちだろ?だったら、仲直りの握手だッ!!」
「はぁ~?」
「た、田村!?」
自信に溢れた信次の言葉に、愛華は笑いながら呟いており、対峙している唯は驚くようにして叫んでいた。仲直りの握手って、いつの時代の話だよ……
二人に挟まれている信次は、それぞれから視線を向けられているが、決して笑顔を絶やさず握っており、彼女たちの右手を見ながら言葉を続ける。
「僕も、君たちがどんな理由で仲が悪くなったのかは知らない。でも、ここで再会できたのは、君たちが仲直りをする運命なんじゃないかなって思うんだ。だって……」
すると、優しい言葉を放っていた信次は顔を上げて、まずは愛華、そして唯の顔を覗いて口を開ける。
「君たち、お互いのこと、しっかり覚えてるじゃないか」
まるで自分だけが言われたように感じた唯は、瞳に光を取り戻して、信次の微笑みを直視し始める。
「こういう運命って、お互いの強い想いがないと成り立たないと思うんだ。あのときいっしょに過ごしたこと、あのときいっしょに何かやったこと、そういった出来事を覚えてるってことは、君たちが互いを認め、愛している証拠のはずだよ」
唯にとっては、普段は明るく煩い信次であるが、今はまるで別人のように声が柔らかく、明るさというよりも優しさが印象づけられていた。
「きっと天の神様は、君たちがお互いを忘れずに、思いやる心を持っていたからこそ、この場で再会させることにしたんだじゃないかな。だったら、君たちはまた友だちとしていっしょに過ごそうよ……だから、仲直りの握手だ」
最後にニッと笑って見せた信次からは、唯の心には温かな想いが込み上げてきた。仲直りの握手……正直、愛華が俺を遠ざけるようになったのはショックだ。その理由だって、よくわからない。でも、また前のように、心から笑い合うことができるなら……
すると、唯の右手のひらは次第に動きだし、拳に近かった手が掌を見せていく。
『愛華とは、またいっしょに仲良くしたい……』
間に信次がいながらも、唯は再び目の前の愛華に目を会わせることができる。またいっしょにと、切なる想いを秘めた心は、今度は信次の支え無しで、右手を元親友へと向けさせていた。
ブルン……
『!?』
突如、握られていた腕を大きく振り上げた愛華に、唯は驚いて目を大きく開けてしまう。
掴まれていた愛華の左手首は、すぐに彼女の腰に添えられると、信次に悪い微笑みを見せ始める。
「先生、違うよ~」
相手を嘗めた態度を見せる愛華に、信次は不思議な想いを寄せていたが、すぐに閃いたように発言する。
「そうかッ!!右手と左手じゃ、握手ができないよな~、これは失敬ッ!!」
「そうじゃねぇよ……」
頭を掻きながら苦笑いした信次だったが、愛華の低い声で思わず素の顔に変えられてしまった。
一度は希望を抱いていた唯は、前方で下を向いている愛華を見ていると、彼女はゆっくりと顔を上げていき、まるでその想いを砕くかのような恐い視線が送られる。
目が会い固まる唯は、徐々に困惑した顔へと変貌していくと、ニヤリと口を動かした愛華は声を放つ。
「コイツとは、友だちじゃねぇ……」
場を凍りつかせるように言った愛華は、唯を蔑むように眺めていた。
「で、でも、そんなことはないんじゃないか?君は、牛島のこと、しっかり覚えているじゃないか?」
「ああ、覚えてるよ~。でも、それは愛とかじゃねぇ……折角だ、先生。いいこと教えてやんよ……」
困ったように返答した信次を、愛華は顔を横に向けて会わせると、不敵な笑みを浮かべながら辺りに緊張感を解き放っていた。
対面した信次に固唾を飲み込ませると、愛華は笑みを消すと同時に、恐い瞳と言葉を放つ。
「覚えてんのは、コイツに対する憎しみがあるからだ。愛なんかよりも、こっちの方がよっぽど記憶に残るぜ……」
愛華のドスが効いた声で、信次は息を飲んだまま口を動かすことができず固まってしまう。
ついには信次からも悲愴な表情が浮かび上がると、愛華はもう一度不敵な笑みを見せると、踵を返して背中と金髪を目に焼きつけさせて立ち去ろうとする。
「愛華……」
「あん?」
顔だけを動かして振り返った愛華には、下を向いて暗い顔をする唯が目に映っていた。他人の絶望した顔こそ美しいと考える彼女は、自身の金髪を見せつけながら笑いを浮かべていると、唯からはらしくない弱々しい声が放たれる。
「……お前、今度は金髪にしたんだな……」
「…………チッ……今さら見ても、遅ぇんだよ……ゴミがっ……」
「え?」
舌打ちをされて、今まで聞いたことがないほど禍々しい声を飛ばされた唯は、ハッと何かを感じ取ってふと顔を上げる。悲哀の瞳は、金髪を大きく揺らしながら歩き去っていく愛華に向けられるが、その背からは、今日彼女と遭遇してから今までの間で最も怒っている感情が伝わっていた。愛華がゴミって言うときは、マジでキレてるときだ。でもどうして、今俺が言った一言であんなにも頭にきてやがるんだ?
唯の絶望が疑問の気持ちに変わったところで、愛華は美李茅と風吹輝の間に着くと、再び唯たちに全身と鋭い目付きを見せる。まだ怒りがあるせいか、片足重心で挑発的な愛華は、厳しい顔をする唯と目を会わせていた。
「ところでさ、なんでここにいんの?」
「……後輩がグローブを買うから、それを手伝っていただけだ」
「ああ、そこの美鈴ちゃんかぁ。本当に可愛いよなぁ~。リアルの奴隷みたいで」
唯とは対照的に、徐々に表情が和らいでいく愛華は美鈴に視点を移していた。
ギロッと恐ろしい目で見られた美鈴は、ウチは奴隷なんかじゃないと言い返そうと思っていたが、それ以上にさっきから抱く恐怖心がまだ残っており、口も動かせず唯の後ろに隠れるようにしていた。
依然として、愛華からは邪悪な眼光を向けており、信次や慶助、そして唯たち三人を黙らせている。
「ソフトボールの担任、後輩のグローブ……ん?」
ふと、何か頭に浮かんだ様子の愛華は、一度真顔になって唯を見つめると、すぐに愉快な恐ろしい顔に戻していた。
「あっれぇ~……もしかして、唯も、ソフトボールやってんの?」
「あ、ああ。でも……も、って……」
たった一文字を気にする唯は、下を向いてクスクスと笑う愛華に疑問の目を見せる。
「……へぇ、そうなんだぁ。やっぱり、ウチらがここで会うのは、運命なのかもな……」
再びおぞましい笑顔を上げた愛華は、依然として不思議がる唯を見下すように顎を向ける。
相変わらずの邪悪なオーラを放っている愛華に、まともに口を動かせずに立ちすくんでいる唯は、まさかと思い驚きながら、金髪女子の開けられる口を眺めていた。
「ウチらも、やってんよ。釘裂高校ソフトボール部でさ」
愛華の発言した刹那、唯、きらら、美鈴の三人には電気が流れるような感触が走る。それは心臓に悪い、身体は受け付けようとしない、危険な電気ショックだった。
笑顔と驚愕が対峙するなか、信次と慶助の二人も、笑う愛華、美李茅、風吹輝に目をやって、厳しく睨みつけていると、愛華の口は再び開かれる。
「去年に謹慎くらったけど、また今年から部活動再開できるんだ。メンバーは少ねぇみてぇだし、上手いやつもあまりいねぇ。折角だから、ウチが再びグランドに立とうと思ってなぁ」
「ちょっと愛華?これでもわたし、上手くなった方だよ?ねぇ、風吹輝もそう思うでしょ?」
「美李茅は上手くなった……練習のサボり方がね」
「もう~、風吹輝までそんなこと言うの~?マジショックだわー……」
美李茅が肩を落としてガッカリしているところから、愛華たち三人の間には和やかな雰囲気が漂っているが、それは決して唯たちが求めるものではなかった。コイツら、みんはソフトボール部だったのかよ。同じ部活と言っても、俺たちのと空気が違いすぎる。
じゃれ合っている愛華たちから衝撃の事実を言われた唯は、両手の拳を固くすることで内なる恐怖を負かしていたが、すぐに愛華と再び目が会ってしまい、拳が二重の震えを表していた。
「そうだ、唯。今度、ウチらと練習試合でもやろうよ」
愛華が放つ恐い笑みは反って、唯の口を閉ざさせてしまうと、目を閉じて小さなため息を漏らして、再度、震える黒髪女子高校生に笑顔を見せる。
「大丈夫だってぇ。スポーツと喧嘩は、違うもんだと思ってるからさぁ……まぁ、怪我はさせちまうかもしんねぇなぁ。ウチらのメンバー、攻撃的なヤツらばかりだからさぁ。それに……」
ふと視線を変えた愛華は、唯の後方で不安に思わせる顔のきららに目をやる。すると、笑いを消して、よりいっそう恐ろしい顔をして言葉を紡ぐ。
「……植本きららも、いるからな……」
愛華の低い声は辺りの人間にすらも恐怖心を仰いでおり、この人通りが少なくなった野球コーナーで声が響き渡っていた。
愛華からきららのことを聞いた唯は、この練習試合は決して行うべきではないと感じ取った。コイツは絶対、きららを怪我させるつもりだ。どんな形だあれ、試合中に怪我されちゃ、コッチだって堪ったもんじゃねぇ。
唯が危険視している愛華は、今度は信次へと視線を移し換えると、もとの恐い笑みを見せながら見上げる。
「……ということで先生、近々にでも、やり合いましょうよ。相手がなかなか見つからなくて、困ってんすよ~」
隣にいる信次が真面目な顔をしているのが感じる慶助には、今この状況をどう乗り越えるか考えていた。これは、絶対断るべきだろう。だって、話聴いてたけどコイツら、去年に謹慎くらってるくらいだぞ。ろくなチームではないのはわかるし、お前んとこの選手に怪我なんて負わせたら、またお前に全責任が負わされんだぞ。
この中で唯一信次の過去を知る慶助は、もう彼に辛い想いをして欲しくないという想いの方が強く、横目使いで親友を眺めていた。
信次と愛華の、無言の睨み合いが続くなか、唯も顧問に対して切に願って視線を送っていた。ダメだ、こんなヤツらと試合したら、きららが……いや、美鈴だって、キャプテンだって、それに梓や叶恵、中島、東條、菱川、メイ、きっと篠原にだって、危険が降りかかるに違いねぇ。
『断れ、信次……』
『頼む、田村……』
慶助と唯から同じような視線を浴びる信次は、一度目を閉じて考えてるように見せると、その瞳と共に大きな口が開けられる。
「よしッ!!わかったッ!!」
「「おいッ!!!!」」
まんまと期待を裏切られた唯と慶助は、大声を出して信次を振り向かす。
疑問を浮かべる顔の信次は、自分が何かしたのかなと、とぼけた顔ぶりをしてあり、すぐに唯が彼の胸ぐらを掴み、その隣で慶助は信次の背後に周って首を両手で握っていた。
「ち、ちょっと牛島、慶助!?どうしたんだよ!?」
突如二人から挟まれた信次もさすがに驚きを見せており、まず正面から赤面を見せる唯が言葉をぶつける。
「どうした、じゃねぇよ、このバカ担任ッ!!お前、自分が言ったことわかってねぇだろッ!!」
「まぁまぁ、そんな熱くならなくてもいいじゃないか~」
「なに笑ってんだよッ!!お、お前、さっき考え込むようにしてたけど、結果これかよッ!!どう考えたらこんな答えが思い付くんだよ!?それでも国語の教師かッ!!学費返せッ!!」
真正面から生徒に叱られる信次は、終始苦笑いで答えているが、徐々に苦しさを覚えたのか、後ろを振り向く。すると、そこにも顔を赤くした慶助と目が会い、苦し紛れに声を鳴らす。
「け、慶助?苦しいんだけど……」
「撤回しろ、信次。じゃなきゃ、このままお前の喉を潰すぞ……」
「もう、充分絞めつけられてるんだけど……」
「早く撤回しろッ!!お前は他人も愚か、自分のことも考えらんねぇのかッ!!それでよく就職できてるよなッ!!俺とは違ってよぉ!!」
「ぎ、ギブ……」
もはやじゃれ合いと化している三人のやり取りは、残されたきららや美鈴、釘裂高校生の三人、そして『内海』と書かれた男性店員すらも、キョトンとした顔で見られていた。
二人の野蛮な男女に苦しめられる信次が、徐々に首が凭れていくのを目にしたきららは困った顔をしながら、まず慶助の腕を引っ張って首から離させ、次に唯を羽交い締めすることで解放させる。
「きらら、何すんだよ!?」
「ダメにゃあ!信次くんが、まだ若いのに死んじゃうにゃあ~!」
ゲホゲホと咳き込む信次には、背後から慶助、前方からは唯によって怒りの目が向けられているが、何とか現場が収まったようで、きららは安堵のため息をついていた。
「はぁ~、本当に意識がなくなるかと思ったー!!」
飄々と笑顔で答える信次は、首を左右に伸ばしている。
「なぁ牛島!どうして、って言ってたよな?」
自分の首がリラックスできたところで、信次は微笑みを浮かべながら唯と目を会わせていた。
まだ罵声を浴びせたい気持ちが残る唯だったが、信次には鋭い目付きを見せながら話を聞くことにした。
「もちろん、理由はあるッ!!」
「どん゛な゛理由だよ゛?」
きららに押さえられて落ち着いていながらも、怒りで声を鳴らした唯は、優しさを秘めた顔の信次が横に顔を向けているのに気づき、つられて同じ方向に首を曲げると、そこには愛華、美李茅、風吹輝の三人の姿が映し出される。
「だって、断ったら、この娘たちがかわいそうだと思ったからね」
「あぁ?」
信次の言葉を聞いた愛華は、恐い顔に変わってしまい彼を睨んでいた。
「かわいそう、だと?」
まるで下に見られているように感じた様子の愛華たちは、それぞれ片目を半開きにして視線を送っていると、信次は微笑みを絶やさず頷く。
「君たち、折角謹慎から解かれて復活したのに、肝心な対戦相手がいなくて困ってるんだろ?だったら、僕ら笹浦二高ソフトボール部が、君たちの復帰を祝福する相手になってやろう!」
笑顔で語る信次ではあったが、愛華たちの表情を見る限り、怒りがこみ上げているようで挑発としか捉えていないのが伝わってくる。
「チッ……」
すると、舌打ちを響かせた愛華は、鬼の顔を見せながら歩き始め、信次の前に立って胸ぐらを力強く握りしめる。
「テメェ、ウチらのこと嘗めてんだろ。あんまり調子乗ってっと、マジでブチまわすぞ」
「あれ?消えちゃったね」
「あ゛ぁ゛!?」
窮地の状況にいるはずの信次は、なぜだか笑顔で愛華に呟いており、彼女の声は恐ろしいほどに重低音を鳴らしていた。
今にも殴られそうになっている信次を救おうと考える唯たちだが、愛華からの恐いオーラが足を停止させており、ただじっと弱そうな顧問を眺めることしかできずに固まる。
「何が、消えたんだよ?」
再び闇にまみれた声を出した愛華は、信次からは瞳を覗かれている。すると、彼の笑顔から再び言葉が放たれる。
「目の輝きだよ」
突如ナンパをされたように感じた愛華は、笑いが吹き出しそうになっていた。
「はぁ?なんだそれ?」
笑いを堪えながらも挑発的な態度は変わらないが、信次は温かな瞳を彼女に向けている。
「さっき、君がソフトボールを再開できるって言ったとき、僕には君の目がすごく輝いて見えたんだけどね。それが、今は消えてしまった」
最後に、残念そうに目を閉じた信次を目の当たりにした愛華は、ふと驚いたように固まりを表現しており、信次の言葉を待っているようだった。
再び目を開けた信次は、見ていると引き込まれてそうな温厚の目を、素の女の子になろうとしている愛華に向ける。
「君は、ソフトボールが大好きなんじゃないか?だから、このスポーツ用品店に来ているわけで、しかも部の仲間たちともいっしょだ。そんな輝かしい生徒を、僕は蔑ろにはできない」
「……チッ……」
舌打ちをした直後、信次の胸ぐらを離した愛華は、背を向けて赤髪と青髪の生徒のもとへと歩み寄る。
「……行くぞ、美李茅、風吹輝」
小さな声で呟いた愛華は、恐い顔をしながら二人の間を通り過ぎていく。
「ほ~い。てか、アイツら知り合い?わたし知らないんだけど~」
「え?美李茅もう忘れたの?」
不思議そうな表情をする美李茅に、マスクを着けた風吹輝が何やらこそこそと話しながら隣り合い、歩きだして愛華の後ろをついていく。
「おい、愛華ッ!!」
唯の大声は、この場から去ろうとしていた愛華を立ち止まらせると、金髪の彼女は背中を向けながら顔を会わせる。
「唯、今度はグランドで会おうよ。楽しみにしてっからさ」
最後まで不敵の笑みを続けた愛華はそう言い残すと、再び前を向いて歩き始める。金の後ろを追っていく赤と青も動き出すと、その色たちは徐々にぼやけていき、唯たちからは全く見えなくなってしまった。
嵐が去ったあとの静けさに包まれる野球コーナーでは、誰も口を開けられずにより、館内の閉館アナウンスがしっかりと響き渡っていた。店内の照明もあちらこちら暗くなっており、人の数もほとんどない。一時の寂しさを思わせる『蛍の光』が館内中に流れており、もうすでに夜の遅い時間であることを暗示していた。
寂しさというよりも、悲しみといった方が近い顔をしている唯、きららは、恐怖心を抱く美鈴とは違って俯いていた。こうして立っているのやっとの気力まで弱まった二人は隣り合っており、そこには一人の男性の影が近寄っていく。
「それにしても、ずいぶんと派手なお友だちだな」
唯たちとは真逆の笑顔を見せる信次が、唯ときららの正面に立つが、彼女たちの様子はいっこうに晴れる兆しが見えない。
「唯……」
泣き出しそうな悲哀の声をしたきららが唯の腕を抱き締めると、唯は彼女の頭を反対の手で撫でていた。
大きな悲しみを背負っているように思わせる二人からは、美鈴も、慶助も、そして信次にも、心が痛まる感覚を受けている。
「なぁ、田村……」
ついに涙を流してしまったきららを支えている唯は、隣で泣きすがる彼女を見ながらかすれ声を漏らす。名前を呼ばれた信次もさすがに空気を読んだようで、彼の顔からは笑顔が消えており、悲愴感漂う二人を見下ろしていた。
「どうした?」
いつもの元気がない、静かながら優しさが込められた言葉を放った信次だった。しかし、いつもおチャラけているきららは泣き止む様子がなく、いつも強気な姿勢を見せている唯からも、彼女の恐さが全く伝わらないものだった。
周囲から不思議がられる視線を受ける二人だが、唯はもう一度、前に立つ信次に対して、きららを抱き締めながら声を鳴らす。
「……俺たちが、ゲーセンで問題起こしたとき、覚えてっか?」
「ああ。僕が君たちを迎えに行ったときだね。たしか、他校生と喧嘩になりそうだったって聴いたけど、それがどうかしたかい?」
徐々に微笑みを戻す信次は、柔らかな声を出し続けていたが、唯は顔を悲しみに染めながらコクリと頷く。
「あのとき絡んできたのは、愛華を抜いた、あの二人なんだ……」
唯の弱々しい声をしっかりと聴き受けた信次は、予想もしていなかったようで、驚いて黙りこんでしまう。
今から約一ヶ月前、唯たち三人はゲーセンから笹浦二高へと通報があった。それは、この三人が他校生とのもめ事で喧嘩になりそうなところを、店員と警察によって止められたという内容であった。
「じゃあ、あのときの相手って……」
驚きを隠せない信次は顔を後ろに向けて、先ほど愛華たちが向かっていった道を眺める。もう誰もいない真っ直ぐで薄暗い道からは、金髪の両隣にいた二色の存在、美李茅と風吹輝の恐ろしい顔を思い出していた。
「あの、二人だったのか……」
「ああ。それでもお前は、アイツらと練習試合やるつもりか?」
薄暗い空間が徐々に広がる虹色スポーツ店では、この野球コーナーのみが照明が点いているにも関わらず、どこよりも暗さを放っていた。
皆様、こんにちは。今回もありがとうございました。
それにしても、突然の寒さが襲ってきましたね。十一月が始まった途端にこの気温ですと、とても足がすくんでしまいます。皆様も、体調には是非気を付けてください。
また、同じ県にございます常総市の皆様も、風邪には充分に注意して過ごしてください。復興が少しでも早まるように、私も勝手ながらお手伝いさせていただきます。
さて、釘裂高校の生徒たちはいかがだったでしょうか?
特に、愛華と唯の関係については、しっかりとまとめていこうと思います。ああ見えて、結構かわいそうな人物なんですよ。見た目で判断しないであげてくださいね。
では、また来週お会いしましょう。次の次くらいからは、やっと合宿が始められそうです。




