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プレイッ!!◇笹浦二高女子ソフトボール部の物語◆  作者: 田村優覬
一回裏◇始まる伝統の一戦。乗り越えろ恐怖の一戦―vs筑海高校編◆
62/118

⑤中島咲→清水夏蓮パート

◇キャスト◆

中島咲

月島叶恵

清水夏蓮

篠原柚月

牛島唯

星川美鈴

植本きらら

東條菫

菱川凛

May・C・Alphard

田村信次


花咲穂乃

呉沼葦枝

錦戸嶺里

梟崎雪菜

 一回裏、開始間際。

 守備側の笹浦二高先発投手――月島つきしま叶恵かなえがピッチャーズサークル内で、捕手の中島なかじまえみに向けて投球練習を始める。相手ピッチャーの呉沼くれぬま葦枝よしえよりかは少々遅く見えるが、コントロール重視の繊細なピッチングは、咲の構えるミットを微動だに動かさなかった。


「じゃあボールバ~ック!! 東條とうじょうさん菱川ひしかわさん、いっくよ~!!」

「「はいっ!」」


 先ほどのド緊張打席とは異なった、普段通りに返り咲いた元気印。咲は轟かんばかりの大声で放つと、叶恵からのラストボールを捕球した刹那、背後に菱川ひしかわりんを置いた、東條とうじょうすみれが構え待つ二塁へ投げ刺す。


「中島先輩ナイスボールです!!」


 咲の投じたボールは菫の胸元に決まると、内野組でボール回しが一周行われた。その(かん)に外野三名も移動を始め、計九人がピッチャーズサークル内で繋がり、前傾姿勢の円形を型どる。


「……よしっ! みんな!」


 すると部員たち全てが集まったところで、主将の清水しみず夏蓮かれんが、一回裏に向けて鼓舞こぶの一声を挙げる。良い流れは来ていると言わんばかりに、追い風に乗せて放つ。


「先制した直後の守りこそ、とっても大切なの。しっかり集中して、練習でやってきたことを信じて、積極的にアウトを獲っていこう!」

――「「「「シャアァァァァア!!!!」」」」――


 意気込んだ夏蓮の勇気に皆も触れて叫ぶと、やがて各々のポジションへと散らばっていく。気合いは充分――先制点を奪取できたことに浮かれた者など一人も見当たらない。咲も同じくして、キャッチャーの位置へ向かおうとしたが。


「ねぇ中島……?」

「ん? か、月島さん?」


 小さく囁いた叶恵に引き止められるかのように、咲だけはサークル内にとどまった。気になり首を傾げると、ミットで口元隠すよう告げられる。どうやらバッテリー間での確認を始めるようだ。


「基本低めでストレートは少なめ……。変化球軸の配球でいくわ。球種とコースはアタシが判断するから……」

「う、うん……わかった!」


 鋭い目で早口ながらも、落ち着いた叶恵の声を聴き終えた咲。去ってすぐに球審の前で座すると同時に、攻め入る筑海高校の一番打者――花咲はなさき穂乃ほのも左打者として立ち現れる。


「あ、穂乃!! 久しぶり~! 今日はよろしくね!!」

「う、うん……よろしくね」


 夏蓮や篠原しのはら柚月ゆづきと同じく知り合い選手でもあるため、咲は穂乃へ本日初めての一声を掛けてみた。しかし、返されたのは微笑み付きの一言のみで終えられてしまう。まるで会話を拒絶しているようにも窺え、直ぐ様視線が叶恵に向かっていた。


『穂乃、なんか冷たいな~……』


 先制されたことに苛立っているのだろうか――いや、いくら敵の立場と言えども、あくまで微笑みで返してくれた彼女からは考えづらい。いつでも優しさで包んでくれる少女こそ、花咲穂乃なのだから。



『でも、そうなるよね。だって今は……』



 バッターとキャッチャーという、近いはずが妙な距離が具現化する。が、長年女子バレーボール部として活動していた咲には、容易に受け入れられる現実だった。それは(うつむ)くような辛い世界ではなく、前向きになるべき勝負の場としてとらえられ、キャッチャーマスクの下で眉を立てる。



『――試合中だもん! お友だちじゃなくて、真剣勝負しなきゃのライバルだもんね!!』



 大好きな部活動であって、レクリエーションのような遊びではないのだ。本気で挑み、互いの磨いてきた能力を試し合う時間こそ、試合なのだから。

 ついに主審から開始合図が鳴らされると、咲は笑顔から強気の笑みへ表情を染める。叶恵が見えるように右指を動かし、投じる球種及びコースのサインを送ってみた。まずは球種を決めようと、人指し指を伸ばしたストレートを示すが。


「ゥオイ!!」

「へ? ……あ、アッハハ~ゴメンゴメン!!」


 変化球主体の攻めだと言われたことを、すでに忘れていたのだ。叶恵に怒鳴られたことで、改めて咲はもう一度右指で疎通相談を始める。次は二本指を立てた、落ちるドロップのサイン。

 ところが、


『あれ、これも違うの……?』


 叶恵からは首を横に振られ、また別の球種を要求される。


『じゃあこれ? ……え~また違うの?』


 次々に変化球のサインを送るも、咲はなかなか首を縦に振ってもらえない。ついには叶恵がプレートから足を外し、を空けるようにロジンバッグの白煙を起こし始める。きっとセットの制限時間を超えてしまうと悟ったからだろう。

―――――――――――――――――――――――――

 オフィシャル ソフトボール ルール 6-3項

 正しい投球動作

 11.投手は球を受けるか、球審がプレイの指示をしたのち、20秒以内に次の投球をしなければならない。

(効果)

(1)不正投球ではなく、ボールデッド(投球やり直し)。

(2)打者に対してワンボールが宣告される。

―――――――――――――――――――――――――

「ねぇ月島さん? 投げたい球種言ってくれた方が、スムーズに……」

「……んな投手いるかッ!! 球種バラしてどぉすんのよッ!!」

「で、ですよね~……」


 再び罵声を浴びた咲は苦笑いでマスクを被り直すも、再度訪れた球種が決まらないやり取りには、太眉をハの字から変えられなかった。

 しかしそれも、叶恵の多岐に渡る球種を考慮すれば、致し方ないことである。彼女の持ち球はストレートを始め、得意とする変化球は、落ちるドロップにカーブ、横へ曲がるスライダーとシュート、そしてタイミングを崩すチェンジアップまで含めた計六種。

 正直、一球ごとの指サインを覚えることすら、赤点大量生産娘の咲には一苦労だった。


『ダメだ……月島さんが何を投げたいのか、全然わかんない……』


 もはや当てずっぽでサインを決めていた。仮にノーサインで投げられたとしたら、まだ捕手の経験が浅い者として、後逸こういつする恐れが生じてしまう。真っ直ぐと変化球でさえ、上手うわて下手したてかの捕り方が異なる。プロでもアマチュアでも必要不可欠な要求動作とはいえ、咲はどうもやりづらさを感じてならなかった。


『……よしっ! やっと決まった!』


 (ようや)く叶恵から首を立て振られると、次は内か外かのコースのサイン。内外高低を掛け合わせた四通りから選ぶ訳だが、ここでも咲は狼狽(ろうばい)しながら要求する。


『ふぅ……一球投げるだけでも、結構たいへんだなぁ……』


 球種もコースも何とか決められたことで、咲は安堵あんどしながら構え、叶恵も大きく深呼吸をしてからセットに入る。細い上半身が下半身に合わさる程まで折り曲げ、再び身体を起こすことで、左腕に遠心力を与える。回転と同時に投手版(プレート)を軸足である左足で蹴り、一方の自由足たる右足雄々(おお)しく踏み込む。その瞬間、回していた左腕が左腰にこすれ、慣性かんせいの法則を利用したブラッシングが加わり、幾多の力が合わさった一球がおおやけにされる。


――バシッ!!

――「す、ストライク!!」


 初球の結果は、左打者の穂乃から逃げていくような、外角低めのスライダー。主審が手を挙げるか戸惑う程の、ゾーンギリギリのストライクだった。


「ナイスボール!!」

「……」


 咲は笑顔でボールを返すが、叶恵の目付きは依然として尖るままだった。しかし、まずはストライク一球を決められたことに余裕が生まれ、すぐに第二球目の要求動作へ移行していく。


『次の球……かな、月島さんは、何を投げたいんだろ……?』


 咲の瞳も叶恵と似た鋭さを放ち始めたが、マスクに隠れたひたいには、多くの汗が浮かんでいた。



◇伝統の一戦、開幕ッ!!◆



『サイン、なかなか決まらないなぁ……』

 ライトで構え見つめる夏蓮は、始まってから意志疎通があまり取れていないバッテリーを不安視していた。現在はフルカウントを意味するラストボールまでたどり着いたが、笹浦二高の攻撃時と比べると、一打席がやたらと長く思える。


『咲ちゃん……やっぱりまだ、キャッチャーは難しいみたい……』


 状況から投げたい球種を指定し、投手へ納得の指示を送る裏女房こそ、捕手と呼ばれるバッテリーの(かなめ)。しかし、ただ今キャッチャーを務める咲には、経験者と言えども、始めて与えられた役柄を演じきれていなかった。ピッチャーの叶恵を一発でうなずかせる配球指示が、未だ一度もできていないが(ゆえ)に。



『悪い人なんか、もちろん誰もいない……。でも、テンポがどうしても悪いかも……』



 先制したことで得た良き流れが変わらぬことを、主将として願うばかりだった。

 バッテリー間の沈黙したやり取りが続くが、叶恵の頷きで、ついにラストボールの球種が決まったようだ。投げ抜くコース指示にも納得すると、フルカウントの状況から、相手打者を打ち取るための一球が突き進んでいく。


――キーン……。


「唯ちゃん!! 菫ちゃん!!」

 叶恵のラストボール――アウトコース低めへのカーブが、振り抜かれたバット先端部に当たった。球威弱めの、三遊間へ進むゴロだ。

 必死にセーフを狙おうと駆ける穂乃と同じく、夏蓮もライトから一塁後方へ走り、ファーストカバーに専念する。一方で打球にはサード――牛島うしじまゆいのグローブが何とか追い付くが。


「や、やべッ!!」


 収まりきらず弾き、ファンブルをしてしまった。前に落としたボールをあわてて拾い、ファーストの星川ほしかわ美鈴みすずへと急ぎ放ろうとしたときだった。



――「コッチに返してッ!!」



「――っ! なんだよ、びっくりすんなぁ……」

 大声で返球を命じたのは、ピッチャーズサークル内の叶恵だった。絶対に一塁へ投げるなと言わんばかりに、怒りをもぶつけるような轟きを挙げた。


『叶恵ちゃん……でも、叶恵ちゃんは何も間違ってなんかない……』


 もちろん、本来なら一塁送球を試みる場面ではあったが、叶恵の判断は正しかった。なぜなら一回表同様、ボール転送に試みても間に合わないことが推察されたのだから。それは唯にも目に映り込んだようで、肩を落とした結果セーフを献上する。

 デジャブと言わんばかりに、まずはノーアウトランナー一塁。


「チッ、わりぃ……」


 打球をはじきエラーしてしまった唯は、渋々ながら一言謝って返球した。が、叶恵は無言のまま受け取り、すぐに背を向けながら足場を掘り整える。


「……」

「なぁ? 悪かったってぇ……」

「……」

「んだよ、一言くらい返してくれたって、良いじゃんかよ……」

「……」

「チビンテール……」

「……」


 サードに戻る唯は、自身のエラーに不満をつのらせる様子が窺える中、同時に叶恵の態度にも腹を立てているようだ。普段なら何かしらの罵声を上げる彼女であるのにと、違和感を抱いてるに違いない。


「ゆ、唯ちゃ~ん!! ドンマイドンマ~イ!! 次に切り替えよ~!!」


 雰囲気を悪化させぬようにと、夏蓮は前向きに響いてみせた。すると周囲の選手たちもはげましの一言を送り始め、唯の心を救っていた。


「わりぃな、東條。今の、東條の打球だったよな。シャバって触れちって、マジわりぃ」

「いえいえ! むしろ牛島先輩があそこまで手が届くなんて、スゴいなと思いましたもん!」

「菫も“オッケー”って言えば良いんだよ。声の連携は大切だから……」

「うん、凛の言う通りだね。牛島先輩! 次はあたしも声出しますので、よろしくお願いします!」

「おぅ東條! ……それから美鈴みすずも! 投げらんなくてゴメンな~!! 次こそ必ず、一塁に(ほお)っからよ~!!」

「了解ッス!! 唯先輩のためなら、いつまでも待ってられるッス!!」


 特に内野組たちの声が通い合い、またベンチから眺める田村たむら信次しんじからも、

「次に捕れれば大丈夫だよ!! エラーはファインプレーの元だから!!」

 と笑顔で叫ばれる。笹二の集まる声援が沈黙を打ち破り、何とか嫌悪的ムードからまぬがれたようだ。


『とりあえず、みんな大丈夫そう……』


 胸を撫で下ろした夏蓮もライト定位置に戻り、改めて試合が再開した。

 次なる打者は、右バッターの二番。

 一礼して打つ姿勢で臨むと、叶恵からはまず、インコースへのスライダーが放たれる。

 結果は、高めに外れたボール。見送った直後に盗塁はなかったが、夏蓮はバッターの不自然な動きから察し、サードとファーストに声を鳴らす。


「唯ちゃん!! 美鈴ちゃん!! セーフティーバントあるよ!!」

「行くぜ美鈴!!」

「ウッスゥ!!」


 指示を送った後も叶恵の丁寧な投球が続き、やがてツーボールワンストライクのバッティングカウントを迎える。するとやはり、右打者は動いてきた。


「バントっ! 唯ちゃん!! 捕ってファースト!!」

「二度目はねぇんだよゴルアァ!!」


 読み通りのセーフティーバントがサードライン際に転がり、勢いよく飛び出した唯。コンマ一秒も無駄なきダッシュに、素手で拾っての送球――バシッと決まりワンアウト。

 一塁に着き捕球したセカンドの凛もすぐにボールを持ち換え、二塁ランナーの穂乃を牽制けんせい。どうやらこれ以上動く気配が見受けられず、結果は送りバントで済んだ。


「唯ちゃんナイスボール!! 凛ちゃんもカバーリングに牽制、完璧だったよ~!!」

「さすが唯先輩ッス!!」

「凛もスゴい!! カッコいいよ~!」


 名声には程遠い夏蓮の明々(めいめい)たる声が射し込み、美鈴と菫も続くように活躍者をたたえていた。

 打者を犠牲に走者が動いたことで、状況はワンアウトランナー二塁。

 ここで相手打者は、クリーンアップの一番とも称せられる三番バッター。空気を鳴らすスイングを数回行うと、ヘルメットのつばを押さえながら右打席に入る。


『得点圏にランナー……わたしたちの、ピンチだ』


 固唾を飲み込んだ夏蓮は、定位置から後退あとずさりし、長打警戒のシフトをった。現在ワンアウトということは、一般的に走者のスタートがツーアウト時に比べて遅れる。フライアウトやライナーアウトの危険性があるからだ。仮に打球が外野の前に落ちたとしても、ヒットにはなるが、二塁走者が本塁までの還走(かんそう)は考えにくい。またシングルヒットで抑えれば、次打者との対戦でピンチが縮まる可能性もある。


『だからここは、後ろに下がらなきゃ! もちろん一番良いのは、アウトカウントだけが増えることだけど……』


 経験者らしく試合展開を見据えた判断で、夏蓮は五歩下がった地点で停止した。すると叶恵もセットに入り、ついに強打者との対戦が始まる。

 まずは、一球目。


「叶恵ちゃん惜しいよ~!!」


 右打者の外角低めに落ちたドロップ。ワンバウンドしかけた投球だったが、捕手の咲がミットへ収めたことで未盗塁。

 状況変わらずのカウントワンボールから、叶恵の細い左腕が再度旋回(せんかい)する。

 次なる、二球目。


「月島先輩ナイスボールです!!」

「ランナー走ってない……」


 ショート菫の歓喜にセカンド凛の告知に被せられたが、今度はインコース胸元へのストライクシュート。相変わらず制球力に富んだ、緻密な投球術である。

 カウントワンボールワンストライクからの、三球目。


「さぁ! 何度でも来いやァァ!!」

「こ、来いッス!!」

「こっちまでは来なくていいにゃあ~」


 レフトの植本(うえもと)きららから異なる音色が聞こえたが、あたかも無かったかのように三球目がジャッジされる。再び届いたインローへのスライダーが、ストライクであると。


「ヨシッ!! 月島いいペースだよ~!!」

「追い込んだわよ~!! バック集中!!」


 一塁ベンチからも信次も柚月の声援が連なり、投手有利のカウント――ワンボールツーストライクを迎えた。しかし、投じた四球目のシュートは僅かにも外に()れ、見送られたことでワンボールが追加される。


わたしのとこだと、タッチアップもありる……。でもサードまで遠くて、届きそうにないな……。とりあえず捕ったら、すぐ凛ちゃんに返そう!』


 打球到来の事態にも備え、夏蓮は一度凛の背に焦点を当ててから、覚悟の前傾姿勢で構えた。今度は自分が失策(エラー)してしまう懸念もある中、閉ざされた口の中で噛み締めたときだった。



――カキィ~ン……。

――「「「「ライトッ!!!!」」」」――



『――ッ!! き、来ちゃったぁ~……』

 強気の表情が、弱気の顔へ一変してしまった。周囲に叫ばれた通り、打球が高い飛球(フライ)として、ライト夏蓮の頭上を舞い訪れる。


『ど、どどどどどぉしよ!! 捕れるのわたし!? 結構高くない!? てか落下地点どこ!? 前!? 後ろ!? どっちどっち!?』


 心は至って饒舌じょうぜつだが、まともに落下地点へ入れないほど、夏蓮の全身が硬直していた。

 もうじき打球が下降してくる頃にも関わらず、相変わらず足裏に根が()えたままだ。一歩も動けず躊躇(ちゅうちょ)の姿勢で見上げてばかりだったが。



――「Go forward!! 前デス夏蓮ちゃんセンパイッ!!」



「――っ! メイちゃん!!」

 刹那せつな、外野の中心たるセンター――May(メイ)・C・Alphard(アルファード)の一声が届けれた。疾走のまま近づいてくることで、アメリカンボイスがより鮮明に耳へ入る。


「今デスッ!! Start!!」

「は、はいッ!!」


 無意識に返事をした夏蓮は、メイに告げられた通りすぐ動き出し、固まっていた両脚を稼動させる。すると確かに打球へ向かっていることが実感でき、勢いを保ちながらグローブの手に集中する。


――パシッ!!


 見事に顔の手前でキャッチ。これで三番打者はフライアウト。


 しかし、夏蓮の仕事はまだ終わらない。



「唯ちゃァァァァン゛!!」



 助走を利用した送球が、ライトの右手からサードへ放たれた。それは決して山なりなどとは言わせぬ、低く鋭い弓矢の如く。



「――と、届いたァ!! ……ツーバンしちゃったけど」



 距離にすると、三十メートルは超える長さだ。が、かつて叶恵と遠投キャッチボールの際、ゴロになっても届かなかった夏蓮の弱肩が、無事にサード唯の胸元まで送り届けた。二回バウンドのためレーザービームとは言えずも、失速することなく辿り着くことができたのだ。



――無論、二塁ランナーもタッチアップできぬ速さで。



「良かったぁ~ふぅ……」

 アウトカウントのみが増えるという、思い描いていた一番の理想が叶ったことで、夏蓮はホッと一息溢した。仲間たちからも称賛の声が集まるが、もちろん一人の力で成し遂げた結果ではない。


「Bravo!! さすがワタクシたちのキャプテン、夏蓮ちゃんセンパイデスッ!!」

「ううん、メイちゃんの声があったからできたんだよ。ありがとね!」

「No problem. さっき凛が言ってマシタように、声の連携は大切デスノデ! Good job!!」


 最後に小さな二人のハイタッチが重なり、ツーアウトランナー二塁の状況を迎えることとなった。

 だが、ここでバッターは、筑海の主砲である四番――錦戸にしきど嶺里みのり。マネージャーの梟崎ふくろうざき雪菜せつなと一話交えてから、ガタイに恵まれた身体にバット載せて歩み出す。

 依然として失点ピンチの場面が続いている、守備の笹浦二高。しかしベンチも含め、雰囲気は当初に比べて改善されている。良い流れはまだ残り、風も笹二サイドに吹いたままのようだ。


『あとアウト一つ……。このバッターで取ろう、叶恵ちゃん!!』


 ピッチャーズサークル内のプレートを踏んだ叶恵の背番号“1”見つめ、タッチアップを阻止した夏蓮は最後に、笹二のエースへ想いを投じた。


   一 二 三 四 五 六 七 計

笹二|1| | | | | | |1|

筑海|…| | | | | | |0|


ランナー二塁

 B○○○

 S○○

 O●●

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