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プレイッ!!◇笹浦二高女子ソフトボール部の物語◆  作者: 田村優覬
一回裏◇始まる伝統の一戦。乗り越えろ恐怖の一戦―vs筑海高校編◆
60/118

十一球目③夏蓮×信次→叶恵パート「みんないくよォ!!」

◇キャスト◆

清水夏蓮

田村信次

月島叶恵

篠原柚月

中島咲

牛島唯

星川美鈴

植本きらら

東條菫

菱川凛

May・C・Alphard

花咲穂乃

宇津木歌鋭子

呉沼葦枝

清水秀

泉田涼子

如月彩音

大和田慶助

 互いのフィールディング練習が終演し、現在は筑海高校生らメインでグランド整備が行われている。本来ならホームである笹浦二高側が取り組むべき作業だが、限られた木製トンボは練習終了直後に奪われてしまい、ベンチ前でたたずみ並ぶことしかできなかったのだ。


『スゴいなぁ~、穂乃ほのちゃんたち……女の子忘れちゃったみたいにやってて……』

宇都木うつぎ監督も、怖そうな人だもんなぁ~。将来の旦那さん、たいへんそう……』


 一塁側ベンチから相手サイド全域に目を奪われた清水しみず夏蓮かれん田村たむら信次しんじは、同じくして固唾かたずを飲み込んでいた。

 正直、笹浦二高女子ソフトボール部は試合開始前から、筑海高校の姿に圧倒されるばかりだった。フィールディング時には、ショート且つ主将の花咲はなさき穂乃ほの轟音ごうおんから放たれる指示、またノッカーを演じた宇都木うつぎ歌鋭子かえこによる辛辣(しんらつ)な打球のもと、全守備人の掛け声や俊敏なボール回しと移動、そして必死な飛び込みまで見せられた。その姿勢は高校球児にも劣らぬ直向きさで、熱烈劇場を脳内に焼き付けられた。

 それに加えて現在は、グランド整備を素早くこなす勤勉たる行いだ。泥だらけのユニフォームを纏う姿だが、疲弊の表情は皆目見当たらない。

 夏蓮と信次は間違いなく凍りついていたが、他のベンチ選手たちも同じようだ。


「すっげぇ気合いだな……。超強そうじゃん……」

「そっすね……。みんな本気(マジ)でやってて、プレッシャー半端ないっす……」

「ブラック企業にゃあ」


 ソフトボール未経験者の内三名――牛島うしじまゆい星川ほしかわ美鈴みすず植本うえもときららも、初めて見た相手側フィールディングに圧巻されていた。

 また残りの未経験者である二人――東條とうじょうすみれ菱川ひしかわりんも、同じく筑海ソフト部員たちに釘付けだったが。


「あ~あ。あんなに汚れちゃったら、お洗濯たいへんだなぁ~。一回浸け置きしないと、洗濯機に泥入って壊れちゃうし」

「……菫って、ときどきボケるよね?」

「へっ? あたし何か変なこと言った?」

「……ゴメン、もういいや……」

「ねぇ凛ってばぁ! 気になるから教えてよ~!」


 呆れた様子の凛に、菫のポニーテールが大きく揺れていた。

 とにもかくにも、未経験者全五人の様子を見る限り、筑海高校による圧迫攻撃の大きさが観察できる。練習とはいえ、自陣の雰囲気を見せつけることで、対戦相手にプレッシャーを与える。その一つがフィールディングであると、夏蓮と信次は改めて実感していた。試合開始前から、戦いは始まっていたのだ。


「うぅ~……緊張してきちゃった……」

「ヨシッ!! みんな集合!!」


 夏蓮が身震いを見せた途端、信次は全部員を回りに集めた。練習試合が楽しみだった今朝とは異なった表情が多く、主将同様の、肩の強張こわばりが窺えてならない。しかし、素人顧問には緊張の念が全く無く、一人一人を見つめながら明光を飛ばす。



「今日の練習試合は、笹浦二高女子ソフトボール部にとって、記念すべき一戦だ!! みんな、この日までたくさんの汗を流してきただろう。その苦労が、今日身についているかが証明される。最後まで諦めず、みんなでいっしょに戦おう!!」



――「「「「ハハイイイ!!……」」」」――

 信次の前向きで明るい発言には、無論夏蓮たち部員も一斉に返事をしたが、声が揃わぬ不協和音と化してしまった。一方で経験者の四人――篠原しのはら柚月ゆづき中島なかじまえみ月島つきしま叶恵かなえMay(メイ)・C・Alphard(アルファード)らの声だけが良く聞こえ、彼女たちに限っては問題なさそうだ。

 しかしそれが(かえ)って、夏蓮を更に緊張のうずへ近づける効果をもたらしてしまう。自身も同じ経験者なのに。加えれば、主将という肩書きさえ背負っているのにと。


『清水……』

『ゴメンね、先生……。ホントなら、キャプテンのわたしがまとめなきゃなのに……』



 信次も心配する中、未だに夏蓮の両脚ハイソックスは震え(とど)まらなかった。

 嫌な緊張感に包まれてしまった、一塁側ベンチ。筑海高校によるグランド整備を待つのみで、互いの会話も失せてしまい、息を殺した沈黙を迎えていたが。



――「やぁ~みんなぁ!」



 ふと鳴らされた(しわが)れ声が、うつむいていた夏蓮と信次の耳を通る。更には複数足音まで聞こえ、二人(おの)ずと音主へ振り向いた。するとベンチ裏には計四人の姿が目に映り込み、同時に驚愕を(あらわ)にする。



「――お、おじいちゃん!? そ、それに涼子りょうこ先輩までェ!!」

「――き、如月きさらぎ先生!! ……てか、慶助けいすけも来たの!?」



「やぁ。みんなの試合が楽しみで、観に来てしまったよぉ。みんな、ガンバってねぇ」

 情深き皺が浮かぶ笑顔で現れたのは、笹浦二高学校長である夏蓮の祖父――清水しみずしげるだ。校内で見慣れたスーツに眼鏡姿で来訪(らいほう)すると、まずは菫たち一年生三名が彼に歩み寄る。


「お、おじいちゃんって……校長先生って、清水先輩のお祖父様だったんですか!?」

「菫、今さらなの?」

「え!? 凛は知ってたの?」

「前言ってたじゃん。今回の、練習試合の仲介者ってときに」

「……っ! だからかぁ~」


 どうやら菫は、信次が放った“仲介者”と、夏蓮が驚き叫んだ“おじいちゃん”が結びついていなかったらしい。


「Good morning,school principal!!」 

「おぉメイちゃん。相変わらず元気だねぇ」

「留学希望時の取り調べ依頼デスネ。空谷(くうこく)跫音(きょうおん)、誠にありがとうゴザイマス!!」

「確かに、こうして会うのは久しぶりだねぇ。ただぁ、取り調べじゃなくて入学面接って言ってくれないかなぁ」

「Why?」


 メイに苦笑いを見せた秀の一方で、脚を運んだ者は無論彼だけではない。


「涼子ちゃ~ん!!」

「もぉ咲ったらぁ~、突然ハグなんかしてぇ~。それに“ちゃん”付けは禁止って、言ってるでしょ?」

「気にしな~い気にしな~い!!」

「お前が気にせぇいチョップ」

「イ゛タァッ!! でも離さな~い!!」


 正面から抱き着かれた咲に手刀てがたなを振り落とした、現在笹浦二高女子バレーボール部主将――泉田いずみだ涼子りょうこ。制服姿での参上には柚月が首を傾げ、頬を緩ましつつ立ち寄る。


「やっほ~柚月」

「今日部活は?」

「午後からなの。時間あるから、応援しにきちゃった!」

「へへぇ~ん。……ホントは、かわい~かわい~後輩の咲ちゃんに、会いたくなっちゃったからじゃないんですか~?」

「涼子ちゃんホントに~ッ!?」

「先輩をイジるな、加虐(かぎゃく)的後輩。それに咲! また“ちゃん”付けじゃないの、まったく~……ッフフ!」


 柚月のニヤリとした細目を向けられた涼子だったが笑い芽吹き、未だに抱き締める咲を、今度は撫でていた。まるで理想の姉妹のようで、和やかなムードが周囲に拡がる。


「……彩音あやねちゃん、どうして来たのよ?」

「もぉ~! 月島さんも“ちゃん”付け禁止でしょ!? しかもタメ口になってる!」


 まばたきを繰り返す叶恵に赤頬を膨らませた、笹浦二高二年六組理系クラス担任――如月きさらぎ彩音あやね。小綺麗な彼女も普段通りなスカート型スーツを着飾っていたが、訪問してからは自身のクラス生徒にもてあそばれがちのようだ。


「これでもわたしは、月島さんの担任よ? 如月()()って言いなさい!」

「……だって、彩音ちゃんは彩音ちゃんだもん。授業中に失恋話持ち出したりするような彩音ちゃんに、先生呼びなんか無理よ」

「もぉ~! 月島さんは酷い()なんだからぁ!」

「ックヒヒ! ……あ、そういえば希望未(のぞみ)から聞いたけどさ、この前話してた一目惚れさんとは、今も上手くいってるの~?」

「ちょっ、どうして空継(そらつぎ)さんが!? て、てか月島さん、ここではやめてェ!!」

「ヒヒヒッ!! 答え言ってるようなもんじゃない」


 ふと信次は、チラ見してきた叶恵と目が会い、不思議と首を傾げた。しかし、真っ赤な彩音の怒鳴り声は、良い意味で空気を動かしていたように思える。張り詰めていた副キャプテンの彼女に、久しぶりの笑いが生まれたのだから。


「よかったよかった!」

「チッ……なんでオレまでこんなとこに……」

慶助けいすけも、わざわざ応援しに来てくれたの?」

「はぁ~……清水秀(アイツ)に強制連行されたんだよ。……ったく、車出せとか、ホント人使いの荒い元担任だ……」


 学生時代の元担任である秀に車送迎を頼まれたらしく、信次に耳打ちしながらため息を溢した、黒き作業着男性――大和田おおわだ慶助けいすけ。長髪を結び、尖る顎髭を放つ柄の悪さは否めないが、根は情に富んだ優しき同級生である。

 すると男性二人の元には、唯と美鈴にきららの三人が寄る。


「へぇ~……田村の知り合いって、こんなヤツなのか……なんか意外」

「ヤツってなんだよ……?」

「ヤクザっすか?」

「本気でそう言ってんのか、オメェ……」

「暴力団関係者は、信次くんときららの絶対領域から出ていけにゃあ」

「んな関係ねぇっつうのッ!! オレはただのフリーターだ!」

「まぁまぁ慶助。今日はわざわざ来てくれありがと!」

「クゥ……早く帰りてぇ……。今夜だってシフト入ってんのによ~……」


 項垂(うなだ)れた素顔を手のひらで隠した慶助には、信次は表情通り、こころよく肩を叩く。学校部外者の彼でさえ訪れたことには、歓呼かんこの声を上げたいほどで、心底嬉しさの噴水がいていた。また、唯たち三人に一人一人しっかり応答する辺り、彼の性格の善さが垣間見える。

 いつしか一塁ベンチの雰囲気は、来訪者が現れたことで壮大に変わっていた。殺伐さつばつとした緊張で支配されていたが、今では頼もしいなごやかさが容易に見て取れる。


「……おじいちゃんが、みんなを連れて来てくれたの?」

「ギャラリーは多い方が、盛り上がると思ってねぇ」


 今さらながら夏蓮は、一塁側ベンチに応援者がいなかった現実を理解した。対する筑海高校にも存在しているというのに、精神的にいっぱいいっぱいになっていたためか、ギャラリー(ゼロ)からの始まりに気づいていなかったのだ。

 日曜日とはいえ、試合が決まったのは一週間も空かない月曜日。急な設定となってしまったからには、各生徒の身内(みうち)が来ていないことも不思議ではない。

 そして今回訪れてくれたのは、数では少ないかもしれない四人。しかしその一人一人は、笹二ソフト部にとってかけがえのない恩人たちで、創部に救いの手を伸ばしてくれた関係者である。

 ヤル気と呼べる心強さが芽生え始め、ついに夏蓮も両脚の震えを止めることができた。


「……うん。ありがと、おじいちゃん!」

「久しぶりに教え子の、穂乃ちゃんたちの顔も見たかったしねぇ」

「え……()()?」


 まるで筑海高校サイドに、複数の教え子がいると意味した台詞だった。夏蓮が見る限りでは、穂乃と同じ笹浦スターガールズメンバーは他に見当たらない。彼女以外に誰がいるのかと問おうとしたが。


「さぁ。もうすぐグランド整備も終わるみたいだねぇ。しっかり挨拶だよ、笹二キャプテン」

「……は、はいっ!」


 気持ちを被せられてしまったが、秀の言葉通り、筑海部員たちはグランド整備から引き上げるところだ。フィールディングの際、スパイクで刻みこんだ足跡は平らにならされ、一部消えた石灰ラインも丁寧に描かれている。完全無欠の整備が終了したようだ。


「みんなぁ! 並んでぇ!」


 すると夏蓮は部員全員をベンチ前で整列させ、感謝を込めて脱帽する。


「グランド整備!! ありがとうございましたァ!!」

――「「「「ありがとうございましたァァ!!!!」」」」――


 笹浦二高の号令には、筑海高校も続いて放った。両陣共々、審判の本塁集合合図(あいず)に向けて構える。練習試合開始への準備は、身も心も万端だ。


「みんないくよォ!!」

――「「「「オオォォォォオ!!!!」」」」――


 ついに審判の集合宣言に反応し、両チーム駆け足でバッターボックスに到着した。マネージャーの柚月を抜いた笹浦二高計九名と、四人の審判を引いた筑海高校一二年生計十四名が向かい立つ。



――「「「「お願いしまァァァァス!!」」」」――



 両者直向(ひたむ)きな挨拶を交わすと、後攻の筑海高校は守備へ、先攻の笹浦二高はベンチへ戻っていく。すると信次と共に待っていた柚月がスコアブックを抱え、強気な微笑みを浮かべて立ち上がる。


「一応、もう一回打順と守備を確認するわ! もし間違えたりしたら、今世紀中は(あたし)の直属マネージャーになってもらうからね!」

――「「「「……」」」」――


 マネージャーではなく、下僕げぼくの間違いだろう。

 誰もがそう思ったに違いないが、柚月のせる口元より、再度のメンバー発表が知らされる。


「一番、ピッチャー月島さん! 先頭に先発、頼むわね」

「わかってる……まずは、絶対に出塁するわ……」

 冷静ながらバッティング手袋を着け、早速ヘルメットとバットを手に持ち去っていく一番――月島叶恵。


「二番、ライト夏蓮! アンタはバントのことだけ考えなさい」

「……はぁい」

 これでも一応主将だが、返事とため息が混じってしまった二番――清水夏蓮。


「三番、センターメイちゃん! 期待してるわよ~金髪幼女」

「Yes,sir!! 伸るか反るか、思い切ってやってみマスッ!!」

 幼い身体を伸ばして敬礼を見せた、柚月も認める期待値大の三番――May・C・Alphard 。


「四番、キャッチャー咲! 打撃も守備もしっかりね」

「モチのロン!! 朝ごはん七杯食べてきたら、絶好調だよ~!!」

 日本の食糧危機を連想させるも、チームの主砲らしい大きなピースと、煌めく笑顔で叫んだ四番――中島咲。


「五番、サード牛島さん! でっかい花火、かっ飛ばしてきなさい!」

「へっ、おもしれぇじゃん!」

 片足に重心保ちながら、ニヤリと片頬を上げてみせた、練習中でもよく快音を響かせた五番――牛島唯。


「六番、ファースト星川さん! ヘッドを立てたスイングを意識すれば、必ず打てるわ」

「唯先輩の次、唯先輩の後ろ、唯先輩の、隣……あ、はいッ!! 合点承知ッス!!」

 唯の背中を見てボーッとしていたが、すぐに返事を轟かせ両拳を型どった六番――星川美鈴。


「七番、レフト植本さん! ……特に無し!」

「ユズポン覚えてろにゃ~あ!!」

 夏蓮同様に、冷徹な態度を放たれてしまった七番――植本きらら。


「八番、ショート東條さん! ホントならもっと打線を上げたかったけど、“繋がる下位打線”として、よろしく頼むわ」

「はいっ! 精一杯ガンバります!」

 今回はもう一人の一番バッターとして選ばれた、守備のかなめも担う八番――東條菫。


「そして九番、セカンド菱川さん! 体調のことも考えながらね。守備のときも、無理しない程度に」

「はい、篠原先輩」

 今のところ平然としているが、喘息ぜんそくの背景を意識されたため、ラストバッターに置かれた九番――菱川凛。


 以上の打順を組み、攻撃へと向かう笹浦二高女子ソフトボール部。ベンチ後方の応援者四人にも見守られる中、最後に監督の信次が勇気をあおる。


「練習通りやれば、きっと大丈夫さ! みんなで勝とう!!」

――「「「「シャアァァアア!!!!」」」」――


 雄叫びも綺麗に揃い、ついに試合開始が訪れる。



 ◇伝統の一戦、開幕ッ!!◆



 筑海高校の投球練習を眺め待つ叶恵のもとに、遅れて二番打者の夏蓮も駆け参る。二人の視線は揃って、相手投手――呉沼くれぬま葦枝よしえの投球内容に一致していた。一球ごとに捕手のミットを叫ばせ、耳内にまで余韻を残させる。


「は、速いね……」

「どこがよ? あのぐらいの球速、ざらにいるわ」

「そ、そうなん、だ……」


 葦枝の右腕から投じられるストレートは、夏蓮には速く見えたらしく、目が点と化して驚いていた。

 確かに、変化球主体の軟投派である叶恵も、自身の球速が葦枝に勝っているとは感じていない。しかし今日こんにちまでの経験では、彼女程度の球速者とは数えきれぬほど対戦してきた。むしろ打ち頃であると感じられ、恐れた想いなど決して芽生えなかった。


「……とりあえずアタシ出塁()たら、前に言った通りにしてよ?」

「う、うん。ガンバろうね」


 投球練習が終わると、夏蓮に明るく振る舞われたものの、叶恵は一言も鳴らさず、結局一度も目を合わせなかった。尖る真剣な瞳を放ちながらバッターボックスへ向かい、まずは左打席で一礼する。次に足元をスパイクで掘りながら、威嚇いかくするように相手投手を睨み構える。



『表情が硬いわね……そんなんじゃ、振れる腕も振れないわよ……?』



――「プレイボール!!」

 主審の声で、ついに試合(ゲーム)が開始された。

 筑海ベンチからは、ピッチャーの葦枝に向けられた大声援。一方の笹二ベンチからも叶恵に応援が向かい、両陣営の演奏がソフトボール場全域に拡がっていた。

 まずは初球。

 叶恵も見てわかるほど、表情が強張っている右腕の葦枝は深呼吸してから、ゆっくりと体を倒し、体重を利用してプレートを右足で蹴る。あくまで軸足となる右足は引きずりながら前進し、左足を地面に着地させると共に、ウィンドミル投法からの一球がおおやけさらされる。


――バシィィッ!!


 見送った叶恵に投じられた初球は、外角ギリギリを貫くストレート。距離を感じるストライクで、なかなか手が出にくいコースではあった。


『まぁそうよね……。初球はアウトコースからだなんて、教科書にも載らない共通項だわ……』


 背後に待つ笹二ベンチからは、真っ直ぐの速さに少々どよめきが感じ取れた。しかし叶恵は決して流されず、バットを手首で一回転させてから、二球目に向けて再びバットを肩に乗せる。


『ドロップ……』


 二球目は、ストレートの軌道から縦に落ち、ボールゾーンへ外れる変化球――ドロップだった。空振りを取りにきたのだろうが、叶恵のバットは微動も示さず止まり、カウントをワンボールワンストライクで三球目を投じられる。



『またストレート……なるほどね』



 初球のストレート程の速さは無かったが、判定はインコース高めのストライク。

 葦枝自身もカウントを整えられたことにホッとした様子だが、同じポジションを任される叶恵は、ある一つの特徴を見抜くことができた。



『――コントロールできるのは、ドロップよりもストレート。どうやら、変化球よりも真っ直ぐに自信がある、速球派ピッチャーみたいね』



 葦枝の持ち球を完全に見れた訳ではないが、少なくともストレート主体の投手であることは間違いなさそうだ。すると叶恵は指二本分バットを短く持ち変え、追い込まれた状況に立ち向かう。

 次なる四球目は、左打者に近づく変化球――右投手のスライダーだった。しかし本塁手前でワンバウンドしてしまい、カウントツーボールツーストライクに続く。


『よしっ……次の球だわ……』


 未だに動きが硬い葦枝の一方で、叶恵は一度屈伸してから打席に戻る。次の五球目が勝負所だと察し、構えた右足をふと浮かせる。


『やっぱり真っ直ぐだ!』


 葦枝が外角ストレートを投じた刹那(せつな)、叶恵は浮かせた右足を退き、代わりに軸足の左足を一歩出すことで、まるで走りながら打つようにバットを振り抜く。



『もらったッ!!』

――カキィィン!!


 快音を飛ばした叶恵の打球は叩きつけられたようにバウンドし、ショートを守る穂乃の頭上を高々と上がった。

 なかなか落ちてこなった白球だが、数秒後には捕球され、すぐに一塁へ転送されそうになる。が、穂乃は結局投じず、そのまま投手の葦枝に返球してしまったのだ。なぜなら、諦めたからに違いない。



――捕球した時点で、笹二の俊足一番は既に、オレンジベース手前まで来ていたのだから。



「ヨシャッ!!」

 一塁審判によるセーフジャッジの後に続き、叶恵は小さくもガッツポーズを決めてみせた。内野安打とはいえ、先頭打者ヒットが単純に嬉しかったのだ。それも己が最も得意とする、打席内で走っているようにも見える打法で。



『――これがアタシのスラップよ。そう簡単にアウトになってたまるかっ!』


 一塁セーフになるべく、走りながら打球を地面に叩いたり転がしたりすることで、内野安打を狙ったソフトボール独特の打法――スラップ。


 この回ファースト走塁コーチの菫からも、

「月島先輩ナイスランです!! スゴく速いんですね!!」

と正面から褒められると、一塁に近い笹二ベンチも歓喜で沸き上がる。中には、

「あんな打ち方ありかよ~!!」

「卑怯ッス!!」

「性格悪い証拠にゃあ!!」

ののし野次(やじ)三姉妹も顕在だが、敢えて叶恵は全て無視した。


『さぁ。まずはアタシが、宣言通り出塁()たわよ……?』


 先頭打者が出塁したことで、先制点が望める展開に拡がった、先攻の笹浦二高。一塁ランナーになった叶恵は、菫にバッティング手袋を渡すと、右打席へ歩む二番打者と目を合わせる。自信が表れないハの字な眉がよく窺えたが、気合いの想いが伝わるように眉を立ててみせる。



『――次はアンタが、約束通り動いてよね……夏蓮!』



 想いが届いたのか、おどおどした夏蓮はコクりと頷き、ゆっくりと右打席に一礼する。


「お、お願いしましゅ……」


 一回表、ノーアウトランナー一塁。

 二番打者の夏蓮から、試合が再開する。

◇笹浦第二高等学校メンバー表◆


打順 位置 選手名       背番号

 1  投 月島つきしま叶恵かなえ        1

 2  右 清水しみず夏蓮かれん        10

 3  中 May(メイ)・C・Alphard(アルファード)    8

 4  捕 中島なかじまえみ         2

 5  三 牛島うしじまゆい         5

 6  一 星川ほしかわ美鈴みすず        3

 7  左 植本うえもときらら       7

 8  遊 東條とうじょうすみれ         6

 9  二 菱川ひしかわりん         4

控え選手名           背番号

舞園まいぞのあずさ              11

監督              

田村たむら信次しんじ             30

スコアラー

篠原しのはら柚月ゆづき             12


   一 二 三 四 五 六 七 計

笹二|…| | | | | | |0|

筑海| | | | | | | |0|

ランナー一塁

 B○○○

 S○○

 O○○

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