表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
プレイッ!!◇笹浦二高女子ソフトボール部の物語◆  作者: 田村優覬
一回裏◇始まる伝統の一戦。乗り越えろ恐怖の一戦―vs筑海高校編◆
59/118

十一球目②歌鋭子→穂乃パート 「いくぞォォ!!」

◇キャスト◆

宇都木歌鋭子

田村信次

月島叶恵


花咲穂乃

清水夏蓮

梟崎雪菜

錦戸嶺里

呉沼葦枝

 主将の花咲はなさき穂乃ほのを筆頭にし、レフトで筑海(つくみ)高校一二年生のウォーミングアップが始まった頃。長年監督業を務める宇都木うつぎ歌鋭子かえこも、橙をメインとしたユニフォームをまとい、ソフトボール場におもむいた。春風になびく短髪は肩にも掛からず、監督指定背番号の“30”の数字が立体的に浮き立つ。幼き現役時代に覚えた礼儀を(わきま)え、(おご)ることなく尖った表情でグランドに一礼すると、少しの間景色にふけることになっていた。


『笹浦総合公園……懐かしいな……』


 おもてには決してあらわにしなかったが、歌鋭子は笹浦総合公園ソフトボール場に来訪できたことに、躍り(たかぶ)る歓喜が胸中に生まれていた。


『変わった箇所もいくらかある……。だが、変わっていないモノだって、たくさんある』


 丁寧に整えられた外野の緑芝生に、上空の陽に照らされた内野の赤土。

 質素な丸太のベンチに、バックネット隣に立つ錆び付きスコアボード。

 そしてグランド敷地外の風車や湖にも渡らせ、すでに三十五を越えながらも若々しく細い瞳には、追懐ついかいの情まで浮かんでいた。



『――あれからもう、二十五年近くが経つのか……』



「宇都木監督ー!! おはようございます!!」

「……? これはこれは、田村たむら監督」

 歌鋭子が現在にすると、石灰で鼻先を白く染めた笹浦二高顧問――田村たむら信次しんじが駆け寄ってきた。良い意味で大人らしからぬ明るさを放ちながら、初めての対面を迎える。


「本日は御忙しい中来ていただき、誠ににありがとうございますッ!!」

「いえいえ、こちらこそ。半年後の、チーム運営の参考にもなりますし。こちらとしても、今日はよろしくお願いします」


 額に“T”のチームロゴがしるされたサンバイザーを取り、歌鋭子も信次に御辞儀を見せた。歳が離れた若男性とはいえ、敬うべき相手監督に変わりない。


「それにしても、筑海高校はスゴいですね! あんなに部員がいて!」


 信次の視線につられた歌鋭子も、レフトでキャッチボールを行う筑海選手たちを眺める。


「今日は一二年だけの十八名。三年も含めたら、三十人近くにはなります」

「そ、そんなにいるんですか!?」

「……まぁ、練習が辛くて辞めた者もいますがね。今後どうなるかは、生徒らの気持ち次第です」


 マイナースポーツのソフトボール(ゆえ)に、遊び半分で入部する生徒がほとんどだった。今日(こんにち)の季節では“思っていた部と違う”とよく言われ、退部者もすぐ現れたことも儚き現実である。一方で諦めず残った部員でも、高校から始めた未経験者が多く、経験者と呼べる選手は、三年生まで含めても指折り数えられるほどだ。茨城県県南地域に小中学生のソフトボールクラブが少ないことも、一つの要因なのかもしれない。


「そ、そうなんですか……」

「レクリエーションで終わらせたくないので……。うちのらには、楽しさを越えたたのしさを教えたいんです」


 チームスローガンの“初心忘るルべからず”を脳裏に浮かべつつ、歌鋭子は練習に励む部員たちに眼光を飛ばした。出した声が上擦り、どこかオドオドとした消極的態度がよく垣間見えるが、手を抜いて甘やかすつもりなど断じて皆無である。一期一会(いちごいちえ)とはいえ、せっかくソフトボールとも出会った彼女らには知ってほしいからだ。極めた者にしか味わえない、ソフトボールの愉しさを。



『――卒業後、五年先、十年先……それ以降でも、ソフトボールをやって良かったと思ってもらえれば、いいんだけどな……』



 それこそ、宇都木歌鋭子の正義である。


「さすがですね! ……アハハ、ボクら笹二とは大違いです」


 ふと苦笑いを浮かべた信次が響くと、次は打って代わり、歌鋭子の視界に笹二ソフト部が映される。現在はキャッチボールに入る頃で、各々のペアと共にライト芝へ出向いていた。


「部員は十人……でも見たところ、選手は九人ですか。ギリギリの人数で、苦しい環境ですね。これじゃあ“DP”や“FP”も使用できませんし……」


 ベンチでメンバー表を作成中の篠原しのはら柚月ゆづきも考慮した歌鋭子だが、筑海とは対照的背景だと称せられる人数の少なさに、悩ましいコメントを溢した。出場可能選手はポジション数と同等の九人で、一人欠けるだけで勝負が決まってしまう状況下だ。また打撃専門の“Designated Player”と守備専門の“Flex Player”も使用できないため、選択肢の狭さが随所ずいしょあらわだったが。


「いや、実はもう一人、選手がいるんですよ。今日はまだ来ていないんですけど……スゴいピッチャーなんです!」


 自陣を喜ばしげに見つめながら放った信次。しかし彼の後頭部には、歌鋭子の更に細まった鋭い瞳が差し込む。


「……叱るべき選手には、ちゃんと注意した方が良いのでは? 監督としても教員としても、一人の大人として……」


 正直呆れてしまったのだ。まるで遅刻を平気で許す監督姿に見えてならなかったからである。ソフトボール部のかたわら、校内生徒指導も受け持つ歌鋭子にとっては、信次の配慮があるまじき行為だと聞き取っていた。

 新生笹二ソフト部の顧問には、改めて不審な思いがつのり始めてしまう。しかし、信次は肩を返すことなく、じっと笹浦二高の選手らを見守りながら紡ぐ。


「実は、その生徒はまだ、正式に入部してない一人なんです」

「……」

「でも、ソフトボールが大好きで、しかも仲間思いで、強い責任感を抱いたなんです……。今日の練習試合に、みんなで何度も誘ったんです。だからきっと、来ると思います」

「……」


 歌鋭子が静かに睨む年下新任教諭の背からは、どうも頼りない若々しさが窺えた。綺麗事ばかりを並べ、波乱の教職上では叶いそうにないドラマに憧れる姿勢だ。が、次の瞬間に振り向いた信次と改めて目が交差する。微笑む童顔の未熟さが否定できないが、ただひたすらに前を見つめる、一意(いちい)専心(せんしん)の瞳と。



「――生徒である彼女を信じたいんです! 監督でもあり教員でもある、一人の大人として!」



「っ……」

 僅かにも開いた歌鋭子には、自信と希望に満ち溢れた信次の笑顔が映った。眺めるこちらまで不意に笑ってしまいそうな、明るくほがらかな表情で。


「……田村、監督は、笹浦二高というチームをどんなチームにしたいのですか?」

「えっ? ……う、うん~……」


 己の筑海高校の場合は、広大な景色を愉しむ高嶺たかねの花を目指した、熱意と努力に富んだチームにしたい。ならば一方の笹浦二高はどうなのかと、指揮官の歌鋭子は同じ監督の立場である信次に尋ねてみたが。


「正直、考えたことがないんです!」

「はぁあ……?」


 思わず口が開いてしまった。この男は正気なのかと(うたぐ)る観念さえ生まれ、もはや敬意など完全に失せてしまう。


「目標とかも、無いと……?」

「いや、目標はあります!! 全国大会たる、インターハイ出場ですっ!」

「は、はぁ……」


 きらびやかな夢だけ見つめ、ただ辛い現実にそむくような、精神年齢の低い妄想にしか聞こえなかった。非現実的な目標だと、言い返しそうにもなっている胸中も事実である。


『新生笹二ソフト部は、どうやら愛好会レベルに陥落したようだな……』


 去年対戦した相手としては、(はなは)だしく残念だった。後に切磋(せっさ)琢磨(たくま)のライバル関係も望んでいただけに、目線がそっぽに向かってしまうところだったが。


「この目標は、もちろん未経験者のボクではなく、部員たちが決めたんです! なんせ笹二ソフト部は、生徒たちが創った部なんで!」


 すると歌鋭子は再び信次の背が向けられ、視線先でキャッチボールを行う笹二ソフト部員まで視界に溶け込む。


「あくまでボクは、彼女たちの応援者です。だからボク自身、どんなチームにしたいとかは、一切考えたことがないんですよ」

「……全て彼女らに任せるってこと、で?」

「はい!」


 歌鋭子へ穏便な頷きを見せた信次。すると腕組みをしたことで背のユニフォームが横張り、笹浦二高の“30”が雄大にも(おおやけ)にされる。



「――部員以前に、彼女たちは健気な生徒。そんな生徒たちを信じて生きることが、ボクなので」



 その一言こそ、笹浦二高女子ソフトボール部監督者の正義だった。それは筑海ソフト部の観念とは対照的で、善くも悪くも指揮官らしからぬ台詞だと捉えられる。しかし、未経験者故に宿る純粋さに、歌鋭子はほんの少しの笑みを溢す。


「なるほど、初心忘るルべからず、か……」

「は、はい……?」

「では田村先生?」

「はい!」


 各チームの監督者の瞳が、もう一度合わさる。


「試合は一時間半後の、十時開始でお願いします。審判等はこちらがやりますので、一試合真剣勝負でお願いします」

「あ、はい!! 是非よろしくお願いします!!」


 信次に御辞儀を受けた歌鋭子だが、すぐに背を向けて三塁ベンチへと去っていく。


『確かに笹二は、筑海(ワタシら)とは大違いだ』


 高校部活動顧問という種族は、大きく分けて二種の監督者に分類される。

 まず一つは、チームをまとめ意識を高めるために鬼神を演じる、おそれ多い指揮官だ。精神的に辛いながらもごく一般的な監督姿で、大多数の指導者が抱く役柄に違いない。勝利を掴むことは決して容易たやすいものでなく、また常日頃(つねひごろ)甘さを求める人間を統括(とうかつ)せねばいけないのだから。

 そしてもう一つは、正に歌鋭子が今眺めている、笹二ソフト部の監督者だ。競技知識が無い未経験者と言えども、意識ではなくヤル気を鼓舞する、なかなか類を見ない名脇役的立ち位置だ。


『選手を導く指揮官としてではなく、生徒を応援する先生として、か……』


 三塁側のベンチ前で立つ歌鋭子は、いつしか相手校の練習風景ばかり見つめていた。

 正直内心では、笹浦二高の現在が心配だったのだ。去年には創設されたはずが、当時の男性顧問――井村いむら幸三こうぞうの部費横領問題で消滅しているのだから。

 そしてまた今年、しかも同じ時期に、(あまつさ)え同じ男性顧問が選ばれ再誕した、笹浦二高女子ソフトボール部。だが、歌鋭子が観察する限りでは、去年とは大きく違ったチームだと認識していた。ストイックを(あお)る自身の筑海高校とは真逆で、選手に権利をゆだねた、自由の概念が垣間見える。


『一歩間違えれば、愛好会程度に成り堕ち兼ねない。そんなリスクがあるから、ワタシはなりたくない……。だが……』


 一か八かの顧問思想と感じられる。しかし、歌鋭子はすでに、笹二ソフト部が立派な部活動に成り得ると確信していた。小さな身形みなりながらも、飛び抜けた甲高い声を上げ続ける、一人の熱血少女が今年もいると理解できたが故に。



『また月島叶恵(あの娘)のソフトボール魂があるなら、笹二は大丈夫だろう』



 去年の試合、二十点以上もの差をつけられても、最後まで必死で投げ抜いた少女――月島つきしま叶恵かなえ。ソフトボールの半分も満たない三回でコールドゲームとなり、それはそれはみじめ極まりない一戦だった。それでも、当時の叶恵は諦めず、最終回の七回まで続行を打診し、勝利に貪欲な一選手だった。裏の無い真剣な面構えで嘆願してきたあの日の小顔は、昨日のことのように鮮明に焼き付いている。



『……フフ。おもしろそうじゃないか、笹浦二高女子ソフトボール部。こうして勝負()り合うのは、一年ぶりと言ってやろう……』



 あれから一年経つ、今日という運命的再会。安堵で頬を緩ませた歌鋭子は相手選手ながらも、自分と同じ熱い信念を抱く叶恵を密かに応援していた。すると力を込めた腕組みを放ち、迷いなき尖った瞳に切り換え、真正面より迎え撃つ。



『――さぁ、始めようじゃないか。(なさ)容赦(ようしゃ)無しの、伝統の一戦を!』



 こうして歌鋭子は、笹浦二高女子ソフトボール部を、愛好会ではなく部として認めた。



◇伝統の一戦、開幕ッ!!◆



 試合開始まで、残り二十分前。

 もうじきそれぞれのチームでフィールディングが始まる頃だが、その前に各主将を代表とした、先攻後攻を決めるメンバー表交換がある。

 先に交換場のホームベース後方にたどり着いたのは、筑海高校主将の花咲穂乃だった。右側にオレンジリボンで束ねたサイドポニーテールを時おり触りつつ、自陣から出した一年生主審と共に笹二キャプテンを待つ。


「ほ、穂乃ちゃん……」


 すると、蒼き笹浦二高の主将――清水しみず夏蓮かれんが、不安に押し潰されそうな面持ちで登場した。右手で握られたメンバー表もすでにしわ付くほどで、多大な緊張に襲われている様子が簡単にわかる。


「お久しぶり、夏蓮」

「――っ!」


 落ち着いてもらうべく、穏和な旋律せんりつを奏ではにかんでみた穂乃。すると夏蓮は眉の起き上がりに合わせ驚き、すぐにピタリと緊迫の振動が停止したようだ。


「穂乃、ちゃん……」

「スタガ以来だよね。今日はよろしく」

「う、うん……」


 一体何事に不安を覚えていたのかはわからなかったが、学生主審の指示により、改めて両キャプテンの握手が行われる。

 夏蓮とはかつて、共に笹浦スターガールズで励み合った旧友でもあり、学区外の彼女とこうして向かい合うのは約五年ぶりだ。

 久方ぶりに再会した本日では、まだ友人らしい挨拶ができていなかったため、穂乃は夏蓮の小さな手のひらを握りながらホッとしていた。次に先攻後攻を決めるじゃん拳へと、移行しようとするが。


「ん? か、夏蓮?」

「穂乃ちゃん……」


 茫然と見上げる同級生の少女から、放してもらえなかったのだ。それどころか、夏蓮の握力が徐々に強まる一方で、解放の余地が全く見当たらない。


「ね、ねぇ夏蓮……?」

「……わたしのこと、覚えててくれたん、だ……グズッ」

「え゛……?」


 ふと言葉尻を被せられた穂乃は、思わず目が点と化してしまった。なぜなら、夏蓮の表情が途端に変化を始め、泳いでいたはずの瞳に地下水が込み上げていたからである。


「うぅ~よかったぁ~。グズッ、よかったよぉ~お~」

「な、なんで泣くの……」


 空いた左腕で拭うが、夏蓮の涙は次々に溢れ出るばかりだった。確かに、お互い久しく連絡をっていたため、感動の再会とは近似値になるだろう。しかし、情緒の振れ幅があまりにも大き過ぎる笹二の主将だと、受け取らざるを得ない。これから練習試合が始まるというのに。


「うぅ~……うるるぅ~るるぅ~」

「か、夏蓮……手ぇ痛いんだけど……」

「穂乃ちゃ~ん……グズッ、わたしのことなんか、忘れちゃってるのかなぁとも思っちゃって……」


 どうやら夏蓮が抱いていた不安は、忘却されているかもしれないという心配だったらしい。


「忘れる訳ないよ。夏蓮たちは、恩恵ある大切な戦友なんだから」

「うぅ~穂乃ちゃん! ハグしていぃい?」

「こ、ここではちょっと……。後輩が見てるし……てかとりあえず、手ぇ放して?」

「ふぁい!」


 夏蓮からはようやく解放してもらえたが、涙腺は未だに閉めることができていないようだ。かえって今度は両手で目をこすり続けてしまい、穂乃の苦笑も止まらない。


「ねぇ夏蓮、落ち着こう? ほら、メンバー表クシャクシャになっちゃってるし……」

「うぅ~。だって、穂乃ちゃんがわたしのことを、大切だって言ったせいでぇ~えぇ!」

「……なんか、わたしが悪いみたいな言い方……。それに、大切なのは夏蓮だけじゃないよ? あのときいっしょに手伝ってくれた、柚月もえみも……っ! ……」


 ベンチから手を振る、残りの大切な戦友――篠原柚月と中島なかじまえみらを眺めながら、穂乃は夏蓮をあやしていた。が、とある特異点に気づいてしまい、目線を足下に反らしてしまう。


「そっか……そうだよね……」

「……ん? ほ、穂乃ちゃん?」


 夏蓮にも不思議がられた穂乃は、少しの間沈黙にとらわれていた。正直、今日は()()()と再会できると思っていただけに、公開された現実に苦味を覚えていたのだ。いつしか話し相手が足下の赤土に入れ替わり、一方的に言葉を与える一人言を連ねる。


「……でも、そうだよね……」

「ねぇ穂乃ちゃん、どうしたの?」

「……ううん、何でもない。ほら、早く先攻後攻決めよ?」

「う、うん……グズッ」

「まだ泣いてたんだ……」


 しかし脳内を切り替えることで、穂乃は頬を緩ませてからおもてを上げる。未だに夏蓮の瞳が濡れた状態には失笑したが、ようやく主将同士のじゃん拳に移行した。


「じゃあ、またあとでね夏蓮」

「うんっ! 試合が終わった後に、ゆっくりお話しようね」


 先攻は笹浦二高で後攻が筑海高校と決まり、両者のメンバー表交換を終えると、それぞれのベンチへ退しりぞく。ちなみに、チョキを出した夏蓮に、穂乃がグーで勝った内容だ。


「後攻ォッ!! フィールディング準備ィッ!!」

――「「「「ハイッ!!!!」」」」――


 後攻から始めるフィールディングを行うため、穂乃はメンバー表をマネージャーの梟崎(ふくろうざき)雪菜せつなに渡してから(とどろ)き放った。先発バッテリーの二人――捕手の錦戸にしきど嶺里みのりと投手の呉沼くれぬま葦枝よしえも含め、一二年生全プレイヤーをベンチ前に整列させる。


「……」

「どうした花咲? 考え事か?」

「か、監督さん……いえ、別に何も……」


 ノックバットを握った監督の歌鋭子に細目を向けられると、穂乃はすぐに顔を上げて否定してみせたが。


『言えないよ……少なくとも、筑海のみんなには……』


 事なきを経て構え、ついに筑海高校のフィールディング劇が始まる間際。しかし、列先頭で前屈(まえかが)む穂乃だけは目線が下降し、外野の芝が視界に入っていなかった。



『それに夏蓮たちだって、気にしてるはず……。だから、気まずくなるのが怖くて、言えなかった……』



 夏蓮と柚月に咲たちからは、小学生だった際に穂乃は大きな恩を頂いている。故に大切な戦友たちを忘れる訳がなく、今日まで感謝を持ち併せながらソフトボールに励んできた。

 しかし、大切な戦友たち全てと再会できるまでには至っていなかったのだ。ただ、六年前の悲劇を直視しているためか、すぐに諦めが着き、もう一度だけ心でつぶやき蓋をすることにした。



『――あずさは……やっぱりいないんだね、笹二ソフト部に……』



「時間だ、花咲。始めるぞ」

「はいっ!」

 そばの歌鋭子に告げられたことで、穂乃はたくさんの空気を吸い込む。無味無臭の気体中には思い出という成分も含まれていたがが、次の瞬間、凛々しく眉を立ち上げ、空気で満たされた肺胞はいほうを気合いで叩く。


「いくぞォォ!!」

――「「「「オ゛オオォォォォオッ!!!!」」」」――


 オレンジユニフォームがソフトボール場に散らばり、筑海高校の試合前フィールディングが始まる。穂乃も自身のポジションであるショートに向かい、相手チームへ決心の瞳を型どっていた。



『揺らいじゃダメ。今は試合なんだから……変えなきゃ、変わらなきゃ! 本物になるために!!』


◇筑海高等学校メンバー表◆

打順 位置 選手名  背番号

 1  遊  花咲はなさき穂乃ほの   6

 2  中  北条ほうじょう     11

 3  DP  小沢おざわ    15

 4  捕  錦戸にしきど嶺里みのり   2

 5  一  君島きみじま     16

 6  左  平沢ひらさわ     17

 7  二  小和田こわだ    14

 8  三  山口やまぐち     20

 9  右  菅間すがま     19

 FP  投  呉沼くれぬま葦枝よしえ   18


控え選手名      背番号

水守みもり          21

磯部いそべ          22

大貫おおぬき          23

池田いけだ          24

田中たなか          25

いずみ           26

前野まえの          27


監督         背番号

宇都木うつぎ歌鋭子かえこ      30

スコアラー      背番号

梟崎ふくろうざき雪菜せつな       28

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ